閑話 隠れオタクなチャラ男子高生くんと気になるあの子 後編
数日前。
匡は念のため、軽く帽子を被って眼鏡を掛けたプチ変装スタイルで、街の行き付けの大型書店に、二次元アイドル・『キラリンスペースガールズ』の特集雑誌を買いに行った。
無事に雑誌を手に入れたあとは、コミックコーナーにも立ち寄り、最近読み始めた『魔法使いのワープごはん』の新刊もゲット。
そしてそのままレジに向かおうとしたのだが、ふと、隣で真剣に、棚に平積みされた一冊の漫画本を見つめる少女が気になった。
(確か、壬生さん、だっけ)
顔に見覚えがあると思えば、話したことなどはないが、その子はおそらく隣のクラスの女生徒。
姉によってコミュ力を底上げされた匡は、人の顔と名前を記憶する能力が高い。私服姿で髪を下ろしているが、きっと壬生紬さんだ。
ここで本来なら、正体に気付かれる前にさっさと撤退すべきだっただろう。
だが匡は、壬生さんの視線の先に意識を取られた。
彼女はとても真剣に、匡がもっとも人に薦めたい漫画ナンバーワンである『恋はギガンティック!』の、二巻の表紙絵を眺めていたのだ。
『恋はギガンティック!』は、匡が買っている無数の漫画の中でも、一番おもしろいとハマっているラブコメ作品だ。
サービスシーンがところどころに入るハーレムものだが、あくまで本筋はメインヒロインのツンデレちゃんと、一途な主人公の甘酸っぱい恋模様。匡はこのツンデレちゃんを死ぬほど応援している。
作者の温玉カレー丸先生の絵は非常に丁寧で可愛らしく、なにより表情の描き方が上手いのだ。1巻目の25ページのヒロインが顔を真っ赤に染めるシーンはもう最高で、匡は何度も読み返している。
……しかし、残念ながら『恋ギガ』はどちらかといえばマニアックな漫画。
超有名少年漫画などなら、オタバレしない範囲でクラス連中とも適度に話題に出来るが、これは完全にオタク向けだ。
周りに滅茶苦茶好きな作品について語れる者がいないのは、じみーにツライ。
そんな匡が、まさかまさかの身近な同士を見つけたかもしれないのだ。
おまけに壬生さんは、表紙を見つめながら「やっぱりこの巻のヒロインズと主人公の構図が、すごくイイ感じに描けている」とボソッと呟いていた。
そんなコメント、よほどのファンか作者でもないと出ないだろう。
この出来事から、匡は密かに学校でも壬生さんを気に掛けていた。そうしたらついこの前、彼女のバッグの持ち手からぶら下がって揺れる、タアくんキーホルダーまで見つけてしまったのだ。
そして今日、見間違えでもなんでもなく、タアくんはタアくんだった。
――――もう絶対、壬生さんは『恋ギガ』好き仲間だ。
(うわあああああ! やっぱり! やっぱり! やっべ、めっちゃ語りたい……! 壬生さんはヒロインは誰派? 俺はメインヒロインガチ推しだけど、サブもみんないいんだよな! 先月号はもう読んだ? 主人公の親友がまさかあんな行動に出るなんて、読者予想を裏切る神展開だったよな! 俺は毎月アンケ出してんだけど、壬生さんは出したことある? そのアクキーも良ければ近くで見ていいかな!? うわ、もう、なんだこれ、超話してみたい!)
隠れオタクの悲しいスキルのひとつである、『内心一人会話』をしながらも、匡は興奮のあまりに急いで下駄箱の影に隠れ、スラックスのポケットからスマホを取り出した。
すぐさま『温玉カレー丸の徒然ブログ』にアクセスする。
なお、匡のスマホの待ち受けは、実家で飼っている愛犬の花子の写真だ。ここで二次元のキャラ画像にするなどという、オタバレするような愚行を匡は犯さない。
動物の写真は会話のネタにもしやすいし、女子受けもいいので花子には感謝である。
ブログが開けば、匡は神速で文字を打つ。
ハンドルネームは『ホワイトシチュー侍』。
匡はこのブログに熱心に書き込みをしている常連で、温玉カレー丸先生からも『マメなファン』として認識されていることだろう。
この前も、先生が写メをあげていたヒロインの顔のケチャップアートに、『表情の再現率にマジ感動ッス!』とコメントしたら、『いつもありがとうございます』と返信を頂いたところだ。
『温玉カレー丸先生、聞いてください!
実は今日、学校でタアくんキーホルダーを付けている女の子を見つけたッス!
まさかの女性ファン! さすが恋ギガですね!』
送信ボタンを押して、無事に文字が反映されると、匡はふう……と満足げに息をつく。
一旦なんとかブログへの書き込みで、己の滾るパッションは収まった。だけどまだ、壬生さんと話してみたい欲は消えない。
チラッと、靴を履き変えている彼女に視線をやる。
(くっそ話しかけたい……けど、オタクであることを周囲にバレず、壬生さんとだけ『恋ギガ』の話を自然に上手くする方法がまったく思いつかん……。それに壬生さんも、男性向けラブコメのファンなんてきっと隠したいよな。チャラ男の俺がいきなり話しかけても、たぶんビビらせるだけ……詰んだ……でも語りたい……ああちくしょう、どうすれば!)
匡が悶々と悩んでいる間に、壬生さん達は昇降口を出て学校を後にする。廊下の向こうから友人達がやってきて、「なにしてんの、匡ー?」と声を掛けられ、匡は急いでスマホを仕舞う。
「なになに、彼女と電話中だった~?」
「匡って連絡とかマメそうだよなー。記念日とかも絶対ちゃんと祝ってそう」
「あはは! 匡、マジいい男!」
「は、はは……だろー?」
へらっと笑みを浮かべれば、金色に脱色した髪が軽薄に揺れる。
オタクモードからチャラ男モードに切り替えつつも、匡の頭の中ではどうやって壬生さんに話しかけようか思考中である。
そして、彼は改めて決意する。
(はじめて見つけた恋ギガファン仲間……! 必ず俺は、壬生さんと友達になってみせる!)
――――チャラ男で隠れオタクな星野匡が、真実を知る日は遠い。
次回からジンさんに戻ります!
打ち合わせの続きです。