閑話 隠れオタクなチャラ男子高生くんと気になるあの子 前編
本編横のサイドストーリーです。
「ねえ、匡。このあとカラオケいかないー? 今日の彼氏とのデート、ドタキャンされてめっちゃ暇なんだけど。何人呼んでもいいから行こうよ。なんなら他校の奴等も集めてさー」
「あ! 匡が行くなら私も行きたーい!」
「匡がカラオケ? それなら俺等も誘えよー。みんなで行こうぜ」
私立海潮高等学校、通称『ウシ高』の、放課後のとある教室の真ん中。
そこでは一人の男子生徒を中心に、見目の派手な男女が複数人で輪を作っていた。わいわいがやがやと盛り上がっており、賑やかを通り越して少々騒がしい。
だが周囲がどんどん話を進めていく中、グループのリーダーである匡は、手を合わせて「わりぃ」と軽い調子で謝った。
「今日は先約あるんだわ。また今度なー」
「えー!? なによ、先約って?」
「どうせ噂の綺麗な年上の彼女と会うとか、羨ましい予定だろ? いいなあ、お姉さんな彼女。マジいい加減紹介しろよ!」
「まあそんなとこだな」
紹介も機会があればいつかなーと笑って返しながらも、匡の内心は、ついてしまった嘘でひやひやしている。
いや、正確には『年上の彼女』に会うことに間違いはないかもしれないが、うん……と引きつる顔を必死で取り繕う。
解散していく友人たちを見送って、匡は内心で叫びをあげた。
今日は! ギャルゲーの年上ヒロイン・メイコさんルートを! 帰ってどうしても! 攻略したいの!
です!!!
――――星野匡は、ウシ高ではクラスの人気者なチャラ男である。
脱色した髪は眩い金髪。お洒落に着崩した制服に、ピアスやブレスレットといったアクセの類を常備。背も170ちょっととそこそこあり、飛び抜けて顔が整っているというわけではないが、人好きのする笑みが特徴的な雰囲気イケメンである。
性格は明るくノリよく、男女問わず友人も多い。まさにスクールカーストトップに立つ、リア充代表な今時男子だ。
……しかし、そんな彼の本性は、高校デビューしただけの元根暗系オタク少年である。
(ああちくしょう! なんで俺に年上のお色気彼女がいるって噂が広まったかなあ! ただ俺は、『トキメキ★ラブファクトリー』のメイコさんルートのスチルについて、ちょっと会話の間で漏らしただけなのに……! 三次元の彼女とかまだまだハードル高いわ! ていうかアイツ等、放課後に暇しすぎじゃね? オタクの放課後なんて、速攻家に帰ってアニメの再放送観賞、ゲームの実況動画視聴、オンラインゲームのレベル上げ、ギャルゲーの攻略に勤しむ……って、山ほどすることあるんだよ! お前らもやってみ! このスケジュールこなしてみ! マジ『暇』とか二度と言えねーから! オタクに暇なし!)
そんなことを内心で呟きながらも、表向きは緩い笑みを張り付けたまま、匡はスクールバッグを肩に引っ掛けて夕焼けの差し込む廊下を歩く。
一歩進むごとに、擦れ違ったプチギャルっぽい女子には手を振られ、同系統の男子には絡まれるが上手く躱し、昇降口へと一直線に向かう。
すべては一刻でも早く帰って、新作のギャルゲーをするため。
匡はオタクの中でも、どちらかといえば萌え系を好むタイプであった。しかしながらもちろん、これは学校の奴等には明かせない最大の秘密である。
遡れば中学時代。
匡は今とは打って変わって、もっさりした黒髪に分厚いフレームの眼鏡、猫背がデフォルトで人と会話するだけで動悸が速まる、コミュ力などとは無縁な陰キャラだった。
学校に友人など一人もいなかったし、休み時間は読書だけで終わる日々。イジメなどは幸い受けなかったが、クラスメイトからは当然のように馬鹿にされていたし疎まれていた。
……変わりたいと、彼は高校進学をきっかけに思った。
そして実の姉に『人気者なイケメンに高校デビューしたいから協力してください』と頭を下げて頼んだ。
匡とは正反対な、美人で優しく、誰からも評判のいい大学生の姉は、弟の一大決心を快く承諾……したわけではなく、ガッと匡の胸ぐらを掴んで言ったのだ。
『覚悟があるなら、私がお前を生まれ変わらせてやる。だけど生半可な覚悟で自分を変えたいとか抜かしやがるなら、高校デビューの前にてめえを来世デビューさせっからな』――――と。
知る人ぞ知る元ヤンで、対弟には本性を現して鬼のような姉の指導の元、匡は血の滲む努力の末、無事に人気者のチャラ男として高校デビューを果たした。
おかげで念願の充実したスクールライフを送れている。……だがそれでも、根っこにあるオタク趣味はどうやっても捨てられず。
己のリバーシブル生活に度々悩まされる日々である。
そして……そんな匡には現在、ちょっと気になる女の子がいる。
(あ、壬生さんだ)
玄関に着くと、下駄箱の前で友人たちと話し込むひとりの女生徒が目に留まる。
ダークブラウンの髪を赤い水玉柄のシュシュでまとめた、小柄な彼女の名は壬生紬。匡の隣のクラスの子で、直接の面識はない。
学校の女子の中でも人気の高い、可愛い系の間宮悠由と綺麗系の佐賀凜子に挟まれていると、些か地味にも見えるが、至って普通のどこにでもいそうな少女だ。
匡は眼鏡からコンタクトに変えた瞳を細め、そんな彼女が両手に持つバッグを、足を止めてこっそり凝視する。
(……やっぱり、間違いない)
彼女のバッグの持ち手にチェーンを通してつけられている、あの動物をモチーフにしたキーホルダー。
――――あれは、匡の大好きなイチオシ神漫画・温玉カレー丸先生作の『恋はギガンティック!』のマスコットキャラである、タスマニアデビルの『タアくん』に間違いない。
掲載されている漫画雑誌の懸賞で、ヒロインの顔ドアップTシャツは当てたが、タアくんの方は外れてしまった匡にとって、喉から手が出るほど欲しいあのキーホルダー。
そしてつい最近、街の大型書店で見てしまった彼女の『あの光景』。
それらを合わせて、匡は1つの確信を抱く。
(やっぱり……壬生さんは俺と同じ、温玉カレー丸先生のファンなんだ……!)
ここで明かされる、紬の漫画のタイトル。
後編に続きます!





