紬さんは隠れ漫画家
肩の力を抜きまくって書いた新連載です。
のんびり楽しんでもらえたら嬉しいです。
「ねえねえ、このあとカラオケいかない? 割引きあるんだけど。明日休みだし、オールいこうよ、オール!」
「いいね。でもあんた、彼氏はどうしたわけ? 先週まで放課後はデート続きだった癖に」
「あんな奴もう別れたし! 既読スルーくらいでガチギレとかあり得ない! やっぱり女の子同士で遊ぶのが一番だよー。ね、紬もいくでしょ? カラオケ!」
「あー……ごめん、私はちょっと」
とある私立高校の、放課後の教室の片隅。
お洒落にもバッチリ気を使っている、見目の華やかな女子たちが集まり、仲良く会話に花を咲かせる様子は、傍目から見ても賑やかだ。
そのメンバーのひとり。友人二人からお誘いを受けた紬は、しかし、帰り支度をしながら困った顔で首を横に振った。
「えーなんで、なんで!? まさか紬の方こそ彼氏!?」
「そ、そんなんじゃないから!」
「ああ、またバイト?」
「……うん。そんなとこ、かな」
心なしか目を逸らし、返答する紬の胸はチクチクと痛む。
いや、別に嘘はついていないのだ。仕事をすることに変わりはないし……と、誰とも知れず言い訳をする。
「次こそはぜったい参加してね!」
そう念を押され頷き、明るく眩しい友人達と、手を振って校門前で別れる。二人の背中が完全に見えなくなってから、スッと紬は笑顔を引っ込めて真顔になった。
「……よし」
脇目も振らず、猛ダッシュで家へと向かう。
急がないと! 〆切に! 間に合わ!
ない!!!
アパートの階段を蹴飛ばすように駆け上がり、部屋に入ると同時にスクールバッグを放り投げる。積まれたアニメDVDに漫画、ラノベのタワーが衝撃で崩れたが修復している時間はない。
制服からだるだるのスウェットに神速で着替え、前髪をガッと雑にまとめてピンで留める。
流れるような動作で、次はコンポのスイッチをオンに。作業中のBGMは欠かせない。これでリアルに効率が変わってくるのだ。
聞こえてくるのは某神ゲーのサウンドトラック。
それに耳を傾けながら、ドーナッツクッションの敷かれた椅子に座り、ペンやら消しゴムやらが散乱する机に向かう。
広がるのは未完成の原稿。
昨今デジタルが主流だが、PC作業と相性が最悪な紬は、ペン入れから仕上げまですべてアナログ派だ。
「やっべぇ、時間ねええええ!」
――――壬生紬は私立高校に通う高校一年生。
些か痩せすぎなくらいの小柄な体型に、顔立ちは平凡だが整えればまあまあ可愛い系。現在は実家から離れた、学校に近いアパートで一人暮らし。
表では極普通のどこにでもいる今時女子を気取っているが、裏では元引きこもりかつ、二次元大好き多ジャンルにハマりやすい雑食オタク(二・五次元も可)。
ついでに隠れ漫画家である。
これでもし、紬が書いているものがキラキラふわふわ可愛い少女漫画なら。
バトルシーンに力を入れた王道少年漫画なら。
なんか知的な社会派漫画なら。
まだオタクであることは明かせなくとも、仲の良い友人達にはせめて、漫画家をしていることをカミングアウト出来たかもしれない。
しかしながら。
「あー……どうしよ、このヒロインのパンツの柄。担当さんは水玉希望だったけど、個人的にはシマシマがいい気も……」
……いろいろと複雑な事情があり、紬が書いているのは、どちらかといえば男性向けなラブコメ漫画である。ラブの部分はピュアピュアだが、コメの部分に義務のように健全なサービスシーンが入る。
そこそこの人気は維持しているが、知名度抜群とは言えず、マニアックな作品であるとも自負している。
言えるはずがないのだ。
紬は己の作品に誇りを持っている。持っているが、それが一般向けでは無いこともしっかり理解している。
ドン引かれるとわかっていて明かすなど笑止。
無事では済まないとわかっていて、崖から飛び降りることは勇気とは言わない。ただの無謀な愚か者である。
……身近に漫画について相談できる、理解者がいないのはたまに寂しいが。
「よし、水玉にしよう」
寂しさなどインクに滲ませて。
今日も紬は、孤独に隠れ漫画家を続けている。