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094:暇な日には、花でも生けて


 いつもの街のいつもの工房での客のこない昼下がり――


「最近、厄介事が目に見えて減った気がする」


 自宅を兼ねた工房の接客カウンターで、暇つぶしを兼ねたフラワーアレンジメントを作りながら、ユノは思わずそんなことを口にした。


 首を傾げつつも、花バサミでオレンジ色のバラの茎を斜めに切り落とす。


「代わりにサニィがしょっちゅう悲鳴を上げてる気がするけど」


 そんなユノに対して、同じくカウンターの前に座って生け花をしていたユズリハが、シベリアという白い東方大輪百合(オリエンタルリリー)の茎を東方式花バサミで切りながら投げやりに答えた。


 余談だがこのシベリアという奇妙な響きを持つ品種名の由来は、イマイチ判然としていない。誰がいつ付けたのか、誰がいつ見つけた品種なのかというのが不明ながら、一般的に多く出回っているという不思議な花である。


「間違えられて巻き込まれてるのね。生け贄だか人柱だか知らないけど助かるわ」

「何気にひどいね、ユノ」


 微塵もそう思ってなさそうな口調のユズリハは、菖蒲の葉をどう生けると見栄えがするかを試行錯誤している。


「そうは言うけどねぇ……。

 この街に時折発生して、時折来訪する奇人変人の相手って疲れるのよ?」

「まぁ分かるけども」


 花弁が淡い色をした小さな向日葵を、フローラルフォーム――花を生ける為の吸水スポンジ――に挿しながら、ユノがしみじみ呻く。それにユズリハも苦笑しながら同意する。

 否定するには、思い当たる節が多すぎるのだ。


「あ、ユズリハ。そこのドラセナ取って」

「ええっと、どのドラセナ?」

「一枚葉の大きいので、緑色の濃い方。三枚とって」

「これを三枚だね。はい」

「ありがと」


 ユズリハから受け取ったドラセナの葉のうち、二枚を僅かに重ねるようにしながら背面に、もう一枚を手前に垂らすように生ける。


「やっぱり、夏に生けるなら葉物(グリーン)多めでもいいかな。花よりもレザーファンやナルコユリ――ゴッドでもいいわね」

「やりすぎて鬱蒼としないようにね?」

「もちろん」


 うなずきながら、ユノはゴッドセフィアナに手を伸ばした。


 こうして、二人はだらだらとお喋りをしながら、それぞれにフラワーアレンジメントに勤しんでいく。

 とはいえ、別に何か仕事でやっているわけでもなく、どちらかというと暇な時間の手慰みに近い。


 この時間帯は、来客が多い時間帯で、ユズリハ一人だけだと大変なのだ。

 その為、ユノはこうしてカウンターに顔を出すことが多いのだが――今日はどうにも暇なのである。


 ユノとしては花導具(フィオレ)などを触りたいところだが、今はカウンターで出来る大きさのモノも、カウンターで出来る作業もないのだ。

 なので、本でも読もうかと最初は思ったものの、読みたいと思う本も特になく――結果、ユズリハの提案でアレンジメントを始めたのである。


 そのユズリハもまた暇だったらしく、どこからともなく花器と剣山を用意して、ユノの横で生け花を始めたのだ。

 最初からそのつもりだったのか、午前中の外回りの帰りに花屋へ寄って花材も買ってきてくれていた。

 工房には、修理用に用意されている精花(アルテルール)霊花(エテルネルール)の他にも、常花(ノーマルール)の在庫もあるので、足りない部分も補える。


 そんなワケで、ユノはユズリハの誘いを受けて、暇つぶしのアレンジメントを始めたのであった。


 ちなみに――だが、ライラは本日不在だ。

 ライラの暮らす孤児院は、夏祭りに何か出し物を出すそうで、その準備に追われているらしい。


 ドラは一応、工房にはいる。

 屋根の上に上がって日光浴しながらお昼寝中だ。元々、気温が高く乾燥した土地に生息していたので、干涸らびることはないのだろう。


「んー……ユノ。

 工房の在庫にあるアスパラミリオン使っていい?」

「いいわよー」


 ユズリハの言葉に、気の抜けた返事をするユノ。

 ただの暇つぶしではあったものの、徐々に意識が作り込む方に向いていっているようだ。


 ユノの真剣な横顔を見れるのは役得だ――などと思いながら、ユズリハは席を立って、アスパラミリオンを取りに行くのだった。





 フラワーアレンジメントに大事なのは、『視覚上の中心点(フォーカル・ポイント)』と『構造(メカニカル・)上の中心点(フォーカル・ポイント)』の二つだ。


 前者は主役となる花を示す。

 後者は生ける上での吸水スポンジ(フローラルフォーム)の中心のことだ。

 (メカニカル)F・(フォーカル)(ポイント)を意識して放射状に茎を挿していくことで、スポンジの中で茎がぶつかったりするのを防ぐのである。またそうすることで綺麗なドーム状を作りやすい。


 もっとも、今回は完全なドーム状にするつもりはなく、MFPをやや後方に設定。背面からの見栄えはあまり気にしない形だ。


 ユノが使っているのは小さな円形の編み籠。

 それに収まるように小さな立方体に切られたフローラルフォームがセットされており、そこに花を挿す。


 ユノが主役としたのは薄いオレンジ色のバラと褐色に近いオレンジ色のバラの二つだ。

 薄い方をやや手前に、濃い方をやや奥に高低差を付けて斜めに隣り合わせている。この二つのバラの茎の延長線上の交差点をMFPとして、他の花も生けていく。


 二輪のバラの周囲には、小さな向日葵が添えられている。

 花弁の色の薄いその向日葵を、濃いバラの左側に二本。薄いバラの右側に一本。合計三本。


 それから背面右側に緑色の濃いドラセナを二本。左側手前に一本挿した。手前側の方は、籠から外へ飛び出すように垂れ曲がらせている。


 あとは、中央のバラを映えさせ、向日葵の良さを殺さないように、ゴッドセフィアナやレザーファンといった、グリーン――花の付いていない緑色の葉っぱたち――で囲んでいく。


 小さく愛らしい薄水色の花弁を持つデルフィニュームを葉と葉の隙間に挿して、見た目の爽やかさをプラス。だけど、デルフィは決して主張しないように気を付ける。


 最後に左下の垂れたドラセナの周辺をメインに、全体の形を整えるようにアスパラミリオンを散らして生ければ完成だ。


「よし、と。

 何も考えずに作り始めたにしては、まずまずの形に落ち着いたわね」


 うんうん――と一人で満足げにうなずいていると、ユズリハもどうやら完成したようである。


 船を思わせる横長の花器の中心より右側に寄せた場所から草花が生えているような作品だ。


 中心となっているのは、もちろん白の東方大輪百合(オリエンタルリリー)ことシベリアだ。

 カサブランカと似た姿の百合ながら、それと違って上向きに花が開くので、花束やアレンジなどに使いやすい品種である。


 実際、直立よりやや十五度ほど後方に傾いて生けられたシベリアは、正面を見据えるかのように堂々としている。

 それよりも低い位置にももう一本シベリアが生けられていた。

 そちらは、花器の左側へと四十五度ほど傾斜して生けられている。


 その二つのシベリアを中心に、白き大輪を引き立てるように緑葉(グリーン)が多くあしらわれていた。


 ピンと背筋を伸ばしたかのような菖蒲の葉。

 それが直立するシベリアの背後で、それを支えるように真っ直ぐ二本伸びている。

 さらに二つのシベリアの間から左側へ向けて斜めに伸びるもの。

 最後に、左へ傾いたシベリアの手前側から左へ向かって花器から外へと垂れるものもある。


 剣山を隠すように足下にあしらわれたドラセナとアスパラミリオン。

 アスパラミリオンは、低い位置のシベリアの足下から花器の左側へむかって大きく伸びるように生けられたものがあった。

 これが、横へ伸びる菖蒲の葉と共に、花器の上を庭のように見せるのに一躍買っていた。


 そして、ユノがデルフィでやっていたように、余計な空間に小さな粒のような花が無数に咲いているカスミソウをあしらってある。


 ユノの作ったアレンジが、卓上に飾る愛らしいブーケとするならば、ユズリハの生け花は縦と横を大きく使い、花器の上に庭園を造りだしているかのようだ。


 どちらが良い悪いというものでもなく、恐らくはアレンジメントと生け花それぞれの根幹にある思想の違いによるものだろう。


「こうやって見ると、生け花って迫力あるわね」

「アレンジよりも空間を大きく使うコトが多いしね」


 それに――と、ユズリハは付け加える。


「アレンジって今でこそ、フローラルフォームに花を生けるモノを指すようになってるけど、広義としてなら花束とかも含むでしょ?

 贈り物として、インテリアとして――様々な側面を持ってる。その上で、現代でいうなら贈り物としてのイメージが強くなってるかな?

 そんなワケで、誰かにプレゼントしやすい形が多いから、小さくまとまりやすいワケ」


 ここまでは良い?――と問われて、ユノはうなずく。


「一方で生け花って、富豪よりの人たちが居間や客室にインテリアとして飾るのをメインに進化してきたものだからね。

 空間の使い方や、部屋の雰囲気に合わせ、絵画などの芸術品に負けないような存在感を出すように――それだけのものを生ける力を持っているあるいは、生ける力を持っている人とのコネがある……そういう一種の見栄の部分もあるの」

「なるほど。それなら大きくて迫力があるようなものが増えるわね」

「もちろん。現在だとまた事情も変わってはきてるんだけどね」


 発祥や思考の根幹が異なっている為、同じように器に花を生けるという芸術でも、ここまで差がでるのだろう。


「生け花を生けているところをちゃんと見るの初めてだったから、結構楽しませてもらったわ」

「それは何より。私もユノがアレンジしてるとこ見れて満足かな」


 お互いにそう言って笑いあった後、ふと冷静になる。

 それぞれの作品に視線を行き来させたあとで、苦笑が滲み出した。


「ところで、コレ……どーする?」

「どうしようか」


 完全に暇つぶしで始めたので、完成後どうするか考えていなかったのだ。


 ややしてユズリハは周囲を見渡すと、手をポンと打つ。


「しばらくはカウンターに飾っておこうか。

 ユノはそっち側、私のはこっち側。カウンターの両端においておく分には仕事の邪魔にもならないだろうしね」


 その提案にユノはうなずき、普段はバラの一輪挿しを置いてある場所に、自分のアレンジメントを置く。

 反対側には、ユズリハの生け花が置かれた。


 こうして、フルール・ズユニック工房のカウンターには、しばらくの間、二人の作品が飾られた。


 飾っている間、来訪者たちからは比較的好評だったので時々は飾るのも悪くないかな――などとユノは思ったりするのだった。


 ひたすら調理と食事だけをする回とかがふつうにある昨今。

 ひたすら花を生けるだけの回とかあってもいいよね――みたいな感じで書いたお話でした。


 なお、アレンジと生け花の差異に関しては作者の独自解釈に加え、作中ないの世界における常識と歴史が混ざっている為、現実に存在するモノとは多分にズレがあるコトはご留意いただけると幸いです。

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