091:サニィとフウロとユノのこと
また少し間が開いてしまってすみません
しばらくはこんなペースになってしまうかもしれません
花導協会の建物を飛び出したフウロは、とりあえず疲れるまで街の中を駆けてから、ふと――気が付いた。
(そういえば、ユノさんの容姿とかお住まいとか聞いてませんでした)
その辺の人に聞いてみれば良いか――とは思うものの、支部長から話を聞いた限りでは、かなり気むずかしい人として知られているようだ。
ユノさん知りませんか――と訊ねた時に、本人であった場合、てきとうな嘘で誤魔化されてしまうことだろう。
(そーですねー……とりあえず、それっぽい人にユノさんですね! と指さしてみるとしましょう)
激しく動揺したり、必要以上に否定したりする素振りをするなら、きっとそれが本物だ。
(うんうん。我ながら良いアイデアッ!)
胸中でグッとガッツポーズをしながら、フウロは街の中心にある広場へ向かって歩き始めるのだった。
♪
綿毛人互助協会カイム・アウルーラ支部。
1Fロビー。メインカウンター。
「サニーズ・ルージュ様……と。
はい。確かにハニィロップでお仕事をお受けしていて、依頼人からも報酬の振り込みがございます。
報酬の受け取り方法はいかがいたしますか?」
メガネを掛けた侍女服姿の女性――ネームプレートを見ると、サイーニャという名前のようだ――に問われ、サニィは少し思案してから、答えた。
「現金と貯金、半分ずつでお願いするわ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
サイーニャは席を立ち、ややしてから、指定した通り報酬の半分だけ現金を持ってくる。
「お待たせしました。
こちらが報酬の明細と、報酬の現金支払い分、そして入金明細になります。ご確認ください」
「ありがとう」
それらを受け取り、仕舞ってから、サニィは周囲を見渡した。
大なり小なり、好奇の視線が自分に注がれているのが分かる。
「まったく、貴女がどれだけ良い対応をしても台無しね」
サイーニャとて、こちらがユノ・ルージュと瓜二つであるということを気になっていることだろう。
それでも、それをおくびに出さずに仕事をするプロ精神に、サニィは敬意を表したい。
そんな思いを含めて、サニィはサイーニャに笑いかける。
それから聞き耳を立てている野次馬たちにも聞こえるくらいの声で、サニィは告げた。
「わたしとこの街のユノ・ルージュは家系図を遡っていくと、途中で血が重なるの。つまり血筋のせいで、容姿が似通ってしまってるだけよ」
「では、ユノちゃんとはご親戚なのですね?」
「そうね。血筋だけならそうよ。お互い、仕事で数度顔を合わせたコトがある程度で、ほとんど面識はないけれど」
実際はガッツリと仕事でかち合ったし、色々と関わり合いになってはいるのだが、敢えて口にする理由もない。
「あっちは仕事柄、髪を短くしてるコトが多いけど、わたしは多少伸ばしてる方が好きなの。見分けが付かないなら、その辺りで判断してちょうだい」
そう告げて、颯爽と綿毛人互助協会をあとにするサニィ。
「見た目だけじゃなくて、言動と雰囲気までそっくりじゃねぇか」
去っていくサニィの後ろ姿を見ていた若い綿毛人が思わずうめいた言葉に、聞こえていた者たちは、思わず同意するようにうなずくのだった。
綿毛人互助協会を後にしたサニィはとくに行く宛てもなかったので、とりあえずは中央広場に向かうことにした。
その途中――
「見つけましたよッ、ユノ・ルージュさんッ!!」
足を肩幅に開き、背筋を伸ばし、左手を腰にあてながら、右手の人差し指をビシっとこちらに向ける人物が目の前に現れた。
小柄な少女――というよりは、女性と呼ぶべき年齢のようにも見える――によるそのポーズからは、まったくもって威厳や威圧は感じない。
(あの子のトラブルの貰い事故かしらこれ……)
面倒な――と思いながらも、言うべきことをまず言っておくことにする。
「悪いけど、似ているだけで人違いよ」
「えー」
「えーとか言われても」
「そこをなんとか」
「人違いがどうにかなるわけがないでしょう」
指を突きつける仁王立ち姿勢のまま、徐々に弱気になっていく少女を、サニィは何となく観察する。
黒いブラウスに、黒いズボン。チューリップを逆さまにしたような丈の短い黒いマント。
そして、マントからぶら下がる桜・ヒマワリ・コスモス・雪割り草の花が一つにまとまった大きめの銀細工。
この姿をしている少女の正体はただひとつ。花導協会の協会運営員の制服だ。
「でも人違いで運が良かったとも言えるわね」
嘆息混じりにそう言ってやると、興味を示した彼女はポーズを解いて、薄紫色の髪を揺らしながら、こちらの顔をのぞき込むように訊ねてくる。
「どうしてでしょう?」
本当にこの子は何も知らないんだな――と思いつつ、サニィは軽く言い放つ。
「だって本物のユノ・ルージュは花導協会を嫌悪しているもの。出会い頭に……貴女、爆発するわよ」
「しませんよッ!? っていうか爆発ってなんですか!? 私は即席花術弾とかじゃありませんよッ!?」
「まるで即花導弾のように内側からドカンって、本物のユノ・ルージュならたぶんできるわよ」
実際にできるかどうかわからないものの、純粋で真面目な雰囲気のこの女性は、自分やユノのような人間の持つ火竜の尾を、無自覚に踏みまくってくる可能性があるので、一応の牽制だ。
悪意なき善意でもって尻尾の上にダイブされたらたまらない。
「と、いいますか……何で花修理をなさってる人が、花導協会を目の敵にしてるんですかーッ!?
花導協会と言えば、この世界フローステアに花導品を普及させるべく日夜がんばってる組織なんですよーッ!?」
(すごいわね。あの子の尻尾を踏むどころか、尻尾の上でダンス踊って見せてくれてるわ)
何も知らない者がその建前だけ聞けば、素晴らしい理念の下に運営されているように聞こえるが、ユノだけでなく有能な花導技術者たちが、協会の在り方を疑問視しているのだ。
(知らないっていうのは幸せだけど、自分の親切に盲目なやつに振り回されるのは面倒なのよね)
別にサニィはユノを養護する気などさらさらないが、どうにも目の前の女性は危ない気がする。
ユノと遭遇したら血の雨のが降りかねない。
「腐敗というのは見えないところから始まるものよ。
あるいは、自分の住む樹木の幹の中が、知らずにシロアリの巣になってる可能性だってある。
ユノ・ルージュに会いたいなら、自分がそういう立場の人間だって理解しなさい」
「え? 私が配属となったこの街の支部の建物は、最近立て直したらしくてきっとシロアリさんとかいませんよ?」
「そういう意味じゃないんだけどね」
嘆息混じりに呻いて、サニィは面倒くさげに女性を見やる。
すると彼女は、くりくりとしたピンク色の瞳を、子供のように輝かせながら、じーっとサニィを見つめていた。
「な、なによ……?」
「あのー……」
どこかあざとい仕草でもじもじしながら、彼女は意を決したように告げる。
「わたし、わかりましたッ!」
「な、何がよ?」
思わぬ迫力を伴う女性に、若干引き気味にサニィが訊ねると、彼女はうんうんと勝手に納得したように何度もうなずきながら言葉を紡ぐ。
「やっぱりあなたがユノ・ルージュさんですねッ!」
「きっぱりと違うと断言したはずだけど?」
確信とともに放たれた女性の言葉を、サニィは冷たく突き放す。
正直、これ以上はつき合いたくない。
「ふふふッ、そう言って実は本当はユノさんなんですよね。
私の妄想がそう告げていますッ!」
「ロクな根拠じゃないわね」
「かーらーのー?」
「何も言うコトはないわね」
「――と、見せかけて?」
「わたしはサニーズ。ユノじゃないわ」
「是非ともユノに改名をッ!」
「してどうにかなると思ってるの?」
「してくれるですか?」
「しないわよ。アホなの?」
「ヒドいですッ! 私がこんなに誠心誠意込めてお話をしているのにッ!」
「あなたがどれだけ誠心誠意を込めても覆らない話ってだけでしょうに」
「これじゃあうちの上司と仲直りさせられないじゃないですか」
「貴女が仲介すると逆にこじれるんじゃないかしら?」
呆れとうんざりとが混ざった顔で、サニィは大きく息を吐く。
これはもう無視してどこかへ行くべきだろう。
「これ以上は付き合いきれないわね。わたしは行くわ。
精々、がんばって本物を探しなさい。見つけられるコトが良いコトなのか分からないけれどね」
告げて、サニィは女性の横を通りって歩き始める。
だが、ややしてから、誰かが背後から追いかけてくる気配を感じて嘆息した。
もっとも、嘆息しただけで、足を止める気などない。
(一度来ただけだから、そこまで地理が詳しいわけじゃないけれど……)
この通りを真っ直ぐ進めば中央広場だ。
そこから各区画へと入っていける。
(別に悪党なんかじゃないから、裏街へと誘導するのは無しかしらね)
それに、連れて行けば連れて行ったで、何か騒動を起こしそうではあるのが問題だ。
(なら、適当なお店にでも入ろうかしら。
綿毛人向けで、それなりに美味しいところがいいわね。
あの子の顔を知ってる連中が多くいる場所なら、彼女を説得してくれる人もいるだろうし)
そこまで考えて、サニィはふと思い出す。
サニィは協会で綿毛人たちが話をしていたのを耳にした、食事処『フィール・グルック』のことを。
(最近出来たばっかりらしいのに、ユノを含めたこの街の有名人もよく利用するって話だったわね)
昼下がり――ランチタイムというには遅い時間。
今の時間なら、ユノとはち合わせることはないだろう。
そう考えたサニィは、その足を『フィール・グルック』へと向けるのだった。
「――という経緯で、この店に来たワケなんだけど」
「なるほど。よく分かったわ」
フィール・グルックのカウンター席に座りながら、サニィが説明を終えると、女言葉を操る店長が額に手を当てて、天井を仰いだ。
今の店主の気持ちは痛いほどよく分かる。
「はい。ランチプレートお待ちどうさま」
「ありがとう」
「サニーズさんだっけ? 貴女は別に何か悪いコトしたわけじゃないから、気にしなくていいと思うよ」
「そう言って貰えると助かるわね」
頼んだ料理をサニィの前に置きながら、給仕の女性が笑う。
その笑顔と、美味しそうなランチの香りで、多少は気分も落ち着く。
「問題があるとすれば……」
チラリ――と、給仕さんがそのテーブルを見やる。
「あっちのコよねぇ……」
店長もそちらに視線を向ける。
「いただきまーす」
もはや、視界に入れたくないとばかりに、サニィは目の前のランチの征服にかかることにする。
店長たちの視線の先にいるのは、結局ここまで付いてきた花導協会の職員と……
「…………」
明らかに不機嫌と分かるほど、藪睨みになっているユノ・ルージュ。
――そう。サニィそっくりの従姉妹は、運が悪いことにこのお店で遅めのランチを食べていたのである。
「まぁでもユノちゃんも、いくら嫌いといってもそこまでやったりしないわよねぇ……」
「だ、だよな。めっちゃ機嫌悪そうだけど、無茶なコトはしないよな」
店長と給仕の二人のそんなやりとりに、サニィは小さく嘆息した。
「ちなみに」
フォークで茹でブロッコリーを刺し、それを持ち上げながら、気休めにもならない補足を口にする。
「ユノの花導協会嫌いは筋金入りなのは有名みたいだけど……。
あの子の背骨にその筋金を押し込んだのは花導協会だっていうのは有名なのかしら?」
ブロッコリーの刺さったフォークをピョコピョコと動かしながら告げると、
「「え?」」
店長たちは目を見開き、思わずユノたちへと視線を向けた。
その頬に、冷たい汗が一筋流れているのも見て取れる。
「ユノちゃん、お店を壊すような花術をぶっぱしないわよね……?」
「さすがに無いと思う……思いたい……」
「新築なのよこの店ぇ……」
本気で不安になってきている二人に、サニィはのんびりと続けた。
「今でこそ上手く立ち回ってるあの子だけど、最初は花導協会の連中に研究成果や手柄を奪われまくってたらしいから」
ユノ・ルージュについて調べると、そういうことが見えてくるのだ。
元々サニィは復讐に近い感情でユノについて調べていた。
ただそこに憎悪があったわけではないからだろう。調べれば調べるほど、ユノへの感情とは別に花導協会の振る舞いに眉を顰めたくなったのだ。
「それで、あらゆるものを返上して学術都市から離れた以降は、事情知る奴知らない奴関係なく、花導関係者の多くから愚か者扱いされて、独学で得た研究成果を花導協会を通じて発信しようとしたら、研究だけ奪われた上に、成果はなぜか学術都市から発表されたとかで、大激怒だったとか」
組織全部が腐ってるわけではないでしょうけれど――と最後に小さく口にしながら、サニィはブロッコリーを口に入れた。
そんな連中が関わってくるなんて、ユノからすればたまったものではないだろう。
「そうなると……もう、あの協会員の人格や性質がどうこうじゃないでしょうねぇ……」
「だな。花導協会そのものが、常にユノちゃんの火竜の尾の上にあるってコトだろうし」
店長と給仕のそんな会話を聞きつつ、サニィはふと思う。
(もしかしたら――)
自分の八つ当たりのような復讐心は、ユノと対面した時ではなく、ユノの経歴を調べた時点で、消え失せてしまっていたのかもしれない、と。
(ま、過ぎたコトか。
詮無きコトってのはこういうコトを言うのかしら?)
そんなことを考えながら、サニィはブロッコリーに続き、一口サイズの鶏モモを口に入れるのだった。
異なる環境で育ってきたわりには、本質的なところでは比較的近い、ルージュさんたち。
次回は、ユノvsフウロです




