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090:上司っぽい悪魔と、新任の彼女

だいぶお待たせしてしまってすみません。


 カツ、カツ、カツ――


 出来る限り音を立てないように歩いているつもりでも、随分と音が出てしまう。


 それは自分の靴のせいなのか、廊下の材質のせいなのか、はたまたその両方か……。

 何にしろ、建物の中が静かすぎるので、酷く響いて聞こえるそれが余計な緊張を煽る。


 自分はあまり物怖じなどするような方ではなかったはずなのだが、それでも新しい職場の、一番偉い人に挨拶をしに行くというのは、多少の緊張を生じさせるものらしい。


「大丈夫よ、わたし。別に挨拶するだけだもの」


 自分を奮い立たせるよう独りごち、彼女はその部屋のドアをノックする。


「どうぞ」


 これから直属の上司になるだろう男性の声は、穏やかな調子の低く優しい声だった。


「失礼します」


 ドアを開けて中へと踏み込む。

 この瞬間、もしかしたら今日一番の緊張が、自分の中で走ったかもしれなかった。


 自分の中でこれから上司になるという人物の妄想を大きくさせすぎたのかもしれない。

 此度の上司の前任者であった人物は、この組織における悪徳の限りを尽くし続けた結果、この街――カイム・アウルーラの権力者たちに嫌われて、更迭処分とされたと聞いている。


 この組織のことは善良な組織だと思っていても、前任者がそういう存在であるという噂がある以上、新しく任されたこの上司が悪徳と悪逆の徒であったとしても不思議ではない。


 具体的に言えば、額に角が生えてたり、背中にコウモリの羽がが生えてたり、あるいは先っちょが矢印のようになっている黒い尻尾をはやしたりして、犬歯は鋭い牙となり、うら若き自分の首筋にかみつくことで、こちらの思考を奪い、別の思考植え付けるような――そんな正体を隠しながら人の良さそうな上司で有り続け、好きを見て襲いかかってくる可能性はゼロではないのだ。


 その先にあるのは、人でなくなってしまった自分と上司のロマンスか、はたまたそんな上司の都合の良い女となったことに悦び(かしず)くアダルトな世界か……。


(どちらでもあっても傍目から見たいとは思いますけど、自分がそうなりたいというのは違いますね)


 とにもかくにも、彼女は妄想を振り払いながら、上司に失礼がないようマナー教本通りに執務室へと入室し、愛読書である『上司に受ける立ち回り』を参考にした、挨拶をすることにする。


 背筋を伸ばし、書類に埋もれて見えない上司の目を見る気持ちで、練習通り淀みなく、彼女は言葉を紡いだ。


「本日より配属となりました、フウロ・ゼラニアと申します。

 支部長付きの秘書として、これから精一杯がんばらせていきたいと思っております。

 馬車馬のようにコキ使っていただいて構いません。お金をいただかずとも這いずってでも仕事ができます――って参考書どおりの挨拶をしてみたものの、最後の下りどうかとおもっておりますが、よろしくお願いします」


 ついつい本音が出てしまったが、概ね好感度アップ狙える挨拶ができたのではないかと思う。


 それに対しての上司の反応はというと――


「うん。僕もその下りが乗ってた参考書は今すぐ投げ捨てるべきだと思ったかな。

 やっぱりお金は働きに見合ったものが用意されないとね。やる気がでない。

 そういう意味では、君がその下りに疑問を抱いたコトに好感が持てたよ」


 少し想定と違う答えだったものの、好感度アップは見事成功したようなので、ひと安心といったところだろう。


 よいしょ――っと、上司は机に積みあがった書類の山をズラして、その姿を見せた。


 後ろへと撫でつけた青みがかった銀の髪は、うなじの辺りで束ねられ細く長く垂れていた。

 元々細目だろう目を、穏やかな笑みとともにさらに細めている。


(うわッ! 美人ですッ! 男の人の美人ですッ!!)


 フウロは内心のテンションがあがる。

 出勤する度に目の保養ができそうな上司だとは思っても見なかった。

 そして、そんな外見のわりには、老舗の酒場の店主を思わせるような、深く渋みのある声のギャップもたまらない。


 だが、しかし――


(額に角……? それに羽もッ!?)


 目の前にいるのは、額に角が生えてたり、背中にコウモリの羽がが生えてたり、あるいは先っちょが矢印のようになっている黒い尻尾は見えないものの、犬歯は鋭い牙となり、うら若き自分の首筋にかみつくことで、こちらの思考を奪い、別の思考植え付けるような――そんな正体を隠しながら人の良さそうな上司だったようだ。


「わ、私の血は食べてもおいしくないですよーッ!?」

「いや、食べないよッ!?」

「でもでもッ、その姿はどう考えても人の生き血とか啜っては、グルメ日記を綴っちゃう感じの人の姿ではッ!?」

「小道具だからこれッ、ちょっとしたお茶目だからッ! あッ、でも日々美味しいご飯を探してはグルメ日記書く趣味はあるねッ!」

「やっぱりそういう人じゃないですかーッ!?」

「君の中でグルメ日記を書く人をどう思ってるか知りたいよッ! というかこれ、取り外せるからッ!」


 どうやら、目の前にいる悪魔は、その身の角と羽が脱着可能らしかった。


「君、小道具だって信じてない顔してるねッ!?」

「油断させて後ろからガブっとやる気なのでは? とは思ってます!」

「どうしたら信じてくれるのかなぁ……君……」


 目の前にいる上司風吸血鬼は、なぜか疲れたように嘆息した。


「まぁいいや。その辺りは追々すり合わせておくとして、この街――カイム・アウルーラに赴任してきた人には、必ずしている警告があるんだ。

 ちょっと真面目な話だから、そのテンションを平常時にまで戻してくれないかな?」


 かなりシリアスな顔をする上司風脱着式角&翼装備悪魔を見て、フウロも姿勢を正した。

 それが面白い系悪魔の顔ではなく、この組織の責任者の顔だと思ったからだ。


「ユノ・ルージュに関わってはならない」

「ユノ・ルージュに関わってはならない?」


 オウム返しするフウロに、上司は神妙にうなずいた。

 その様子に、フウロはやや考えてから、真っ直ぐに上司へと視線を向ける。


「あの……」

「なにかな?」

「ユノ・ルージュさんてどちら様ですか?」


 そこで上司が目を見開くくらいには有名な人だったようだ。


「彼女のコトを知らないのであればむしろ好都合だ。彼女に対して言ってはいけない言葉というのは、彼女の二つ名などだからね」


 そうして、上司はユノ・ルージュなる女性の為人(ひととなり)を説明してくれた。


 曰く、花導術師(フルーラー)であり(フィオ・)導技師(テクノロジスト)でもある天才。

 しかし、かつて彼女に対してうちの組織が酷い仕打ちを繰り返してきた為、非常に嫌われているらしい。


 根本的にこの組織に属しているということそのものが、彼女の癇にさわるらしく、制服を着ているだけで嫌悪される。

 余計なちょっかいをかけると、噛みつかれるだけではすまない可能性がある。


「……危険人物なんですか?」

「彼女は善良だよ。多少ひねくれてはいるがね。

 もっとも、ひねくれた原因も学術都市と我々のやったコトが原因だから、始末に負えない」


 困ったように天井を見上げる上司に、フウロはふと脳裏に過ぎるものがあった。

 目の前にいる上司の寂しげな表情――もしかしたら学術都市時代に、ユノ・ルージュと何かがあったのだろう。


 持ち前の妄想力を発揮してフウロの脳味噌が高速回転していく。


 もしかしたら片思いだったのかもしれない。

 あるいは、恋人だったのか。


 だけど、上司がこの組織に属してしまったが為に、そんな相手から嫌悪の対象となってしまった悲しみ。それがあの表情の意味だとしたら……。


 せめて恋仲に戻れなくても、仲直りくらいはしてもらいたいと思ってしまうのが人情ではないだろうか。


「わかりました」

「分かってくれればいい」


 安堵する上司を見て、ピンと直感が働いた。


「ユノ・ルージュさんに認識を改めて貰えばいいんですねッ!」

「うんうん。ここまで分かって貰えなかったのは初めてだ」


 半眼でうめくという表面上完璧の仕草を見せてくれているけれど、フウロには分かる。

 この上司が、心の中でうなずいているとッ!


「お任せくださいッ! 支部長の秘書として、事務担当として、がんばりますのでッ!」

「何をだい?」

「もちろん、ユノ・ルージュさんの説得ですッ!」

「え?」

「あと、支部長とヨリを戻せないのかというのもお訊ねしないとですねッ!」

「え? ヨリ? ユノと?? なんで???」


 無意識に出たのかもしれない呼び方は、とてもフランクだった。

 やはり、自分の考えは間違っていないのだとフウロは確信する。


「新天地最初の任務、了解しました!」

「しなくていいよッ! 頼んでもいないしッ!」

「それでは言ってきますねッ! 支部長の秘書として、相応しい仕事ぶりを披露してみせますねッ!」

「披露されるまえに僕が疲労してるって気づいてッ!」

「疲れた身体が元気になるおまじないしていきますので、ファイトです!」

「そのおまじないの名前、マッチポンプって言わない?」

「いえ。明日天気にな~れって名前です」

「体調関係ないよねそれッ!」

「気圧とか大事じゃないですか。私、雨の日弱いんですよね」

「はぁ……」


 深く深く上司が嘆息する。

 やはり、相当お疲れのようだ。


 支部長という激務に加えて、ユノ・ルージュに対する思いで、相当の心労があるのだろう。


「明日天気にな~れッ! ……それでは行ってきますッ!」

「消し炭にならないように気をつけてね」

「どんな晴天でも消し炭になったりしませんよ?」

「うん。君にはもう何を言っても無駄な気がしてきた。気が済むようにやっておいで。ついでに街の中の見学をしてくるといい」

「はいッ!」


 ペコリとお辞儀して、フウロは勢いよく部屋を取び出していく。

 仕事ついでに、新天地を見て回ってきてもよいだなんて、理解のある上司だ。

 悪魔っぽいとか、吸血鬼とか、グルメ日記マンとか思ってしまったのが申し訳ない。


(今度謝りましょう――って、そういえば、名前を聞き忘れちゃいましたね)


 明日、謝るついでに、支部長の名前をちゃんと聞いておかないと。

 そんな決意を胸に、フウロは支部長の部屋からだけでなく、建物からも勢いよく飛び出した。


 花導協会(フィーローズギルド)カイム・アウルーラ支部 支部長付き秘書官フウロ・ゼラニア。

 それが今日から始まる新天地(カイム・アウルーラ)での役職である。



     ♪



 昼下がり、ランチタイムにはやや遅い時間――


「くちゅんっ!」


 最近オープンしたばかりの食事処『フィール・グルック』のカウンター席で、ユノは小さくくしゃみをした。


「あら、ごめんなさい。胡椒、そっちまで飛んじゃったかしら?」


 オネェ言葉を操るイケメン店主の言葉にユノは首を横に振ってから、軽く傾げる。


「胡椒とか風邪とかじゃないと思うんだけど……何かしら?」

「ユノは色々と噂されやすいからな。そういうのじゃないか?」


 ことり――と、丁寧にユノの前に料理の乗った皿を置きながら、メンズのギャルソンルックが良く似合う、店主の奥さんが笑う。


「……だとしたら、たぶんいい噂じゃない気がするわ……」


 美味しそうなご飯を前に、どこからともなく飛んできた嫌な予感。

 根拠のないそれを振り払うように、ユノはカトラリーを手に取って、勢いよく遅い昼食をかき込み始めるのだった。


ちょっといつもより短いですか、今日はこの辺で。

次のお話は、そんなにお待たせしない予定です。

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