087:花嫁の、修行はかくも、厳しいか - 前編 -
濃く深い緑の渦中。ところどころに鮮やかすぎる原色が混ざる。
熱気と湿気とともにむせかえるような、土と緑の香りが充満する。
獣道すらもっとマシな道だろうと思わせるほどにそこに道らしき道などなく。ただただ密度の濃い木々と草花。
時々聞こえてくる鳥や獣の鳴き声は、この森――いや密林を進む二人には聞き馴染みのないものばかりだ。
「……どこ、ここ……?」
ユノとユズリハの記憶に間違いがなければ、カイム・アウルーラ近辺にこのような土地は無かったはずだ。
「周辺のマナの流れもおかしいんだけど……ほんと、ここどこなの?」
目を眇め、周囲を見渡しながら、ユズリハがうめく。
「こういう場に合わせたまともな装備がない中で進むのはきついわね」
「そもそも、こういう森なんて想定してなかったし」
想定できるわけがない――とうなだれるユズリハに、ユノは全力で同意する。
「とにかくもう依頼なんてどうでもいいわ。とっとと帰りましょう」
「それには異論ないけど、どーやって?」
ユズリハの疑問にユノは空を見上げ――木々の枝葉が邪魔でロクに空なんて見えないが――、ただただ沈黙するのだった。
事の起こりは、一昨日まで遡る――
「ユノ。明後日は特に予定なかったよね?」
工房の受付カウンターの椅子に腰掛けながら、ユノがぼんやりしていると、散歩にでかけていたユズリハが戻ってくるなりそんなことを聞いてきた。
それに、ユノはゆっくりと顔を上げながらうなずく。
「ええ。どうかしたの?」
「綿毛人協会に、ユノが興味持ちそうな仕事があったからね。受けて来ちゃった。付き合って欲しいんだけど」
茶目っ気混じりにそう口にするユズリハに、ユノは軽く目を眇めた。
「人に確認する前に引き受けるんじゃないわよ。
あたしが、嫌だって言ったらどうするの?」
「その時は、ライラかアレンを誘うよ」
ちゃんとアテがあるならいいか――となどと考えながら、ユノはユズリハに先を促す。
「それで、どんな仕事なの?」
「花嫁修業のお手伝い」
「興味ないわ。がんばって」
ユズリハの答えに、ユノは間を空けずに即答して手をひらひらと振った。
「そういうと思ったけど、まずは話を最後まで聞いてよ」
「……まぁ聞くくらいならいいけど……」
今日は暇だったのだ。
話し相手が欲しいと思っていたところでもあるので、丁度良いといえば丁度良い。
ユノが渋々といった様子でうなずくと、ユズリハはカウンターの脇から中へと入る。
隅に置いてある予備の椅子を持ってくると、それに腰を掛け、ユズリハは話を始めた。
「本題に入る前に……だけど、ユノって花嫁――というかお嫁さん必修科目ってどれくらいできる?」
「んー……興味ないけど一通りできるわよ。炊事、洗濯、掃除……興味ないけど」
「二度も口にするくらいには興味ないんだね……。
美人の条件である花飾は?」
「花飾が上手いコトが美人の条件ってやつね……。個人的には全然ピンとこないのよね。ブーケやアレンジメント、コサージュ作りなんかは、花術師としても花修理としても、必要な技能だし」
椅子の背もたれに体重をかけ、前足を浮かせながらユノは天井を見上げる。
その時、ふとユノは脳裏によぎったことを訊ねた。
「そういうユズリハはどうなのよ?」
「家事全般は知っての通り。東方式だけどブーケは作れるし、アレンジ――というか生け花はできるよ」
「大陸の東側はアレンジよりも生け花の方が主流なんだっけ?」
「そうそう」
家事全般というのは、どちらかというと平民女性の花嫁スキルではあるのだが、花飾作りのスキルに関しては身分問わず必須科目だ。
特に平民においては、ブーケなどの花飾作りが上手い女性を、花飾美人などと呼ぶこともある。
男性から女性への『あなたの作った花飾をいつもうちの玄関に飾らせて欲しい』
女性から男性への『わたしの作った花飾をいつもあなたの家の玄関に飾って欲しい』
――そういったフレーズは、オーソドックスなプロポーズの言葉として扱われることもあるくらいだ。
「そんな花飾だけど、ところ変わればローカルルールがあったりするんだよね」
「なるほど。そのローカルルールが本題なわけだ」
「うん」
わざわざ綿毛人協会に依頼するようなローカルルール。それが気にならないと言えば嘘になる。
「依頼人さんの故郷ではね、嫁入りの時、結婚式当日までに特定の花を使った花飾を旦那さんにプレゼントしないといけないんだって。で、それを取ってくるのが花嫁修業の一環らしいよ」
「特定の花っていうのは?」
「ゴーストステッキュアーズっていうお花らしいんだ。木五倍子の仲間らしいけど」
「聞いたコトないわね」
「木五倍子の特異種らしくて、特定の時期に特定の条件の揃う場所にしか咲かないらしいんだよね」
興味あるでしょ? と言いたげに、ユズリハがニヤリと笑った。
自分の知らない未知の花というのは、確かに大変興味が引かれる。
「カイム・アウルーラ近辺だと、常濡れの森海の一部で咲くコトがあるみたいなんだ」
「……つまりは採取依頼?」
「採取の護衛依頼だね」
椅子の前足を戻し、ユノは少し難しい顔をしてから――やがて結論を出した。
「いくわ」
「そうこなくっちゃ」
そうしてユノは、依頼人であるアロエリーナ・ピーチジオラスとともに、常濡れの森海へと行くことを決めたのだった。
そして時間は現在に戻り――
「アロエリーナとはぐれた途端、何なのよこれは……」
「どう考えても常濡れの森海じゃないよね、これ……」
依頼人とはぐれるなり迷い込んだ謎の密林に毒づきながら、二人はその中を進む。
木々の隙間から空を見上げて現実逃避していても解決しないと現実を見つめ直すことにした二人。
だが、あまりにも勝手を知らぬ森過ぎて、進むべき方角も道も見えてこない。
手探り同然に歩いていると、周辺からガザガサと音が聞こえてくる。
風にしては不自然なその音は、徐々にユノとユズリハに近寄ってきているようだ。
「……まぁ想定内よね」
「考えたくはなかったけどね」
うんざりと息を吐きながらユノは原始蓮の杖を、ユズリハはコダチを構える。
そして茂みの中から、音を鳴らしていた者が姿を見せた。
それに対して、ユズリハはためらうことなく、踏み込んでいく。
飛び出してきたのは、奇妙な仮面を付けた猿のような生き物だ。
魔獣か動物は知らないが、このような存在は、カイム・アウルーラの近隣に生息してはいないはずである。
初めて見る存在だが、ユズリハは自身がするべきことをしっかりと見据えていた。
仮面猿に向かって踏み込んだユズリハが、コダチを鞘走らせ、銀光を閃かす。
「砕ッ!」
喉から迸る気合いとともに放たれた一閃は、ユズリハの目の前にいる仮面猿の胴を両断した。
その様子を横目で伺いつつ、ユノも自分の背後に迫る気配へと意識を向ける。
原始蓮の杖にマナが巡り、先端のつぼみが開花する。
開いた花を迫る気配に向けて、ユノの口が詠唱を紡ぐ。
「始まりは咲き誇る焔歌。重ねず一つ」
ユノが狙いのつけていた辺りの茂みから、仮面猿が飛び出してくる。
だが、完全に身構えてユノからすれば、それは奇襲でもなんでもなく――
「其は咲き誇る華焔の種ッ!」
慌てることなく振り返ると、用意しておいた花術を解き放った。
杖の先端から収束された熱衝撃が解き放たれる。
白熱の閃光が、仮面猿の土手っ腹に突き刺さり炸裂し、吹き飛ばす。
爆発とともに茂みの中へと追い返された仮面猿はしばらくもがいていたようだったが、やがて動きが弱々しくなり、動きを止めた。
「訳が分からない場所に、訳の分からない生き物……本気でどこなのかしらね、ここ……」
うんざりとした気分でユノがうめいた時、女性の悲鳴が聞こえてくる。
「ユノッ、今の声……ッ!」
「ええッ! アロエリーナのもののようねッ!」
二人は顔を見合わせうなずきあうと、声のした方へと駆けだした。
今回の依頼人であるアロエリーナは、背はやや低めで、肩より少し長めのふんわりとした髪に、胸とお尻が大きめの美人だった。
本人にそういう意志が無いのだが、男性から受けやすく女性からは嫌われやすい雰囲気の女性でもある。
実際に喋ってみれば、嫌みもなく大人しく真面目な女性なので、ある意味で見た目や雰囲気で損をしてしまっている人でもあった。
故郷である辺境の村が嫌になって飛び出し、カイム・アウルーラまで来ておきながら、故郷伝統の花嫁修行を重んじているあたり、根っこの真面目さと、どこか融通の利かなさのようなものも感じる。
あるいは、故郷を思う哀愁も、多分に混ざっているのかもしれないが。
とにもかくにもそんな依頼人である女性が、ユノとユズリハの前で仮面猿に襲われていた。
「あの猿ども……ッ!」
「何なのあの仮面?」
「っていうか、確かにアロエリーナは襲われてるけど」
「うん……襲われてるけど……」
先にユノたちに襲いかかってきた猿たちとは違い、アロエリーナを襲っている猿たちの仮面は、少し――いやかなり変だった。
まるで酔っぱらったセクハラおやじのニヤケ顔のような仮面だ。
そんなニヤケ仮面の猿たちが、アロエリーナにまとわりつき、胸やお尻を撫で回し、嫌がる彼女の様子を楽しんでいる。
一瞬、状況へのツッコミを入れる為、我を忘れかけた二人だったが、即座にするべきことを思い出して、地面を蹴る。
「仮面通りのセクハラっぷりかッ!」
「消えろ女の敵ッ!」
そうして、問答無用で変態仮面猿たちを叩きのめした。
「アロエリーナ、大丈夫?」
「助けて頂きありがとうございます」
ペコリとお辞儀する彼女に、ユノとユズリハは小さく安堵する。
「でも、アンタだって多少は護身術使えるでしょう?
あの猿程度だったら、あしらえたでしょうに。大した強さじゃないわよあいつら」
辺境だという故郷からカイム・アウルーラまで何事もなく来れる道程ではないだろう。
最低限、綿毛人としての護身の心得くらいはあるはずだ。
「それはまぁ一応……ですが、今回は花嫁修業ですので」
「いや意味がわからないんだけど」
ユノとユズリハが首を傾げると、アロエリーナは頬に手をあて、おっとりとした調子で答える。
「夫が連れてきた、ちょっと夫との仲を拗らせるのはよろしくない人との接し方の修行の一つだそうなんですけど」
アロエリーナが口にしたその修行の内容に、ユノとユズリハが即座に告げる。
「問答無用で殴り倒し、自分の立場と行いの咎を魂に刻み込むように躾れば? ついでに仕事だか何かを優先するあまり嫁を守ろうとしない旦那も調教するべき」
「直接訴えられないなら、旦那様がそいつと関わらなくて済むような噂を無関係な場所から婉曲的に流せば? その上で旦那様と『お話』した方がいいよね」
「どうしましょう。お二方の花嫁修業が必要な気がしてきました」
アロエリーナが困ったような顔をするが、ユノにしてもユズリハにしても、自分の不利益にしかならない旦那も旦那の知人もお断りである。
「読む必要のない空気なんて読むだけ損だからねぇ」
「ユズリハの言う通りね。そんな空気、より強い空気で吹き飛ばせばいいのよ」
こちらの言葉に目を瞬くアロエリーナ。
そんな彼女に、ユノは訊ねた。
「ところでさ、ここってどこなの?
カイム・アウルーラ近辺にこんな場所はないはずよ?
そもそも、さっきまであたしたちは常濡れの森海にいたのよね?」
「ああ、それはですね」
ユノの疑問に、アロエリーナはうなずく。
「ゴーストステッキュアーズの生えた場所を中心とした一定範囲内で、私の故郷の者が、花嫁修業を行うと強く願うと、花嫁修業結界空間が展開されるのですよ」
「花嫁修行結界空間」
「試練に扮した仮面猿による複数の試練を乗り越え、ゴーストステッキュアーズのところにたどり着くと、花嫁の心得というものが手に入るという話です」
「花嫁の心得」
とても真面目な調子で語るアロエリーナに、ユノとユズリハの思うことはただ一つ。
「あたしの知ってる花嫁修業と違うッ!」
「私の知ってる花嫁修業と違うッ!」
思わず叫ぶ二人に、アロエリーナはおっとりと笑った。
「まぁ……カイム・アウルーラではあまり聞かないと思っていたのですけど、この辺りは別の花嫁修業があるのですね」
「そういう意味でもないんだけど」
「この人、故郷の先入観があるせいで説明がしづらい」
二人は思わず頭を抱える。
だが、いつまでもそうしていても仕方がないと、小さく息を吐いて気持ちを改めた。
「まぁいいわ。アロエリーナの故郷にそういう風習がある。そこには納得しましょう。この不思議空間に関してはもうちょっと調べたいけど、優先するべきはゴーストステッキュアーズの採取だしね」
「そうだね。極論言っちゃえば、私たちが関わるべきはそれだけだろうし」
好奇心はあるが、関わると頭痛がしそうだ――そう判断したユノとユズリハは、最速で仕事を終わらせることにした。
「それで、どこにゴーストステッキュアーズがあるのかは分かる?」
「はい。それは問題ありません。
うまく説明できないのですけど、あっち――みたいな気配? というのでしょうか? 感覚的にわかるのです」
「そう。なら、先に進もう」
ユズリハに促され、アロエリーナは歩き出す。
歩き出した二人の一歩後ろを歩きながら、ユノは思案する。
(この空間も気になるけど、さっきの猿も気になるのよね……。
あれ、動物でも魔獣でもない気がするし……)
どうにもふざけた空間ではあるが、意外とバカにできない何かがあるような気がして、ユノは押さえきれない好奇心で、口の端をつり上げていた。
密林を少し進むと、なにやら険しい表情の老婆の仮面を付けた猿が一匹現れた。
「あれは?」
ユズリハがアロエリーナに訊ねると、彼女は恐らく――と前置いてから、答える。
「口うるさい姑ではないでしょうか。
こう、なにをやっても文句ばかりの姑の言葉を聞き流す修行かと」
色々と言いたいことのあるユズリハだったが、続いてもう一匹、今度は穏やかな表情の老婆の仮面を付けた猿が現れる。
「あれは?」
「そうですね……たぶん、息子の奥さんに気を利かせすぎるあまり、奥さん的には全然ありがたくないんだけど邪険にしづらい行動と言動を繰り返す姑ではないでしょうか?」
アロエリーナの解説に、ユノとユズリハはお互いに顔を見合わせて、役割を決める。
「あたしは左。ユズは右」
「りょーかい」
「えーっと……?」
何をするのか戸惑っているアロエリーナを尻目に、ユノとユズリハの攻撃が、二匹の姑仮面を吹き飛ばすのだった。
それからも何度か姿を見せる、試練という名の仮面猿たち。
何かにつけて花嫁の身体に触れてくる舅という設定の仮面猿をユノが問答無用で爆破。
弟より俺の方が満足させてやれるぜと会う度に言ってくる義兄という設定の仮面猿に対しては、ユズリハはわざわざ股間のアレを切り落としてから、改めて脳天から真っ二つ。
何かコンプレックスでも刺激されるのか会うたびに花嫁の体型に関する嫌味しか言ってこないという義姉という設定の仮面猿をユノは容赦なく凍結させる。
その身体で結構稼いでるんだろーとニヤニヤ笑いながらお小遣いをせびってくる義弟と義妹という設定の仮面猿コンビを、ユノとユズリハの合体攻撃で粉砕したところで、アロエリーナがとても言いづらそうに声を掛けてきた。
「あの……私が受けるはずの試練で、基本的に仮面猿の行いに我慢しつつも彼らの要求には答えないように立ち回り方を鍛えるのモノらしいんですけど……」
「ぶちのめしちゃいけないルールでもあるの?
問題なく、次々と試練がやってくるけど」
「頼りになる味方を雇って身を守ってるんだから、『彼らの要求には答えないように立ち回り方を鍛える』という点だけは成功してるから大丈夫でしょ」
何の悪びれもないユノと、一見するともっともらしいこと言っている気がするユズリハの言葉に、アロエリーナも、そういうものかな――と思いつつも、首を傾げた。
そういうやりとりをしながら歩いていると、今度は眉を顰めた不機嫌な様子の仮面に、なぜかスーツを着た猿が姿を見せた。
その仮面猿はこちらを一瞥するなり、嘆息してやれやれと首を横に振る。
瞬間――
「え?」
アロエリーナが仮面猿に反応するよりも先に、ユノの蹴りが容赦なくスーツ姿の仮面猿の仮面ごと顔面を凹ませる。
「この仮面猿は、あたしの前でのうのうと口を開かせちゃいけないやつと見た」
「そうりゃまぁそうだろうねぇ……。
これまでのノリから行くと、奥さんをバカにするコトしかできない旦那様だろうし。
自分は仕事しかできないのに、家のコトをがんばってる奥さんに『そんな簡単な家のコトしかしてないのに疲れたとか言うな』とかって怒るやつでしょ、今の」
やれやれとユズリハが肩を竦めたところで、ユノが半眼になって周囲を見渡す。
「そんな猿とやりあうのがなんで花嫁修業なのよ。精神修行の間違えじゃないの?」
そうして半眼のままうめくようにそうこぼすと、アロエリーナが不思議そうに首を傾げた。
「え? 違うんですか?
故郷の村では、花嫁修業とは不条理な出来事に対して精神耐性を得る為の精神修行で、その報酬がゴーストステッキュアーズだって教えてもらっていたんですけど」
「この花嫁修業、アンタの田舎だけのローカルな話だからね」
「そうだよね。普通、花嫁修業って言ったら炊事や洗濯といった家事をできるようにしたり、花飾をできるだけ上手にできるようにする練習だったりだし」
ユノとユズリハの指摘に、アロエリーナは手を口元に当てながら、驚愕に目を見開く。
「そ、そんな……結婚とは惚れた男に対して自分の幸せをなげうって尽くす覚悟を決める儀式だと教えて育ったのですが……」
「……少なくとも仕事がデキるなら男も女も関係ないカイム・アウルーラから見れば、つまらない発想だよね」
「自分の幸せを投げ捨てなきゃできない結婚なんかやめちゃいなさい。意味がないもの」
ユズリハとユノに言われて、アロエリーナはとても困った顔をする。
それを見ながら、ユノは続けて告げた。
「そもそも根本的な話、花嫁修業に護衛が必要なのもどうだろうって話だけど」
「それは、そういう花嫁修業なので」
「田舎でもそうなの?」
問われて、アロエリーナは少し考え込む。
「そもそもあまり人が来るような土地ではありませんでしたからね。
村はずれの小さな森を抜けた先にある崖にゴーストステッキュアーズが咲いてましたから……特に護衛はいらないかもしれませんね。
その森だって多少訓練を積んだ子供が木の棒で倒せるような魔獣くらいしか、生息してませんでしたし……。
それに、誰も花嫁修業に疑問を抱いてませんでしたし……」
「そういう状況なら仕方ないんじゃない?」
あまり余所と交流のない田舎の村であれば、伝統の名の下に何も疑問を抱かずに、伝統を繰り返すのだろう。
「伝統の名を借りた、面倒なローカルルールって意外と厄介なんだよね」
「実感こもってるわね、ユズ」
「色々見てきたからねぇ……」
遠い目をするユズリハに、ユノはどこか同情したように肩を竦める。
「それで……外の常識を知ったアロエリーナ。どうするの?」
「わかりません。でも、この花嫁修業はとりあえず続けます。ゴーストステッキュアーズのところまでいかないと結界も解けないって話ですし」
「自分の常識が崩れた時の何とも言えない感情ってのは処理が難しいからねぇ……無理して頭動かすより、目標があった方がいいのは確かだよね」
困惑しているアロエリーナをユズリハはフォローして、さらに密林の奥へと歩き出した。
やがて、周囲が崖に囲まれた小さな花畑のような場所にたどり着く。
その花畑を囲むように木五倍子の木が生えている。
広がるように周囲へ伸びる枝から垂れ下がるように細くしなる枝が生え、そこにブドウを思わせるまん丸い小さな花が無数に咲く。
白や黄色、ピンクの木五倍子の花穂が無数に垂れ下がる光景は、独特の趣があって綺麗だ。
そんな木五倍子に囲まれた花畑の真ん中に、樹皮が真っ白な木五倍子の木が生えている。
「あれが……ゴーストステッキュアーズ」
アロエリーナが見ているその木に咲いている花穂は、半透明でぼんやりと光っている。それでいてどこか現実感に欠いた雰囲気だ。
「なるほど、幽霊木五倍子とは言ったものね」
その姿に、ユノは思わずそう嘯く。
「でも、透明でぼんやり輝く花って花飾の材料にしづらくない?」
感動するユノとアロエリーナに水を差すような発言をしつつも、ユズリハの瞳も初めて見る花に輝いている。
そんな三人の前に、今までの仮面猿よりも二周りは大きい体躯をした仮面猿が姿を見せる。
体格の良い白毛の個体――猿系の魔獣であれば、群のボスにあたることの多い個体だ。
「仮面猿のシルバーバック……親玉のお出ましかしら?」
シルバーバックが付けてる仮面は、点が三つあるだけのものだ。
目だろう点が二つと、口だろう点が一つ。
今までの仮面猿と異なり、その役割が分からず、三人が困っていると――ある程度の距離まで来たところで、シルバーバックは動きを止めた。
ユノとユズリハの緊張感が高まっていく。
これまでの流れから考えれば、何らかの役割でもって花嫁修業に来たものに忍耐を強いるのだろう。
だが、ユノとユズリハは耐えることなく問答無用でぶちのめしてきた。
それをこのシルバーバックがどう評価しているかも分からないし、それをルール違反だとするのなら、こちらと同じように実力行使に出てくる可能性もあるのだ。
ややして、シルバーバックが動く。
ユノとユズリハが身構える。
そして――
「もうッ、勘弁してください……ッ!」
シルバーバックはそう叫びながらいきなり土下座してきた。
「えーっと……?」
あまりにも予想外の行動に、三人は思わず顔を見合わせるのだった。
思ったより長くなってしまったので、前後編にて。
後編はあまりお待たせしないようにしたいと思います。




