081:夜闇は寄生花を除草する
「ああッ、もうッ!! とっととくたばりなさいよッ!」
明らかに苛立ちの混じったその声を花銘として、ユノは花術を解き放つ。
言葉とともにユノの持つ杖の先端から打ち出された、手のひらサイズの不可視の球体は、ヒースシアンの足下に突き刺さる。
地面に触れた瞬間、それは突風が巻き起こり、周辺にあるものを薙ぎ払っていった。
「なんなのよッ!」
続けざま、ユノは杖を持ち替えて石突きの方をヒースシアンに向けると、オドを練り上げる。
右手に構えた杖を左から一閃。
虚空にオドが赤いラインを作る。
「アンタはぁぁぁぁぁ――……ッ!」
空中に停滞する横一文字の赤いラインに、ユノは続けて杖を下から上へと振り上げた。
直後、十字を作った赤いオドが、勢いよく動き出した。
先ほどの突風の花術でよろめいていたヒースシアンに、十字のオドが直撃する。
ヒースシアンは肉体に十字の傷を刻み込まれながら、吹き飛ぶ。当然、黒い液体をまき散らしながら。
地面を転がり、起きあがる頃には十字の傷はふさがり始めていたが。
「ちッ」
その舌打ちが何に対してのものなのか、音を鳴らしたユノ自身もよくわからない。
「落ち着いてください、ユノ・ルージュ」
「落ち着いてるわッ! いや――そうね……」
ユノは窘めてくるレインの言葉に一度噛みつくように答えてから、小さく息を吐いた。
確かに言われた通り、落ち着きがなくなっていたかもしれない。
「でも、仕事の邪魔をされて、仕事仲間を奪われて……おとなしくなんてできないわよ?」
「そらそうだ」
不機嫌な顔でうめくように声を出すユノに、クラウドは軽い調子でうなずいた。
クラウドもクラウドで、軽薄な笑みを浮かべてるのに瞳が何も感情を浮かべていない。
その間に立たなければならないレインとしては、うんざりとした心地にもなる。
とはいえ、二人の感情を理解できないほど、レインは冷めた人間でもないので、余計にうんざりとしてしまうのだが。
ふと、レインがライラの姿を探すと、彼女は遠目からヒースシアンを睨むようにしながら、そこから動かず何かをやっている。
怒り任せに動いてもどうにもならないのだと――冷静に判断して、独自に策を練っているのだとしたら、将来は有望そうだ。
この状況でも、感情で動くのは良いことではないと判断できているのは良いことだ。
(それにしても――右手にマナを、左手にオドを、それぞれに同時に集めるなんて、なかなか器用なコトをしていますね)
その上で、何かをしようとしてうまく行かずに首を傾げているようだが。
(誰一人として諦めていないのは素晴らしいコトですが――打開策が全くないというのも困りものですね)
ヒースシアンが元々大したことがなかったからか、あるいはヒースシアンを取り込んだ黒い存在が愚鈍だからか――どちらにせよ、彼がスペックを持て余し、使いこなせていないのは、こちらにとってありがたいことだ。
だが、どのように傷つけようとも再生を繰り返す為、何一つ決定打にならない状況というのは、よろしくない。
(このままではジリ貧――ですが、あれを放置すると間違いなく、ハニィロップは黒い触手に沈む……)
レインとしては、ハニィロップなどどうでも良いのだが、放置したら放置したで、巡り巡って自分を脅かしそうなのが目に見えている。
何より、主であるジャックが、そんな状況を放置しないだろう。ならば主の為にも、ここで打ち倒すのが、もっともベストな選択になる。
……なるのだが――
(その倒し方が分からないというのだから、難儀なものです……)
ユノも、クラウドは弱くない。もちろんレイン自身もだ。
世界全体で見ても、強者の部類に入る戦闘力を有しているだろう。
そして、自分たちに付いてこれているライラも、まだ未熟なれど、いずれは自分たちと同レベルの領域に足を踏み入れられる才能を感じさせる。もしかしたら、この戦闘中に開花する可能性も充分あり得る少女だ。
そんな戦力でありながら、倒しきれない敵。
倒せない相手ではないが、倒し方が分からない。
(この場は三人に預け、ジャック様をお呼びするしか……)
エグゾダス・ケルンを使えばそれは可能だろう。
だが――
(ジャック様の手を借りたところで、どうにかできるものなのでしょうか……)
ジャックの実力を疑うわけではない。
彼が、今の時代に生まれた本物のプロテアであることも理解している。
それでも、ジャックを呼び出すことがこの状況に対する有効な一打であるかもわからない。
クラウドが切り裂き、ユノが破片を焼き散らし、ライラとレインで二人の討ち漏らしを片づけていく。
ルーチンワークのような行動だが、そのおかげで、この周辺が触手の海に飲み込まれることはない。
だが、それだけだ。
焦燥が募っている自覚はある。それはレインだけではないだろう。
軽く嘆息しながら、レインはオドを込めて宙に浮かせた投げナイフ数本を直列に並べた。
「雨銛――行きなさいッ!」
一列に並び銛と化したナイフが虚空を駆けていく。
その技はもはや、何度目かも分からないダウンから復帰しようとしてるヒースシアンを貫いた。
レインの手持ちの技の中でも、貫通力の高さは随一のその技は――ヒースシアンの心臓を穿ち、風穴を開ける。
普通の相手であれば、命を奪えずとも致命傷になりうる一撃ながら、やはり効果はいまひとつ。
胸に開いた穴は、徐々に窄まっていった。
「本気でどうなってんだ、アイツの身体……」
クラウドが面倒くさそうにうめく。
それは全員が思っていることだ。
「倒す方法は、無いのかしら……」
忌々しげにユノがうめく。
まだ余力は残しているようだが、それを使い尽くして倒せるかどうかが分からない為、無駄遣いを控えているようだが――
「うーん……できそうなんだけどなー……」
ライラは相変わらず首を傾げている。
何をしているかは分からないが、何度も復活するのでヒースシアンを新技用のサンドバッグにでもしているようだ。
後ろ向きな感情は無さそうなのは良いことだとは思うが――
「ライラさんでしたか――怒っていないのですか?」
「なにが?」
「ユズリハさんは、この床の外へと投げ出されたようですが」
「あー……うん。そりゃあ確かにびっくりしたし、最初は頭の中真っ白になったけど……」
「けど?」
「良く視ればユズお姉ちゃん無事だったからね」
「はい?」
「だってユズお姉ちゃんのオドが唄っているもの」
何事もないようにライラは告げた。
「オドが唄って、いる……?」
「ユズお姉ちゃんが纏っていたオドが、落下の途中で動きを止めた。それって、助かったってコトでしょ?」
どうりで彼女だけが様子が違ったわけだ。
ライラは、最初からユズリハが助かっているのだと知っていた。
「それに、今はユズお姉ちゃんのオドと周辺の闇のマナが混ざり合いはじめてる――だから、わたしもそういうのできないかなーって思ったんだけど、難しいね」
ちろり――と舌を出すように、どこかあざとらしく彼女は笑う。
(この娘は――)
レインは驚愕する。
この場において、もっとも未熟な彼女こそが、この場の状況を誰よりも冷静に、誰よりも正しく俯瞰していた。
「あ、そろそろ戻ってきそう」
「え?」
ライラの瞳が、レインには見えない何かを捉えたように、強く揺らめく。
「ユノお姉ちゃんッ、大技準備してッ!」
「ライラ?」
訝しげに眉を顰めながら困惑を浮かべるユノに、ライラはためらいなく宣言する。
「空を飛んで戻ってくるよッ!」
「……ッ!?」
誰が――などという言葉を、ここで返す者はいない。
「あっちは、もう練ってるッ!」
「りょーかいッ!」
この状況において、この場から居なくなったものなど、一人しかいないのだから、戻ってくるのも、その一人だけだ。
「クラウドッ、牽制よろしくッ!」
「応ともッ!」
ユノの呼びかけに、目に見えて嬉しそうにクラウドが吼える。
周辺のマナがユノの元に集められていく。同時に彼女の左目と右足の凍結部分が増えていく。
だが、彼女はそんなものは来もせずに、ヒースシアンをまっすぐ見据えた。
「ファニーネ……もしかしてユズは……!」
《はいッ! 間違いありませんッ!》
突然、ユノの背後に現れた水が人の形を取っているような存在に、レインは目を見開く。
そのファニーネと呼ばれた存在が、ユノの左目と右足を撫でると、そこの凍結が嘘のように消えていった。
《ユノ……花噴水の修理も必要ですが、この場はまずアレをどうにかしなければなりません》
「そうね。身体の半分くらいが凍傷になる覚悟でもしないと、ダメそうね」
覚悟を決めた――というよりも、申し訳なさそうな顔で、ユノは杖を構え直す。
体内のマナを、周辺のマナを、その杖へと集めていく。
「始まりは穏やかなる民話、続章は平和を囁く朝明け、転章は反転促す極光、急章は重苦しき戦慄の伝承、終章は狂乱告げる夕暮れ」
「五重詠唱……」
ユノにはそれができるという話をレインは聞き及んでいたが、実際にそれを目の当たりにすると、驚きを隠せない。
ジャックのような選ばれた存在ではなく、ただの人の身で、一般的な限界とされる三重詠唱を上回るチカラを使っているのだ。
それだけでも驚くべきことなのに――同じぐらい驚愕の光景が目に飛び込んでくる。
レインの耳にバサリバサリという大きな翼が羽ばたくような音が届くのでそちらを見遣れば、その背にカラスのような黒い翼を生やしたユズリハがいた。
上着はかろうじて袖だけ残っているようだが、汚泥の直撃を受けた胸の周囲はボロボロで、胸を包むサラシが剥き出しになってしまっている。
それでも彼女はその状態に気にした様子もなく、コダチを抜き放つと両手で構えた。
ヒースシアンがユズリハの方を見る。
直後――
「其は表裏を物語る美曲の古木ッ!」
ユノの持つ杖の先端から二条の、極太閃光が放たれた。
それぞれ黒と白の閃光はやがて絡まり合い螺旋となって、ヒースシアンを飲み込んだ。
「直撃させるのは不味いのではッ!?」
「ああ、それね――」
だから、余波や葉術をメインに戦っていたはずだ。
なのにユノは、気楽な調子で不敵に笑った。
「無茶を通せば、なんとかなるのよッ!!」
言葉と共に、白光と黒光が輝きを増す。
瞬間、術の表面に付着していた何かが吹き飛んだ。
さらに、背後にいた水の精霊も手にした槍を掲げる。
それに併せて、ユノが叫ぶ。
「契約の誓いをここにッ! 『我は共に在り』ッ!
その言葉を、我が術に重ねて告げるッ!」
迸るマナが顔の左半分を凍り付かせる。
溢れ出すマナが右足のモモから膝にかけてを凍結させる。
だが、それがどうしたとばかりに、ユノは力強く花銘を告げた。
「汝の名はッ! 盟水が重ね合わせる雪下の手ッッッ!!!」
黒と白の光に、水流が混ざり合う。
必死にヒースシアンは受け止めているが、身体が徐々に削れていっている。
だが、削れたそばから再生しているのか、これだけの花術においても、拮抗しているように見えた。
「こうなると思ってたから、温存してたんだけどね……」
歯を食いしばりながら苦笑する。
「ふむ、切り刻んでだめならまとめて擦り潰すわけか。
悪くないアイデアだったが、パワー不足だな」
「うん、ユノお姉ちゃんだけだったら、パワー不足だけどね」
クラウドの言葉に、まるで自分のことのように胸を張りながらライラがうなずいた。
「闇纏」
ユズリハの言葉と共に、翼が大きく広がった。
「天蓋彼岸沙華・夜伽ッ!」
空から強襲しながら、ユズリハは闇のマナで黒く染まったコダチを閃かせる。
「二人でやれば、切り刻んだ上で擦り潰せるでしょ?」
「なるほど。これは愉しい連携だな」
剣によって描かれる黒い彼岸花は、閨で男を抱きしめるかのように花弁を広げ、ヒースシアンを包み込む。だが、その花弁は全て鋭き刃そのものだ。
ユズリハの放つ剣閃の乱舞は、今度こそヒースシアンを切り刻み、ボロボロになった彼を、ユノの花術が飲み込んだ。
黒と白の火柱と、水柱。
合計三本の花術の柱が爆発するように築き上げられ、やがて霧散する。
それらが落ち着いた中心には、元の姿に戻った全裸のヒースシアンがうつ伏せに横たわっていた。
「あれ、生きてるのか……?」
「生きてたとしても真っ当な状況ではないでしょう」
クラウドの疑問に、レインは投げやりに答える。
実際、邪精の影響を受けて肉体を変質させ暴れ回っていた。
それだけならまだ無事を祈れたかもしれないが、腕は弾けるは、両断されるわ、心臓を抉られるわ、切り刻まれるわ――それらを繰り返されて、なおも五体満足で横たわっている。
もっとも、見た目が無事なだけで、内側がどうなってるかまでは分からないのだが。
「全員、ヒースシアンにまだ近づかないで」
着地したユズリハが鋭く警告する。
何故――という疑問を差し挟むようなものは、この場にはいなかった。
警告されてみれば納得の警告でもあるのだ。
ヒースシアンの暴走が収まっただけで、その原因が取り除けているかどうか分からないのだから。
「ライラ。あなたの眼で視て欲しいんだ。
どこかに異形黒化の原因となった核みたいなものがあるはずだから」
「りょーかい」
ユズリハに頼まれて、ライラは自分の眼に意識を集中しはじめる。
だが、ライラは眉を顰めた。
「……マナとオドの流れ方がめちゃくちゃになってるけど、その人に怪しいところは……」
マナとオドの体内循環が滅茶苦茶になっている――そのことは同情するべきことかもしれないが、自業自得に近い。
少なくとも、クラウドとレインはそれを同情する気はなかった。
「ライラッ、後ろ!」
ユノの言葉に、ライラは咄嗟に背後に振り返る。
その眼に映るのは、視たこともないような黒々としたレイの塊に包まれた、オダマキの指輪。
それが宙に浮かび上がり、ライラ目掛けて飛んできている。
咄嗟にそれを右手で受け止めるが、同時に右手が開けなくなってしまう。それどころか、右手を中心に何かが入り込んできて、作り替えられていくような感覚に襲われる。
「ライラ、堪えてッ! それをこっちに向けてッ!!」
泣き叫びたいような恐怖感を上回る、力強い声にライラは右手をユズリハに向けた。
「ライラ。悪いけど、しばらくそのままにしてて」
涙を浮かべているライラの肩に、ユノは手を置く。
「一緒に押さえ込んであげるから、負けちゃダメよ」
コクリ――と、ライラはうなずき、自分の内側のマナとオドをもって、右手から迫ってくるおぞましさを押さえ込むに全力を向ける。
肩の置かれたユノの暖かなチカラが、身体を巡って右手へ向かっていくのを感じて、少しだけ気持ちが落ち着いていく。
「ユノ、良い言葉が思いつかないからパクるね」
「はいはい。好きにして」
何を――とは、ユノも口にしなかった。
すでに、予想ができているのだろう。
「ライラの手の中の邪気だけ斬る。怖がらずにそのままでいて」
「うんッ!」
優しく微笑みかけたあと、ユズリハは目を伏せて、コダチを構える。
「序章の名は破邪、起章の名は断罪、続章の名は切断、承章の名は浄化、破章の名は不変、転章の名は守護、急章の名は保護、結章の名は不破――」
恐らくは過剰霊力暴走の影響だろう。
前髪の一房を中心に、ユズリハの髪の毛が徐々に白く染まっていく。
(術を組み立てる中心がオドだから、過剰命力暴走とでも言うべきかもしれないけれど……)
ユノはそんなことを考えながら、ライラが邪精に飲み込まれないように、彼女の身体の中に自身のマナを巡らせ続ける。
ファニーネの協力もあって何とかなっているが、無かったら危なかったかもしれない。
「終章の名は決着ッ!」
バサリと、ユズリハの背にある翼が大きく広がった。
物理的な要素を一切もたない黒い羽が、ユズリハの周囲に舞う。
「九の言葉に加え、さらに一つ。契約の誓い『影も日向も歩みを止めず』。
契約者ユズリハ・クスノイが十の言葉を重ね束ねて、今ここに召喚すッ!」
ユズリハがコダチを掲げると同時に、彼女の背にあった黒い翼が、周囲を舞う黒い羽毛が、穏やかな闇色の粒子となっていく。
「闇精父が分霊、闇精鴉姫ヤタノカラスヒメッ!」
闇色の粒子はユズリハの影に集い、そこから一人の少女の姿を形どる。
シェイディーク・シャードゥと似たような姿ながら、ひと目で少女とわかるシルエットをした影の娘。
身体に巻き付けた闇色の布はどこか、着崩したキモノを思わせる。
そして何より、父親との一番の違いはその背中に広がるカラスのような翼だろう。
召喚されたヤタノカラスヒメの姿にレインは目を見開いて固まり、クラウドはそれはも愉しそうに笑っている。
「ヤタノカラスヒメ、私の言葉に貴女の力添えを」
告げて、ユズリハはコダチを鞘に戻す。
左手で鞘の鯉口を切り、柄に右手を添え、腰を落とし、軽く目を伏せた。
「その言葉の銘は――」
ユズリハの背後にいるヤタノカラスヒメの翼から無数の羽が舞い落ちると、その羽の一枚一枚が、ユズリハの持つ鞘の上へ乗り、光の粒子になって吸い込まれていく。
「盟闇剣――」
全ての準備が整ったところで、ユズリハは目を見開くと、力強く地面を踏みしめるように、前へと一歩踏み出したッ!
「慙華罰砕閃ッ!」
刹那――抜刀一閃。
鞘走りと共に振り抜かれた、闇色を纏ったコダチがライラの右手をすり抜け、その中にあるオダマキの指輪だけを切り裂くと、あっという間もなく鞘へと戻った。
クラウド以外の皆の目には、闇色の剣閃の軌跡と、僅かな残像だけしか捉えられない早業。
チン――と、鞘に戻されたコダチが音を立てると同時に、ライラは自分の手の中の指輪が砕け、手の自由が戻ってくるのを感じ取った。
あとは、まるで煙が手から抜け出すように、黒いものが腕から外へと排出されていき、やがて、消えてなくなる。
「ライラ、無事?」
「うん。なんともない」
ユノに訊ねられ、ライラは安堵したようににへらっと笑いながら、右手をひらひらと動かして見せる。
それに、ユノも良かった――と息を吐いた。
そんなユノとライラのところへ、ユズリハがのんびりと歩いて、軽く頭を下げる。
「ごめんね。ユノ」
「なにがよ?」
「ユノの目の前で、花導具を斬った」
「本来なら怒るところだけどね、黒化の原因だからねぇ……」
複雑そうに嘆息して、ユノは天を仰ぐ。
理想としてはちゃんと診たかったところだが、放置しておくのが危険なシロモノであったのも確かだ。
「そこで怒らないくらいには成長したってコトかなぁ……」
「……そういう言い方されると、複雑ね……」
自覚があるだけに、ユノはうめくだけに留める。
少し前なら、ライラを見殺しにしてでも、指輪を調べようとしたかもしれない。
「何はともあれ、終わったんだよな?」
なにやらウキウキした様子で、クラウドが訊ねてくる。
だが、それにユノは首を横に振る。
「こんなの前座よ、前座」
「は……?」
ユノの言葉に、クラウドはポカンと口をあけた。
「あたしら三人の仕事とコイツはぶっちゃけ無関係だもの。
いや、関係ないというのはちょっと違うけど……えーっと、そうね……仕事先とコイツとは関係があるけど、直接的な関係はないというか……」
色々と口にしていたが、結局説明が面倒になったのだろう。
ユノは、まぁいいか――と小さく呟いて、クラウドに告げた。
「何はともあれ、あたしたちはこれから仕事よ」
「働き者なんですね」
皮肉混じりに口にするレインに、ライラは苦笑するように肩を竦めた。
「お仕事前に、お仕事を邪魔する出来事が多すぎて……まだちゃんと働いてないんだよ、ライラたち……」
「それはまぁなんと申しますか……お疲れさまです」
レインは心の籠もっていない労いを口にするが、それに対してユズリハは口を尖らせる。
「貴女たちの存在も含めてだからね。お邪魔って」
そもそもクラウドとの初対面はお茶会での乱入である。あれがお邪魔以外の何なのだろうか。
「何はともあれ……っと。
ディーク。ヤタノカラスヒメを通して、見えてるんでしょ。悪いんだけど、ドリーにもこっち来るように伝えて。
サニィが目を覚ましてるなら、待機するなりこっちに来るなり好きにするようにって」
《とと様から、了解――だそうや》
「そ。ありがとう」
涼やかで可愛らしい声で返事をするヤタノカラスヒメに、ユノはお礼を告げると、本来の目的地である扉へと向かう。
その後を、ユズリハとライラも追いかける。
「ユノ。顔の半分と右モモの大半が凍ってるけど平気なの?」
「まだまだ動けるし、目は機能してるから平気よ。マナは足りてないかもだけど、アンタがいるしね。
そういうアンタだって、髪の毛が半分くらい白くなってるわよ?」
「大丈夫大丈夫。これも一時的なものらしいから、しばらく休めば戻るらしいよ?」
「お姉ちゃんたちいいなー……ライラも、精霊と契約したい」
《ふふ、その為にはライラも仲良くなれるくらい相性の良い統括精霊と知り合わないといけませんね》
《ライラはんなら問題あらへんと思うんで、そういう機会があったら逃さんようにな》
精霊から励まされやる気になったライラを横目に、ユノは花噴水の管理室のドアへとようやく手を掛けるのだった。
そんなワケで黒化ヒースシアン戦決着です。
正直、ちょっとタフにしすぎた感がありましたので、作者的にもようやく倒せた感あります。
闇精鴉姫の読みなのですが
本来「鴉」の字に「おう」という読みはなく、「おう」という読み方をさせるなら「烏」を当てるのが正解なんですけど、なんか字面的に「鴉」にしたかったので、こういうルビとなりました。誤字じゃないよッ!というちょっとした主張というか言い訳です。
次回はようやくタイトル通りの修理になる……予定です。
1話をしっかり取るか、エピローグとして括ってしまうかは考え中。