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071:戦う行政局員たち


「それでは……行きますよッ!」


 言うなり、コキゾザークなる男は地面を蹴って、高く高く飛び上がった。

 普通の人間の跳躍力を思えば、あの高さも異常と言える。


 通常の身体能力向上の効果を持つ武護(ハルモ)花導具(フィオレ)であっても、ここまでの跳躍は難しいだろう。

 武護(ハルモ)花道具の効果に加え、マナやオドによる身体強化を付与した上で、さらにジャンプが得意な者が行えば何とか同レベルの高さまで飛べる――といった具合だろうか。


「くらえぇぇぇぇ……ッ!」


 ジャンプしながら右手を掲げ、そこに黒いマナを纏わせる。

 恐らく無意識だろうが、あの男は無詠唱(ノンコール)無花銘(ノンワーズ)で、マナを右手に纏わせた。


(……人間離れ……というか、人間やめてないか、あれ……?)


 見上げながら、サルタンは胸中でうめく。

 とはいえ、対応する必要がある。


 サルタンは、手にした両手剣の柄に咲いた薄紫の千鳥草(ラークスパー)にマナを巡らせる。

 途端、その剣の重量がまるで羽根のように軽くなった。


 そして、その剣で――迎撃することはなく、サルタンはその場から移動する。

 ほぼ自由落下に近い形で上空からマナを纏った爪を振り下ろすコキゾザーク。

 その爪は、地面を大きく抉った。

 だが、それだけだ。


「……避けましたね?」

「そら、避けるわな。当たったらやばそうだし。

 威力は大したモンだが、当てられない技に意味はないだろ」


 嘆息混じりに剣を構えて、サルタンは目の前にいるコキゾザークという男を見据える。


(実行するかどうかはともかく、さっきの子に対して狂言誘拐か暗殺する気だったのは確か、か)


 ――ならば、さっき逃げていた子たちは、富豪層の平民のような格好をしているだけの貴族。


(銀髪に白い肌……それに姫様と呼ばれていたな)


 サルタンは胸中で納得すると、気を引き締め直す。

 後々の政治問題諸々を考えると億劫になりそうだが、王族を抱き込めたのなら、多少気楽である。


(まぁ、その辺りで矢面に立っちゃうネリィには申し訳ないけれど)


 何はともあれ――自分の仕事をするとしよう。


「さて、すでに攻撃はされているが、まぁ一応言っておこう。

 それだけの殺気を放ち、婦女子たちを追いかけ、さらにはカイム・アウルーラの滞在館にまで踏み込もうとしているんだ。言い訳を聞く気はない。

 なので、すぐに殺気を押さえ、そのダイエット用の指輪にマナを巡らせるのをやめて、おとなしくしろ。そうすれば無駄な血を流さずに済む。

 それをしないのであれば、カイム・アウルーラの守護団長として、貴方を殺意ある敵として討つ」


 剣を突きつけながらそう告げるサルタンに、コキゾザークはとても不思議そうに首を傾げた。


「まるで私を危険のように言わないでいただきたい。私は安全な救いの手なのですよ。さらった姫を助けて、助ける為のチカラもある、助け手。助けようとしたのに邪魔する貴方こそが悪党なのでは?」

「はぁ……まぁこうなるよな。知ってたよ」


 そう呻くように呟いてから、突きつけていた剣を引いて、構え直す。


「言うべきコトは言った。ならばもう、ここから先は喧嘩でも捕り物でもない。殺し合いの戦場だ」


 これだけのチカラを持ち、これだけの殺気を放ち、思考回路に異常をきたしている相手だ。手加減など必要ないだろう。

 そんな相手に、敢えてサルタンは告げる。


「手にしたチカラに溺れて、調子に乗りすぎたな――素人ッ!」


 サルタンの内側から殺気が膨れ上がり、周囲に解き放たれる。

 瞬間――サルタンは地面を蹴った。


 殺気に驚いたのか、サルタンの速度に驚いたのか。

 目を見開いて固まっているコキゾザークに、瞬く間に間合いを縮めたサルタンの放つ横薙ぎが襲いかかる。


 それでも、本能なのか指輪のチカラなのか、直撃の寸前にコキゾザークは後ろに飛び退いた。


 ダン――と地面を踏みしめる激しい音とともに振るわれた横薙ぎは、けれど完全にコキゾザークを捉え切れず、切っ先が彼の腹部を撫でるに終わる。


「大した反応速度――と言うべきか?」

「次はこちらですよッ!」


 なにやら変なポーズを取ってから、コキゾザークが地面を駆った。

 さっきのジャンプ同様の、飛んでもない速度から放たれる、マナの乗ったストレートパンチ。

 威力も速度も申し分ない。だが、ただそれだけである。


「…………」


 サルタンはそれを呆れた眼差しで見据えながら、半歩身体を傾けた。

 コキゾザークの拳が空を切る。


 サルタンは無言のまま、すれ違いざまに自分の膝を突き上げる。

 その膝はコキゾザークの腹部にめりこみ、彼は目を見開いた。

 さらに、剣の柄先でコキゾザークの後頭部を強打し、地面へと崩れて行く。だが、彼が地面とキスする前にサルタンの左手がコキゾザークの後頭部を鷲掴みした。

 そして、コキゾザークを力任せに滞在館の庭へと放り投げた。


 放物線を描くコキゾザークを見据えながら、サルタンは剣を両手で握りながら言葉を紡ぐ。


「一歩、雲耀の彼方より。二歩、竜巻(たつま)く風の中心より。重ねて二つ――」


 紡ぎながら地面を蹴っていく。

 一歩、力強く。二歩、さらに力強く。

 言葉の重なりとともに、武護(ハルモ)花導具(フィオレ)のチカラを借りて、大きく地面を蹴って高く飛ぶ。


 サルタンの両手で持った剣を背負うように掲げる。

 その剣が、竜巻を纏う。


「これぞ二歩ノ絶刀(ニホノゼットウ)風塵竜斬剣フウジンリュウザンケン


 コキゾザークが地面を転がる。

 立ち上がろうとして、こちらに気づいた。


「大業とはこう使うんだ」


 慌ててその場から逃げようとするが、体勢が悪い。

 いくら本能や反応が人の身の限界を超えていようと、人体構造の都合、そのチカラが発揮できる状態というのには限りがある。


「チェストォォォォ――――――ーッ!!」


 サルタンの喉の奥から迸る裂帛の気合いとともに、竜巻を纏った大きな刃が力任せに振り下ろされた。


 剣を叩きつけられた地面は凹み、めくれあがり、風と共に土砂を巻き上げ、周囲の物をまとめて吹き飛ばしていく。


 残心を終え、大剣を肩に背負いながら、サルタンは大きく息を吐く。


「ふぅ――……」

「ふぅ――じゃないッ!!」


 そこへ、見慣れぬ黒百合のショートソードを携えたネリネコリスがやってきて、叫んだ。


「どうすんのよッ、このお庭ッ!?」


 ネリネコリスが示す滞在館の庭は、サルタンの花術(フーラ)によって酷い有様になっている。


「ユノやエーデルじゃないんだから、花術(フーラ)で気軽にクレーター作ったりしないでちょうだいッ!」


 彼の剣を叩きつけられた場所は小さなクレーターの様相を呈しており、そこを中心に土がめくれ上がって、綺麗な芝生はぐちゃぐちゃだ。


「別に気軽じゃないよッ!? それにほら、さすがに滞在館の外をこうしちゃうのは不味いかなぁ……って思ったから」

「ここでも充分にマズいわよッ!!」


 頭を抱えながらネリィが周囲を見渡す。


「それで……襲いかかってきた相手は粉々にでもなったのかしら?」

「直撃は避けるように振るったから、死んでても原型は残ってると思うんだがなぁ……」


 口調は軽いが、姿を消したコキゾザークに、二人は即座に警戒を強めた。

 ややして、頭上で何かが爆発したような錯覚と、直後にふくれあがった禍々しい気配に、二人は同時にその場から跳び退く。


「Gaaaaaaaa――ッ!」


 人間の喉から発されてるとは思えない声をあげながら、黒い影が空から落ちてくる。

 それは先ほどまで二人がいたクレーターをさらに深めながら着地した。


「おいおい……何かデカくなってるぞ……?」

「あらゆる物のサイズが私の二倍くらいあるわね、あれ……」


 身長だけでなく、腕や首などの太さも、全てがネリネコリスの二倍はありそうだ。


「Guuu……Ahaaaaaaa――ッ!」


 クレーターの中心で咆哮を上げている姿は、完全に魔獣の類にしか見えない。


 真っ白になった髪は、いつの間にか腰元まで伸びており、目の前の異形はそれを振り回している。

 膨張した肉体は、色黒――なのではなく、青黒い。

 目は元の瞳の色が分からないほど赤く発光し、爛々(らんらん)と輝いている。

 

「この感じ――突発型の寵愛種に似てるわね」

「確かにそうだが……原因があの指輪だと思うと、ゾッとしないな」


 ネリネコリスの言葉に、サルタンがうなずく。

 事実、コキゾザークの右手の小指にあるオダマキの指輪からは、黒い霧状の触手のようなものが発生して、彼の右腕に巻き付いているのだ。


「ユノの部屋から拝借してきて良かったかもしれないわね」

「見慣れない剣だと思ったけど、ユノちゃんの物なんだね」

「ええ。『陰も日向も(リリサレナ)護るべき場所(・ガーデン)』って名前らしいわ。剣の精霊リリサル・ガディナが宿っている特殊な剣だって言ってたわね」

「剣の精霊――なんてのも存在してるんだな」

「ユノの提案で近いうちに、カイム・アウルーラにはこの剣を奉る祭壇を作ろうと思うの」

「その話は、あいつを何とかしてから聞くとしよう」


 サルタンの言葉にうなずいて、ネリネコリスはリリサレナ・ガーデンを構えた。


 二人は自分の手に持つ剣にマナを巡らせる。

 それぞれの剣の花が開花して、花導武装(フィオレプス)としてのチカラを放つ。


 サルタンの両手剣は再び軽量化し、ネリネコリスの持つ剣は黒い光を放つ。


 リリサレナ・ガーデンの放った光が、オダマキの指輪の放つ光と同じ黒だった為に二人はギョっとするが、すぐにそれは間違いだと思い直す。


 コキゾザークが纏う光が、不安や恐怖を煽る暗闇だとすれば、このリリサレナ・ガーデンが放つ光は、穏やかで静かな優しい夜の色だ。

 

「剣の精霊リリサル・ガディナ――ユノはリサって呼んでたかしら?

 ユノじゃなくて申し訳ないけれど、良ければチカラを貸してちょうだいね」


 そんなネリネコリスの言葉に応えるように、リリサレナ・ガーデンに咲く黒百合が力強く明滅する。


「ありがとう」


 彼女が礼を口にすると同時に、変質したコキゾザークの真っ赤な双眸が、リリサレナ・ガーデンに向けられた。


「まさに目の敵って雰囲気だね」

「そうみたいね。リサの知り合い?」


 言ってみたところで、リサの言葉が分かるわけではない。

 だが、何となく否定したがっているような気配を感じて、ネリネコリスは小さく笑った。


「本来の契約者以外と会話できるようになってくれると、助かるんだけど」

「そういう無茶は言わないの、ネリィ」


 空気を読んでいたわけではないだろうが、そこで会話が途切れた瞬間に、コキゾザークだった存在が、地面を蹴った。


「お、さっきよりだいぶマシな動きになってるな」


 理性がほとんど失われ、野生の獣に近い存在になったからこそ、無駄な動きがなくなったのかもしれない。


「それでも、素人には変わりないか」


 サルタンは向かってくるコキゾザークに対し、剣の腹を向けて振り下ろす。

 コキゾザークは咄嗟に足を止め、それを受け止めた。

 本来であればこれでかなり動きを制せたはずなのだが、コキゾザークの右の小指にある指輪から触手が伸び始め、剣をつたってサルタンへと向かってくる。


「俺一人ならやばかったけどな」


 指輪から伸びてくる黒い糸を見ながら、サルタンは笑う。

 その笑みに応えるように、黒い光に包まれたリリサレナ・ガーデンを構えてネリネコリスがコキゾザークへと踏み込んでいく。


「Guuuuu……!」


 それを迎撃しようと伸びてくる触手を斬り散らし、ネリネコリスはリリサレナ・ガーデンを一閃する。


 バッサリ――とはいかないものの、棍で強打されたかのように、コキゾザークはぶっ飛ばされ、地面を転がる。

 元綿毛人であるネリネコリスは、それをのんびりと眺めているつもりはなかった。


「一色目は情熱の赤、二色目は衝撃の緑、重ねて二つッ! 新たな色は混迷を(はら)赤緑(せきりょく)ッ!!」


 掲げられた剣を持たぬ左手から、強烈な衝撃波が解き放たれ、コキゾザークに突き刺さる。

 直後、その突き刺さった場所を中心に、炎と風が破裂するように荒れ狂った。


 血を流しながら、身体を焦がしながら、それでもコキゾザークは立ち上がる。


「この不死身っぽいの、後天的突発型寵愛種ってカンジするわぁ……」

「完全に命を絶つつもりでやらないと、無駄に被害が増えそうだ」


 うんざりとうめくネリネコリスに、サルタンも同意する。


 実際は不死身でもなんでもないのだが、突発型寵愛種の多くは、痛みを気にせず起き上がりただ暴れ回るような存在が多いのだ。


「Gruuuuuuaaaaa……」


 目の前で立ち上がるコキゾザークはまさに、二人の記憶にある突発型寵愛種そのものである。


「獣の突発型を相手にしてる時はそんなに気にならなかったけど、突発型ってこんなにも動く旅骸(ゾンビ)っぽいのね」

「今なら昔フリックが言ってた言葉の意味が分かるな。

 先天性の寵愛種と、後天性の突発型寵愛種は、そもそも別物って奴」

「そうね。どう考えても、突発型の雰囲気は呪いの類だものね」


 人生で初めて遭遇する人間の突発型寵愛種。

 それでも二人は比較的余裕がある。

 恐ろしい相手ではあるが、ベースとなっている人間が戦いに関して素人だった為、そこまで強敵というワケでもないのだ。

 獣や虫の類が、突発型寵愛種となった時の方が恐ろしいと、そう考えていた。


 だからこそ、二人は少し反応が遅れた。

 これまでの二人の経験から、突発型寵愛種は死ぬまで暴れ続けるものだと考えていたからだ。


 二人の思いこみを嘲笑うように、コキゾザークはその場から大きくジャンプをして、滞在館の方へと飛んでいく。


「しまった……ッ!?」

「あいつ……ッ!!」


 目標は、恐らく館の中の姫。

 理性の大半がなくなっていても、その元々の目的そのものは歪みながらも残っているようだ。


 二人は慌てて追いかけるが、明らかにコキゾザークの方が速い。


 館の中に入り込まれるのは非常にマズい――二人がそんな焦燥を抱えながら走っていると、コキゾザークが館に到着する前に、二階の窓から何かが飛び出してきた。


「クゥゥゥワァァァァ――……ッ!!」


「ドラかッ!」

「ドラちゃん!?」


 窓から飛び出したトカゲの蹴りが、コキゾザークを捉えて追い返す。

 地面へと落ちた彼に、ドラは容赦なく大量の刺殺針(スティレット)を吐き出した。


 無数の針がコキゾザークに突き刺さるが、それでも彼は立ち上がる。


「クァゥウァァァァァァァァウ……………ッッ!!」


 刺殺針の吐息(スティレットブレス)が通用しないと判断すると同時に、ドラはマナを練り上げてその身に纏う。


 全身の鱗を桃金(とうごん)色に輝かせたドラが地面を蹴った。

 瞬く間にコキゾザークの背後に回ると、尻尾でもって後頭部を強打する。


 地面に突っ伏したコキゾザークに向けて、普段吐き出す刺殺針よりも太いものに、桃金(とうごん)のマナを纏わせたものを吐き出した。


 桃金(とうごん)の刺殺針はコキゾザークの左膝の裏に突き刺さると、そのまま()ぜる。

 それによって左膝が消し飛ぶ。だが、それでもコキゾザークは動きを止めない。それどころか千切れた左足の断面から黒い触手が伸びるように再生されていく。


「なら、これでどうだ……ッ!」


 どれだけダメージを与えても止まらないのであれば――と、追いついたサルタンがコキゾザークの右の手首を切り落とす。

 肉体と指輪を切り離せば、再生しないのではないだろうか……と考えたのだ。


 しかし手首こそ切り落とせても、指輪から伸びる黒い触手が、身体との繋がりを維持しようとする。


「甘いわッ!」


 そこにネリネコリスがリリサレナ・ガーデンを振り下ろし、その身体との繋がりを維持しようとする触手を全て切り裂く。


 それで諦めたのか、指輪は触手を伸ばすのを止めた。その代わりなのだろう。切り落とされた右手は宙に浮かびあがり、その場からすごい勢いで跳び去っていく。


 ドラが桃金(とうごん)色を纏った刺殺針の吐息(スティレットブレス)を吐き出すが、無数の針のどれもが右手を捉え切れない。


「やらかしちゃったかしら」

「そうでもねぇよ」


 忌々しげにネリネコリスが呻いた時、この場の誰のものでもない声が響いた。


 同時に、跳び去ったはずの右手が地面に叩きつけられた。


「指輪にその守護剣を突き立て、ぶっ壊せッ!」


 その声の主が誰なのか――とか、

 その声に従うべきか否か――とか、


 ……そういう疑問の一切を後回しにする。


 ここを逃すのは危険すぎる――そう判断したネリネコリスは、躊躇うことなく、指ごと砕く勢いで剣を突き立て、オダマキの指輪も、黒い種朱(ケルン)も完全に破壊した。


 すると、一気にコキゾザークの姿が元に戻っていく。

 驚異の再生力の一切を失った状態で、元に戻るということの意味はただ一つだ。


 しかも、その姿は完全な元通りとは言い難い。


「ダイエットしないといけないくらいの体型だったらしいけどな」

「見る影もないわね」


 彼の命核(ソフィル)が、いつ幻蘭(げんらん)(その)へと旅立ったのかは分からない。

 そこに横たわっているのは、全身の脂肪も筋肉も失ったミイラのように、やせ細った旅骸(たびがら)だった。


「後始末を考えると胃が痛いわね……」

「陛下には、この国の貴族に襲われた……なんてクレームでなく、危険な指輪に関する警告って形で奏上した方がいいかもしれないよ」

「ええ、そうするわ」


 先ほどの声の気配はすでにない。

 事情を聴くこともできないようだ。


「仕方ないわね。とりあえず、王子たちから事情徴収するしかないか」

「……王子? あの子、王子なの?」

「そりゃあそうよ。ドリス姫は今――ユノと一緒にシェラープにいるもの」


 ネリネコリスの言葉に、サルタンは何とも言えない顔をして空を見上げた。


「まぁ人には言えない趣味の一つや二つあるよね」

「クァウ……くぅぅぅぁぁう……」


 サルタンの独り言に、ドラがフォローを兼ねたツッコミを入れる。

 だが、その言葉を理解できるものは、残念ながら誰もいなかった。



    ♪



 頭の中が、妙に霞がかっている気がする――そんな風に思い始めたのは、いつからだっただろうか。


 思考はハッキリしていないのに、意識はハッキリしている。

 そんな矛盾した感覚を抱いたまま、サニィはヒースシアンの横に座っていた。


 シェラープへ向かう馬車の中、窓の外を眺めながら、それでも頭の回せる部分で思考を続けていく。


 自分の身に何かが起こっているのは分かる。

 だが、何が起きていて、どうなっているのかが分からない。


(だけど、タイミング的には黒い朱種を見た辺りから……)


 隙を見せたつもりはなかったものの、何かされてしまった可能性がある。


 薬などを盛られたわけではない。

 恐らくは、何らかの形で、サニィはあの指輪の影響を受けてしまった可能性があった。


(完全に取り込まれる前に、離れた方がいいとは思うんだけど……)


 考えていると、一瞬だけ目眩がしたような、ふっと意識が遠のくような感覚に襲われる。


 離れるとは――どこからのことだろうか。

 あるいは、何から?

 そもそも……どうして、離れようと思ったのか。


(頭のもやが濃くなってきた気がするわ……。

 こんな風になったのは、いつからだったかしら……?)


 意識が明滅するたびに、自身の思考がループしていることに気づかないまま、サニィを乗せた馬車はシェラープへと向かって走り続けていた。




 二話続けて、主人公不在回になってしまいましたが、ようやくサルタンのカッコ良い姿を書けた気がします。


 次回こそはユノに視点が戻ります。

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