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068:思惑の蔦、多数芽吹きて

    

 ハニィロップ首都 サッカルム 平民街富豪区。


「……やはり歩きづらいぞ、これ……」

「いやいや、よく似合ってるよジブル」

「ゼーラン……お前、あとで覚えておけよ」


 怨嗟のような声でうめくジブルの横で、彼の格好を褒めている金髪の少年の名前はゼーラン・ニース・アウムス。

 やや浅黒い肌に、銀色の瞳という偶然ながらジブルとは正反対の見た目をした彼は、笑いを堪えるように口を引き結んでいた。


 彼はジブルの幼なじみであり、公の場はともかく、プライベートでは互いに遠慮のない関係である。


「本当に、この格好で外を歩くコトに意味があるんだな?」

「まぁ、大なり小なり意味はあると思うよ。

 もっとも、効果があってもすぐに目に見えてどうこう――という事態にならない可能性もあるけど」

「結果的に効果がでるなら構わない。目先の結果だけに囚われてしまっては、その先の結果を見誤るからな」

「多くの大人が、ジブルみたいに考えてくれると助かるんだけどねぇ」


 ゼーランの実感のこもった嘆息に、ジブルも苦笑した。


「成人していない以上、見習いでしかないお前が、文官達の職場で歓迎されているという点を思うと、申し訳なくなるがな」

「別にジブルのせいじゃないだろ。それに陛下に改善を陳情するのは簡単だけど、陛下のお立場で考えると、そう簡単なコトではないからね」


 中立の文官の少なさと、派閥としての立場をさておいて文官としての業務をこなせる者の少なさが、悩みの種になっている部分はあるのだ。

 もっとも、それは文官に限らず、各種政務に携わる貴族たちが抱える問題でもあった。


 予算会議などが良い例である。

 どれだけ必要な事業であろうとも、対抗派閥が主導となっている事業に関しては、敵対派閥がどうやって予算を削ろうか――と頭を捻っているのだ。


「とはいえ……コトが足を引っ張るだけでに留まらず、ドリスに危害を加えようとするとなると、話は別だけどね」

「だからこそ、お前の提案に乗りこのような格好で外に出てきたのだ」

「……くくく、そうだね……」

「笑いを堪えながらうなずくな。この格好もお前の提案であろうが」


 ジブルの言うこの格好――というのは、富豪層の平民の格好である。

 だが、ただの平民の格好というだけではなかった。


「わざわざ私の部屋にドリスの侍女を連れてきて、何をするかと思えば……」

「でも、ドリスを護る為なら何でもするって言ったのジブルだからね?」

「確かに言ったッ、言ったさッ! だがな……ッ!」


 今のジブルは、ロングストレートのウィッグをつけて、富豪層の少女(・・)の格好をしているのだ。


「……スカートというやつは、妙に足下がすーすーして落ち着かん……。歩きづらい」

「ほら、ジブル。そんな大股で歩いちゃダメだ」

「……本当に、覚えていろよ、お前は……」

「侍女のみんなも楽しそうだったから、共犯だよね?」

「どう考えても主犯はお前だからな……ッ!」


 ジブルは犬歯をむき出しにしてゼーランへとうめき声を向けるが、当人はまったく気にせず肩を竦めた。


「だめだよ、ジブリア。女の子がそんな言葉使いじゃあ」

「…………」


 こちらを真面目に諫めてくるゼーニンに対して、文句を増やそうかと思ったが、ジブルは口を噤んだ。

 わざわざ事前に何の打ち合わせもしてない女性名を口にしてくるあたり、作戦とはまったく別のところに悪意がある気がする。

 それはジブルの気のせいではないだろう。


 とはいえ――ゼーランが今の状況で無意味な提案をしないことも、ジブルは知っている。

 ましてや、急に真面目な声を出してきたのだ。

 故に、ジブルは小さく嘆息してから、やや思案して、少し声が高めになるように意識をして訊ねる。


「わかった、ゼーラン。それで、急に真顔になってどうしたの?」

「注目されているのは仕方ないにして、少し気になるコトが」

「……どう動く?」

「まずはこのまま、中央広場の綿毛人協会(フラウマーズギルド)へ向かおう。そこで、少し情報収集をした後で、貴族街の方へと向かいカイム・アウルーラの滞在館を目指す」

「あなたが何を考えているのか分からないけれど、どれだけふざけていても、最終的に結果を出すのが、ゼーランという人間でしたね」


 ドリスを意識しながら喋っているのでところどころ言葉が詰まる。

 別人のフリをするというのも、意外に難しい。


「ゼーランの思惑に乗ってあげましょう」


 それでも、妹を護り、こちらからバカを攻める一手が欲しいと相談した結果がこの女装なのだ。

 幼なじみの優秀さはジブルもよく知っているつもりだった。

 なので、我慢してつきあおうと、改めて腹を括る。


「まぁその格好してる時点で、完全に僕の手のひらに乗り上げてるんだけどさ」

「こっちの決意を笑顔で混ぜ返すのやめろ」


 腹を括ってはみたものの、本当に大丈夫なのか――何となく不安なジブルであった。



     ♪



 ハニィロップ 第三都市シェラープ

 旧き遺森の地下遺跡 忘却の遺都 大通り


 非常に道幅の広い大通りを歩きながら、ユノ達は周囲をきょろきょろと見渡していく。

 見慣れぬ石材で建てられている建物の多くはヒビが入り、窓枠などがひしゃげている。

 建物によっては内部で植物が育ち、もはや建物の形をした植木鉢となってたり、建物の中が極めて小さな森と化してるものまである。


「街を彩ってたはずの街路樹や植え込みの植物たちが、建物を飲み込んでるのかな?」

「そうだと思うわ。あるいは、家の中に置いてあった観葉植物とかね」


 もちろん、当時の植物がそのまま成長したわけではないだろう。

 花が咲き、種をこぼし、その種が成長して花となり、また種を残す。

 そういうサイクルを繰り返しているうちに、植物に飲み込まれた建物などが生まれたのではないだろうか。


「魔獣かなにかの気配もあるね」

「ここも森と同じなんでしょうね。この大通りを歩く限りは襲われないハズよ」


 大通りから外れて、横道や建物の中などに入れば、すぐに魔獣たちが襲ってくることだろう。


「特定の場所にいると襲われないっていうの、不思議だよね」

「そうですね。いったいどうしてなのでしょうか?」


 ライラとドリスは首を傾げあっている。

 ユノもそれは気になっていたが、その答えは思いつかないでいた。


 万が一を考え、周囲を警戒しながら四人が大通りを歩いていると、やがて円形に広がった場所へとやってくる。


 ここから、四方へと大通りが伸びているところを見るに、カイム・アウルーラの中央広場に近い役割があった場所だったんではないだろうか。


 ユノたちの目的は花噴水だ。

 この広場も、そのまま正面に抜けていくだけなのだが――


「ユズ?」


 ユズリハが突然足を止めて、右に伸びる大通りの方をじっと見つめている。


「向こうの方から、常濡れの森海(モイス・ドリュアドス)の、聖池(せいち)のようなマナを感じる」


 言われてユズリハが指さす方向へと視線を向ければ、確かに可視化されたマナと思わしき黒い光の粒が、ささやかに舞っていた。


「可視化されてるマナの属性は闇……ってコトは、あの先にいるのは……」

「間違いなく闇の統括精霊――シェイディーク・シャードゥ」


 ユズリハの口から出た闇の統括精霊の名前に、ドリスは思わず目を見開かんばかりに驚いた顔をして見せる。


「シェイディーク様にお会いできるのですか?」

「そこまでは分からないわね」


 ユノは肩を竦めてから、腕を組む。


「どうするのユノ?」

「そうねぇ……」


 ユズリハの問いに、ユノは眉を潜めながらむむむーん……と唸る。

 元々、闇の聖地は探してみたいとは思っていたのだが、いざこうやって目の前に現れると悩むものである。


「心惹かれるけど、まずは花噴水に行くわ。心惹かれるけど」

「二度も口にするくらいには心惹かれてるんだね、お姉ちゃん」


 ライラのツッコミはスルーして、ユノは歩き始めた。

 それを、三人は追いかける。


 やがて大通りが終わると、四人の前には純白の階段が現れた。

 不思議なことにその階段に支えのようなものは何もなく、階段の形に固定された金属板のようにも見える。


 本当に上に乗れるのかと不安になるのだが、階段以外に先へ行く道がなかった。


 ユノすら隠せるほどの太さの白い木の根が道を塞いでいるのだ。

 いや、塞いでいるというよりも、花噴水を中心に木の根が広がっている――という方が正しいか。


「落ちたりしないわよね……?」


 少し不安になりながら足を掛ける。

 その階段はユノが思っていた以上に丈夫そうで、安定した手応えを返してきた。


 ユノは問題なしと判断すると、その階段を昇っていく。

 その後に続いて、三人もユノを信じて後を付いていくように昇り始めた。


 ある程度階段を昇ると、そこからは平坦な白い床が広がっており、その床はここから、花噴水までまっすぐに続いている。


 純白の廊下を歩きながら、ユズリハが苦い笑みを浮かべた。


「遮蔽物がなさすぎるね。色々怖いや」

「この場所でそこまで考えるの、アンタくらいじゃないの?」


 即座にユズリハの言いたいことを理解したユノが苦笑を返す。


「確かに、そもそもここまで来る方が現状じゃ難しいか」


 そうして、白い道を歩いていくと、ついには花噴水へと到達する。


「森の中で見たときもそうだったけど、間近で見るとやっぱりただの白い壁だよねぇ……」

「身も蓋もない感想だけど……あれ……」


 ライラの感想に呆れながら、だけどユズリハが、その白い壁についているものを指で指し示す。


「扉……でしょうか?」


 ドリスも思わず苦笑する。

 扉までついてしまっていると、ますます壁じみてしまう。


「扉……扉よね。つまりアレねッ!? 中に入れるのよねッ!」


 ひゃっふー! と叫びながら、ユノが駆けだした。


「ちょっとユノッ!?

 本格的に診るなら、明日にしようよッ! 一応、市長さんやギルドの支部長さんに報告した方がいいってッ!」


 それをユズリハが追いかけていく。

 そんな二人の様子に苦笑しながら、ライラとドリスは顔を見合わせてうなずきあった。


「わたしたちも行こう、ドリー」

「ええ」


 

      ♪



 ???? 所在地不明。



「ジャック様、お茶のご用意ができました」

「おう。ありがとな」


 レインに淹れてもらったお茶の入ったカップを手に取り、ジャックは口を湿す。

 反対の手には走り書きのメモのようなものがあった。


 サニィが取り急ぎ――ということで、メモだけ転移させてきたのだ。


「ふー……レイン。お前はサニィから来たこいつは?」

「拝見致しました。如何なさいますか?」

「そうさなぁ……」


 ジャックは無精ひげの生えた顎を撫でながら思案する。


「サニィには引き続き、あのボンボンの監視をしてもらうとして……。

 クラウドにはシェラープに行ってもらうとするか。

 俺はちょいと、サッカルムに用ができた」

「では、クラウドに指示を出しておきましょう。

 わたくしはどうすればよろしいでしょうか?」


 レインの気持ちとしてはジャックにずっと付き添いたい。

 だが、レインはジャック付きの侍女であると同時に、プロテアン・ズユニックの幹部でもある。

 常にジャックのそばにいられるとは限らない。


「そうさな……。

 あのボンボンが、オダマキの指輪を取引したという商人――洗い出せそうか?」

「さて……そればかりはやってみなければ分かりませんが……。

 以前の魔剣商人は後手に回ってしまいましたしね」

「そこは、ユノ・ルージュが片付けてくれてたから、ヨシとしようや」


 目を付けていた魔剣を、レウィス伯爵が購入。

 一番問題のあった機能が暴走し始めてしまっている時は、ジャックは大いに焦った。


 だが、気が付けばユノ・ルージュが魔剣を浄化し――それどころか、守護剣なる存在を作り出していたのだから驚きである。

 そして、魔剣の呪いによって、ほぼ動く旅骸(リビングデッド)と化していた商人は葬られた。


「呪いによって伯爵が暴走してしまえば危険だったかもしれないが、問題は特に起きなかったんだからな」

「ですが、それでユノ・ルージュが安全であると判断するのは早計では?」

「まぁな。期待はしてるが、期待しすぎるのも良かねぇな」


 ユノ・ルージュという存在はレインにとっては不確定要素でしかない。

 完璧なるジャックが行う計画は完璧でなければならないのだ――と、レインは考えている。


 戦いの中に享楽を見出し、自らが楽しめる相手を探し求める傍らで、ジャックへの恩義からプロテアン・ズユニックに加わっているクラウド。


 プロテアン・ズユニックの仕事を真面目にやっているが、復讐や憎悪に絡む出来事に対して自制の聞かないサニィ。


 レインにとっては、この二人もまた不確定要素だ。

 二人はジャックに対しての恩義から、プロテアン・ズユニックに協力しているにすぎない。

 ――だというのに、ジャックはレインは含めた三人を三天師(トリア・ズテンペス)と呼び、重要な場面で仕事を任せる幹部として扱っている。


 正直なところ、レインにとっては納得できないことが多々あるが、それでもジャックのことだ。

 自分には分からないような素晴らしい考えがあることだろう。


「ジャック様。ユノ・ルージュはさておくとしまして――わたくしが商人を見つけた場合はいかがすれば?」

「まずは報告を頼む。黒の商品だけを潰して終わるのであれば、いつも通りに、だ」

「浸食がひどい場合は?」

「……かわいそうだが、殺るしかねぇな」

「かしこまりました」


 これで、レインの次の仕事が決まったようなものだ。


「ジャック様。お茶のおかわりは?」

「いや、俺もすぐに出る。

 いつも美味い茶をありがとな」

「恐れ入ります。お気をつけて」

「おう。お前もな、レイン」

「はい。ありがとうございます」


 レインは恭しく一礼をしてジャックを見送ると、茶器を片付けはじめる。


 ジャックに感謝される――それだけで、レインの気持ちが満たされていく。


 代々優秀な従者を輩出する家系に生まれたレインは、その家系の在り方通りに従者教育を施されてきた。

 その中で、様々な主の間を渡り歩いては来ていたのだが、誰も彼もが、自分の主に相応しいとは思えなかったのだ。


「ジャック様……ジャック様こそが、わたくしが仕えるに相応しい方……」


 だからこそ、見限られないように誠心誠意を尽くし、与えられた仕事をこなすのだ。


 従者の仕事からはだいぶ離れた三天師(トリア・ズテンペス)という仕事であろうとも。


 いつもより短めですが、キリが良かったのでここで切らせていただきます。


 次回は花噴水の診察と、絡まり始める蔦の話の予定。

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