065:シェラープの街 と 旧き遺森
地図上ではハニィロップ王国領土内のほぼ中心に位置している第三都市シェラープは、三日月に近い形をしている街だった。
街の北西部には森が広がっており、シェラープはその森を囲むように出来ている。
森まで含めれば、シュラープは円形といえなくもない形状だ。
「はー……」
「ほー……」
「へー……」
そして、その森の中央には、否応にも目立つ白い大樹が一つ。
街の入り口である門から空を見上げると、頭上には白い枝が広がっているのだ。
ユノ、ユズリハ、ライラは思わず見上げながら感嘆をあげる。
その様子に、ドリスと兵士がクスクスと笑っていた。
「遠目から見たときからすごいとは思ってたけど……間近でみるととんでもないわね」
ユノがそう呟くと、横にいた門兵が、嬉しそうにうなずいた。
「そうでしょう。あれがこの街自慢の、超大型花噴水なんですよ」
「首都のも結構な大木サイズだったけど、これは次元が違うよね」
一番横に長い枝の先端から、反対側の一番横に長い枝の先端までと、足下に広がる森を含む街の直径と同じくらいのように思える。
何よりメインである幹の太さ――あれは、もしかしたらユノの実家の敷地面積では足りないくらいはあるかもしれない。
「兵士さん、やっぱりあの大樹も調子悪い?」
「お? なんだお嬢ちゃん。何でそれを?」
ライラの問いに、兵士が驚いた顔をすると、ユノが持っていた作業許可証を兵士に見せた。
「陛下から、国全体の花噴水のメンテナンス依頼を受けてるの。
挨拶の必要がありそうな人や場所があるなら、教えてもらえると助かるわ」
「おお。ついに花修理の方が!
だったら、まずは市長の屋敷へ向かってくれ。先触れは出しておくから」
「分かったわ」
うなずくと、兵士は街の地図を出してユノ達に市長の屋敷の場所を教えてくれた。
街へと入り、市内循環の馬車へと乗って兵士に教えてもらった貴族街へと向かう。
貴族街にある市長の屋敷へと向かい、挨拶を交わした。
見るからに花修理職人か綿毛人という見た目のユノ達に対し、見下すような態度を取ることなく、非常に友好的に接してくれたので助かった。
ドリーとして一緒に居たドリスを見て驚いていたが、彼女がドリーを名乗ったことの意味を理解し、敢えて綿毛人のお嬢さんと接してくれていたので、なかなか話のできるおじさんのようだ。
「市長さんは、わたし達にも優しいんですね」
ライラの言葉に、市長は笑ってうなずいた。
「私だけでなく、この街の貴族は比較的綿毛人に対して友好的な者が多いのですよ」
この街はハニィロップにありながら、養蜂や糖楓の育成はあまり盛んではない。それらでの収入は余り見込めないのである。
その代わり巨大な花噴水を見に、観光目的の来訪者は元々多い街だ。
それに加え、花噴水の足下に広がる旧き遺森は、森の姿をした遺跡なのだという。
森の中には、自然物としては説明の付かない仕掛けのようなものが多数存在していることから、森の姿をした別の何かという扱いだそうだ。
そしてその森では独自の動植物や魔獣が多数生息し、街から花噴水までの道のりにおいて、特定のルート以外では容赦なく人を襲う。もっとも彼らは森からほとんど出ることがないらしい。
そういった独自生物を狩り、採取する仕事は、この街では綿毛人への依頼として多数あり、彼らが採取してきたものを加工するなどして売り出すことで、街は利益を得ている。
観光客や綿毛人達のおかげで栄えている以上、それらに悪感情を抱くのは、自らの儲けの機会を逃すというもの。
この街においては、それは貴族も例外ではないらしい。
「わがまま貴族に良いように扱われてボロ雑巾みたいになる綿毛人の姿が見えたのは気のせいかしら?」
思わずユノがうめくと、市長は朗らかに笑って見せた。
「貴族との交渉がロクにできないのに、協会を通さない直接依頼を引き受けた時点で、綿が濡れ、種が落ち、腐敗した沼に沈むのは自業自得ではございませんか」
「この街はこの街で、カイム・アウルーラの貴族とはまた違う独自の貴族が政をしてるワケね」
「交渉が苦手なら、貴族からの直接依頼は引き受けない。ライラ覚えたッ!」
「貴族相手だけでなく直接依頼そのものがそういう扱いだよライラ。ドリーも覚えておくように」
「ユズリハさん。ご指南ありがとうございます」
つまりこの街の貴族にとっては、綿毛人が利益になる限り優しいのである。
ただし、利益を追求しているがゆえの優しさなので、その優しさに甘えるような輩は使い潰される。
その辺りの見極めができない綿毛人には厳しい街かもしれなかった。
「あ、そうだわ。メンテナンスの許可として、もう一つ許可が欲しいものがあるんだった」
「ふむ、なんですかな?」
「この街の近くにあるっていうまだ未踏破の遺跡の探索」
「森の中にあるその遺跡でしたら許可は必要ありませんよ。
この街の綿毛人協会からの許可証さえあれば自由に出入りできますので」
市長の言葉に、そうなんだ――とうなずいてから、それでも一応言っておくと、言葉を続けた。
「あたしの推測が正しければ、その遺跡の最奥は、花噴水の内部に繋がってるハズなのよ」
「なんと……ッ!」
市長の顔が驚愕に染まり、それから難しい顔に変わる。
「それが本当なら、このまま自由に探索できる状態はよろしくありませんな……」
とはいえ、メンテナンスする上で外側からアプローチできないなら内部からやるしかない――というユノの理屈には納得してくれた。
「修理が必要なほどの不具合がこれでまで無かったことによる盲点ですな……。
私の独断で閉鎖などはできませんが、近日中にはルールを変更するかもしれません。
遺跡探索される際は常に綿毛人協会からの情報を見逃さぬようにしてください」
「ええ、ありがとう」
そうしてユノ達は、市長の家を後にして、循環馬車に乗って、観光客や綿毛人で賑わう下町の繁華街へと向かった。
繁華街で降りてから真っ先に向かったのは、綿毛人協会だ。
前回と同じように、花噴水のメンテナンスで来た旨を伝えると、なぜか支部長がでてくる。
それでも話す内容は変わらない。
事情の説明と、国王陛下のサイン入りの許可証を提示するだけだ。
ついでに、相手がこの街の綿毛人協会の支部長であるなら問題ないだろう――と、今後は遺跡の出入りのルールが変わるかも知れないと市長が言っていたことをそれとなく伝えておく。
それに対して、本当に花噴水の内部に繋がっているのなら仕方がないと理解を示していたのを思うに、本当にこの国の人たちは花噴水ありきの生活をしているのだというのが理解できた。
そしてそれだけ大事にしているのだと。
国中の人たちからこれだけ必要とされている花導器なのだ。
がんばってる花導器の為にも、何が何でも直してやろう――ユノはそんなことを考えながら、協会を後にした。
そんなこんなで、だいぶ回り道はしたものの、ユノ達は花噴水の根本を見に行く為、旧き遺森の入り口へとやってきていた。
「ふつうに、繁華街の外れに入り口があるのね」
ユノが独りごちると、それにドリスがうなずいてから、補足する。
「正確に言うのであれば、魔獣に襲われない道の入り口が――ですね。
ここ以外からも森に入るコトは容易いですが、市長も言っていた通り、独自の生態系を多く持つ森ですからね」
「どんな生態系していようが、魔獣が住む森に、無計画無勉強で飛び込むのは無謀でしかないと思うけどね」
ユズリハが呆れ気味に肩を竦めると、ドリスは困ったような笑みを浮かべた。
「あがってくる報告を見ると、月に何組かは必ずいるようなのですよ」
「素人のわたしですら、それは危ないって分かるのに、なんでするのかなぁ」
ライラが首を傾げるのを横目に、ユノがしばらく思案していたが、ややして彼女はドリスに訊ねた。
「もしかしてこの森――魔獣に襲われない道以外の場所って、まだまだ未踏の場所が多い?」
「はい。安全な道でさえ、迷宮のように入り組んでいて、確実に花噴水の根本にいけるルートが確立されたのも、ここ二十年くらいだという話です。
その『道』すら、あくまでもルートが確保されただけで、横道などは完全に解き明かされたワケでもないですから」
だとすれば、無茶をする輩がでてくるのも理解はできる。
それは、ユノだけでなく、ユズリハも同じだったようだ。
「なるほど。未踏の地を解き明かして名を挙げたい人達からすれば魅力的だね」
「明かされてない横道の踏破じゃだめなのかな?」
「そうですね。私もそう思うのですが……お姉様達はわかります?」
ライラとドリスに問われて、ユノとユズリハは興味なさげに肩を竦めた。
「そんな小さな成功じゃあ自分たちに相応しくないとか考えてたんじゃないの」
「功績を大小でしか判断できない青二才ってコトでしょう。そういう人たちってだいたい自分たちの実力を無駄に過大評価しがちだし」
ユノとユズリハからすれば他意なく本心だったのだが、どうにもライラとドリスには、別の意味に聞こえたようだ。
「わたしはお姉ちゃん達から興味を失われちゃうような人にはならないからッ!」
「私もですッ! 綿毛人としても貴族としてもッ!」
拳を握り、必死な形相で見捨てないでと訴えてくる二人に、ユノとユズリハは首を傾げた。
「え? 急にどうしたの二人とも?」
「あれ? なんか私達、二人を困らせるようなコト言った?」
森の入り口でそんなやりとりをしていると、入り口の見張りをしている兵士が困ったように声を掛けてきた。
「あー……君たち。大変愉快なやりとりなので聞いてる方は楽しくもあるのだが、目的があってここに来ているのだろう? 入り口でのんびりしてて良いのかい?」
言われて、四人は顔を見合わせる。
「それじゃあまぁ、とりあえず根本を目指すとしますか」
ユノの言葉に、三者三様に返事をする。
それを微笑ましく見ていた兵士が、少しだけ表情を締めながら告げた。
「みなさまの様子を見ている限りだと問題はなさそうですが、一応仕事ですので警告させていただきます。
安全が確保されているルート以外へ踏み込んだ場合の安全は保障されておりません。その際はすべて自己責任となりますので、ご注意を」
「ええ。理解しているわ。わざわざ悪いわね」
「ご忠告傷み入ります。気をつけておきますね」
ユズリハとユノは素直にうなずく。
ここで反発する理由はないし、こういう警告をする仕事だって大事だということを理解しているのだ。
もっとも、一番この手の警告が必要な相手ほど、聞く耳持たないのが世の常ではあるのだが。
「それと、こちらを。
観光用の安全なルートがメインの簡単な地図です。無いよりマシ程度のモノですが、お持ちください」
「わざわざ悪いわね。助かるわ」
四枚の地図をユノは素直に受け取り、それらを三人に配る。
「それじゃあ、行こうか」
ユズリハは地図を軽く確認して一つうなずくと、ユノと共に歩き始める。それをライラとドリスが追いかけながら、兵士へと手を振った。
「兵士のおじさん、ありがとー! いってきまーす」
「お勤め、ご苦労様です。行って参りますね」
そうして、四人は旧き遺森へと足を踏み入れ、数多の綿毛人達に踏み固められた道を歩いていくのだった。
なお、完全な余談ではあるが、綿毛人とはいえ綺麗どころが集まった女性四人組に、優しく労いの言葉をもらったことに感動した彼は、元々仕事熱心ではあったが、より一層熱心になったそうな。
♪
「さすがに、看過できなくなってきたか」
ハニィロップの王城にある自室で本を読んでいたジブルは独りごちる。
前々から気になっていた本をようやく手に入れたのだが、気がつけば妹のことを考えており、本の内容は頭に入ってきていない。
父以外に対し、まともに行き先を告げずにドリスは姿を眩ました。
その理由は、独自の情報網によって襲撃の可能性に気づき、身の危険を感じたから――だそうだ。
「ドラを野に帰す――そこまでなら、まだ許せたのだがな……」
無論、双子が揃って可愛がっていた家族を勝手に野へと帰したことそのものを許すつもりはない。
だが、心情的にはともかくとして、対外的には許さざるを得ない状況にはなっていた。
「本気でドリスを狙うつもり者がいるのであれば――もはや、派閥などどうでも良い」
そもそもからして、王位継承は父がどちらにするかを示すのであれば、自分たちはそれに従うつもりだった。
ジブルもドリスも互いにどっちが王位についても文句を言うつもりはなく。
王位につかない側は、ついた側を可能な限りサポートしていくつもりでいるのだ。
お家騒動は貴族に付き物などとは言うが、王家の人間は誰も騒いでいないのである。
騒いでいるのは、甘い汁を吸いたがっている他の家の者達ばかり。
なんと滑稽な状況であろうか。
「そもそも、文官としての才はドリスの方が上だ。
ならば、王は妹の方が相応しかろう。私はドリスに降りかかる困難を、騎士となりて斬り払っていけば良い」
政治や商売に関することなら、ドリスの方が上なのだ。
今のハニィロップに必要なのは、自分のような脳筋よりも妹のような知恵者であろう。
本を読みながらの独り言のはずが、気がつけばぶつぶつと愚痴をこぼしてしまっているのに気づいて、ジブルは慌てて口を閉じる。
その後に漏れ出るのは嘆息だ。
何となくだが、ジブルは気づいていた。
自分と同じように、ドリスもドリスで、跡継ぎにジブルを推しているのだろう、と。
お互いに王になるのが嫌なのではなく、より相応しい者として片割れを推しあっているのだ。
だと言うのに、二人の些細な対立は正しく汲み取られることなく、派閥争いの燃料にされてしまっている。
二人のここ最近の微妙な仲違いは、そんな派閥の影響もあった。
「このままドリスとギクシャクし続けているのもおもしろくないな。
派閥連中が、旗頭である我々を無視して好き勝手しているのもおもしろくない。
その挙げ句、自分たちの起こした対立を、勝手に兄妹喧嘩やお家騒動扱いにされているのもおもしろくない」
それに何より――
「妹が命の危機を感じたコトがおもしろくない」
口にしてみると、すっと腑に落ちた。
ああ、そうか――
ここ最近、ずっとつまらないと感じた原因は――
「私は国が好きだ。家族が好きだ。妹が好きだ」
その感情を逆撫でしながらも、さもドリスが悪いと言ってくる者が多すぎる。
このままでは居心地の良い、自分の居場所を不愉快な者たちに犯されかねないと、ようやく気がついた。
「……良い機会だ。この辺りでそろそろ手を打つコトにしよう」
自分と妹が不仲であることは、家族としても国としても、よくないことだ。
ならば、次代を担うものとして、憂いを断つ為に動くのは何一つ問題はないだろう。
一つ決意をしたジブルは、読んでいた本に栞を挟み机に置くと、備え付けの鈴を鳴らす。
入ってきた従者に、もっとも信頼している幼なじみの文官を呼ぶよう言付ける。
すぐさま了解し、部屋を出ていく従者を見送ってから、ジブルは小さく笑みを浮かべた。
「さて、どうしてくれようか」
それを相談する為に、親友をここへ呼んだのだ。
楽しみで仕方がない――そんな顔で、ジブルは親友が部屋へと来るの待つのだった。
♪
森の入り口こそ鬱蒼としているように見えたものの、中に入ってみれば適度に木漏れ日が差し込む、明るく綺麗な森だった。
「綺麗なところだねー」
「ええ、本当に」
ライラとドリスの、のんびりとした感想にユノもうなずく。
「見たコトがないような植物が多いのと、周辺にこっちを狙う動物や魔獣の気配を多数感じることを除けば、ピクニックにぴったりね」
「問題が致命的すぎるよね。特に後者」
視線こそ感じるものの、襲ってくる気配がない。
定められた道を歩く限りは確かに襲われないのだろう。
(明らかに人為的なものを感じるわね。
この森は、そもそも花噴水の一部なんじゃないかしら……。
だとしたら、四陣ノ遺跡とか、この近くの未踏の遺跡とか、全部が花噴水の一部とも考えられる)
周囲を見渡し、思案をしながら歩いていると、ライラが不思議そうな顔をして、こちらを見ているのに気づき、ユノは首を傾げた。
「どうした? あたしの顔に何かついてる?」
「珍しいお花とかいっぱいあるのに、お姉ちゃんがふつうだなって」
「ああ、そういうコト」
どうやら、ライラの中でのユノは花や花導品に見境がない人物像ができあがっているようだ。
それを訂正する為に、ユノは苦笑しながら答えた。
「ここの花は生態がまったく分からないからね。迂闊に触るのは怖いのよ」
「ユノは一見、見境ないように見えるけど、明確な線引きをしてるんだよ」
ユノの言葉に、ユズリハが補足をするが、ライラには伝わらなかったようだ。
よく分からない――と眉を顰めている。
ドリスも興味深そうにこちらを見ているので、どうしたものかと考えながら、ユノは周囲を見渡した。
「例えば、そこにある黄色のスカシユリっぽい花。
一見するとスカシユリだけど、葉や茎の形状が、あたしの知識の中にあるどのスカシユリのモノとも食い違っているわ」
とはいえ、恐らくはスカシユリの仲間である可能性は高いので危険は少ないだろう。
だががそれを口にするとややこしくなるので、ユノは敢えて言わない。
「そして、ユリ科の植物というのは、食用のモノと同じくらい毒草も多いの。
ユリ科の毒は、主に根に含まれているコトが多いけれど、このスカシユリに似た花が同じとは限らない。
蜜や花粉、葉や茎から出る汁に、毒性が含まれている可能性があるわけよ。
花修理の仕事でここにいる以上、そんな危険性のあるモノに迂闊に触るワケにもいかないでしょう?」
あるいは、あのスカシユリっぽい部分が擬態で、別の側面を持ってる植物や魔獣の可能性もあるのだが、それもややこしくなるので、敢えて言わないことにした。
理由はなんであれ……迂闊に触った結果、毒やら何やらで倒れれば、仕事どころではなくなる。
やむを得ない場合はともかく、そんなしょうもない理由で仕事放棄してしまったら信用がた落ちどころではない。ましてや今回の依頼にはハニィロップ国王から、カイム・アウルーラ行政局長経由できたものだ。局長のメンツすら潰してしまうことになる。
「未知なるモノっていうのは、好奇心を刺激されるわ。刺激された好奇心を満たしたくなるのは、あたしだってそうよ。だけど、未知だからこそ恐ろしいの。
見たことのない蜂や蛇に襲われて、未知の毒に感染したら?
未知ゆえに解毒方法が存在していないかもしれない。だとしたら、解毒できずに死んでしまうでしょう?
好奇心を満たす時はね、その対象が即座に行動しなければ満たされないモノであるのか、ある程度の準備をしてからでも満たせるモノなのか、それの見極めってとても大事なのよ。
そして、この森の植物は、後者でしょう?」
やるコトをやってからでも、問題ないものだ。
「そうは言っても、お姉ちゃんは花導品だったらどうなの?」
「同じよ。抱きしめたり頬ずりしたりするコトはあっても、未知の花導品にはマナは巡らせないようにしてるもの」
好きだからこそ、対応を間違えてはいけない。
好きだからこそ、正しい対応の仕方を知らなければならない。
それこそが、ユズリハの言う、ユノの線引きというものだ。
「さて、二人も納得したようだし、先に行きましょう」
そうして四人は、花噴水の根本を目指して森の中を進み始めた。
地図の通りに進む分には、余計な邪魔も入らないので、問題なく進んでいける。
確かに道は入り組んでいるが、道中の分かれ道には必ずといって良いほど花噴水見学順路と書かれた看板が設置してあるので、間違えようはない。
ただ看板の中には――
『順路・左。
この分岐は、間違えて右に進むと確実に魔獣などに襲われます。必ず左へと進んでください』
――というモノも存在しており、この正しい順路を発見した人達の根気と労力が偲ばれる。
そうして順路を進んでいくと、やがてユノ達は開けた場所へとたどり着いた。
目の前にあるのは、巨大な壁と見間違いそうになるほどの花噴水。
観光地になっているだけあって、この開けた場所のあちこちに、ベンチが設置されていた。
そのベンチの一つに、独りで腰をかけている人物がいる。
両手を広げて背もたれにのせ、足は大股に開き、独りでベンチを独占しているようだ。
その姿勢のまま、彼はぼーっと空を――いや花噴水を見上げている。
細身に見えるが、ガッチリとした体躯。
フード付きのゆったりとした黒いローブを纏っているし、片手杖を腰から下げているので、花術師のように見える。
だが、ローブの下から時折見えるベルトに、作業用の工具がぶら下がっているのを見るに、ユノと同業者のようだ。
流れの花修理職人といったところだろうか――
「ん? お嬢ちゃん達も観光かい? ここは落ち着くいい場所だぜ。
俺は仕事で疲れた時は、ここへ来て休むようにしてんだ」
こちらに気づいた男が、顔をこちらに向けた。
低く渋みのある声だ。
ユノとしては、どことなく師匠を思わせる声質に、不思議な落ち着きを覚える。だが、彼は師匠ではないだろう。
生きていたとしても、師匠はそもそもネリネコリスよりも年上だ。彼の雰囲気は若々しく、どれだけ高く見積もっても三十代には入ってなさそうだ。
こちらに視線を向けるその顔は、黒い仮面で隠されていた。
瞳には穏やかなものを湛えているので、決して危険人物というわけではなさそうだが……。
そんな男に、ユノはカマ掛け半分で、訊ねる。
例え、この出会いが偶然だったとしても、このタイミングで仮面を付けている男がここにいるのは偶然ではないだろう。
「アンタ、サニィとかクラウドとかってのの親玉よね?
ジャック――だったかしら?」
ユノの問いかけに、男は楽しそうに笑いながらうなずいた。
ジャック登場。
作者の想定よりも早い出番で、本当にプロット通り進んでなくて困ってます(笑
次回は、彼の目的とかそういう話の予定です。
完全な余談というか戯れ言ですが。
ここ最近、某迷宮RPGシリーズのサントラをちょいちょい聴いてるせいか、旧き遺森が、それの第一迷宮っぽいイメージに引っ張られちゃったかもしれない。そして五人パーティにするには一人足りない(