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花修理の少女、ユノ~修理工房のひねくれ店主は、人と花と精霊と、そして街から愛される~  作者: 北乃ゆうひ
日常編-02- フルール・ズユニックの日々

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055:花導器(フィオリオ)があたしを呼んでいる

今回も副音声という名のルビがあります。


 マズい――と、ネリネコリスの秘書アスピーデは胸中で叫んだ。


 クレマチラス夫妻が、長期間家に寄りつかないでいた娘のことを溺愛しているのは、カイム・アウルーラで夫妻と付き合いの長い者達の間では周知の事実だ。


 だが、夫妻は公言していないし、娘の実体が掴めない。

 普段は忍名を使い、平民として生活しているとなれば、出会う機会もそうあるものではないだろう。


 推測はできるが、事実までは分からないというのがせいぜいだ。


 だというのに、局長と向かい合っている男爵は、何故かその存在を口にした。

 自領内であっても、把握してる者はそう多くない話を、だ。


(ブラフで使うには、些か的を得すぎていますね……)


 ただでさえ機嫌の悪かったネリネコリスがより険悪な雰囲気を纏い始めているのもマズい。


 従者として、主同士のやりとりの間に割って入る無礼をしてでも、一度空気を切り替えるべきだろう――

 アスピーテがそう思った矢先に、部屋のドアがノックされた。


(良いタイミングだ……というべきでしょうか……)


 部屋の空気の悪化が止まってくれたのは僥倖といえるかもしれない。

 そんなことを思いながら、アスピーデが部屋のドアを開けようとすると、こちらのことを待つまでもなく、ドアが開いた。


「邪魔するわ……よ?」

「ユノ嬢?」


 最悪だ――と、アスピーデが胸中で天を仰ぐ間に、ユノは素早く部屋の中へと視線を巡らせると、営業スマイルを浮かべた。


「この部屋の花導具(フィオレ)の修理に伺ったのですが……来客中でしたか。大変失礼しました」

「謝るのはこちらです、ルージュ工房長。急な来客でしたから、連絡が行き違いになってしまっていたようですね」


 アスピーデが困っている間に、二人は客と職人という関係をこの場では貫くことに決めたらしい。

 相談した様子もなかったので、アイコンタクトか――単純に空気を読んだだけか。どちらであれ、そこまで咄嗟に判断できる母子で本当に良かったと、アスピーデはこっそり安堵する。


「工房長もユズリハさんも、お時間があるようでしたら少しお茶でもして待ってていただけないかしら?」

「ええ。そうさせて頂きます。ユズリハもそれで良いかしら?」

「はい」


 何とか面倒な展開にならずに済みそうだ――などと、アスピーデは考えていたのだが、それはどうやら甘かったらしい。


「少し待って欲しい」


 そう口にしたのは男爵だ。

 好機を見つけたような顔で、ユノを呼び止める。

 

「随分とお若い工房長のようだが――行政局長の邸宅に呼ばれる程度の腕前はあるのだろう?」


 どこか嫌味混じりにも聞こえる言葉を口にするモブレス男爵に、アスピーデは再び頭を抱えた。


(勘弁してください……彼はどう考えてもユノ嬢とソリが合わないタイプだと言うのに……)


 胸中でテンパっているアスピーデの前で、ユノは改めて部屋へと向き直る。

 その顔は、相変わらずの営業スマイルだ。

 笑顔で他意を隠している――という意味では、貴族の笑顔と同質のものと言って良いだろう。


「ええ。局長の家に呼んで頂ける程度のは腕はあると自負しておりますが?」

「でしたら是非、依頼したいモノがありまして」

「依頼ですか?」


 ユノの目が僅かに眇められる。

 営業スマイルの下から、男を見定めているようだ。


「はい。その品と言うのが――」

「言うのが?」

「ハニィロップの国宝。清らに(サンクトゥ・)水湧く(フェントゥス・)花噴水(リリランジア)です」


 瞬間――ユノの瞳が輝いた。

 輝くなんてレベルではない。空腹で歩き続け、十日ぶりくらいにエモノを見つけた肉食獣の瞳。絶対に失敗できない、最後の力を振り絞る狩りに赴く獣のソレ。頭の中では、捕食した後のごちそうの味を思い浮かべるがごとく、頬ずりしている自分の姿でも想像していることだろう。


「やりま――」

「すとーっぷッ!!」


 即答しようとするユノに、ユズリハが背後から羽交い締めしつつ口を塞ぐという器用なことをして止める。


「カイム・アウルーラ領内の貴族相手ならいざ知らずッ、他国の貴族相手に二つ返事しようとしないでッ!!」

「もがッ、むぐぐぅッ、むーッ!!」


 ユズリハの身体からうっすらと青紫色の光が見え隠れしているので、葉術(フィーユス)を用いて本気で止めているようだ。


「よくやりましたユズリハさん」


 そんなユズリハに、ネリネコリスは心の底から感謝を告げる。アスピーデも同じ思いだ。


 だが、もがもが叫び、じたばたするユノに、さすがにユズリハも顔をしかめた。

 関節などを完全に極めているわけではないので、手足を振り回すのは簡単なのだろう。


 そこで、ユズリハは敢えて拘束を解くことにしたようだ。


「ぷはーッ! ユズッ、あんたねぇ……」


 直後にユノの口から漏れる文句が全て言い終わる前に、


「ちょいなーッ!」


 ユズリハはその首筋に手刀を落とした。

 カクリと、糸の切れた人形のように崩れ落ちるユノを受け止めると、ユズリハは男爵へと朗らかな笑みを浮かべる。


「申し訳ありません。うちの工房長、興奮しすぎて持病の発作で意識を失ってしまいました」

「いや今キミが掛け声と共に工房長の首を手で打ち抜いたよね?」

「幻覚です気のせいです白昼夢です。貴方は何も見てはいらっしゃいませんし私は何もしてません。持病です突然意識を失う類いの。一つのモノに偏狂しちゃうようなタイプの蒐集家に良くあるやつです」

「そうは言うが」

「そんなワケで、お話の途中ですが失礼させて頂きますね」


 一方的にそう告げると、ユズリハはユノを抱えてそそくさとその場を立ち去っていった。


「あれ? ユノお姉ちゃんどうしちゃったの?」

「話はあとだよライラ。とりあえず、ユノを寝かせられる場所に連れて行こう」


 ドアの外から聞こえてくるやりとりに、何やら釈然としない顔をしている男爵。

 その姿に、ネリネコリスは嘆息した。


「モブレス男爵」

「はい?」

「頭上を跨ぎ手を出すような真似――感心いたしませんよ?」

「何のコトでしょうか? 国の一大事です。優秀な花修理(リペイア)を手配したいというのは愛国心からくるもですが」

「もしその言葉を本気で口にされているのでしたら、二度と愛国心などという言葉は口にしない方がよろしいかと」

「それはどういう――」


 モブレス男爵が聞き返そうとしてくる言葉を、冷たく射抜く視線で黙らせる。


「国宝、清らに(サンクトゥ・)水湧く(フェントゥス・)花噴水(リリランジア)の管理はハニィロップ王国が――正しくはその王家一族が行っているものです。

 親戚筋ですらない、いち領主が許可なく花修理(リペイア)を手配して良いものではございません。

 ましてや国宝に関する依頼を他国の職人へとするのであれば、その職人がいる国のトップへと話を持ちかけ、国家依頼という形で行うべきです。

 いくら急を要するコトであろうと、両国の頭上を無視して話を進めるべきではありませんわ」


 息を吐き、カップに僅かに残ったお茶で口を示してから、ネリネコリスは続ける。


「国の許可なく行われた修理は――それが正しい修理であったとしても、無断で国宝に触れたコトが罪に問われかねません。

 貴方は、カイム・アウルーラの優秀な職人を罪人に仕立て上げたいのでしょうか?

 ましてやルージュ工房長の元へは、ハニィロップ王国はもちろんグラジ皇国や、聖パッシフェル・ツァイト王国などの貴族達が、わざわざお忍びで依頼に来るほど人気があるのですよ?」


 そんな修理職人を罪人に仕立て上げようものなら、どうなるか分からないのか――と暗に言っているのだが、イマイチ分かっていなさそうな男爵に、ネリネコリスのこめかみが震える。


「政治的な要因を鑑みて強引に修理を進めたいのかもしれませんが、たかだか男爵程度である貴方の後ろ盾では、無いよりマシ程度でしかございませんでしょう?

 もしや、モブレス男爵はご|自身が秋の紅葉の先導《お前自身が思っている程》を出来るのだと(お前に付き添い)、本気で思われていらっしゃる(ついていく奴は)のですか(多くないから)?」


 さすがにここまで来るとモブレス男爵も、理解が及んできたようだ。


「いくら何でも、失礼がすぎるのではないかね、ネリネコリス局長」


 ――自分が、バカにされているのだという部分だけは。

 これだけ言っても、どうにもならないのであれば、仕方がない。


 ネリネコリスはこれ見よがしにため息をつくと、席を立った。

 そのまま、椅子に腰をかけている男爵を見下すように、下目に見据える。


「お引き取り願えますか、ノーノ・ジュオーリス・モブレス男爵。

 花を咲かせて回る季節の精霊の手を止める必要は無かったようです。

 山の賑わいにすらならない枯れ木を植えるような時間でしたわ。

 枝から落ちた木の実は樹に戻せないのですけれど、そのまま落ちるのを見過ごしても何一つ問題は無かったようです。

 まぁどのような精霊も完璧ではないと言いますしね。人間であるのなら尚のコト……という気持ちで、この場はお開きにしたいと思います」


 ひたすらに時間を無駄にした――と告げてやれば、モブレス男爵は驚いたようにこちらを見上げてくる。

 そんな男爵を無視して、ネリネコリスはテーブルの上のベルを鳴らした。


「お呼びでしょうか奥様」


 部屋の前で控えていた侍女がドアを開けると、ネリネコリスは一切の感情を廃して告げる。


「お客様がお帰りです。道に迷ってこの部屋へと戻ってくるコトがないように、丁重にお見送りしてください」

「かしこまりました」


 丁寧に頭を下げて了承する侍女にネリネコリスはうなずいてから、モブレス男爵へと視線を戻す。


「道を間違えるのは危険ですからね。帰り道を間違えそうになったら、多少手荒になってでも、従者達は正しい道を示すコトでしょう。あまり余計なコトはなさらないように」


 とっとと立って素直に帰れ――と殺気をぶつけてやれば、モブレス男爵は慌ててコクコクうなずいて、侍女に誘導されて部屋を出ていった。


 完全に気配が遠く離れたことを確認してから、ネリネコリスは盛大に息を吐きながらイスに座り直す。


「疲れたわ」

「お疲れさまでした。お嬢様が入ってきた際は少々慌てましたが……」

「あら、どうして? 部屋の前には侍女のムーシエが待機していたのよ。本当に情報が行き違いになっていても、そこで気づくはずじゃない」

「あ」


 言われてみればその通りだ。

 ――にも関わらず、ユノはまるで知らないかのように部屋に入ってきた。


「では、あのタイミングでお嬢様がやってこられたのは……」

「従者たちがユノに頼んだのでしょうね。とっとと切り上げさせる口実のつもりで」


 別にモブレス男爵があそこで声をかけなくても、依頼をしてるのに約束破ってしまうのは工房長に申し訳ないので、話はここまでだ――と切り上げるつもりだったのだとネリネコリスは笑った。


「局長もお嬢様もまったく……本当に親子ですね」

「あら嬉しい」


 心の底から思った皮肉に近い感想は、けれどもネリネコリスには最高の言葉だったらしくて、本当に嬉しそうだ。


「それじゃあアスピーデ、手はず通りに」

「はい。それから、以前よりハニィロップから打診があった件はいかがなさいますか?」

「引き受けるわ。あの娘に火が着いちゃってる以上、むしろそれを理由にして大人しくさせないと、何が起こるかわかったものじゃないしね」

「確かに――それはありそうです」


 やれやれと嘯くネリネコリスに、アスピーデも苦笑混じりにうなずくのだった。



     ♪



「それで、えーっと……なんで元気よくお部屋に入っていたユノお姉ちゃんが気絶して出てきたのかな?」


 ユノを自室のベッドに放り込み、その部屋から出たところで、ライラが素朴な疑問を口にする。

 それに、ユノの部屋まで案内してくれた侍女もうなずいた。


「こちらのお嬢様の言う通りです。あの部屋で何が起きたのでしょうか?」

「……んー……そうだねぇ」


 ユズリハが素直に説明すると、侍女が安堵したように息を吐いた。


「それはファインプレーでございました。

 お嬢様は普段は冷静ですが、そういうコトがあるのですね」

「うん。花導品(フィーロ)が関わる状況だと発言も行動も斜め上になる時があるから気をつけて」

「はい。ご助言、ありがとうございます」


 礼を告げる侍女の横で、ライラは不思議そうに首を傾げる。


「うーんっと、その依頼ってユノお姉ちゃんは受けちゃダメだったの?

 国宝っていうなら、すごい花導器(フィオリオ)なんだよね? すごい修理職人のユノお姉ちゃんくらいしか直せないんだとしたら、引き受けて良いんじゃないの?」


 ライラの疑問に、ユズリハと侍女は顔を見合わせた。


「いいライラ。

 その疑問に答える前に、一つだけ覚えておいて欲しいコトがあるんだ」


 ユズリハの言葉に、ライラが真面目にうなず。

 その姿にユズリハは小さく笑うと、告げた。


「貴族や商人と会話をする時には、発言に気をつけて。

 言葉遣いじゃなくて発言だよ。自分が何を口にしたのか、何を口にするのか、ちゃんと把握して、記憶するコト」

「それが、今のユノお姉ちゃんの話と関係あるんだ」

「その通り」


 ユズリハの言葉を引き継ぐように、侍女がライラへと説明する。


 言質を取らせないように、逆に取り上げるように会話をする理由と目的。そして今回、ユノがどれだけ迂闊であったのか。

 国宝に関する他国の職人への依頼の仕方などなど――少し情報量が多すぎて、ライラには大変だろう。

 ユズリハですらそう思うくらいの情報量であったのだが、ライラはそれらを正しく受け止め、自分なりに吟味できているようだった。


「貴族って大変なんだねぇ……」

「貴族の従者だって大変なんだよ?」


 しみじみと口にするライラに、ユズリハが冗談めかして横へ視線を向けると、侍女はクスっと小さく笑う。


「あの、メイドのお姉さん」

「はい」

「えっと、わたし……メイドになりたいわけじゃないですけど、メイドのお仕事についてとか、貴族のコトとか、ちょっと興味があるので、色々と教えてくれませんか?」


 侍女に寄り、下から顔をのぞき込むような上目遣いでダメですか、と首を傾げて見せる。

 ライラのあざとい姿と言葉に、少しだけ侍女の心が揺れたようだが、この屋敷の従者たちは、その程度の誘惑は通用しない。


 侍女はやんわりと、首を横に振り、断ろうとする。 

 だが、ちょうどそこへ、ハインゼルがやってきた。


「かまいませんよ」

「侍従長?」

「そちらのお嬢様は、ユノお嬢様とユズリハ女史の両名が、この屋敷へと連れてきて問題ないとご判断されたのでしょう?

 お二人のコトです。この展開――それこそ、私が許可を出すコトまで込みで、連れてこられたのでは?」


 それに、ユズリハは曖昧な笑みを浮かべると、ライラに向き直った。


「ちなみに――ここでハインゼルさんの問いかけにうなずいちゃったりすると、それはユノから従者たちへの命令になっちゃうから、沈黙が正解なんだけど、気づいた?」

「えーっと……そっちのおじさんが、ユノお姉ちゃんの名前を出した上でユズお姉ちゃんに確認してきたから?」

「はい、その通りでございます。今回の場合、ユズリハさんの代理返答という形で、こちらが勝手に受け止められるようになっておりましたので」

「……お貴族様や商人さん達って、いつもこんなやりとりしてるの?」


 ライラの言葉に、三人は同時に苦笑を浮かべる。

 毎日ではないだろうが、かといって普段はしていないのかと言われるとまた少し違うだろう。


「ライラが教えて欲しいのは、そんな世界での正しい選択肢の選び方――でしょ?」

「うん」


 ユズリハの問いかけに、瞳を煌めかせながらライラは快活に返事をする。

 その元気の良さに、ハインゼルと侍女は頬を緩ませた。


「元気で結構ですな。

 下地も悪くはなさそうですし――そうですね。マナーをお教えする代わりに、仕事を手伝っていただきます。仕事を手伝うコトが、授業料だと思って頂ければ」

「侍従長、勝手に決めて良いのですか?」

「問題はありません。奥様も許可して頂けると思っております」

「それなら構わないのですが……」

「そういうワケで……ライラさんでしたね。

 五日後の――そうですね。午後の二時(チューリップタイム)キッカリに、正面玄関ではなく、従者用玄関から私……ハインゼル宛で訊ねて来て下さい。時間厳守ですからね」

「はい! ……じゃなくて、かしこまりました! の方がいいですか?」


 ライラの返答に、ハインゼルと侍女は感心したように笑い、首肯した。


「そうですね。我々が貴女に教えられるのは、貴族としてのマナーや常識よりも、従者としてのマナーや常識になりますからね。その方が良いでしょう」


 ハインゼルの言葉を受けて、ライラは少しだけ侍女へと視線を向ける。

 その視線に侍女は首を傾げていたが、ややしてライラは背筋を伸ばして、優雅に一礼してみせた。


 それは、ユノを背負ったユズリハを見た時に、侍女が見せた礼だ。


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします、侍従長さん」

「さんはいりません」

「よろしくお願いいたします、侍従長」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。

 見様見真似でそこまでできるのですから、お教えするのがとても楽しくなりそうですな」


 ハインゼルは朗らかに笑うと、ライラの頭を撫でる。

 それから、侍女へと視線を向けた。


「私はこれから三日ほど不在となりますが、仕事はサボらないように」

「侍従長が居ないからという理由でサボるような従者では、この屋敷で仕事などできません」

「ええ、わかっておりますとも」


 はっはっは――と笑うハインゼルに、ユズリハが訊ねる。


「不在理由を聞いても?」

大型陸走鳥(ジガン・モエーア)を駆って、ハニィロップ王都まで少々」

「……いくらモエーアでも、往復三日って……」

「あの鳥は体力がございますから。数日程度なら不眠不休でも問題はございません。それなら、王都で用を済ませて帰還するまで三日で済みますので」


 あっけらかんと口にしているが、それはハインゼルも不眠不休で往復すると言っているのに他ならない。


「身体だけは壊さないようにね」

「無論、心得ておりますとも」


 そうして、ハインゼルは失礼しますと言って、この場を去っていく。


「もしかして、侍従長ってすごい人?」

「うん、まぁ、色々な意味で」

「そうですね。様々な意味で」


 姿の見えなくなった侍従長に対して、思わず首を傾げるライラへと、ユズリハと侍女は遠い目をするようにうなずくのだった。



    ♪



 その日の夕食時――


「むー……」

「ネリィ。ユノちゃんは何であんなに膨れてるんだい?」

「依頼を受領する邪魔をされたからでしょうね。モノがモノだから、邪魔してくれたユズリハさんに感謝しかないのだけど」


 目が覚めた時には国宝に触る機会が失われていたユノは、ほっぺたを膨らませたまま、夕飯の席へとやってきた。

 そのあまりにも子供っぽい姿に、ネリネコリスもサルタンも思わず可愛いと内心キャッキャしてるのだが、おくびにも出さずにやりとりを交わす。


「さすがにそういう事情だとなぁ……」


 娘と嫁は可愛いので出来る限り甘やかしたいサルタンではあるが、それ以上に二人の身こそが大事だ。

 事情を聞いてしまうと、好きにさせてやれば良かった――とはさすがに言えない。


 どうしたものかと、サルタンが考えていると、ネリネコリスがユノに問いかけた。


「ユノ。あの依頼を受けたとして、貴女に清らに(サンクトゥ・)水湧く(フェントゥス・)花噴水(リリランジア)は直せるのかしら?」


 その言葉に、赤ワイン煮込みの中の仔牛肉を切り分ける手を止めて、ユノは顔をあげる。


「さぁ、実物を診てみないコトにはなんとも」

「直す――あるいは、直せないにしろ原因の特定までは出来る自信は?」

「あるわ」


 絶大なる自信を持って、彼女がうなずく。

 それにネリネコリスがうなずき返し、さらに問うた。


「貴族として――私の娘としての振る舞いは、問題なく出来る?」

「何だかんだと、貴族の振る舞いとマナーは学術都市で大いに役立ったわ――と答えれば納得してくれる?」


 それがどういう風に役に立ったのかは、あまり聞かない方がいいだろう。

 だが、その返答だけで充分だと、ネリネコリスは判断した。


「ユーノストメアとユノ……二つの顔を使い分けてもらう必要はあるのだけれど、一つ依頼があるわ」

「……なに?」

「依頼人はハニィロップ王国国王陛下。

 清らに(サンクトゥ・)水湧く(フェントゥス・)花噴水(リリランジア)の診断と、可能ならば修理。

 あの男爵(バカ)の独断ではなく、正式にカイム・アウルーラ行政局長宛に届いた、職人斡旋依頼よ。期間は四週間後――夏の第一節一日目から、依頼完了まで。

 その期間開始前に国王陛下への挨拶や、ハニィロップ貴族達との社交があるけれど、それでも構わないなら、引き受けてちょうだい。

 どうする、ユーノストメア?」


 ネリネコリスの問いかけに、ユーノストメアは踊り出したくなるほどの喜びを全て押し隠す。そうして背筋を伸ばし清楚さと自信を兼ね備えた笑みを湛えると、胸を張るように答えた。


「お養母様。そのような大変興味深い依頼――わたくしに引き受けない理由を探す方が難しいですわ」



 そんなワケでして、次回からは舞台をハニィロップに移しての騒動編開始です。


 挨拶と社交は軽く触れるだけにして、とっとと修理を始める予定。

 真面目に社交を書こうとすると、副音声(ルビ)が飛び交う、非常に読みづらい画面にしかならなそうなので(笑




 ……考えるのも大変ですしね、婉曲表現(ボソ


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