041:フルール・「ズ」ユニック工房の日常
連載再開、第二部開始です。
改めてよろしくお願いします。
――花は、精霊の止まり木である――
「なるほどなるほど」
自宅を兼ねた工房の地下にあるアトリエで、床にあぐらをかいている少女が、しきりにうなずきながら、恍惚とした笑みを浮かべている。
見ようによっては欲情しているようにも見える、その危なげな笑みは、花導具の修理が楽しくて仕方がないからだ。
基本的に、異性にも同性にもそういう興味を持たない彼女が、このような妖艶な笑みを浮かべるのは、花学技術に関してだけである。
そんな彼女は近々成人(十八歳)になる予定であるが、全体的に小柄で細いシルエットのせいで、実年齢よりも低く見える容姿をしていた。
だが、決して不健康な体というワケではなく、胸は薄いものの、適度な筋肉と脂肪を持っており、インドア趣味とは思えないくらいには健康そうで、運動馴れした身体をしていた。
仕事の邪魔にならないように短く切られた栗色の髪。意志の強そうな瞳は、右は火が燃えるように赤く、左は氷のように冷たく青い色をしている。
彼女の名前はユノ・ルージュ。
この工房――フルール・ユニック改め、フルール・ズユニックとなったこの工房の二代目店主だ。
――精霊は、宿として利用した花にマナを残す――
「エアリエラフターの仕組みはわかったわ」
含み笑いをするように独りごちて、厚めの板に下側が長い十字架――十字杖というべきか――をつけたような、花導具をひと撫でした。
「それにしても、どうして黄色の百合なのかしら? 空中を移動するんだから、風と相性の良い色の方が良い気がするのだけど」
精霊は自分好みの色の花を優先する。そして、時には自分好みの花を優先することもある。それを相性と呼んでいる。
そして黄色い百合というのは色もそうだし、花が風のマナと相性が良いと言う話も聞いたことがない。
やや太めの支柱に、握りやすい太さの横棒が付いた十字架。
二本の棒の交差点に咲く黄色の百合は、どうやら太い支柱の中に茎があるようだ。
「とりあえずは、ありのままに修理して、追々調整していこう」
湧き出る疑問は、完全に修理して動くようにしてからにしようと決め、彼女は工具を使って留め金をはずし始める。
支柱と板は完全に分離できそうだが、支柱の中は空洞になっており、その中を百合と繋がっている霊根が走っている。無理に引っ張るとこれ引き千切れてしまうことだろう。
ならば――と、彼女は留め金をはずしたまま、エアリエラフターと呼ばれるそれを床にそーっと横たわらせる。
板は棺桶の蓋を二枚くっつけたような構造になっており、内側が空洞になっていた。中には大きな基札が一枚収まっている。
――花はマナを用いて自らをより美しく整え、
着飾るのに余ったマナを周囲へと分け与える――
「こんなでかい一枚板に、無駄な工夫をして狭苦しく花術紋を施すくらいなら、小さな板を複数用意して、一枚づつ必要な花術紋を施して、霊根で繋いだ方が、スペースの節約できそうだけど」
それはそれとして、壊れている箇所というのは、単に基札に傷が付いているだけのようだ。
その傷が花術紋を削って形を歪めているので、正しく動かないのだろう。
これなら――と、基札の原料となる木をどろどろになるまで煮込んだものと、糊を混ぜ合わせた薬品を用意する。
この程度の傷であれば、これだけで済む。
少し盛り上がる程度の量を塗り、乾燥の花術を使って一気に乾かす。
乾いて固まり出っ張った部分だけを丁寧に削り取って、表面を滑らかになるようヤスリ掛けした後、ユノはその部分に改めて特殊なインクで線を描き、元々の花術紋と繋げた。
これで、削れた花術紋は元に戻ったはずである。
――人々はそのマナと、マナの元となる花に目を向けた――
「さてさて……」
まだ組み立てることはせず、横たわしたまま、エアリエラフターの黄色の百合を手で触れて、起動しない程度の少量のマナを巡らせた。
今、直した花術紋にも問題なくマナが流れるのを確認してから、すぐにマナを霧散させる。
それから、基札や、霊根にマナが残留していないのを確認してから組み立て直した。
「これで良し、と」
――人々はマナを得るために世界に花を増やし、
人々はマナを利用する為に、道具に花を咲かせた――
組み立て直したエアリエラフターを立たせて、右足を板の上に乗せ、左手で十字架の横棒握る。
そうして、右手で百合に触れてマナを巡らせていくと……
「お。浮いた浮いた」
上機嫌なユノの言葉通り、エアリエラフターが浮かび上がった。浮かぶと言っても決して高く浮かんでいくわけではなく、地面との距離は高くても握り拳ひとつ分程度だ。
そのままマナをコントロールして、ゆっくりと動いてみる。
左足も地面から板の上に乗せ、文字通り地に足が着いていない状態で、エアリエラフターが浮かんだまま安定した。
そうして、ユノはゆっくりとマナを操作しつつ、事前に教えてもらっていた方法で、エアリエラフターをそろりそろりと動かし始める。
「動いたーッ!」
狭い――と言っても、地下の工房としては広い方なのだが――室内の中では、あまりスピードを出すことができないので、ゆっくりと室内一周が精々だった。
だが、ふよふよと浮きながら動くこの乗り物は、ユノにとっては、非常に画期的なシロモノだ。
――故に世界には花が溢れ、
人々の生活に花は欠かせぬモノとなっている――
「あとは、外で実際に走らせてみるしかないわね」
無事に修理を終えたが、ちゃんとした状況下での動作確認も必要だ。
決して、自分の好奇心を満たしたいからではない。
胸中で言い訳じみたことを嘯いていると、地上へ上がる階段のある方のドアが開いた。
「ユノ~」
「なに、ユズ?」
顔を出したのは、見た目十三歳前後の少女だ。
この辺りでは珍しい艶めく黒髪を、前髪は目の上辺りで、後ろ髪は肩口辺りで、丁寧に切り揃えられている。
東の最果てと呼ばれる土地の民族衣装であるツムギという服に身をくるんだこの少女は、ユノとこの工房を共同で経営している相棒だ。
「そろそろお昼だけど、どうするの?」
「なら、ちょうど良いわ。一段落したところなの」
ユノがユズと呼ぶ少女――ユズリハ・クスノイは実際のところ、もう少女とは呼べない年齢である。
本人曰く、この姿以降見た目が成長していないそうだ。
「ちゃんと動くところまで直ったんだねぇ」
「ええ」
巡らせていたマナを止め、エアリエラフターをおろす。
もちろん、そのままバランスを崩して倒れるようなマネはしない。
「続きは食事のあとにするわ」
「食事のあとの仕事のあとにして欲しいかなぁ……」
「むぅ……何かあるの?」
「一件、依頼が入ったよ。花導器の修理依頼。
えーっと、お店の名前忘れちゃったけど、食堂のコンロか何かだから、割と急ぎのやつ」
「りょーかい。お昼食べながら、依頼書に目を通すわ」
ユノは倒れないように、エアリエラフターを壁に立てかけて、大きく伸びをする。
――世界で花が必需品となったからこそ――
「お昼は、孔雀の冠亭にする?」
「そうね。ここのところ食べそびれてる花飛魚のフライを今日こそは食べたいし。
あ。依頼書、忘れずにね」
「はーい」
返事をして上へと戻っていくユズリハを見送りながら、ユノは工房での作業用に着ているボロボロの上着を脱ぎ捨て、外出用のツギハギだらけの花術師用ローブを羽織った。
どちらも作業着として使っている上着ではあるが、一応ユノの中では前者は工房内のみ、後者は外出用と分けている。
「原始蓮の杖は……いらない、か」
あくまで食事に行くだけなので、戦闘用の杖は置いていくことにした。
代わりに、杖ほどの性能は無いものの、持ち運びの邪魔にならない腕輪を選び左腕に付ける。杖同様、これも花術を使う時に補助してくれる逸品だ。
――花を直す者が生まれるのも必然であり――
財布や小物は自室なので、一度上へと上がらなければならない。
ユノは、地下工房に忘れ物はないかを確認してから、壁に付いているスイッチに触れた。
そのスイッチからマナが天井へと巡っていくのを止めると、天井からからぶら下がり光を放っていたブルグマンシアの霊花から、ゆっくりと光が収まっていく。
それを確認してから、ユノは工房のドアをあけて、一階へと上がっていく。
――そんな、生活に必要な花や花導品などを修理する職人達を――
「はい、ユノがいつも持ち歩いてる小物セットとお財布」
「気が利くわね」
階段を上がると、準備を終えていたユズリハが、待っていましたと言わんばかりに、ユノへとそれを手渡した。
それを受け取りながら、はて――と、ユノは首を傾げる。
小物入れはともかく、財布は自室にあったはずだ。
そして、自室には鍵がかかっていたはずである。
「……あたし、部屋に鍵をかけ忘れてた?」
「ちゃんと掛かってたよ」
「そう。なら、財布は小物入れと一緒に棚に置いちゃってたのかしら?」
「棚にあったのは小物入れだけだね」
うんうん、とユズリハは首をうなずく。
「ユノはその辺りしっかりしてるから、色々と安心だよね」
「なら、財布はどこにあったのかしら?」
「え? ユノの部屋だけど?」
「…………」
「作業場とは裏腹に、しっかり片づけてあるんだね」
「…………」
朗らかに笑いながら、ユズリハはじりじりと後ずさって行く。
「ユズ……」
「さぁ、お昼食べに行こーッ!」
「ちょっとッ、いつから出入りし始めてたのッ!?」
「きょ、今日が初めてだからッ! まだ何もしてないよッ!」
「まだッ!?」
「しまったッ!!」
ユズリハが脱兎の如く走り出す。
「待ちなさいッ! どういうコトが白状させてやるんだからッ!!」
それを合図に、ユノもユズリハを追いかけて地面を蹴る。
「クァウァゥ……」
それを見ていた、この工房のペット兼用心棒兼マスコットのレッドラインリザード――ドラが、嘆息を漏らす。
その程度には、この賑やかなのが、この工房でのいつもの光景になっていた。
――人々は花修理職人と呼んでいた――
新たな日々のプロローグでした。
プライベートの都合、来月から毎日更新が厳しそうなので、第二部からは、【毎週水曜日更新】で行きたいと思います。
結構な量が書き溜められた場合は、数話同時アップとかやりたいな、と思ってます(願望