040:エピローグ-後編- かけがえのない花たち
工房の看板の工事が終わり、ユノが直し終わった工房の看板を見上げていると、のんびりとした様子でユズリハがやってきた。
「ユノ~」
「ユズリハ……退院許可でたの?」
ユノが訊ねると、彼女は首を横に振る。
「このくらいの悪酔いだったら問題ないし、抜け出してきた」
「治療院が騒がしくなる前に帰りなさいよ」
「はーい」
毒こそユノの術で洗い流せたのだが、オーガランプによって上書きされた毒性だけはどうにもならず。
結果、ユズリハは極度の悪酔い症によって、入院することになったのである。
もっとも、数日で動き回れるだけには回復したようだが。
「私も人のコト言えないけど、良くもまぁあの状態で動き回れたわね」
「いやぁ、アレを見届けるまでは倒れてたまるかって――そう思いながら必死だった」
アレ――ユズリハはそう言いながら、空を指さす。
「そうね。私もアレを見るまでは倒れてたまるかって思ってたわ」
そうして二人は空を見上げる。
そこへ――
「失礼します」
二人の元へ、一人の初老の男性が現れた。
だいぶ白が混ざっている濃灰色の髪。そんな髪を丁寧に後ろへと撫でつけたその男性は、タキシードを身に纏っていた。
丁寧な仕草と、穏やかな表情。豊かな口髭などから、好々爺然とした印象を受ける人物だ。
「……ハイン」
「おお。ユーノストメアお嬢様。私めを覚えておいででございましたか」
名前を呼ぶと、その男性は青色の瞳を嬉しそうに細める。
その初老の男性は、ユノの知っている人物だった。
クレマチラス家の従事長――ハインゼル・ロベリアン。
「アンタが直接来たってコトは……」
「はい。奥様がお呼びになられております。
行政局長としてユノ・ルージュお嬢様からの報告を直接聞きたいという理由と、そろそろユーノストメア・ルージュレッド・カルミアーノ・クレマチラスとして、成人前に一度顔を出して欲しい……と。
夕食をご一緒に取りたいそうです」
「う~……」
思わずユノは唸る。
本音としては、まだ心の整理が付ききっていない。
養女である自分のわがままで、高いお金を払ってもらい入学した学術都市の最高峰『高嶺の花の種』を勝手な理由で退学したのだ。
姪として、どんな顔をすれば良いのか分からない。
だけど、同時に――今回の事件を思い返す。
あの時、自分が助からなかったら?
あの時、ユズリハを助けられなかったら?
師匠のように、突然――ということだってありえる。
このまま躊躇い続けていたら、そういうことが起こりえるかもしれない。その時に、自分はきっと後悔だけを続けるようになるのではないだろうか。
「ハイン……ユズリハも連れていくわよ?」
「問題ございません」
うなずくハインゼルに、ユノは小さく嘆息する。
「勝手に決めちゃって悪いんだけどさ、ユズリハ。ちょっとつき合って貰ってもいい?」
「それは良いんだけど……」
「何よ?」
「ユノ……四節名ってことはお貴族様?」
「血筋だけはそうらしいわ。詳しくは知らないけど。
でもまぁ、カイム・アウルーラじゃ、貴族なんて肩書きあんまり意味はないでしょ?」
言外に、付き合い方――変えるの? と問いかける。
不安が顔に出ていたのだろうか。ユズリハは、こちらを落ち着けるような穏やかな顔で、首を横に振った。
「そんな顔しないで、ユノ。
ついでに見くびらないで。それを理由に、態度変えたりしないからさ」
「……うん」
ユズリハの言葉に、ユノは自分がどんな顔をしていたのだろう――と思いつつ、うなずく。
心の底から、ユズリハの言葉に安堵してる自分にも驚いていた。
それ誤魔化すように、ユノはハインゼルに向き直る。
「着替えるの面倒だから、このまま行くわ。問題ある?」
「いいえ。お嬢様がついにお顔を出してくれる決心をしていただけただけで、使用人一同嬉しく思います」
「大げさなんだから……」
本当に嬉しそうにうなずくハインゼルに、ユノは思わず顔を背けた。
そんなユノの様子を微笑ましげに見ていたハインゼルが、何かに気づいたように、ユズリハへと身体を向けなおすと、丁寧な仕草で彼は名乗った。
「そう言えば名乗っておりませんでしたね。大変失礼いたしました。
クレマチラス家で従者頭をさせて頂いております、ハインゼル・ロベリアンと申します」
「これはこれは、ご丁寧にどうも。
ユノと共同経営者をしています、ユズリハ・クスノイと申します」
「おや? 仕草の端々にご同業の気配がございますな……ユズリハ様は従者の経験が?」
「本業ではありませんが、以前の仕事で時折マネゴトのようなコトは」
「マネゴトとは思えない動きではありますが……見慣れぬ動きは、東方式の礼儀作法ですかな?」
「ええ。西に来てからは従者仕事はしておりませんから、ハインゼルさんがそう思われる仕草などは、そういうコトになるかと」
「後日、お時間がありましたら、是非とも東式の礼儀作法をご教授願えませんかな? もちろんタダでとは言いません」
「分かりました。そのお話は後日にでも」
「はい。ありがとうございます」
ハインゼルとやりとりをしながら、ユズリハは胸中で「はて?」と首を傾げた。
何だか、普段と違って物足りないのだ。
普通なら、共同経営者と口にしたところにユノのツッコミが飛んでくるはずではないだろうか。
ふと、ユズリハがユノに視線を移すと、彼女は空を見上げている。
どうやら、ハインゼルとのやりとりは全く聞いていなかっただけのようだ。
「ただの居候扱いはちょっと悲しいんだけど、ツッコミがないならないで、ちょっと寂しい」
そんなユズリハの小さな呟きは、誰の耳に届くこともなく風に溶けて消えていくのだった。
カイム・アウルーラ。北住居区 クレマチラス邸。
玄関をくぐるなり、一斉に「おかえりなさいませ」と言われることに、ユノは大いに戸惑った。
特に、ユノを知る古株の従者たちは本当に嬉しそうな顔をしているものだから、思わずユノは言ってしまったのだ。
「あたし……帰って来て良かったの?」
言ってから、ユノはしまった――と、胸中で舌打ちした。
案の定というかなんというか、古株の従者たちは、とても悲しげな顔をしている。
さすがにいたたまれなくなったのか、ハインゼルが皆を代表するように、ユノの前に立って告げた。
「お言葉ですがお嬢様……。
お嬢様が『高嶺の花の種』をおやめになられたと聞いた時、我々はお嬢様がいつ帰ってきても良いように、常に準備をしていたのです」
「え……」
「お嬢様が何を思ってお戻りにならなかったのかまでは存じ上げません。
ですが、お嬢様はお名前を捨てたわけでも、縁を切られ追い出されたわけでもございませんでしょう?
ならば、ここはお嬢様のご自宅です。いついかなる時であろうとも、戻ってきて頂ければ、我々は歓迎いたします」
ハインゼルの穏やかな青色の眼差しに、真剣な色が灯っている。
それが、心からユノを思っての言葉だと理解する。
「ユノは優しくて責任感と思いこみが強いからねぇ……。
勝手に負い目を感じてただけ――なんじゃないの?」
ユズリハがユノの背中を撫でながら微笑む。
それに、ユノは何と返して良いか分からない。
「そうですよね?」
――と、ユズリハが従者たちに訊ねれば、彼らは曖昧に笑って見せた。
お嬢様を批判する言葉が混ざっているのだから、素直にうなずくわけには行かないらしい。
「なるほど。従者の鏡みたいな人ばっかりだ」
「お褒めの言葉だと受け取っておきますね、ユズリハ様」
ハインゼルはそう笑うと、ユノとユズリハを促した。
二人はそれに従って歩き始める。
ユノの瞳が潤んでいたことに、ユズリハもハインゼルも、従者たちも気づいていたが、それを指摘するものなど、ここには誰もいなかった。
ハインゼルに案内されたのは、二階にある小さなダイニングルームだ。
一階にある客人をもてなす為の大きなダイニングルームではなく、家族や気安い友人と、少人数で食事をする為の部屋である。
ユノが『高嶺の花の種』に入学する前も、客人がいない時の食事はここでとっていた。
小ダイニングには、すでにネリネコリス・ルージュレッド・クレマチラスと、その夫サルタン・セントレアル・クレマチラスが席に着いていた。
「お帰り、ユノ。客人もよく来てくれた」
こちらの姿を見てサルタンは立ち上がり、陽気に迎え入れる。
短く刈り込んだ赤い髪に、鍛えられた肉体を貴族らしい豪華な衣装で身を包んでおり、若い頃は美丈夫だっただろう面影を残しながらも、歴戦の勇姿を感じさせる。
行政局九重会の一つ『守護会』の会長であり、街の守護団と警邏団の双方をまとめており、自身もその立場に相応しい腕を持つ元綿毛人。
もっとも、その腕を持ってしても、ネリネコリスの尻に敷かれているのは公然の秘密である。
「おかえりなさい、ユノ。
ユズリハさんも良く来てくれたわ……良く連れてきてくれた、と言うべきかしら」
冗談めかして言うネリネコリスに、ユズリハは微笑を浮かべながら挨拶をする。
「こんばんわ。クレマチラス夫妻。家族の団欒を思うと、お邪魔虫かもしれませんけれど」
「じゃ、邪魔なんかじゃないからッ! むしろッ、居て! 居てくれないと、正直――間を持たせられない気がするから……ッ!」
軽く帰ろうとする素振りを見せると、ユノがユズリハを掴む。
かなり必死に上擦った声で制止してくるユノの姿に、ユズリハは苦笑した。
「わかった。わかったから……。
えーっと……そういうコトなので、ご一緒させて頂いても?」
「はははは。もちろんだとも。
ユノは小さい時からお喋りはあまり上手じゃなかったからね。
横で色々と補足などをしてくれるキミが居てくれた方が気楽なのだろう」
お喋りが苦手――という話に、ユズリハは思わずユノを見る。
「な、なによ?」
「いや、別に」
きっと変に気を回しすぎて口数を減らしていた結果、サルタンからは口下手キャラと認識されてしまっているのだろう――と想像は付く。
とはいえユズリハとしては、ユノはかなり饒舌な部類だと思っているので、驚きであった。
「立ったままお話するのもなんだし、二人とも座って。色々とお話を聞かせて頂戴」
そうして、クレマチラス家としてはおよそ七年ぶりの、一家団欒の夕餉が始まった。
「そうか。街を鎮火し、暴徒を沈黙させたあの水の精霊はユノが召喚したものだったのか。
守護会の会長として、礼を言おう。街を守ってくれてありがとう」
「べ、別に……あたしだって、街を守りたかっただけだから……」
サルタンから真っ直ぐに礼を告げられ、ユノはもごもごと言い返しながら、そっぽを向く。
エーデルを相手にしてる時などもそうなのだが、ユノはこうやってストレートに感謝されたり褒められたりするのを苦手としてるらしい。
「召喚する時に過剰霊力暴走を起こしてたそうだけど……その目もそれで?」
「うん、まぁ……。
治療師の話だと、まるで最初からこの色だったかのように変化しちゃってるから、たぶんもう元には戻らないだろうって」
「そう」
ユノが素直に答えると、ネリネコリスは少し困ったような顔をしてから、もう一つ訊ねた。
「痛みとかはないの?」
パンをちぎり口に運び、それを嚥下してから、ユノはうなずく。
「うん。アクエ・メリウスに癒してもらったし」
答えてから、スープをスプーンで掬って口に運ぼうとして、周囲の空気が変わっていることに気づいた。
(あれ? あたし、なんか受け答えミスった……?)
胸中でどうしよう――と、焦っていると、ユズリハがとてもシリアスな顔で、ユノに訊ねる。
「ユノ……癒してもらったって、いつ?」
「え? あー……えーっと……ツリーピオが自爆したあと……」
「ねぇ、ユノ。私が訊いた時、ユノは問題なかったって言ってたよね?」
「それはほらッ、ユズリハに心配掛けたくなかったしッ、それ以上にユズリハがピンチだったわけで……」
そこでふと、ネリネコリスとサルタンの空気も固くなっているのに気づく。それどころか、周囲に控えてる使用人たちも心なしか真顔になっているようだ。
「……えっーと……」
「ユノ。私とネリィ、そしてユズリハ君に隠しているコトを話してくれないかな?」
「もっと具体的に言うとね。ツリーピオが自爆してから、アクエ・ファニーネと契約するまでの流れ、それを詳細に。意図的に省略したんでしょう?」
「……う……」
三人から――のみならず、周囲の従者たちからも――視線で隠さず語れ……とプレッシャーを掛けられたユノは、勘弁したようにスプーンを置き、両手を軽く挙げた。
「絶対怒られるから言いたくなかったんだけど……。
ついでに言うなら、食事しながら聞く話じゃないわよ?」
「いいから、教えて頂戴」
ネリネコリスの言葉に、ユノは小さくうなずくと、ツリーピオが爆発してから、ユズリハの元へ駆けつけるまでの詳細を話す。
目と足のケガだけは、隠して置きたかったのだが――
「……と、いうワケなんだけど……」
恐る恐るそう話を締めくくると、ネリネコリスがガタリと音を立てて立ち上がり、ユノの元へと駆け寄って抱きしめる。
「このッ、バカ娘ッ!!」
「……え?」
「ネリィの言う通りだよ。ユノが幻蘭の園へと旅立っていたら、七年前のキミを学術都市に送り出す晩餐が、キミと共にとる最後の食事になってしまったのだしね……」
サルタンは怒っているというよりも、悲しげな笑みを浮かべている。
怖々とユズリハの方へと視線を向ければ、彼女も彼女で怒っているらしい。
「人のコト言えないけどさ、ユノ。
でも、私よりもユノの方がピンチだったんじゃない」
まったくもう――と、ユズリハは嘆息する。
そんなユズリハに、ユノは反論しようとして、自分を抱きしめているネリネコリスが震えていることに気が付いた。
「……良かった。無事で帰ってきてくれて本当に……」
「あ……えっと……」
「貴女は、私にとっては妹の忘れ形見なのよ……。ちゃんと育てるって約束しておいて、成人前に旅立たせるコトになったら、妹に顔向けできないじゃない……」
そこで、ネリネコリスの抱きしめるチカラが増した。
「ちょ、苦しいんだけど……」
「それに何より、貴女は――私の娘なの。妹の忘れ形見である前に、私の娘なのよ……ッ!! 綿毛人でもない貴女が、母親である私の知らないところで旅立ちかけてたなんて知って……冷静でいられるわけがないでしょうッ!?」
「酷いなネリィ。そこは私の娘――ではなく、私たちの娘と言って貰いたかった」
席を立ち、ユノの頭へと手を乗せながら、サルタンが微笑む。
「ごめん……なさい……」
「本当にもう……こんな気分になったのは……フリックが貴女を拾って弟子にしたと聞いた時と合わせて、これで二度目よッ! 二度目……なのよ……。
あのときは、貴女が目の前に居なかったから、まだ、冷静ではいられたけど……。
元綿毛人である私が、貴女に危険なコトをするななんて言う資格はないと思う。でもね……だからこそ、せめて貴女が元気な時は、時々でいいから顔を見せて欲しいの……顔を見せて欲しかったのよ……」
怒られると思っていた。だけど、こんな風に怒られるとは思ってなかった――そんな表情を浮かべているユノの目から、小さな雫が垂れてくる。
「ごめんなさい……」
自分でも何で泣いているのか分からないまま、それでもユノはネリネコリスを抱きしめ返す。
「私からも、ごめんなさい……もっとちゃんと、こういうコトを貴女に言ってあげていれば良かった……」
小ダイニングに、ユノとネリネコリスの嗚咽だけが響く。
だが、部屋に流れる空気は決して悲しいものではなく、温かなものだ。
二人から少し離れるサルタンに、ユズリハが小声で声を掛ける。
「ユノは意外と自己評価が低いので、もしかしたらずっと、自分をお二人の負担だと思いこんでたのかもしれませんよ」
「だとしたら、申し訳ないコトをしていたな。
私たち親がもっとちゃんと、愛していると口にしていれば良かったのかもしれない」
「今からでも遅くないですよ。きっと」
「ああ。そうあって欲しいと思うよ」
今回のやりとりだけで、わだかまりが完全に解消されることはないだろうけれど、それでも――とユズリハは思う。
間違いなく、一歩は前に進んだだろう、と。
そうして、しんみりとした、だが決して悪くない空気が流れてるところに――
ひゅるるるるるる……
――という、奇妙な音が聞こえた。
瞬間、ユズリハも席を立ち、サルタンとアイコンタクトをすると即座に音が聞こえた方角の窓へと駆ける。
直後――ドン! という爆発音が響く。
「なにッ!?」
「え?」
爆発音に顔をあげたユノとネリネコリスも即座に状況を探り出す。
気持ちと頭の切り替えの早さは、間違いなく親子だと思わせるほどソックリである。
「ネリィ、ユノ……こっちだ」
サルタンが二人を呼ぶ。
窓から見えるのは、夜空。
そして、月と星と――そしてどういう原理なのか、半透明の多乱風花の大時計の幻影だ。
世界のどこからでも見えるという超巨大な幻影の大花時計。
その姿はまさしく、天から刻を支配しているかのようだ。
「さっきの爆発音の直後、こっちの方角が一瞬だけ明るくなったよ」
「なら、爆発?」
ユノが訊ねるが、ユズリハは肩を竦める。
状況が分からない。
その爆発は、この家に、街に、何らかの影響を与えているのもなのか――
四人が緊張していると、再びひゅるるるる――という音が聞こえた。
音の方角を見ると、白い火の玉のようなものが尾を引いて天へと向かっていく。
「なにあれ?」
ややして、それが空中で低い音を立てて爆発すると、空に花が咲いた。
刻と天空の支配者を彩るように。
「音にはびっくりしたけど、綺麗ね……」
「でも、何なのあれ?」
全員で首を傾げていると、窓から見える隣の家の庭の方から、高笑いが聞こえてきた。
「はーっはっはっはっはっはっは! 大成功だよッ、バーボンッ! 見たかッ、僕の自然科導学ッ! 僕の新たな科導品ッ!」
「どわーっはっはっはっはっは! 素晴らしいッ! 素晴らしいですよエーデル君ッ! これぞ芸術する爆発の極地ッ! 世界を彩る爆発だよスギュルベロラベキロバキドガーン!!」
「無敵に素敵に不敵な僕らの、ちょうかっこいい合作成功だねッ!」
「ああ。これは大成功と言っていいねスギュルベロラベキロバキドガーン!!」
「スギュルベロラベキロバキドガーン!!」
「スギュルベロラベキロバキドガーン!!」
「はーっはっはっっはっはっは!!」
「どわーっはっはっはっはっは!!」
聞こえて来る声に、ユノとユズリハが苦笑する。
「なるほど。出会っちゃいけない二人の合作なのね」
「ま、こういう実害がなさそうなやつなら、いいんじゃないの?」
「そうね。あたしに被害がないなら、それでいいわ」
「……それにしても、お隣さんなんだね」
「……みたいね」
続けて、連発して火の玉があがり、炎の花がいくつも咲き乱れていく。
「時計と支配者……ついでに、あの火の花も、うちの名物になってくれそうね」
「ネリィ……仕事の顔になってるよ」
エーデルとバーボンが咲かせた火の花のおかげで、沈んでいた空気も霧散した。
そうして、四人はしばらく続いた火の花の打ち上げを楽しみながら、その日の夕食を終えるのだった。
翌日――
ユノは実家に一泊して、自宅でもある工房へと戻ってきた。
戻ってくるなり、ドラが駆け寄ってきて、短い前足でぺちぺちとユノをたたく。
「ごめん、ドラ。完全に忘れてたわ……」
屈んでドラを撫でながら、ユノは申し訳なさそうに笑う。
「アンタも、ママたちにちゃんと紹介しないとね」
「クァウ?」
「今度は置いていかないで連れてってあげるわ」
「クァウ!」
わだかまりが完全になくなったわけではないし、娘としてどう振る舞えばいいかは分からない。
それでも、自分の中の何かが少しだけ変わったのだけは、何となく分かった。
何がどう変わったのかまでは、全然わからないのだが。
空を見上げれば、相変わらず支配者が時を刻んでいる。
理想を言えば、師匠と一緒に見上げたかったのだが、出来ないことを悔やんでも仕方がない。
「おはよ、ユノ」
「ええ。おはよう」
「こっそり帰ったつもりが、治療師の先生に怒られちゃった」
てへっ――と笑うが、ユノは少しだけ申し訳なく思う。
「あたしが無理に誘っちゃったからね」
「気にしないで。気にしてないし」
「そ」
うなずいて、ふと首を傾げる。
「退院したの?」
昨日と同じ質問をユノがすると、彼女は昨日と同じように首を横に振る。
「このくらいの悪酔いだったら問題ないし、抜け出してきた」
「……昨日の今日なんだから、今日はちゃんと帰りなさいよ」
「はーい」
明るく返事をして、ユズリハは空を見上げる。
釣られるように、ユノも再び空を見た。
一緒になって、ドラも空を見る。
しばらく沈黙が流れ――
「ユノ、満足?」
ユズリハの問いに、即座に首肯してから、軽く肩を竦めた。
「まぁね――多乱風花の大時計に関しては、概ね。
でも、まだまだこの街にも世界にも、見知らぬ先史花導品とかありそうだしね。あるいは、私には思いつけないような、新しい花導品とか……
そういうのを見たいから、大花時計以外には満足とはいえないわ」
答えながら、小さく息を吐く。
話をしながら、昨日から看板に仕掛けてあるネタは、言わないと気付いてもらえないとユノは判断した。
「ユズリハ……工房の看板を見て」
「んー?」
ユノに促され、看板を見る。
「あれ……?」
思わず、ユズリハは目を瞬かせた。
「今回の一件でアンタを認めてあげるコトにしたわ」
「ええっと……」
戸惑うユズリハのことなど構わずにユノは続ける。
やや口早なのは、ユノの照れ隠しだ。
「だからまぁそういうコトッ!」
ユズリハが知る【花修理かけがえのない花の工房】と書かれた看板に、やや強引に一文字追加されて、【花修理かけがえのない花達の工房】となっていた。
「共同経営者と認めてやるんだから、今まで以上にちゃんと仕事しなさいよ、ユズ」
どこか視線をそっぽへ向けながら告げるユノ。顔が赤く見えるのはユズリハの気のせいではないだろう。
そんなユノの言葉に、ユズリハは満面の笑みを浮かべて、力の限りうなずいた。
「うんッ、このユズリハお姉さんに任せなさいッ!」
それに赤くなった顔を隠すようにユノは空を見上げて、胸中で報告するように師匠に祈った。
――工房の名前を変えちゃったたけど、いいよね師匠?
師匠と一緒にやってきたように、
今度からはコイツと一緒に、やって行こうと思えたから。
ユズのコトを少し信じようと思ったから。
でも不安も多いから、師匠離れ出来ない馬鹿弟子を、
出来ればもう少しだけ、幻蘭の園から見守っててもらえると、助かります。
ちゃんと独り立ち出来るその時まで、
もうちょっとだけ、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
【I'm here with you. - closed.】
そんなワケで第一部完!というやつでございます。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
すぐに第二部へ……と言いたいところですが、少し充電期間をいただきたいと思います。
再開した際には、またお付き合い頂ければ幸いです。
……と、言うと長くお待たせしてしまいそうですが、次回更新は1~2週間後の予定です。