038:我らは――と、共にあり
街へと入ったシャンテリーゼは、乗ったままでは混戦を動きづらいと判断すると、エアリエラフターを乗り捨てる。
そのままサイネリアーチから伸びる大通りを走っていると、一人の共修騎士が立ちふさがった。
「シャンテリーゼ護衛隊長。ダンゼル団長の邪魔をなさるのでしたらお覚悟を」
そう言って、槍を向けてくる共修騎士に、シャンテリーゼは剣を抜く。
「邪魔するな……か。
それは――」
相手が動こうと踏み出してきた瞬間に、彼女も踏み込んだ。
刹那に、シャンテリーゼの剣が閃く。
「こちらの台詞だ」
何が起きたか分からないという顔をして、共修騎士は倒れる。
「学問も戦技も、覚えただけで満足し、実戦を想像すらしないお前たちに、私が遅れを取るわけがないだろう」
だからこそ、彼らは容易に団長に付く。
団長派になるということの意味をまったく想像できていないのだ。
「シャンテリーゼ隊長!」
呼ばれ、剣を納めぬまま振り返る。そこには見知った顔があった。
「遅れてすまない、副隊長」
どうやら自分の姿を見つけて、慌てて駆け寄って来たようだ。
「いえ」
「時間が無いので単刀直入にいこう」
その前置きに姿勢を正す護衛隊副隊長の姿を見ながら、シャンテリーゼが告げる
「護衛隊への命令は一つだ。己の信念の元、成すべきコトを成せ」
「はッ!」
グラジ式敬礼で応える副隊長。
それにうなずき返した時、大きな爆音と共に、街の数カ所から火柱があがった。
「これは……ッ!?」
「ダンゼル団長の時限式の即席花術弾……ッ!?」
シャンテリーゼが副隊長と共に、目を見開く。
「まさかッ、団長は街を火の海にするつもりかッ!?」
舞い上がる火柱を見ながら、シャンテリーゼが奥歯を鳴らす。
だが驚いてなどいられない。迅速な行動が必要だ。
「副隊長。指示をもう一つ追加する。
団長派ではない共修騎士や学術騎士達――その中で、その気がある者だけで構わん。消火活動を手伝わせろ」
「了解」
「私は大花時計のある広場へと向かう。何かあるのであればそこへ来い」
やや一方的に告げて、シャンテリーゼは駆け出した。
♪
「空……? そういえば、先ほどそちらの小娘も空から来ていたが……」
「そうよ。結構制御が難しかったけど、やってやれないコトはなかったわね」
団長の言葉に、ユノが得意顔で嘯く。
「それだけの才能と力量を持ちながら、自ら築いた地位を捨てたワケか――なるほど、まったく『愚者たる赤い花術師』とは良く言ったものであるな」
団長の皮肉に、ユノは怒ることなく肩を竦めた。
「私が地位を捨てた愚かな天才なら、アンタは地位に固執する狂った天才ってとこでしょ?
『狂才の騎士』とでも呼んであげましょうか?」
お互いの皮肉の浴びせ合いを横で聞きながら、思わずカーネイリが呟く。
「天才だってコトは互いに認め合っているか」
「根底はそっくりさんなんだろうねぇ」
それに、いつの間にやらカーネイリの側まで下がってきていたユズリハが同意する。
「落とし前を付けに来たと言っていたがな」
「ええ」
「生憎とこの展開までは想定済みだ。空から飛んでくるというのは想定外ではあったがな」
ニヤリと団長が笑うと、街のあちこちから、火の手が上がり始めた。
時限式の即花弾でも仕掛けてあったのだろう。
「そこまでして大花時計の元へ行きたいというのか、貴様はッ!」
カーネイリの怒声に、ああ――と、彼はうなずいた。
「当たり前だ。支配者とも呼ばれる機能ッ! それを使いこなせるのであれば、俺こそが支配者と呼ばれるにふさわしいだろう?
街の一つや二つ、支配者の誕生に比べれば安いものであおうがッ!」
「貴方はどこまで……ッ!」
苛立ちを隠さずにユズリハもうめく。
だが――
「支配者の力ねぇ……」
ユノだけは、普段通りの様子で頭を掻いていた。
「あの時計の機能は確かにすごいだろうけど、ぶっちゃけアンタが想像してるような機能じゃないわよ?」
「なに? 貴様、どのような内容か知っていたのか?」
「知ってたっていうか、気づいたっていうか……。
ここまでやって手にするような機能じゃないのは確かね」
「ふん。何を言われようと我が目で見るまでは信じぬ。
それに、悠長にしていて良いのかな? このままでは街は火の海だぞ?」
「そうね。それは困るわ」
肩を竦めて、ユノは愛杖・原始蓮の杖を構える。
「だから鎮火しないとね――火の手も、騒動も、一緒にまとめてさ」
杖の先端の蕾が花開き、水のマナによって褐色の花びらが鮮やかな青に染まっていく。
「ユズリハ、カーネイリさん、悪いけど時間稼ぎお願い」
「りょーかい」
「ああ」
ユノの言葉を疑わずに、二人は応える。
「鎮火だと……? ここからやるのか?」
「ええ、そうよ」
訝る団長に、ユノは自信たっぷりにうなずいた。
「不可能であろう? それほどの水の術式――人間の能力を越えているッ!」
「そうね。人間だけだったら、ね」
含みを持たせたように笑みを浮かべると、ユノは杖の先を地面に突き刺し、目を瞑る。
そして、その口がゆっくりと詠唱を紡ぎだす。
「序章の名は消火、起章の名は結界、続章の名は水流……」
「本気でやるつもりか……ッ!」
団長がユノが本気であると気づき、剣を構える。
そこへ――
「させないよッ!」
ユズリハが踏み込んでいく。
「チィッ!」
団長はユズリハの一撃を、自らの剣で受け流しながら叫ぶ。
「誰かッ、『赤い愚者』の術の邪魔をしろッ!」
やり方は不明なれど、団長はユノの実力を認めている。
だからこそ、ハッタリではないのだと、団長は直感した。
「承章の名は鎮火、破章の名は守護……」
「バカなッ!? 三重で終わらないというのかッ!?」
団長ではない騎士の声。
先ほどの叫びで、我に返ったのだろう。
他の騎士がユノへと向かって駆けてくる。
しかし――
「烈葉拳・双魔ッ!」
カーネイリがその前に立ちふさがると、両手から青白い炎を放ち、ユノに迫る騎士を吹き飛ばした。
「人の身を越えた多重詠唱。どこまで重ねられるのか、見てみたいとは思わないのか?」
獰猛と好奇の両方を湛えて、カーネイリが哄笑する。
「転章の名は浄化、急章の名は包容、結章の名は正常……」
パキパキと音を立て、ユノの足の一部――先ほどまで切断されていた箇所――を中心に、突如凍結し始めていく。
「正気か『赤い愚者』ッ!? 過剰霊力暴走を起こしてるではないか……ッ!」
ユズリハと剣戟をしながら、団長が目を見開く。
人間のマナ貯蔵限界や使用可能限界を超えたマナが、霊臓器を膨らませたり、霊力門を歪めたりすることがある。それだけでも、肉体的なダメージが多少発生するのだが、それだけの被害ですら収まらないほどのマナが溢れ出て暴走することで、術者の肉体を傷つけるあるいは蝕む現象――過剰霊力暴走。
時としてそれは、術者に死をもたらしかねない。
足の凍結はまさにそれであるはずなのに、ユノはそれを構うことなく言葉を紡いだ。
「終章の名は祝福ッ!」
顔の左側も凍りつきはじめているのも気にせず、ユノは目を見開く。
水精母に癒してもらった左目――その瞳が、杖よりも冷めた青色に光輝いた。
「九の言葉に加えて、さらに一つッ!」
ユノの背後に、澄み切った水のようなもの現れると、人の形へと変わっていく。
「契約の誓い『我は共にあり』ッ!」
その姿は次第にハッキリと形作られていき、
「契約者ユノ・ルージュが、十の言葉を重ねて束ねて、今ここに召喚すッ!」
三つ叉の槍と本を手にした、下半身が魚のような美しい女性へと変化する。
「水精母が分霊、水精笑姫アクエ・ファニーネよここにッ!」
そして、飛沫がはじけると、その透明な女性はハッキリとした色を持って姿を見せた。
「水精笑姫……?」
ユノの背後に現れ、宙に浮かぶ女性に誰もが言葉を失った。
団長や騎士だけでなく、ユズリハもカーネイリも、その存在感に目を見開いている。
「水精母の娘……だと……?」
普段であれば、その言葉を笑い飛ばせただろう。
だが、十の言葉を重ねた末に姿を見せたその存在の圧倒的な気配を、誰が笑い飛ばせるだろうか。
「アクエ・ファニーネッ! 我が言葉に力添えをッ!」
皆が呆然とする中で、ユノだけが言葉を紡ぎ続ける。
「その言花の銘は……」
そして――
「盟水の濁流は不浄のみ押し流すッ!」
ユノの発した花銘に従うように、アクエ・ファニーネはその身を十一に分身させると、一人を残して街の中へと飛び込んでいった。
♪
シャンテリーゼがリリサレナ広場へとたどり着くと、ほとんどの団長派騎士達がその場に倒れていた。
「おっと? お嬢さんも私とやり合うかい?」
ハデな姿をした大柄の女性に訊ねられ、シャンテリーゼは小さく両手をあげて首を横に振った。
「ミス・ゴールデンベリィ。そっちの姉ちゃんは、良識派のトップです」
その様子に慌ててカーネイリの部下トミィが駆け寄ってくる。
それに、ゴールデンベリィと呼ばれた女性は肩を竦めた。
「そいつは失礼したね」
「いえ、お気になさらず。
部隊が違えど、グラジの騎士達が大変なご迷惑をおかけしております」
「頭を上げなお嬢さん。そんなコトする暇が無いからこそ、慌ててここへ来たんだろう?」
「はい」
「なら、やるべきコトをちゃっちゃかやりな」
その言葉にうなずいて、周囲にいる自分の部下や、トミィの言う良識派の騎士達へと指示を出していく。
だが、火の手だけはどうしようもない。
住人たちも団長派騎士たちに襲われる覚悟で消火活動をしているようだが、それも焼け石に水のようだ。
「くそッ」
思わず毒づいてしまう。
だが、これ以上何が出来るというのか。
そう思った時――
「なんだ、あれ?」
誰かがそう呟いたのが耳に入る。
「?」
訝しみ、周囲を見渡すと下半身が魚の姿をした女性が空を泳いで向かってくる。
その姿は、幼い頃に絵本で見た存在にそっくりだった。
「アクエ・メリウス?」
口から漏れた言葉が聞こえたのだろうか。その女性は、小さく微笑み首を横に振る。
そして、高所から湖へ飛び込むかのように、地面へとダイブした。
彼女が地面へとぶつかると、そこを中心に洪水が発生する。
「なッ……!?」
思わずシャンテリーゼは身構える。
「うわあああああ」
悲鳴が聞こえる。
誰の声かは分からないが、あれに巻き込まれたのだろう。
自分も遅かれ早かれ飲み込まれる。
「くそッ……何だと言うのだ……ッ!」
迫り来る水流に、目を瞑る――が、いつまで経ってもなんの衝撃もこない。
ゆっくりと目を開けると、自分は水流の中にいる。
しかし、そんな感覚がまったくないのだ。
「……これは……」
周囲を見渡すと、水の影響を受けている者といない者が分かれているようだった。
「街の住人と良識派騎士たちには影響がないみたいだね」
ゴールデンベリィの言葉が聞こえてくる。水の中にはいるはずなのに、普通に言葉が紡げて、呼吸もできるようだ。
とにもかくにも、シャンテリーゼはゴールデンンベリィの言葉を聞きながら、改めて見渡す。
確かに彼女の言葉通りの光景が広がっていた。
「ほっほっほっほっほ」
戸惑っていると、近くの屋台の店主らしい老婆が大笑いを始めた。
「二代目の術かの、これは? まったくハデでよろしい。結構結構大変結構」
「花術……なのですか、これが?」
水流はここからでも街全体を巡っているのが分かる。
火の手もあっと言う間に鎮火していっている。
「精霊に愛される都に住んでおるんだからね。そんな街を愛してる住人が精霊に愛されても、別に不思議はないだろう?」
そう笑いながら、老婆は謳うように告げるのだった。
♪
「精霊の力そのものを借りた術など……ッ」
街に溢れる洪水を見ながら、団長が呆然とうめく。
そんな団長へ、ユズリハが容赦なく切り込む。
彼は咄嗟にユズリハの刃を捌いて、飛び退いた。
「終わりの名は敵を討つ。そこに契約の誓いを重ねて告げる。言花の銘は――」
ユノは団長を見据えたまま、杖を左手に持ち、右手を掲げる。
すると、その場に残って居たアクエ・ファニーネが、その身を自身が手にしている三つ叉の槍と同じ姿へと変化させた。
その槍はゆっくりと、ユノの手の上へと移動する。
「盟水は槍我となりて敵を討つッ!」
ユノはその槍を大きく振りかぶると、花銘と共に団長へ向けて投げつけた。
ユズリハが射線からすぐに退く。
続けて団長も直線上から動くが、槍は軌道を変えて団長を追いかける。
「この程度ぉぉぉぉ……ッ!!」
団長が叫びながらも、詠唱を重ねて壁を作りだす。
だが――それがどうした、とユノが叫ぶ。
「大花時計の仕掛けの解明はッ、私と師匠の夢のひとつはッ!
この私がッ、ユノ・ルージュがッ、精霊と共に修理してッ、街と共に見届けるッ!!」
三つ叉の槍は回転しながら、団長の創り出した霊力障壁を削っていく。さながら、そんな壁など無意味だと言うように。
「クソがッ、支配者の力は俺の……ッ」
「アンタの出番はもう終りよ……ッ!!」
そして、ユノが吼えると同時に、水槍が壁を打ち砕く。
「だからアンタはッ!!」
「おのれぇぇぇぇ――……ッッ!!」
「ここで寝てろォ――――…………ッ!!」
そうしてユノの放ったその槍は、砕けた障壁のカケラを縫って、騒動の元凶――『狂才の騎士』ダンダルシア・ダラン・ダンゼルを貫いたッ!
普段よりやや短めですが、キリが良いのでここまで。
暴れてる騎士達は団長の地位や名誉にあやかりたい人ばかりなので、団長が倒れてしまうと、あとは右往左往するだけの人たちですので、戦いはこれにて決着。
次回は騒動編のエピローグ。
『刻と天空の支配者』の予定です。
花修理人なんだから、戦いで〆ず、修理で〆ないとですので、ユノはちゃんと仕事します。