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033:騒乱の根で愚者は寝る


 彼は、呆然としてた。

 午前中の散歩から戻ってくると、工房の出入り口の全部が閉まっていたのだ。


 誰もいない。

 鍵も掛かっている。

 工房に入れない。


 どうしたものかと考えながら、最近はすっかりと馴れた二足歩行で玄関に背を向けた。


「あ、ドラちゃんだ~」


 そんな彼を見て、少女の無邪気な声が響く。

 その声に、彼――レッドラインリザードのドラは視線を向けた。


「こんにちわ~」

「クァゥ」


 工房の近所に住むその少女の挨拶、ドラは一声鳴いて頭を下げた。


「今日はお姉ちゃんたちいないの?」


 うなずく。だから、困っているという気持ちが通じればありがたいのだが――


「あ、でも。わたしがお昼ご飯を食べ終わったところだから、ユノお姉ちゃんたちもご飯の時間じゃない?」

「クァウ!」


 盲点だった。

 そういえば、今日はいつもより長々と散歩をしてしまった気がする。


 多少は待っていてくれたのかもしれないが、彼女たちは基本的に自分の都合を優先するきらいがある。


 ならば、この時間帯――孔雀の冠亭か、リリサレナ広場の屋台であろう。


「クゥァ!」


 少女にお礼を告げて、ドラはペタペタと歩きだす。

 だが、それも数歩のことだった。


「なんで、街の中に岩喰いトカゲがいるんだ?」

「しかも歩いてるぞ……?」


 こちらを物珍しそうに見てくる二人の騎士。

 直感的に、ドラは敵だ――と判断した。


 ここ最近、こういう騎士たちが多くてうんざりしているところでもある。


「ドラちゃんは、ここの工房のお友だちだよ! 頭が良くて、可愛いの!」


 自慢するように少女がそう言うと、騎士たちの表情が変わった。

 相手にするのも面倒だ。


 ドラは騎士二人に対して(きびす)を返すと、少女の服を数度口で引っ張る。


「ドラちゃん?」


 首を傾げる少女に、向こうへ行こうと示す。


「向こうへ行くの?」


 どうやら通じてくれたようだ。

 ドラはこくりとうなずいて、ペタペタと歩き出す。


「わかった行こう!」


 嬉しそうにドラと並んであるこうとする少女だったが、騎士たちがそれを許してはくれなかった。


「待ってくれないかな、お嬢さん」

「お兄さんたちにそのトカゲのコト、もっと教えてくれないかな?」

「えっと……」


 声を掛けられた少女は足を止めて、ドラを見る。

 ドラは即座に少女の服を引っ張る。


 つき合うな。行くぞ。


 人間の言葉を口にできないことが、ここまでもどかしいと思ったのは初めてだ。


 誰でも良い、この状態に気づいて欲しい。


 一か八か。

 ドラは大きく息を吸い込んだ。


「トカゲッ、まさかッ!?」

「岩吐きかッ!?」


 勝手に驚異を感じてくれてありがとう――ドラは胸中で嘲笑(わら)いながら、自分の限界を引き出すように叫ぶ。


「クァァァァァァァァウッ!!」


 人間の大声に比べれば大した声量ではない。

 それでも、充分だ。


 ドラの叫びを聞き、(いぶか)しんだ周囲の住人や工房の関係者たちが、フルール・ユニック工房を見るために、窓やドアを開け始める。


 見慣れぬ騎士二人と、見慣れたトカゲと近所の少女の組み合わせ。

 それを目撃し、見て見ぬフリをするような住人たちではない。


「トカゲ、お前……」

「この状況を狙って作り出した……のか?」


 このまま立ち去るならそれで良い。

 大事にはならない。


 そんなドラの考えを、この騎士たちは打ち砕く。


「ここまで頭が良いなら、多少ケガして動き鈍ってても売れそうだな」

「街の中に魔獣がいちゃあ危険だからな。退治して売ってみたら良い金になるってだけだよな。善意だよ善意」


 大声で、周囲に聞かせるように彼らは言葉を交わす。

 そうして、片方は折りたたみの槍を、もう片方は剣に手をかける。


「え? え?」


 状況が分かっていない少女をかばうように、ドラは彼女の前に出た。


クァウァ(やれやれだ)……」


 自分は紳士なトカゲでありたいのだ。

 こんな状況になってしまっては、少女を守るしかないではないか。


「ドラちゃん?」

「魔獣のクセに騎士のマネごとか?」

「カッコ良くはないけどな」


 つくづく、やれやれだ――とドラは思う。


 その言い回しであれば、お前たちこそ騎士のマネごとをしているだけのカッコ悪い人間ではないか、と。

 そもそも、態度からして、騎士のマネごとにすらなっていないのだ。


 だから――ドラは容赦をしなかった。


「……ッ!?」


 折りたたみの槍を手にかけていた方へと、ドラは少量の刺殺針(スティレット)を吐き出す。

 手の甲に数本刺さって、顔を驚愕と痛みに歪めるが、知ったことではない。


「このトカゲ……ッ!」


 即座にもう片方が剣を抜く――が、遅い。

 工房の主や、アレンであれば、初見であっても、すでに剣を抜いているであろう。あるいは、こちらの刺殺針(スティレット)を警戒して間合いを取るかしている。


 それをしてないのだから――


「舌……ッ!? うわわわ……ッ!」


 剣を持つ手首に伸ばした舌を巻き付けて、簡単に引き寄せることができる。

 しかも慌てすぎだ。


 自分の知り合いたちであれば、引き寄せられている僅かな時間で、こちらを攻撃するか脱出する算段を付けられる。


 バランスを崩す騎士から、即座に舌を外し、続けてその足首を舌で払う。


 すっ転ぶ騎士を見据えたまま、ドラは自分の中の霊蔵器(マナ・プール)に意識を向ける。


 花術(フーラ)というものをドラは使えない。

 ユズリハが使う葉術(フィーユス)というものもドラには使えない。


 だが、葉術(フィーユス)は充分なヒントになった。

 自分の内側にあるチカラを、身に纏ったり、武器に纏わせたりする技。そして、先日のクワガタ(スタッガー)寵愛種(ちょうあいしゅ)は、それをマナでやってのけていた。


 そして、工房の主の言葉。

『アンタも、寵愛種なの?』


 それに自分は、分からない。知らないと答えた。

 だが、それでも常々思っていた。自分はレッドラインリザードとしては異質である、と。


 ならば――で、ある。

 クワガタの寵愛種がしたようなことを、試してみる価値はあるのではないか、と。


「な、なんだ……このトカゲ……ッ!?」

「ピンク色の光……マナか? マナで全身を覆っているのか……ッ!?」


 答えはこれだ。

 全身が桃色のマナに包まれ、鱗の一枚一枚が、桃金とも言えるような色に光り輝く。


「ドラちゃん、綺麗ッ!」


 場違いな少女の言葉も、今は最高の褒め言葉だ。


「クァウ」


 そして、喉を膨らませる。


 騎士たちにもきっと通じるだろう。

 この状態で、刺殺針(スティレット)を――あるいは岩を吐いたらどうなると思う? というこちらからのメッセージが。


 青ざめた騎士たちは、その場から逃げようとする。


 だが――


「よう、騎士の兄ちゃんたち。どこ行くつもりだ、テメェら?」

「ドラの奴が見たことねぇ姿になっててよォ――あれ、マジギレってやつじゃねぇのかい?」

「どうみてもドラ公は、そっちの嬢ちゃんを守ってるよな? お前ら、その子に手ぇ出してどうするつもりだったんだ?」


 すでに周囲には、周辺の工房から出てきた屈強な男たちが集まってきていた。


「さっきもユノ姫やユズちゃんに手を出そうとしたアホ騎士がいたよなぁ?」

「ユノとユズじゃなかったら誘拐されてたかもしれないってやつだろ?」


 周囲の野次馬にも聞こえるような大声で、工房の男たちが口にすれば、すぐに情報は伝播する。


 もう、大丈夫だろう。

 ドラは自分のマナを落ち着けて、大きく息を吐いた。


「ドラちゃん、もう元に戻っちゃうの?」


 無邪気な少女の問いに、ドラは胸中で苦笑しながら、少女の背後の方へと視線を向ける。


「うしろ? わたしの?」


 そこには、少女の母親が立っていた。


「おかーさん!」

「このバカ娘!」

「え? え?」


 母親からの突然の包容に、少女は周囲に疑問符をまき散らす。

 とにもかくのも、これで一件落着であろう。


 男たちに囲まれた騎士たちの悲鳴が聞こえてくるが、特に問題もない。

 これで、工房の主たちを探しに行けるというものだ。


「ああ、そうだ。ドラ」


 そう思っていた矢先、少女の母親から名前を呼ばれる。


「ユノちゃんたちは急用で、常濡れの森海(モイス・ドリュアドス)に向かったよ」

「クァゥ……」


 急用ならば仕方がない。


「何か食べるなら、おばちゃんがご飯用意するけど、どうするんだい?」


 ありがたい言葉に、ドラは首を横に振る。


 工房の主たちの急用。

 ドラを待ったり探したりする気もないほど急いた出来事。


 騎士たちの横暴。そして、自分に出来ること――


「どこか行くのかい?」

「クァウ」

「ドラちゃん、ばいばーい」


 手を振る少女に、小さな前足を振り返して、ドラはペタペタと歩き出す。


 向かう先は、リリサレナ広場。それと綿毛人互助協会(フラウマーズギルド)

 状況によっては、猫の手――もとい、トカゲの手すら必要になるかもしれない。そうなったら、持てるチカラと人脈の全て使ってみせよう。


 工房の主たちだけではない。この街の人たちにも、自分はお世話になっている。

 ならば、紳士として――そんな人たちが困るだろう出来事を見過ごすわけにはいかないのだ。



     ♪



 ユノ、ユズリハ、シャンテリーゼは森へとやってくる。


 森にいた騎士達は、二つの派閥へと完全に別れていた。


 団長に従い、団長の邪魔をするのであれば、武器を抜くことも侍さないという者達。

 団長の強行に戸惑い、過激派達に攻撃をされないところまで下がっている者達。


 シャンテリーゼは後者の騎士達に、街へ戻るように指示を出す。

 自分達側の考えを持つ上官がいたことに安心したのだろう。彼らは素直に従い、街へと戻っていく。


 やがて、遺跡の入り口へと辿り着いた。不思議と警備らしい警備がいない。


「シャンテリーゼ」


 枯れ木の根本に口を開く、遺口(いこう)の前で、ユノは問いかける。


「ここ最近の地震。騎士達(あんたら)の仕業よね?」

「へ?」


 それに、思わずユズリハが変な声を出す。

 だが、シャンテリーゼはやや逡巡してから、うなずいた。


「ああ」

「遺跡が発見されて街に来たって言うよりも、最初から街の近くに遺跡があるという目星を付けて事前に調査していて、その調査の結果――入り口(ここ)が見つかったから、大勢連れて正式にやってきたってところでしょう?」


 詩文にあった『枯れた王者と共にあり』という一文。

 あれは、森の中に点在する、古木を示していたのだろう。

 王者――という言葉からすれば、もっとも大きな古木を指していたのだろうが、グラジの騎士たちは、どれが大きいかまでは判断しきれなかった。

 その結果、片っ端から、古木に施された仕掛けを起動していったではないだろうか。


 つまり、あの地震は、その仕掛けが起動したものだったのだ。


 恐らく該当の古木以外は地震が起こるだけのフェイク。あるいは、他の古木を動かしてからでないと、王者の古木が反応しない仕掛けでもあったのかもしれないが、その辺りは推測しかできないし、結果として遺口(いこう)が開いているのだから、答えを出す必要もない。


「よく気がついたな」

「まぁね」


 肩を竦めるように答えて、ユノは入り口の階段を降りていく。ユズリハとシャンテリーゼもそれに続いた。


「団長とやらは――古文書に執心してなかった?」

「ああ。翻訳した詩文を見せてもらったコトもある」

「それ、二年くらい前に見つかったとか言ってた覚えある?」

「確かに覚えがあるな……だが、どうしてそこまで分かる?」

「あたしの師匠――幻蘭(げんらん)(その)へ旅立つ直前、知り合いのグラジ騎士から古文書の翻訳依頼を受けてたの」


 シャンテリーゼが険しい顔をする。

 邪推と分かっていても、結びついてしまったのだろう。


「師匠はこの森で倒れていて、見つかった時には、すでに命核(ソフィル)は旅立っていたそうよ」


 カツカツと、石床を叩く三つの足音がしばらく響く。


「二年くらい前――そっちでも行方不明になったり、不審死した騎士がいなかった? 特に先史学専攻してるような学術騎士」

「……心当たりは……あるな……」


 苦々しくシャンテリーゼがうめいた。

 場所が場所であれば、壁でも殴っていそうな顔をしている。


「参ったな――否定はしたいが、あの団長ならあるいは……と考えてしまう自分がいる」

「証拠もないから、ただの憶測だけどね」


 小さく息を吐くユノに、ユズリハが眉を顰めながら訊ねた。


「だけど、どうしてそこまで……?」

「翻訳したからでしょ、詩文を」


 ユノの答えの意味が理解出来ずに、ユズリハは目を瞬かせる。


「ユズリハにも見せたでしょ、師匠のメモ。あれがそうなの。

 刻と天空の支配者――そんな言葉にトキメいちゃったんでしょうよ」


 街と遺跡の位置関係や、大花時計の内部術式や花学技術を思えば、団長が想像しているような大それた物であるはずがない。


「その支配者を管理する力――何て書かれてたら勘違いもしちゃうんじゃないかしら」


 だが、ユノがそれを推察出来るのは、自分が常日頃から大花時計を触っているからだ。


「頭が良いのに、野心がありすぎるってのも考えものってワケよね」


 そうして雑談をしながらも、ユノ達は最奥の空間へとたどり着く。

 円形のその空間へ、ユノは堂々と踏み込みながら――


「押す順番は11:30:25(十一時三十分二十五秒)――つまり、スイートピー、スイートピー、フリージア、(オーキッド)、チューリップ、アルストロメリアよ」


 今まさに謎解きを解除しようとしていた団長に、声を掛けた。

 見渡せばすでにカンテラは空いていた祭壇へと納められ、団長は壁の謎掛けの前にいる。


「余計なコトを――いや、06:55:25(六時五十五分二十五秒)ではないのか?」


 それを吐き捨てるように拒否しようとして、団長は思い直す。

 自分の考えが間違っていた為に、答え合わせがしたいようだ。


 それに、ユノは軽く肩を竦めるようにしながら答えた。


「街の大花時計の長針が赤、短針が黒なのよ」

「ああ、それは盲点だった。そこにもヒントがあったのか」


 時計。あるいは月。それらの数字を表す十二の花。そこから選ばれた十の花がボタンに採用されている。

 その花は、リリサレナ広場の中央――つまり、大花時計を見れば一目瞭然だ。


 その上で、それらを数字変換し、この部屋を一つの時計として見立て、入力装置の位置を時刻として入力してやればいい。

 十二を示す(オーキッド)だけは、この場では零を表す数字として扱われている点は、注意が必要かもしれないが。


「でもまぁ、だから一回は間違えられるんでしょ? 勘違いしても、一回目のミスなら許して貰えるってだけよ。たぶんね」


 各台座に花の絵があしらわれていたのも、それを時計として見ろという意味なのだろう。


「なるほどな。失敗する前に先へ進めたコト、礼を言っておいてやろう。愚者たる赤い花術師フールーラーズ・ルージュ

「その二つ名。私――大嫌いなのよ。口にしたからには覚悟しなさい。絶対にブン殴ってやるから」


 ユノの苛立ち混じりの言葉を無視して、団長は解答を入力する。


 すると、その入力装置がつけられていた壁のすぐ側が小さく開いた。

 とはいえ、その開いた穴は、人間が通り抜けるにしては手狭すぎる。


「……これだけであるか?」


 さすがにその場に居た全員が拍子抜けしたが、即座にそれは否定される。


 六つの台座に納められた不枯のバラが輝き、地面の溝に沿って六色の光が走る。


 それはやがて中央の台座に集まると、その台座は歯車と時計を組み合わせたような、見慣れぬ花術紋――いやもはや文様というより、陣と呼ぶべき規模だ――を起動した。


「おおッ!」


 団長が歓喜したような声を上げる。

 ユノもその光景に魅入っていた。今の技術とはまったく異なる大がかりな仕掛けの稼働してる様子に、興奮を抑えられない。


 その小さな台座は、その浮かび上がった歯車型の花術紋を纏うと、床を滑るように移動し始めた。やがて、その台座は先ほど開いた穴へと、吸い込まれるように消えていく。


「どういう仕組みか……まったく分からなかった」


 呆然とした呟きとは裏腹に、ユノのその表情は緩んでいる。そんなものを見れたことに喜んでいた。


 だが、そんな興奮を冷ますような声が、遺跡に響く。


「総員ッ、街へ戻るぞッ! おそらく大花時計に何かが起こるッ!」


 団長の声に、今の光景に魅入っていた騎士たちも正気に戻る。即座に、団長の指示に従って出口へと向かっていく。


 それに、ユノも反応した。


「ユズリハ! シャンテリーゼ! あたし達も!」


 二人はユノの言葉にうなずいて、部屋を飛び出す。

 やや名残惜しさを覚え足を止めていたユノも、一息ついてそれを振り払い、二人を追いかけた。




 ユズリハとシャンテリーゼ。やや遅れてユノ。

 三人が廊下を駆けていると、そんな声と共に――


「お前たちは行かさぬよッ!」


 壁を破壊しながら、ユノとユズリハたちの間に、それが現れた。


「ツリーピオッ!?」


 そのツリーピオは六本ある足のうち、左の中足が折れている。それにその背のグラジオラスには何か奇妙な花が巻き付いていた。


 黄色のグラジオラスに巻き付いている蔦――それに無数に咲く白く小さな花を、ユノは訝しげに観察する。


「あれは、イチゴの霊花(エテルネルール)……?」

「古い兵器とはいえ、基礎術式が現在と同じでよかったよ。手持ちの花導具(フィオレ)でシステムを乗っ取れた」


 声の主――団長の勝ち誇った声がする。


「今からこいつを自爆させる」

「ちょっとッ、なに可哀想なコトしようとしてるのッ!?」

「いやユノ。そんなコトより、爆発した後のこの遺跡を心配を……ッ!」


 ユズリハの言葉(ツッコミ)を遮って、団長が吼える。


「だからこそのッ、このタイミングだッ! あの装置は起動さえしてしまえば問題なさそうだからな。

 あくまでこの遺跡は起動装置。制御装置は別にあるとは調査済みッ!」


 直後に、ツリーピオが熱を放ち始めた。いや元々、こうやって喋っている間に内部の熱量は上がっていたのだろう。


「ユズリハ、シャンテリーゼ! 二人はヒゲを追って街に行きなさいッ!」

「ユノはッ!?」

「熱くて隙間を抜けられそうにないから、別の方法を考える。巻き込まれるのもアホらしいから、二人はとっとと行きなさいッ! 必ず追いつくッ!!」


 ユノは、何故か泣きそうな顔をしているユズリハにそう言い放つ。

 何か言いたげなユズリハは、それを飲み込むようにうなずくと、入り口へ向かって走り出す。それをシャンテリーゼも追いかけていく。


 廊下を走る二人の背中。そこから視線を外すと、ユノは助かるための策を考えながら、素早く周囲を見渡した。



     ♪



「団長たちはどこだッ!?」


 遺跡から飛び出し、周囲を見渡すがその姿がない。


「とにかく、街へ戻ろうシャンテリーゼさん」

「ああ」


 シャンテリーゼがうなずいた時、轟音と震動が遺跡の内部から響いた。



「――ッ!?」


 濡れ沈む遺口(いこう)の入り口から、押し出された空気と共に、細かな塵や瓦礫が勢いよく吹き出してきた。


「ユノ……ッ!!」


 袖で口元を覆いながら、ユズリハが思わず叫ぶ。


 それに返答はない。

 奥歯を噛みしめ、拳を強く握りしめるユズリハに、シャンテリーゼが声を掛ける。


「行こう。店主は団長を追い街へ向かえと言っていた」


 その言葉に、ユズリハは大きく息を吐いてからうなずく。

 シャンテリーゼに促されユズリハは走り始める。その後を、シャンテリーゼが追う。


 そうして二人はぬかるんだ森を駆け始めた。

 走り初めてほどなく――


「何だ、これは……?」

「これ……視覚化された、マナだよ」


 うっすらとした粒子のようなものが、ふよふよと一定方向へと動いている。


「街へ向かってる……?」


 自分達が走る方向と同じ方向へと流れているのだ。


「ここまでハッキリとマナに方向性を与えるなんて、あの遺跡――どれだけの規模の……」


 シャンテリーゼがそう独りごちる。

 その時、小さな微震が背後から迫ってくるのに気がついた。


 爆破の震動による余震などではなさそうだ。

 ユノとシャンテリーゼが背後へと視線を向けると――


「はーっはっはっはっはっは!!」


 団長が、ツリーピオを伴いながら、こちらへと向かってくる。


 だが団長とその取り巻き達は走っているのではなく、白い板に十字架のような持ち手のついた物に乗っているのだ。

 その十字架状の持ち手には、淡い桃色のかすみ草が巻き付くように咲いているのを見るに、花導具(フィオレ)なのだろう。


「なにあれ!? 空飛ぶ板なんて反則だよッ!!」

「エアリエラフターだ。学術騎士たちが研究している物の一つでな。

 まだ試作品だが、乗り手のマナで僅かに宙へ浮き、見ての通り地面を滑るように移動出来る」


 まさか用意してあるとは――と、シャンテリーゼがうめく。


「こんなコトもあろうかとなぁッ! 二重三重に策と保険は用意しておくものだろうッ!?」


 高笑いをする団長は無視して、ユズリハは舌打ちする。


 速度としては、こちらの走る速度よりもやや速い程度。とはいえ、この足場の悪い森においては驚異に他ならない。

 ならば、追いつかれ追い越される前に足止めをした方がいいだろう。


「シャンテリーゼさんはあれの乗り方は分かる?」

「ああ――だが、奪うのは至難だぞ?」

「そうでもないよ?」


 ユズリハの意図を理解したシャンテリーゼが苦笑するが、当のユズリハはあっけらかんとした調子で返した。


「そのまま走ってて。エアリエラフターの奪取と、時間稼ぎはするから」

「今更だが、グラジ騎士の私を信用するのか?」

「最後まで信用させて下さいね」

「善処しよう」


 うなずくシャンテリーゼに、ユズリハは笑みを返す。

 そしてどこからともなく、筒を取り出した。


「それじゃあ、行くよッ!」


 そう告げると、ユズリハは団長達へ向けて、その筒をやや高めに投げる。


即花弾(インスーラ)だ! 各員(かわ)せッ!」


 すぐさまユズリハが何を投げたか看破した団長が鋭く叫ぶ。

 直後、団長はツリーピオと共にスピードを落とし、他の者達はめいめいに動く。


「…………甘い」


 全員が弧を描くように宙を舞う筒に意識を取られているうちに、ユズリハはボール型の即花弾(インスーラ)を地面へと転がした。

 泥濘(ぬかるみ)のせいで、ちゃんと転がらないだろうが、それは計算のうちだ。


「さて、と」


 足を止めて、腰のコダチに手を掛ける。


 団長の足を止めさせるということは、同時にツリーピオを相手にしなければならないことになるが――


「何とかなるでしょ」


 小さく呟く。


 笑みを浮かべようとして、上手くいかない。

 どうやら自分はユノのことが気になって仕方がないらしい。


 足止めなんて言い方をしたが、本心は団長をブン殴りたいのだろう。


「それでもいい――」


 ユズリハがそう口にすると同時に、宙に放った即花弾(インスーラ)が炸裂し、小石の雨を無数に降らす。


「うあああっ!」


 それで数人バランスを崩し、エアリエラフターから手を離して転げ落ちる。


「うおおおっ!?」


 あるいは地面に転がしたものに接触。それが炸裂して吹き飛ばす。

 そうして、主人が手を離し、乗り手を失ったエアリエラフターはそのまま勝手に茂みの方へと飛んでいく。


 そんな中で、それらを免れ、ユズリハの横を一人の騎士が通り過ぎて行こうとする。


「良いタイミングだね」


 それに、感謝をしながら、


「……えっ!?」


 ユズリハは彼の足に金属糸(ワイヤー)を投げ付け巻き付ける。その後、すぐさま引っ張った。


 足を強引に引っ張られた彼は、エアリエラフターと一緒にバランスを崩すと、その足下で即花弾(インスーラ)が炸裂する。

 膨れ上がるように放たれる暴風に吹き飛ばされ、彼はエアリエラフターごと、宙に投げ出された。


 そのまま、シャンテリーゼの横へと不格好に落下する。


「シャンテリーゼさんッ!」

「ああッ!」


 落ちてきた騎士を蹴り飛ばし、シャンテリーゼはエアリエラフターを奪い取るとそれに乗る。


「よろしくッ!」

「了解した。先行するッ!」


 そしてシャンテリーゼはエアリエラフターを発進させた。



     ♪



 この遺跡――長い廊下とそこに連なる小さな部屋達。学院とか研究施設などに似た構造のようだ。


「出来る限りツリーピオ(この子)から遠い、小部屋がいいけど……」


 来た道を引き返しながら、適当な部屋を覗いて見る。

 すると――


「あのちょびヒゲ野郎……ッ」


 ギリリと、ユノは歯ぎしりをしながらうめく。

 部屋の真ん中には丁寧にも、即席花術弾(インステンルーラ)がセットされている。


 ツリーピオの不枯の(アルテ)グラジオラスに絡みついていたものと同じイチゴが巻き付いているのを見るに、遠隔で操作出来る類のものだろう。


「タチ悪い上に用意が周到すぎるわッ!」


 毒づきながら部屋の外へと飛び出すと、小さな爆音が聞こえて、そちらへと視線を向ける。

 すると、最奥の空間への入り口が埋まってしまっていた。ドアや周辺の壁を壊して作られたあの瓦礫のバリケードは、最奥の装置を護る念の為の盾のつもりなのだろう。


「逃げ道がない……」


 冷や汗が頬を伝うのを感じながら、それでもその最奥の入り口を塞ぐ瓦礫に背を預けるように立つ。


 そして、手に持つ原始蓮の杖(プリミティロータス)を信じてマナを巡らせた。


「始まりは輝ける虹の鎧、続章は敵意を遮り流るる土砂、終章は完璧なる鉄壁の絶壁……重ねて三つ」


 策を弄している暇もなくなったと判断したユノは、最後の賭に出る。


「其は城壁の如き光土(こうど)の鎧ッ!」


 ユノの全身を光輝く障壁が包み込む。


「……助けてあげられなくて、直してあげられなくて……ゴメンね、ツリーピオ……」


 そうユノが呟いた直後、ツリーピオはその身体は膨らむように爆ぜ、閃光と光熱と爆音を撒き散らした。


 続けて、各部屋からも小さな破裂音が断続的に響いていく。


「…………ッ!」


 障壁に熱と瓦礫が幾度となくぶつかってくる。

 それらに歯を食いしばり耐えながら、ユノ強く強く目を瞑るのだった。



 イケメンなトカゲと、ピンチな主人公。


 次回は主人公不在回。

 ユズリハの戦いと、街の人たちの戦いの予定です。

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