029:騎士は騒乱の種を蒔く
「何故あの場で連中を力尽くで追い払わなかった?」
「どう考えても、あの場で非があったのが団長だからですよ」
グラジ皇国の遺跡調査団とその護衛騎士達が駐留している宿屋の一室で、シャンテリーゼはこっそりと嘆息した。
ここへ戻って来てから、団長はずっとそれを愚痴っている。
本当にこの団長は、周囲が見えていない。あるいは、見ようとしていないのか。
「何度も言っておりますが――この街では各国の威光なんてものは通用しないのです。
あのような傍若無人な振る舞いは、街の人達からの心象を悪くし、調査団のデメリットにしかなりません」
「ふんっ」
咎めたところで、この団長は歯牙にも掛けずに鼻を鳴らすだけだ。
正直、人になつかないと言われる野生の獣を躾ける方が、よっぽどラクなのではないだろうか――そう思うことが度々ある。
「そんなコトより、カンテラは?」
「はい。この通り、修理を終えたものを回収して参りました」
あからさまに話題を変えようとする団長に、何度目か分からなくなった嘆息をしながら、シャンテリーゼは黒バラのカンテラを差し出した。
「これを直すだけの技量を持ちながら、何故に皇都で暮らさんのか。面倒くさい」
うめく団長に、シャンテリーゼは苦笑を浮かべた。
自分がどれだけ無茶苦茶な物言いをしているか、理解しているのだろうか。
「――で、どんな奴だった。これを修理した花修理人は」
「まだ成人になったかどうかという年頃の少女でしたよ。その筋では有名人らしいです」
「有名人な職人で、小娘……もしや、『愚者たる赤花術師』か?」
「何ですか、それは?」
「お前は、《高嶺の花の種》を知っているか?」
「ええ。学問の都――クリスタリアにある無数の学舎の中でも、もっとも至上と言われている学術院ですよね?
最上級の教育を受けられるかわり、入学も卒業も、最難関と言われる」
「ああ。そうだ。『愚者たる赤花術師』は……そこの最年少入学、最短卒業、最年少卒業のレコードホルダーだ」
「渾名の割には、とんでもない偉業を成しているようですが」
「確かにな……。
だが、その小娘はな、それだけの偉業を成し、学校のみならずクリスタリアの街そのものから多額の研究資金に専用研究室まで貰っておきながら、それら全てを返還し、ただの小娘に戻って旅に出たって話だ。
その愚行と小娘の名前をもじって、『愚者たる赤い花術師』あるいは『赤い愚者』と呼ばれている」
実に正しい二つ名だ――と、団長は口にしながらうなずいている。
「なるほど」
それにうなずきながら、シャンテリーゼは胸中で思う。果たしてそれは、本当に愚かな行為なのだろうか、と。
しかし、そのシャンテリーゼの思考は、部屋のドアをノックされる音で、終了した。
「ダンゼル団長。報告がございます」
「入れ」
「はっ」
部屋に入って来た共修騎士が、グラジ騎士流の敬礼――指までしっかり伸ばした右腕を胸元で水平にし、一拍置いてから手を握る――の後、報告書を取り出した。
「報告致します。『濡れ沈む遺口』に少女らしき人物が二人、侵入したそうです」
「見張りは何をやっているんだ、まったく」
ギロリと報告しにきた騎士を睨む。
彼は僅かに顔を引きつらせた。
「それだけか?」
睨みっぱなしで萎縮され、報告がままならないのも困る。
シャンテリーゼは、報告騎士に先を促す。
「は、はい。侵入後、しばらくしてから遺跡最奥より大きな振動があったようです」
それを聞くや否や、団長は身を乗り出した。
「振動の正体は何だ?」
「はい。それが――」
そうして、彼が遺跡に侵入した少女達についてのレポートを読み上げ始める。
「――報告は以上です」
「ツリーピオ……そのような防衛機構があったとはな」
その報告にシャンテリーゼがうめく。
「はい。逃げる少女がそれを、そう呼んでいたようです」
考えていなかった訳ではないが、そのような存在があるとなると、調査も一筋縄ではいかなくなるだろう。
「ツリーピオなる防衛機構は問題ではないな」
「……と、申しますと?」
「我に秘策ありだ」
自信たっぷりに、団長は口の端をつり上げる。
嫌な予感はするが、知識と実力は確かな人物だ。一応、信用しておくことにする。
「むしろ、俄然にやる気が出てきた」
「防衛機構が生きている――つまり、他の機能も生きている可能性のある遺跡だから、ですか?」
「その通りだ。それに――」
うなずいてから、口を噤み、報告騎士に視線を向けた。
「他に報告はあるか?」
「いえ。今ので以上です」
「そうか。ならば下がれ」
「はッ!」
彼は団長とシャンテリーゼに向け敬礼をして、部屋を出ていく。
「ご苦労だった」
その背中にシャンテリーゼが労いの言葉を投げる。
彼は向き直ると、彼女に一礼して、部屋を出ていった。
それを横目に見ながら、団長が呟く。
「少女……『赤い愚者』……花修理の小娘――か」
何か思い至ったことでもあるのだろうか。
そうして、彼の気配が遠のいていってから、団長は改めて口を開いた。
「報告が来る前に言い掛けたコトだがな――今回はただの遺跡調査だけで終わらない場合もあるのだ。この件はあまり他の者に知られたくはないコトだ――だが」
「だが……?」
「一応、此度の護衛隊の隊長であるお前には教えておこう」
「教えて頂けるのはありがたいのですが……何故、私に?」
「誰も知らぬと、あとは詰めとなった時に誰も手を貸してくれぬかもしれないからな」
それは確かに道理である。
こちらがうなずくのを確認すると、団長は告げた。
「《濡れ沈む遺口》はな、恐らくこの街の大花時計と繋がっている可能性が高い」
「確か、鯨車の中で言っておられましたね?」
「ああ。完全な極秘事項だがな。ここへ来るとき、詩文を見せただろう? 実はあれが全てではない。あれには続きがあるのだ。その詩文の意味とあの遺跡を解き明かせば、風乱多花の大時計が真の姿を見せるだろう」
そう告げる団長は、絶対の自信を感じさせる笑みを浮かべていた。
だがシャンテリーゼには、その笑みが、余計な出来事を通り越した、余計な大事件を起こす花術弾の中の炸術式にしか見えなかった。
♪
「ありがとうございました」
建物から出ていく依頼人にお礼を告げて、サイーニャは見送る。
その人物の姿がなくなった後、自席に戻るとうんざりした顔で盛大に嘆息した。
「その様子だと、またかい?」
「ええ、またです」
綿毛人互助協会カイム・アウルーラ支部支部長フォーゲルも、サイーニャと似たような表情で嘆息する。
グラジ騎士とのトラブル仲裁――それが、ここ最近、協会で増えている依頼だ。
今回、街に来ているグラジ騎士の多くは、この街でも自分たちの威光が通用すると思っている者たちが多いようで、かなり無茶を通そうとしているようである。
当然、この街の住人は反発するし、そうなるとトラブルも起きる。
揉めに揉めた後で、明日また来るからなどという――裏街の取り立て屋の方がまだ気が利いたことを言いそうだ――捨て台詞を吐いたりしているようで、そういう場合は緊急依頼として、住民からの依頼を引き受けていた。
「強面や交渉上手な綿毛人の数にも限界がありますしね。
威厳も実力も足りないような綿毛人が使えないのも大変です」
「これに人を取られて、討伐系依頼の人手が減ってるのも問題だしねぇ……」
緊急討伐依頼などは現在は発生していないが、発生すると厄介だ。
グラジ騎士たちの行動を独自に調査しているらしいユノやアレンを呼ぶのも気が引けてしまうし、さりとて腕利きたちを全員に要請してしまった場合、騎士の暴走を止められる者がいなくなる可能性があった。
「はぁ責任者として頭が痛いよ」
「私が協会側から綿毛人側に回ったところで、所詮は身一つですよね」
「ありがたいけどね、それでも。
ただ、今のやたら騎士がらみの依頼が飛んでくる状態で、事務と受付の両方出来る人が減るのも頭が痛い」
「八方塞がりとはこのコトですか」
「八方塞がりとはこのコトかもね」
そうして、サイーニャは仕方がないと、息を吐いた。
「支部長。こんな状態ですが、今から早退しても?」
「何か状況を打開する方法でも?」
「少し古巣へ。表街だけでどうにもならないのなら、裏街のコネを使うべきではないか、と」
「西の女帝かい?」
「お望みでしたら、東の帝王もオプションで」
「彼はオプション扱いなんだ。すごい人だよ、彼も」
「存じておりますが、私は西の育ちですので」
「西裏街って、ほんと東裏町の人と仲が悪いよね」
「ありがとうございます」
「褒めてないからね?」
最後に何故か首を傾げるサイーニャに苦笑しながら、フォーゲルは彼女の提案を逡巡する。
手が多い方がいいのは確かだ。
だが――
「早退申請は受理しよう。ついで、明日の午前中は休暇にしていいよ」
ここ数日、サイーニャは働きづめだ。
彼女の有能さに少しばかり頼りすぎてしまってるところもある。
「良いのですか?」
「ああ。それと、オプションも特に必要ないかな。
とりあえず、協力を取り付けられるなら、女帝だけで構わない」
「配慮、ありがとうございます」
「気にしないで。そこまで裏街の人たちに頼りきるのも良くないからね」
――綿毛人互助協会経由とはいえ、あまり西と仲の良くない東に、西から協力要請をするよう依頼するのも少し違うだろうと、フォーゲルは考えたのだ。
東の皇帝のチカラも借りたいのであれば、西を経由せず直接頼むのが筋だろう。
裏街の住人は、筋の通らないことを嫌うのだから尚更だ。
「そうだ。その代わり、女帝に伝言を頼んでも良いかな?」
「内容にもよりますが」
うなずくサイーニャに、フォーゲルは胸中で苦笑する。
考えてみると、これからする伝言は戦争を推奨するような気がしないでもないのだ。
「滞在中のグラジ騎士たちの行動によっては、表裏問わずカイム・アウルーラ全土を巻き込んだトラブルになりそう、と」
「……支部長、正気ですか?」
「状況から推察しただけだけどね。彼らの目的は、この街――というかこの街が関わる先史文明の何か、じゃないかと」
サイーニャが目を眇めてくるのに、フォーゲルは肩を竦めてみせる。
「彼らが、カイム・アウルーラを敵に回すと?」
「全員じゃないだろうけどね。仲裁してくれてる騎士もいるのは間違いないし」
「仲裁をしてくれる騎士たちが日増しにやつれてるように見えますけどね」
「大変だよね、彼らも」
「子供のお守りの方がまだ楽でしょうね」
つまり、仲裁する騎士たちがいなくなれば、暴走が加速しかねないともいえるのだ。
「それに――」
「彼らのボス、ですか?」
「ああ。ダンダルシア・ダラン・ダンゼル団長――あってないような皇王継承権を保有する戦学共修騎士。二十位とかその辺りだったかな? 継承権としては最下位らしいよ」
「……王子様……なんですか……?」
きっと、彼女の中にあった王子様のイメージが崩れ去っていったのだろう。
王の歳がいくつであれ、その国に君臨している限りは、その子供はいくつであっても王子であるのは間違いない。
例えば――極端な例になるが――六十歳の髭モジャ強面なおっさんであろうとも、王の子であり王が現役であるのなら、世間のイメージはともかく立場は王子だ。
「現皇王陛下の孫にあたるそうだけどね。側室の息子の側室の子……だったかな?」
「国に関わらず、王侯貴族の関係図ってややこしいですよね」
「それ、カイム・アウルーラ以外で口にしちゃダメだよ?」
それはさておくとして――
「話を戻すよ?
情報を集めてるとね、ダンゼル団長はどうにもユノ嬢に似たところがあって、しかもそれなりに天才っぽいんだよね。人格には問題があるようだけれど」
「問題箇所の問題が大き過ぎる人というコトですか」
「さぁね。でも共修騎士たちの増長は、彼が団長になってからかなり増してるって噂さ」
困ったものだね――と、フォーゲルは嘯いて見せるが、サイーニャは笑い飛ばす気はないようだ。
「……ユノちゃんに似てる変わり者の天才で、王子の肩書きを持った責任者……?」
ぶつぶつと呟きながら、サイーニャは思考を巡らせる。
そして、結論がでたのだろう。思わず口をひきつらせた。
「……厄介な……」
「あ、気づいた?」
「気づかせたのは支部長でしょう?」
恐らく、ダンダルシア・ダラン・ダンゼル団長は、共修騎士たちに対して何もしていない。
面倒を見ることも、褒めることも、叱ることも、咎めることも。
ただただ上から言われた通り任務をこなし、その傍らで、自分の興味があることに対して、団員を私兵化して使っていた程度だろう。
だが、その興味が一点に向かい、その為だけに肩書きや立場を使うことを躊躇わない場合どうなるか。
ましてや、今の共修騎士には、団長の肩書きと立場を利用して増長してる者が多いのに、である。
考えるだけで、フォーゲルとサイーニャの胃がキリキリ痛む。もっとも、カイム・アウルーラとグラジ皇国の上層部はもっと胃が痛むかもしれないが。
「最悪に備えたいから、女帝への伝言お願いね。
こっちは、正式な抗議の準備でもするさ。この時間なら、まだ行政局長殿は行政局舎の執務室にいるだろうしね」
そうして、二人も動き出す。
騎士の蒔いている騒動の種が、芽吹くことがないことを祈りながら――
ユノたちの目が届かないところで、結構好き勝手やってる騎士たち。
だからといって、黙ってやられっぱなしになるカイム・アウルーラの住人ではありません。
次回は、泥だらけになって帰ってきたユノたちのお風呂タイムの予定です。