027:先史遺跡防衛機構 樹護針獣ツリーピオ
「それで、ユノ。侵入したけど、どうするの?」
問われて、お礼を言った気恥ずかしさで顔を赤くしていたユノは、頭を振って気を取り直す。
「奥の方へ行くわ。この遺跡が見つかったばかりなら、入り口の方は、学術騎士達が調べてる最中でしょうしね。ハチ合わせも避けたいし。
もちろん、巡回の騎士も居るだろうから、それらを出来るだけ避けて、進んでいきましょう」
「了解。見つかりそうになったら先手必勝で気絶させて通り過ぎよう」
「ええ。その時は頼むわ」
「クァゥ」
そうして、二人と一匹が何人かの騎士を昏倒させながら、人のいそうな場所を避けて進んでいくと――
「ここが最奥、かな?」
「たぶんね」
大きな円形の広間のような場所にたどり着いた。
ユノとしては、道中にも魅力的な場所があり、そこを調べてる学術騎士を押し退けて調査したかった。だが、寸前でユズリハがそれを防いでいたおかげで、何とか騒ぎを起こさず、ここへと辿り着いたのである。
「中央に台座……床には見慣れない巨大な花術紋か……」
「何をする場所なのかな?」
「大規模な術を使う為の施設でしょうね。
あるいは、ここで大型の花導器を制御していたのか」
ユノは周囲を警戒しつつも、中央の台座へと近づいていく。
歩いてみて気付いたのだが、床の紋様は線ではなく溝で描かれているようだ。気を抜くと躓いてしまいそうである。
「ユノ~……壁にも台座があるよー」
自分から離れて周囲を見ているユズリハの言葉に顔を上げて、周囲を見渡した。
確かに壁をくり貫いたような窪みに小さな台座が置いてあった。それも、一つだけではなく、六つ。
その内の四つには――
「緑、青、黄、白に輝く……バラの不枯の精花?」
そう、不枯の精花が安置され輝いている。
不枯の精花――古代技術の結晶。作成方法不明な、だけど確かに存在する、その名の通り枯れることはなく、精霊の宿として非常に優秀な花。
もう一度、足下に描かれた花術紋を見ると、その線は全ての台座を経由しているようだ。
「六花精陣ベース……かしら?」
「ユノ、何か分かったの?」
「たぶん、花のない台座には、元々は赤と黒のバラが安置されてたんだと思うわ」
「なんで?」
「精霊が花を選り好みする要素として色があるのは知ってるでしょ?。
緑は風、青は水、黄色は土、白は光――それぞれの精霊が好む色って、やつ」
「なるほど。六花色ベースってことは、それぞれに火の赤と闇の黒に対応した不枯の精花があったってコトか」
「ええ」
ユノはうなずきながら、僅かに首を傾げた。
赤と黒……そしてバラの不枯の精花――その言葉が脳裏に引っかかるのだ。
「この台座の並びには意味があるの?」
「あるわ。方角になぞらえてるのよ。黄は北、青は西、緑は東。白は南東ね」
ユズリハの質問に答えながら、ユノは中央の台座を調べてはいたが、特に何も分からなかった。
ならば――と、ユノは壁の台座の一つへと向かう。
「あれ? なにこれ?
黄バラのカンテラがセットされてるのに、台座に描かれてるのは、蘭……?」
訝り、ユノはユズリハへと声を掛ける。
「ユズリハ。どれでも良いから、壁の台座に描かれた花を見てくれない?」
「了解」
返事をして、ユズリハは南の台座を見る。
「こっちの白バラの台座はアルストロメリアだねー」
「やっぱりバラじゃないのね」
ユノは独りごちて、右手の親指で下唇を撫でた。
黄バラの台座の前で思案していると、
「ユノ、ユノ~」
「今度は何よ?」
またしても、ユズリハが声を掛けてくる。
「ここの壁、変なスイッチみたいの付いてる」
「スイッチ?」
「うん。先史文明文字でね……えーっと、十の花……選ぶ……六つ……この先………ああ! この先に行くなら十ある花から六つを選べだって」
「アンタ、先史文明文字読めるんだ」
「少しだけね~」
軽く感心をしながら、ユノは別の台座を巡っていた。
入り口横のカンテラ不在の台座には、ブバルディア。
緑のバラの台座にはフリージア。
青バラの台座にはユリ。
部屋の南側にあるもう一つのカンテラ不在の台座にはヒマワリ。
どれもやはり台座に描かれているのはバラではない。
「ユノ。この壁の、花の絵が施されたボタンと、緑色の丸いボタンと、×印の赤いボタンあるんだけど、適当に押して良い?」
ユズリハの問いかけに、少しだけ逡巡する。
だが、六つの花とやらのヒントが思い浮かばない。
「いいわ。たぶん、花のボタンを六つ押した後で、緑のボタンを押せばいいはずよ」
「やった!」
玩具を見つけた子供のような笑顔で、ユズリハは適当にボタンを押し、最後に緑のボタンを押す。
すると――
《ぶぶーっ!》
という、奇妙な音が響く。
「やりなおせ――っていう古代文字が浮かんできた」
「まぁ、てきとーにやって正解出来るとは思ってないわ」
そうして、ユノもユズリハの元へとやってきた。
壁に付いたボタンは確かにユズリハの言う通りだ。
先史文明文字で書かれた謎かけは、ユズリハの翻訳では正確でなかった。
「正しくは、この先の機能を使うなら、十ある花を正しい順に六度選べ――ってところね」
そして、それぞれのボタンに描かれているのは――
スイートピー
フリージア
アルストロメリア
トルコキキョウ
ユリ
オーキッド
チューリップ
ガーベラ
ヒマワリ
グロリオーサ
台座にも描かれている花が混ざっている。その辺りがヒントになりそうではあるが――
「よし、もう一回適当にやってみよう」
グッと気合いを入れて、ユズリハが花を選び始める。
そんなユズリハの様子を気にも留めず、ユノは頭を回転させる。
(この花達……どこかで……?)
絶対どこかで見た覚えがある。
(ここの台座以外で……もっと、身近で……)
それも、普段何気なく目に付く場所だ。印象に残らないくらい当たり前の花群。
(そうか……これって……)
閃いて、周囲を見渡す。
この部屋の形は円形。ここは部屋の入り口の対角線上。南東の位置。すぐそばにある白バラの台座にはアルストロメリア……。
足りないカンテラは赤と黒。
そして、『六種選べ』ではなく、『六度選べ』という謎掛け。
となれば答えは――
《ぶぶーっ!》
「ありゃ、また違ったかー……じゃあもう一回」
「ユズリハストップ」
「え?」
「答えが分かったわ」
「さっすが、ユノ!」
いいね! と親指を立ててくるユズリハに、
「まぁね」
と、不敵な笑みを返す。
それから、壁のボタンに手を伸ばした時に、新らたに先史文字が浮かんできた。
「……えーっと……『防衛機能作動。二連続で入力ミスを確認したので、しばらくボタンの受付を中止します。花一つ分ほどお待ちください』……」
読み上げながら、ユノは自身でも自分の顔がひきつるのが分かった。
ユノは油の切れたブリキ人形のような音を立てて、首をゆっくりとユズリハに向ける。
それにユズリハは、自分の頭をコツンと叩いて、ペロリと舌をだした。
「ごめんね☆」
「許すかッ!」
ぐわーっとユノは頭を掻き毟り、
「答えが分かったんだから、入力させろーッ!」
と、勢いでボタンを叩いた。
だが、当然というか何というか――
《ぶぶーっ!》
現実は無情である。
それどころか、さらに新しい古代文字が浮かびあがってきた。
『受付禁止中に入力を確認。警戒レベルを強化します。受付停止時間を延長。入力可能まであと花六つ分お待ちください』
さすがにこれにはユノも顔を青ざめる。
「ユノ――素直に出直した方が……」
「出直したら、騎士達の警備が強化されちゃうわ……」
とはいえ、こんな場所で六時間も時間を潰せるとは思えない。
当然、騎士達もいずれはここへと到達する。
こんなあからさまな謎掛けが来たら、全員が知恵を合わせて攻略していくことだろう。
何とか時間を稼げないだろうか。
「もう一回入力したら、受付時間がさらに延長されないかしら?」
「なるとは思うけど、同時にそれって相当な不審者じゃないかな。遺跡から見ると」
ユズリハとしては、最悪――不正侵入者用の防衛機構が動きだしそうな気もするのだが。
「防衛機構? 上等。むしろ、騎士達の邪魔が出来るわ」
「うあッ、悪い顔してるッ!?」
「ついでに生きた防衛機構を生で見られるなら興奮モノねッ!」
「自分の欲望に忠実すぎるッ!?」
「クァゥ……」
横でユズリハが驚き、ドラが呆れているのを余所に、ユノはデタラメにボタンを押した。
《ぶぶーっ!》
四度目の失敗音。
直後に浮かんできた古代文字は予想通りのものである。
『警告。受付中止中に二度の入力を確認。警戒レベルをさらに強化。花の巡り終わりまでお待ちください』
「いえすッ!」
ユノがガッツポーズを取っているが、本当にこれで良いのだろうか。
そんなことをユズリハが思っていると、何やら振動が聞こえてきた。
「地震?」
ユズリハが訝しむと、ユノは即座に否定した。
「遺跡そのものが振動してるっぽいわね。嫌な予感がするから、脱出するわよ」
言うなり彼女は走り出す。
「その嫌な予感の原因を作ったのユノでしょッ、もうッ!」
「クゥゥ……」
文句を言いながらも、ユズリハとドラはそれを追いかけた。
部屋を出ると、すぐ右手のなんの変哲もなかった壁がゆっくりと開いていっていく。
「わくわくどきどきの隠し通路ッ!?」
「本当にそう思ってるッ!?」
ユノが目を輝かせるが、ユズリハが即座にツッコミを入れる。
案の定、その壁が開くとそこから、巨大なサソリが姿を現した。
ハサミや足、尻尾には何かの植物のツルが巻き付き、背中の中央辺りには、グラジオラスの不枯れの精花が咲いている。黄色のグラジオラスが示す意味は、堅固や用心だったか。
そしてそれは、こちらに狙いを定めたのだろう。ゆっくりと二人に向かって歩き始めた。
「木製の巨大サソリ……?」
ユズリハが眉を顰めるが、ユノがその手を引っ張った。
ドラが二人を追いかける。
「行くわよッ! たぶんそれ、防衛用の花導兵器ッ!」
「――先史花導兵器ッ!?」
それがどれほどのものであるかは想像出来ないにいても、今の兵器よりもずっと強そうなのは確かである。
ユノに引っ張られながら、ユズリハは訊ねた。
「一目散に逃げるなんて、ユノらしくないかも。
抱きついたり頬ずりしたり、舐めたりしないの?」
「したいけどッ、ものすごくしたいけどッ! 現役で動く兵器に自殺行為でしょうがそれッ!」
「やっぱりしたいんだッ!」
ユノに手を離してもらい、自分で走り始めながら、ユズリハは苦笑する。
そうこうしているうちに、木製サソリは二人と一匹を追うように走り始めた。
「樹護針獣ツリーピオ……か」
「あれの名前?」
走りながらユノが呟いた言葉に、ユズリハが訊ねる。
それに彼女はうなずいて、答えた。
「ええ。今、思いついたの」
「思いついたッ!? 思い出したじゃなくてッ!?」
「良い名前だと思うんだけど」
「先史兵器に勝手に名前付けていいのッ!?」
「いいじゃない。文献とかじゃ見たコトないんだものあんな木製花導人形」
この後に及んで目を輝かせながら、ユノは告げる。
サソリ型ゴーレム――ユノ命名ツリーピオ――をチラチラと見ながら、あまり速度を出そうとしないユノ。
「ああ――もうッ、良いから逃げようッ、ユノ!」
そんな彼女に対して、先ほどとは逆に、ユズリハが手を取って引っ張った。
「でも、だってッ! もうちょっとツリーピオをこう……そう、眺めていたいのッ! 愛でていたいのよッ!!」
「眺めて死ぬのと、生きて色んな花導具と今後出会うのどっちがいいの?」
「究極の二択ね。人生の哲学的命題になりうるわ」
「そのレベルッ!?」
ユズリハは叫んでから、嘆息する。
さっきまで自殺行為とか言っていたはずなのにこれである。
「仕方ない」
そう独りごちると、握っていたユノの手を強引に引っ張った。
「え、あッ、ちょ……!?」
たたらを踏むユノの足を軽く払い、さらに強めに引っ張る。それでふわりと、ユノの身体が舞い上がる。
浮き上がったユノをしっかりと引き寄せて、ユズリハは抱き抱えた。いわゆるお姫様抱っこの形である。
「最速で逃げるッ! ドラちゃんッ!」
その言葉に、ドラが地面を蹴ってユズリハの背中に飛びついた。
ドラがしっかりと自分の背中に張り付いたのを確認すると、ユズリハは全力で走り始める。
「待ってユズリハッ! あたしはッ、もっとあの子を見ていたいのッ! あの先史花導兵器ツリーピオを眺めていたいのよ~ッ!」
「知らないってばぁッ!」
未練がましいユノを、ユズリハは一言のもと切って捨てて廊下を走り抜けていく。
「なんだ?」「誰だ?」
「この振動は?」「お、おい……」
「何だよあれ……!?」「うわーッ!?」
騎士達がざわめき出す。
脇道や、各種部屋で調べものをしていただろう人達も、何事かと顔を出してくる。
だが、ユズリハとしては知ったことではない。
「あたしのツリーピオ~ッ!」
……ユノの嘆きも知ったことではない。
気にせず廊下を駆け抜ける。
背後から悲鳴のようなものが聞こえ出す。遅かれ早かれ彼らも襲われていただろうから、今は気にしないでおく。
そうしてユズリハは、遺跡を飛び出した後も、文句の止まらないユノを抱きかかえたまま、常濡れの森海の外に向かって一気に突き進んで行くのだった。
「クァウ……」
ツリーピオ登場シーンには、是非とも赤い壁紙に黒いシルエットを……ッ!
――冗談はさておいて、騎士達に多大な迷惑を掛けつつ、二人と一匹は街へ戻ります。
次回は、ユノたちが遺跡探索してる一方で、一緒に行動していたアレンとエーデルのお話の予定です。