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020:現在(いま)のひととき


「お?」


 仕事の予定もなく、仕事もする気がおきない日。

 アレンが特に意味も用事もなく、カイム・アウルーラの中央にあるリリサレナ広場へとやってくると、偶然珍しい姿を見かけた。


 かつてアレンが属していた職場の同僚の女性。

 組織内では比較的嫌われ者だったアレンに、普通に接してくれていた人物の一人だ。


「よぉ、シャンテ」


 アレンが声を掛けると、彼女はこちらを見て動きを止めた。

 たっぷり数秒固まった後で、ようやく合点がいったようにうなずく。


「……アレンか」

「思い出すまでが遅かったな」


 苦笑するアレンに、シャンテも苦笑を返した。


「服や格好のせいもあるのだろうが、ずいぶんと雰囲気が変わって見えたものだからな」

「猫かぶってたんだよ。職場だとな」

「あれでか?」

「あれでだ」


 不思議そうに聞き返してくるシャンテに、アレンは大真面目にうなずく。

 それに、シャンテは小さく吹き出した。


「大真面目が聞いて呆れるな」

「俺はいつでも大真面目なつもりなんだがな」


 アレンは肩を竦めてみせてから、普段は皮肉げな造作を楽しげに崩して、シャンテに訊ねる。


「今日はどうしたんだ? カイム・アウルーラに来るような仕事なんて、滅多にないだろう?」

「出自は言えないが、かなり完全に近い先史花導具(アルテ・フィオレ)が見つかってな。

 機能不全を起こしているので、可能なら修理して、完全な状態にしたい」


 確かに、そういう話であれば、この大陸ではカイム・アウルーラがもっとも頼りになるだろう。

 だが――友人の答えに、アレンは目を(すが)めて首を傾げた。


「それこそ分からないんだがな。お前の国(そっち)だって、先史文明(アルテ・ブレーメ)の研究はそこそこできてるんだろ?」

「結局、実力不足だったというだけさ」


 認める気はなさそうだがね――と、呆れた様子でシャンテが肩を竦めるのだから、アレンも腑に落ちた。


「なるほど。腐ってたのは元職場(ウチ)だけじゃ無いワケか」

「そういうコトだ。私が言っていたとは口にするなよ?」

「言わねぇよ」


 やれやれ――と笑いあってから、アレンはシャンテの肩を叩く。


「仕事はとっとと終わらせるに限るだろ。案内してやるよ。

 実力も信用も、一番の工房にさ」

「助かる。お前の紹介なら、なおさらだ」


 シャンテは仕事の都合で、修理依頼を出したすぐに帰らないといけないらしい。

 なので、アレンとやりとりできる時間もそう長くはない。


 それでも、道案内の僅かな時間。

 二人は近況の報告と思い出話に花を咲かせながら、フルール・ユニック工房を目指しガーベラストリートを歩いて行くのだった。


 

     ♪



 夜、孔雀の冠亭――


「なるほどな。アレンが連れてきた客の依頼にドハマりしてるのか」

「うん。なにせモノが先史花導具(アルテ・フィオレ)だからね。あの盛り上がり様を見るに、しばらくは聞く耳持たない時間が続くかな」


 無理矢理でも寝食を与えることは可能なのだが、今回の興奮は、その強引に寝食を与えられる状態を越えてしまっている。

 一度、興奮が一定レベルまで落ち着くまでは、テコでも動かないだろう。


「どのくらいは興奮止まらないんだ?」

「今までのパターンからして、今回はだいたい花一巡(十二時間)くらい?」

「丸半日か……すごいな」


 マスターが呆れ顔を浮かべていると、カルーアが厨房から料理を持って出てきた。


「コロゲ(どり)の唐揚げお待ちどうさま。ドラちゃんの分もあるからね」

「クァゥ」


 カウンターに設置されているイスの上に、専用のシートまで用意されるくらいには、ドラもだいぶ街に馴染んできている。

 一匹で買い物に行かせても、商店や屋台の店員たちが困らず対応してくれるし、こうやって専用シートを用意してくれてる飲食店も、孔雀の冠亭だけではないくらいだ。


「さてさて」


 それはともかく。

 ユズリハの意識は、ドラよりコロゲ鶏の唐揚げに向いている。


 今日はユノもいないので、山盛りの唐揚げを独り占めだ。もちろん、普段も一つの皿を頼んでいるわけではない。それぞれに好きな皿を頼んでいる。

 ただ、往々にして途中から互いの皿に残ってるモノを狙い合ってささやかなバトルが勃発するのである。


 そんなわけで、今日はユノもいないし、ドラの皿も別にあるしで、自由に食べれるのだ。

 ユノと一緒に騒ぎながら食べるのも大好きだが、たまにはこういう静かにがっつり食べるのも悪くない。


 皿に乗ったくし切りレモンを手に取って、力半分で唐揚げにかける。

 力一杯絞ってしまうと、厚皮の苦みや雑味が果汁に加わってしまうのだ。


 ちなみに、ユノはレモンを掛けない派なので、一緒に食べる時は敢えて掛けていない。


「ほら、ユズ。麦酒(ビア)ジョッキのおかわりだ」

「ありがとー」


 待ってましたとジョッキをつかむ。

 フォークで刺した唐揚げを口へ放り込み、ハフハフと熱を逃がしながら鶏を味わいながら、麦酒(ビア)を呷る。


 しっかりと味の付いた肉と、そこからあふれ出るうま味の油。それらをさっぱりと調和させるレモン。

 そして、口に残った後味と熱を冷えた麦酒(ビア)が冷ましていく。

 麦の甘みと、ホップの苦み。しゅわしゅわと弾ける泡とともに、唐揚げの熱さとは違うアルコールの熱を喉に感じさせながらも、余韻をあまり残さず奥へと流れていく。


「ふー」


 恍惚と息を吐きながらも、ユズリハのフォークは二個目の唐揚げに迫っている。 


「ユズちゃんはほんと、美味しそうに食べるわねぇ」

「美味しいものを思う存分食べられるっていうのは、幸せな特権の一つと思ってるからね。楽しまないと」


 答えてから、唐揚げを口に含み、さらにジョッキを傾けてゴクゴクと喉を鳴らす。

 その時――マスターの背後にある柱に掛けられていたカンテラが目に入った。


 ジョッキをおいて、そのカンテラを見遣る。


「どうした、ユズ?」

「ん? いや、時々ユノが嬉しそうに見てるあのカンテラ……今回、依頼で預けられた奴に似てるなぁ……って」

「へー……これとねぇ」


 マスターが柱のカンテラ――先史花導具(アルテ・フィオレ)である赤バラのカンテラ――を軽く撫でた。


「うちのじーさんが大事にしてたって話なんだよな、これ」


 元々は、中央に鎮座している不枯れの精花(アルテルール)の赤バラに、明かりが灯ることはなかったらしい。

 だが、その明かりの灯らないカンテラを見たフルール・ユニック工房の先代が、少し見せて欲しいと言い、ユノと二人で修理したそうである。


「じーさんもじーさんから託されたって話をしてたしよ。このカンテラは、昔からこの辺りで暮らしてる我が家に伝わる家宝みたいなもんかもしれねぇんだよな」

「詳しいコトは知らないの?」

「知らねぇな。ただ代々大事にしてきたモンだから、俺も大事にする。それだけだ。

 だが、それだけのコトだからこそ、大事なんだよな。だろ?」


 唐揚げを口に放り込みながら話を聞いてると、マスターが最後に話を振ってきた。

 ユズリハは麦酒(ビア)で唐揚げを喉へと流し込みながらうなずく。


「そうだねぇ……ユノもそこの柱に掛けられて灯ってるカンテラの姿を見るのが好きみたいだし」

「そう言えばユノちゃんが言ってたわね。

 『その子は、このお店のその柱で仕事をしているのが一番好きみたい』って」


 ユノはいつも花導品(フィーロ)を「その子」「あの子」などと、まるで子供でも示すような呼び方をする。

 そのことを思い出したマスターが、ふと思うことがあった。


「二代目は、花導品(フィーロ)の声とか聞こえてるのかね」

「文字通りの声ではないかもしれないけど、作り手とか使い手の思いみたいなのが宿ってるのは何となく分かるって言ってたよ。

 そういう思いが強い花導品(フィーロ)は、遊びに来る精霊も楽しそうだって」


 残った麦酒(ビア)を一気に呷ってから口にするユズリハの言葉を反芻するように、マスターとカルーアがカンテラを見た。


「だとしたら、あのカンテラはわたしたちの一族をずっと見守っててくれてるのかしら?」

「案外、そうかもしれねぇな」


 そう思うと、マスターとカルーアは、少しだけユノがどういう目で花導品(フィーロ)を見ているのかが分かった気がした。


「そういう風に思ってくれるのなら、たぶんユノも、メンテナンスし甲斐があるんじゃないかな」


 唐揚げの最後の一つを口に入れながら、ユズリハがそう告げると、マスターとカルーアも笑って見せた。


 その時だ――


「お?」

「地震ね」

「最近、多くてイヤになるね」


 嘆息しながら、ユズリハはイスから降りて、お金をカウンターへと置いた。


「戻るのか?」

「うん、ユノの様子を見にね。

 ドラちゃんは、ゆっくり食べ終てていいから」

「クァゥ」


 そうして、ユズリハは孔雀の冠亭を後にした。




「ただいまー」


 そう言って工房に入ったところで、返事はあまり期待していない。

 ユノのことだから、地震すら気づかずに作業している可能性もある。


 階段を下りて、地下の作業場のドアを開く。


「あれ?」


 そこの作業机にユノの姿がない。

 とはいえ、作業机の上には作業途中の黒バラのカンテラが置いてある。こんな中途半端な状態でユノが放置するのはあり得ない。


 だとしたら――


「…………」


 少しだけ警戒心を高めて、入ってきたドアとは別にあるもう一つのドアを開ける。

 そこから伸びる廊下と、そこにあるいくつか部屋の中には、人の気配は一つしかなかった。


 ユズリハは無言のまま廊下を歩き、人の気配のする部屋のドアノブに手を掛ける。


 そして――


「…………」

「…………」


 出来る限り音を立てないように開けて中に入れば、いつぞやのように触手に絡みつかれて、宙に浮いているユノがいた。


「ユノさぁ、そんなにアーティスさんのモチーフになれて嬉しいの?」

「むしろ、あの絵の数々は今すぐにでも焼却処分して欲しいわね」


 触手に絡みつかれて変な格好になっているのに、気にせず真顔で告げるユノを見て、ユズリハは息を吐いた。


 あれ以来、アーティスは『魔物と美女』というモチーフで、様々な絵を描いているらしい。

 魔物と称された、魔獣や動物のおどろおどろしさと美しい女の対比や、その美しい女が今まさに(けが)されようとしている様の背徳感と淫靡(いんび)さのようなものが、評論家たちにウケているそうである。


 ついで、その手の好事家のツボも刺激してるそうで、数多の依頼にてんてこ舞いだそうだ。


 そんな彼の人気に火を付けた逸品が『オクトローパーと少女』。

 ユノをモデルに描かれた少女が、オクトローパーに巻き付かれ、今まさに食べられそうになっているところの絵であった。

 どういうところから、その着想を得たのかは、敢えて語るまい。


 モデルがユノだとは知られていないようだが、数人いる絵の中で被害遭う女性の中では、一番の人気になっている――らしい。


 ちなみに最新作は『散り際の麗騎士(れいきし)』という絵だ。

 ボロボロの女騎士が魔狼デル・ヴォルフに組み伏せられ、今まさに喉を噛みつかれそうな絵である。


「アーティスさんって、絵描きとして進化はしてるんだろうけど、歩んでる道はどうかしてる気がするよね。嫌いじゃないけど」

「そうね。あたしがモデルになってる絵があるっていうコトを除けば、別に好きにしたらいんじゃないかしらって思うわ」

「…………」

「…………」


 会話が途切れて、ユノが視線で何かを訴えてくる。


「ところでさ、ユノ」

「なにかしら」

「世の中、怖いのは魔物だけじゃないよね」

「……何の話よ?」


 わきわきと両手を動かしながら、ユズリハはそれはもう楽しそうな笑顔を浮かべた。


「今のユノは動けない。つまり、私がセクハラし放題」

「まてこら」

「楽しませてもうからねぇー♪」

「まちなさいッ、こらッ! 近づくなッ! 触るなッ! やめろォーッ!!」

「よいではないかー、よいではないかー」


 実際セクハラはしなかったものの、ユズリハは誰もいないのを良いことに、自分が満足いくまで動けないユノをからかって遊ぶのだった。


 この後、数日の間ユノが口を利いてくれなくなるなんてこと、想像もしないまま――



 少し短めな気がしますが、キリが良いのでここまでに。


 昨晩は更新できず申し訳ないです。



 次回から、ちょっと長めな事件シナリオをスタートしようかな、と思ってます。冒険(?)とアクションの風味がやや多めになるかもしれません。

 シャンテの詳しい描写は、そちらのお話の時にでも。


 そんなカンジで、引き続きおつきあい頂けたら幸いです。

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