24話 お父さん、お父さん! 魔王の囁きが聞こえないの?
とてつもなく広い空間だった。
そこはもはや部屋というには広過ぎる。
部屋というよりは大型ショッピングモールの仕切りを全て取っ払ったかのような、そんな広さ。
無機質なのだが生命力を感じる、魔物をモチーフとしたオブジェの数々が所々に並んでいる。
全体としては仄暗く、軽く靄のかかった「如何にも」な不気味な空間だ。
「……本当に一瞬だな」
「ひゃぁ……なんかオバケ出そう」
「ものすごく広いんだな」
アリス、ナツキ、ヤマトの3人は魔王の側近の宿屋の女将に見送られ、魔王城の魔王の間まで一瞬でワープしてきた。
後ろには本来の入り口であろう、見上げる程の大扉があった。
「でも魔王なんていないね」
「すこし奥へ進んでみるか」
「おーい! 魔王やーい!」
「ねえ! やめなよアリス!」
ワープしてきたはいいものの、魔王らしき者は見当たらない。アリスは痺れを切らし大声で魔王を呼んでいる。
「ちっ、返事がねえな。まさか俺に恐れをなしたか……?」
「「そんな訳ないだろ」」
そんな茶番を繰り広げながら奥へ進む3人。
「なんじゃ、お主らは」
ある程度、奥へ進むとその声は聞こえた。
まるで心臓を打ち付けるかのような……
脳内に直接語りかけて来たのかと錯覚する程に、全身に響く重低音。
3人は一瞬でそれが魔王の声だと認識した。
「客人か、久しいな」
さらに奥へ進むと、それはいた。
魔物かと見紛う程に人間離れに筋骨隆々とした大男。
銀白色のその髪は逆立っており、怒髪天という表現が正に相応しい。
一方で瞳の色は左右で違う、オッドアイだ。片方は薄紫色、もう一方は瑠璃色をしている。
妖しく光る魔石を散りばめた、重厚な漆黒の鎧を身につけている。
一目でわかった、こいつが魔王だ。
「お前が魔王だな」
「左様、吾輩が魔王、ナーガじゃ」
ヤマトの問いに魔王こと、ナーガが応える。
「ナーガ?」
ナツキは何か疑問に思ったようだ。
「ナーガとはインドの神話の邪神の事だな」
「だよね。でも、蛇に見えないけど……」
確かにナーガという名前ほど、蛇の要素は特にない。
「下らん話しをするでない。吾輩に何用じゃ?」
「俺はお前を倒す者だ」
「ちょ、アリス!?」
アリスがいきなり大口を叩く。
その言葉にナーガは微笑を浮かべる。
「ほう、お主がか。しかしまあ面白い事を言うのぉ。
お主とそこの坊主に至っては魔孔すら開いておらぬではないか」
ナーガはアリスとヤマトを指差した。
その二つの眼のうち、瑠璃色の方の瞳が光っている。
「うむ、小娘は魔力レベル83か。お主は勇者か何かかの?」
続いてその瞳はナツキを捉えていた。
「い、いいえ、そういう訳では……」
「ほう! 一般人の娘が魔力レベル83とはの! 大したもんじゃ! 」
実際に勇者ではないナツキはもちろん否定した。
ナーガはなにがそんなに凄いのか、すこし興奮した様子だ。
「ま、吾輩の魔力レベルは53万じゃがの」
「いやそれ、魔王ってより宇宙の帝王じゃね?」
どうやらナーガ曰く、そんなナツキですら魔王とは桁違いだったようだ。
「じゃああの宿屋の女将はド◯リアさんかザー◯ンさんって事か」
「おい!?」
「いや宿屋の女将だからなヤドリアさんだろ」
「いや上手くないから!?」
アリスとヤマトはナーガの言葉もお構い無しに茶番を続ける。
ナツキのツッコミは今日も冴えていた。
「さてと、そろそろ御託はいいか? 魔王さんよお!
俺が最強と証明する為の踏み台になってくれや」
「お主、口だけは一丁前じゃのう。まあ、魔王は誰の挑戦も受ける事こそが役目じゃ、相手をしてやろう」
((ついに始まるのかチート能力VS魔王の頂上決戦……!))
ナツキとヤマトはまるで人ごとのようにワクワクしていた。
「ふん、これからそのでかい口をへし折ってやるよ! 行け! ナツキ、君に決めた!」
アリスはナツキの横に立ち、帽子のツバを後ろに向ける動作をし(被ってないが)、ナーガに向かい指を突きつけた。
「……ぷぇ?」
ナツキは余りの展開に変な声が出た。
「いや、だからお前が行けって。俺の奴隷1号君」
「誰が奴隷1号君だ! そこはちゃんだろ!」
「そこは気にする所なのか?」
変な所を言い争うナツキとアリス。ヤマトは既に傍観を決めている。
「てめえ俺に金借りてんだろ」
「 か、返したじゃん、ちゃんと!」
「利息もきちんと払えや、姉ちゃん」
「え!? 利息付くの? 因みにおいくら……?」
「もちろん、トイチよ」
「闇金かよ!!」
「闇金とは人聞きの悪い、10時間で1枚の略な」
「割じゃないんだ!? しかもそれ金貨1枚ならものすごい利率だから!」
こうした口論の結果、渋々ナツキが闘う事となった。
なんで私なんだよぉ〜!
自分が闘いたいって言ってたくせに! ああもぉ!
でも、私も自分の力を試したいんだよね……。
「決まったかの? 結局は小娘が相手か。お主が1番強いじゃろうしな」
「え! 私が1番強いの? やった!」
「魔力レベルに関しては、の。じゃが、体術がてんで駄目なら話にはならんよ」
その言葉を聞いたナツキの表情が変わった。
「ふぅん、だったら後悔するかもね。私が得意なのは体術の方だから」
『百獣の巫女』発動。モード、ユキヒョウ&ゴリラ。
ナツキが現在できる最強のコンビネーションである。
「うらああああ!!!」
先手必勝。ナツキは変身した途端、一気にナーガとの距離を詰め豪快なラッシュを打つ。
「ほう……! やるではないか! じゃが……」
しかしナーガはナツキのラッシュをいとも簡単に捌いた。
「ちっ! だったらこれはどう!?」
ナツキはナーガを蹴りで突き放した。
「空切斬!」
突き放されよろめくナーガに無数の空刃が襲いかかる。
砂埃を巻き上げ、余った空刃は辺りのオブジェをも破壊した。
次第に砂埃は薄れていき消えた。
「ふむ、詠唱破棄とはの。そこいらの勇者より余程強いぞ、お主」
が、ナーガ自身には傷一つ付いていなかった。
「しかし吾輩に傷を付けるにはちっとばかし、威力が足らんかのぉ」
カッカッカとナーガは高笑いした。
「おーいナツキー、さっさと本気だせよー」
「あっしら、姐さんの本気がまだまだこんなもんじゃねえって事ぁわかってますぜぃ!」
野次馬野郎共2人はうるさかった。特にヤマトは何がしたいのかわからない。
「あーもう! うっさい!」
ナツキは野次馬に一喝入れ、ズカズカとナーガに近づいた。
「な、なんじゃお主……」
「2分間待ってて!!」
ナツキはそれだけ言い残すと、魔王の間の本来の入り口の大扉から出て行った。
「「「……」」」
アリス、ヤマト、そしてナーガはまるで嵐の様に去るナツキを見届けるしかなかった。
ーーー2分後。
バァァァァーーン!!!
大扉が勢いよく開かれる。
そこには変身が解除されたナツキの姿があった。
「さぁ、第2ラウンド開始だよ!!」




