始まり1
「あ・・・・・」
幼子が飛び立った小鳥達を少し残念そうな顔で
見上げた。
烏の濡れ羽色とも言われる漆黒の髪、
夜を切り取ったというよりもまだ深い黒曜石の瞳
を持った、赤ん坊を1、2年前に
卒業したばかりの様な
小さな小さな子どもだった。
「迎えに来ましたよ」
優しい声に幼児は振り返って、驚いたように
少し瞳を見開いた。
「プレーチェ<祈り>貴方のご養父、
シルホード大公、
ルナーレ・テッラ<月の大地>様が、
ご病気です。」
中庭の一番高い木の頂上に、太陽が
近づきつつあるその時、
チェーロ<空>は、朝からバタバタしている
侍女達を黙ってみていた。
もう少ししたら、王宮に居る病気の
シルホード大公の所に発たなければ
ならない事が、チェーロ<空>には、おっくうで
仕方が無かった。
「お見舞いの品はどう致しましょう?」
侍女長の声に、
「・・・・任せるよ・・・。」
ポソンと言葉を返す。
ああ・・・・・中庭は綺麗だな・・・
現実逃避気味の気持ちで
自分の館とされているヒデルホ離宮の
幾何学模様になっている木々と噴水の庭を
ぼんやりと見ていた。
「・・・ねえ・・・にいちゃに、・・・
いや・・・お従兄様<おにいさま>に
チェーロ<空>は、やっぱり
具合が優れないので参れませんって
言って来てもらえないかな?」
チェーロは、椅子の上で行儀が悪く、
両足を開けて座り、
さらに、足の間に両手を付いて、
ピンクのドレスのスカートを、押さえつけていた。
侍女長を、強請るように上目遣いで見ている
チェーロのその髪は、
頭頂の周りを結った小さな三つ編みが
中途半端に解かれ、
足元には、髪を留めていた小さなすみれ色の花飾りが
散らばっていた。
「チェーロ<空>様、・・・姫様、
我侭を仰らないで下さい。・・・・
王宮では、弟王子のアルト様が待って
おられますよ?
それに、もう直ぐ
ノッテ・ディーオ<夜・主>様が
馬車でお迎えに来られますよ。」
ああ・・・またやり直し・・・ですね・・
侍女長がそう言って、花飾りを拾い集めるの様子に
少し済まなそうな顔をして、チェーロは、言う。
「・・・ごめんね・・でも、でも、本当に具合が
悪いの・・気分悪いし、頭痛いし、
お腹も痛い・・ような気がする・・
お腹と背中がくっついちゃいそうなの・・。」
チェーロの言葉を聞いて、侍女長が無言で出した
干し杏の砂糖漬けのお菓子に
一瞬チェーロは、瞳を送るが、
無言で首を横に振ると、
両膝を椅子の上に立てて、その間に
顔を埋めてしまった。
嫌なの・・どうしても・・・
どうしても、ルナーレ大公の所には
行きたくないの・・・。
チェーロは、何故かそれを考えるだけで
体中の熱を奪われる恐怖を感じていた。