閑話2 少年は穏やかな楽しみを追い、死神は荒れ狂う楽しみを追う
「ああ、あれは本屋さんですね」
シュヴァルトが指をさす。
俐斗が必要とする生活用品を買ってもらった後も、二人による町案内は続いていた。
「シュタルクは本が好きなのかい?」
「ああ。自分の知らなかった世界を新たに知ることができるからな」
俐斗は、そこに本があるから読む、という理念は、本が好きな事とは何か違う気がしていた。しかし、それを説明するのは、面倒だからやめておこうと思った。
「シュタルクさんは勉強家なんですね」
ふと俐斗は気がついた。ロレンスが消えている。実はこれで三回目だった。フラッと消える度にシュヴァルトが探していた。
「あの人は……、またですか。この数時間でもう三回目ですよ? ここらに武器屋がありますから、多分そこにいるのでしょう。貴方は本屋で待っていてください」
「了解した」
――コイツも、いろいろ苦労してるんだろうな。
本屋には、小さなスペースに重厚感のある本から小型の本まで、様々な本が所狭しと並んでいた。俐斗の目には、「ルリユールやってます」と書かれた文字が飛び込んできた。
「ルリユールか……。」
ルリユールとは、ヨーロッパ発祥の伝統技術で本の装丁や修理、表紙を作り直したりすること言う。俐斗が住んでいた世界では、その技術はほとんど失われ、図書館の職員が本の修理をできる程度になってしまっていた。この世界ではその技術が健在であることに、俐斗は喜びつつ驚いていた。
――知識にはあったが、まさかこんなところでお目にかかることができるとは。
俐斗は、自分好みに装丁された本がたくさん並んでいる本棚を想像した。
――なんて、素晴らしいんだ。
俐斗はほうっと、ため息をついた。
「どうされましたか?」
俐斗は声を掛けられて、ハッと我に返った。茶色く、ふわふわの髪をした店員は、性別は違えど、どことなく珀の雰囲気に似ているな、等と考えながら、店員に話かけた。
「ここ、ルリユールやっているんだな。珍しい。」
「そうですか? この辺りの本屋では、どこもやっていると思うのですが」
「ああ、そうなのか」
――しまった。よそ者だと感づかれたら面倒くさいことになる。
「装丁してほしい本があれば、何なりとお申し付けください。ここでお買い上げいただいた本なら、無料で装丁しています」
最後に素晴らしい営業スマイルを見せて、店員は、店の奥へと去って行った。
「やっぱり、ここにいましたね」
シュヴァルトは、予想していた店のドアを開けるなり、目に入ってきた人物に呆れるほかなかった。
「ああ、シュヴァルト。いやあ、そろそろここの武器屋が新しい武器を作って販売する頃だと思ったら、居てもたってもいられなくなってね。気付いたらここにいたよ」
「気付いたら貴方が消えていました。本屋でシュタルクさんが待っています。早く行きましょう」
ほぼ同じような、この会話の流れももう三回目だ。
「あ、お嬢さん可愛いからお釣りはいらないよ」
「……そうですか。毎度、ありがとうございました」
お嬢さんと呼ばれた店員は、「可愛い」と言われたことは華麗にスルーし、無機質な声色で言った。その声は、接客業にはやや不向きであるようにシュヴァルトは感じていた。
――この人は、なに新しい武器を買っているんだ? というか、お釣りもらわない理由が笑うに笑えない。それでもこの人は、死天王のトップであり、私の命の恩人なのだ。私から何かを言う権利は無い。
それにしても、このザマは無いだろう、とシュヴァルトは思った。
「頭が痛くなってきました」
シュヴァルトは、頭を押さえた。
「大丈夫? きちんと体調管理をしなきゃダメだよ?」
「貴方のせいですからね」
「ロレンスを回収してきました」
――え? シュタルクが、見たこともない表情をして、本棚を眺めている。まるで、ワンコの前に餌をやった時のような。こんな顔するんだ。
「お~い、シュタルク。僕、ちゃんと帰ってきたよ~」
――ここ店だから帰るって言わないし、半ば私に連行されてきた癖に、よくそんなことが言えるものだ。
「本がたくさん……。ルリユールで綺麗な本がたくさん……」
「本、買ってあげようか。ルリユールで装丁もしたいの?」
「ああ、ロレンス無事だったんだな」
俐斗は、ようやく気がついた。表情も、いつもの無表情になった。まるで、仮面をかぶっているかのように、動かない表情。
「いや、本は自分でお金を稼げるようになってから、自分の金で買う」
俐斗はきっぱりと断った。
「え~、いいの?」
「ああ」
ロレンスもういい大人なんだし、もう少しおとなしくなってくれないものだろうか、とシュヴァルトは思った。