穏やかな時間は刹那に呑まれ、町は混沌に呑まれる
前回の話、少し付け加えました。そちらを読んアでからこの話を読むことを全力でお勧めします。(番外編ではなく、本編の方です)
「ごめんくださーい」
一行が入った店は、町の一角の小さなお店。レンガ造りで、見た目はとてもお洒落なお店だ。
「四名様ですか?」
「はい」
リヒトの思惑通り、人は少なく、座る席はすぐに確保できそうだった。
「ここのお店は、パンが美味しいらしいですよ」
「流石、データベースだな」
「お褒め頂き光栄です、シュタルクさん」
「こちらの席へどうぞ。ああ、騎士団の方たちなんですね。どうぞ、ごゆっくり」
奇麗な金髪のお姉さんはそう言って、店の奥へ消えていった。
「やっぱ、肉だよな、肉」
「予算以内でお願いしますね。一人ずつの予算は決められてありますから」
開いたメニューは、俐斗と由良にとって知らない名前の料理名で埋め尽くされていた。――っていうか、なんで俺、見たこともない知らない字を読めているんだ? そう言えば、今までだって。聞こえてくる言葉と、口の動きはずれていた。自分に、翻訳機能でも付いているんだろうか?
次にアラフィスタに会うことになったら、そこらへんも問い詰めてみよう、と俐斗は決めた。
「シュタルクさんとフォールさんは、注文決まりました?」
「ああ、いえ……。料理名だけ見てもどういうものかわからなくて」
俐斗が思っていたことを由良が代弁した。
「言われてみればそうですね。気付けずにすみません。実物がどういうものか見せることが大事、というのは商売の基本ですね。気付けなかった自分が情けなくて仕方ありません」「シュタルクさんは、好き嫌いとか無いんですか?」
「はい、ありませんよ」
「そうなんですか。すごいです。僕はいまだにニンジンとピーマンを食べられないんです」
えへへ、と笑うフィニラム。
――俺は、ほめられるようなことは何もない。なんてったって、嘘だから。そう、俺は、また嘘をついてしまった。自分を良く見せるための、しょうもない嘘だ。反省もしているし、後悔もしている。いつかは、どうにかしなければ、と思っている。
しかし俐斗は、その「いつか」がいつ来るかは分からない。
「じゃあね、僕のおすすめは……」
刹那、俐斗は自分の背中が凍りついたかのように、ゾワリ、とした。嫌な予感がした。外から聞こえてくる悲鳴。子供が親を呼ぶ叫ぶ声と、その親の泣き叫ぶ声。
「チッ、呑気に昼飯食ってる場合じゃ無くなったな。仕事だ、いくぞ!」
「気を付けてください。ここらによく出現する青毛のファングは、赤毛のファング並みの早さ……いや、それ以上の素早さの上に、攻撃力が高いです」
「バーカ、お前も行くんだよ」
「データベースは戦えません!」
「まず無いだろうが、いざって時の回復役だ。お前は魔法が強いんだろ!」
「でも……」
「迷ってる場合か!」
いきなりの事に、フィニラムはオロオロしているし、二人は口げんか。そんなことをしている場合ではないって言うのに。俐斗と由良は、ドアを強く開けてレストランから出た。
「俺が一人で戦う。花乃木は後ろから魔法で援護を頼む!」
「分かりました!」
「あ、おい! ああもう、うだうだ言ってねえで、行くぞ! ほら、お前もだ!」
「ふ、ふええ!?」
フィニラムの目には、涙が浮かんでいた。
「新人二人に先越されてたまるか。俺は、魔物に復讐するんだ!」
町は、先ほどまでの穏やかな空気はどこへやら、混沌のさなかだった。逃げ惑う人々の中から俐斗は魔物の姿を探していた。
「元島君、危ないっ!」
由良の叫び声に驚き後ろを見ると、迫りくる青い影……。
――ああ、俺はここで死ぬのか……。
俐斗は覚悟して、目を瞑り、剣を喚ぶことは諦めた。
「ガシュッ!」
「おら、ぼーっとしてんなよ。ここは戦場だ。気を抜くな。俺がいなかったら、お前死んでたぞ」
「……まさか、お前に助けられるとは思わなかった」
「俺を何だと思ってんだよ、お前は。ほら、さっさと倒すぞ」
――この前より格段に少ないが、格段に強い。あの、人事部長は、俺らを殺す気か。
何か、遠距離攻撃ができれば……、と由良は考えていた。
「クロウディアさん、何か遠距離攻撃できる魔法ってないですか?」
「ありますが、高度なものばかりです。私でも操れるかどうか……。それ以前に、魔力が足りないです」
「あるなら、呪文を教えてください!」
クロウディアは、困ったような顔をした。
「分かりました、教えましょう」
クロウディアさんは、羽ペンと羊皮紙を取り出し、呪文を書いて渡した。
「ありがとうございます。これで、なんとかなりそうです」
――この国の人でも魔力が足りない魔法。操れない魔法。それが、私に使えるだろうか。使えるチャンスは、一回と考えた方が良い。ならば、三匹が集まった瞬間が狙い目。そして、元島君と、ギルベルトさんと、アンドレアさんが、敵から離れた瞬間。それは、すなわち今!
「ツァウバー・シュテルプリヒ・フルヒト!」
全身に力を込め、力の限り叫んだ。