話すか話さないか、それが問題だ
「私たちは、バドヴァール騎士団の者です。よく、ここの馬車をよく利用しています。ですので、五十パーセントほど、値引きしていただけませんか」
すでに商人モードのリヒトは、馬車を貸し出している人との交渉を計らった。
――しかし、いくらなんでも半額はできないだろう。ああ、これはあれか? 初めに予定よりも大き目の数字を出して、交渉によって最終的に、自分の思っている金額に持っていくという手口か?
「アイツ、よくもああぬけぬけと嘘が出てくるな」
ギルベルトは半ば、呆れたように言った。
「嘘?」
「ああ。確かにバドヴァール騎士団の奴らはここの馬車を借りて移動するが、アイツはここの馬車を借りたことなんざ一回もねえ」
リヒトだけは、敵に回したらいけない、と俐斗は、本能で感じた。
「いや、あの話に嘘はありませんよ」
由良はリヒトの会話について、しばらく考えていたが、確信し、口を開いた。
「どういうとことだよ、フォール」
「バドヴァール騎士団というのは、私達も含まれますが、私達だけではありません。良く利用している、という言葉が、「バドヴァール騎士団の者」ではなく、「バドヴァール騎士団」にかかっていたのであれば、嘘にならないと思います」
由良は、淡々と説明した。
「セコイな。つうか、それが分かるお前もお前だよな」
「なんたって、クロウディアの実家は、大商人なんだよ。僕の家にも、クロウディアのお父さんが良く来るのを見かけたなあ」
「ほんっと、このグループはボンボンが多いよな。ありえねーよ、普通。五人いるうち二人もいるってよ、このご時世で」
――ギルベルトは、何か家で苦労してきたのだろうか。こういう話になると、機嫌の悪さがさらに増しているような気がする。
「お前らもまさかボンボンだったりしないよな?」
俐斗と由良は、突然花氏を振られ、驚いた。
「いや、まさか。普通の家だ」
「そうですよ」
まあ、多分この世界での標準と、あの世界の日本での標準は全く違うとは思うが、というのが二人の本音だったが。
――それにしても、なんで貴族様と、大商人の息子がわざわざ、騎士団にいるのだろうか。そういう高い身分の人は、戦わなくてもいいんじゃないか? と、言うよりは、戦わない方が自然な気もする。聞いてみるか? いや、でもこの世界での常識だったら、怪しまれるか? そうだとしたら、聞くに聞けないじゃないか。
「おい、新人その一、行くぞ。ぼーっとしてんなよ」
リヒトの交渉が終わり、俐斗以外の四人は、移動を始めていた。
「やっぱり凄いね、クロウディアは。三十パーセント引きだよ」
「狙い通りの値段に落ち着いて良かったです」
「クロウディア。やはり恐ろしい人……」
由良は、ボソリと呟いた。
カタコト揺れる馬車の中。俐斗は、乗り物酔いには強い方な為、この揺れぐらいなら平気だ。しかし。
――座るところが木でできているからなあ。幾分、尻が痛くて仕方ない。
「シュタルクさん、どうしました?」
「いや、何でもない」
俐斗と同じく転移させられた由良もまた、同じこと思っていた。
――言えない。言える訳ない。だってこれが、この世界では普通なのだから。
「お二人とも、乗り物酔いをしやすいのですか?」
違う、全く違う。これは、そういうことじゃない、と、二人は心の中で全否定した。
「ああ、もしかして……」
何かを思いついたように、リヒトは、杖を取りだした。俗に言う、魔法の杖と言うやつだ。
「ホーカス・ポーカス・マッヒェン」
クロウディアがハンカチを前にそう言うと、クッションができた。
「すごい、魔法の力って、すごいですね! こんなこともできるんですね!」
由良の言動に、クロウディアは不思議そうな顔をした。由良はそれに気付き、しまった、と口を閉じる。ついでに、俐斗からの忠告も受ける。
「おい、それは、あくまで俺達の感覚だ。この世界で魔法は普通なようだからな」
「そ、そうですね、すみません」
コソコソする二人に、クロウディアはさらなる不信感を募らせた。
「とりあえず、どうぞ。長時間座るには、この材質は向いてませんからね」
「ありがたく、受け取る」
「あ、ありがとうございます」
二人は、それぞれお礼を言って、それを受け取った。
「ところで、お二人は、どこの国で生まれたんです?」
「は?」
「へ?」
――やはり、さっきの行動で感づかれたか。
俐斗は、由良を斗ら俐斗をちらりと見やった。由良は、居心地悪そうに身を縮めた。
「え、えっと……」
「前から、不思議だったんです。何故、シュタルクさんは死神と、しかも四天王のうちの一人と一緒に住んでいたのか。それに、フォールさんは、先ほど魔法を見せたらとても目を輝かせていました。今の魔法は普段良く使う、生活魔法ですよ。貴方も良く使うでしょう」
――怖い、怖いよ、クロウディアさん。ま、まあ、この状況を作ってしまった原因は大かた私にあるんだけどね。ああ、本当私、無能過ぎて泣けてくる。
由良は、とにかくどうにかしなければ、と、口を開いた。
「……、確かに、私はここの生まれではありません。ちょっと訳ありで、町をうろついていたら、死神に拾われたんです」
――コイツ、ますます状況を悪くしてどうすんだよ。っていうか、コイツも死神に拾われたのか。
俐斗は、由良を一睨みした。由良は、目に涙を浮かべた。
――いやああ、私の馬鹿ああ!
実際に、馬鹿などと罵りたいのは俺だ、と言いたい俐斗だった。
「納得いきません。この世界に魔法を見たことがない人なんて、存在するわけがないんですよ?」
「……わ、私、この世界で生まれた訳じゃないんです。気付いたら、この世界にいました」
「なっ、おまえ、火に油注いでどうすんだよ!?」
リヒト目が大きく開けれ、強い光を放つ。三人が乗る馬車には、重い沈黙の時間が続いた。
「……どういうことですか?」
――どうすんだよ。もうすでに冗談だとはごまかせないほどの時間は過ぎてしまったし、そもそもこの空気が許してくれないだろう。
もう、正直に話すしか道は残されていないのか。もう少し、冷静になって考えてみようか。
二人が、そう思った瞬間だった。
「ヒヒーン」
馬のいななきと、御者の叫び声が響き、馬車の車輪が嫌な音を大きく立て、馬車は急停止した。
「な、なんだ」
「全く、タイミングが悪いですね」
俐斗は、心底救われた気分でいた。馬車が停まった原因が分かるその時までは。