もう、戻らない。
「もう、会いたくない」
私が彼にそう言ったら、彼はイミフなことを言い出した。
「会いたくないなら会った方がいいよ」
「会っても楽しくないから」
私が彼にそう言ったら、彼はさらに言い続ける。
「会ってみれば楽しくなるかも知れないよ」
いやいや、会いたくないし、楽しくもないと言ってるのに。
どうすれば、そんな解釈が出来るのか。
「会いたくない時ほど会わないとだめだよ」と変なことを言い出す。
会いたかったのは、もうずっと前の話。
楽しかったのも、もうずっと前の話。
きっと、彼の中では、楽しい頃のままで記憶が止まっているのだろう。
「あの日の君の顔がとても可愛かった」
「あの時の君の言葉を信じてるから」
彼はそう言うけど、人の気持ちは移り行くもの。
私の気持ちはもうずっと前に冷めてしまっていた。
原因は、彼の異様な束縛。
全く関係のない別の男性との仲を疑われた時から、私はウンザリし始めた。
けれど、彼は自分の非を認めない。
悪いのは、いつだって、周りの人間。
「俺の彼女にちょっかい出す奴は許さない」
って勝手に言われても、
誰も私にちょっかいなんて出してきていない。
今までに彼にも何度も言ってきた。
「私があなたを嫌になったのは、あなた自身に原因があるから」と。
それを認めたくない彼は、相変わらず周りの誰かを悪者にする。
私にも当然、非はある。
彼に言われるまま、ずるずると関係を続けてきたのは、私だから。
頭の中で、もういい加減やめよう、と思いながらも
自分の意思の弱さに自分でウンザリするぐらい、私は弱かった。
私はきっと、寂しい心の隙間を埋めるために彼を利用していただけ。
多分、隙間を埋めるだけなら、彼じゃなくても、人じゃなくてもいいんだと、
気付いたから、私はもう振り返らない。
数年ぶりに髪を切った。
ちゃんと、前を向くために。
弱い自分に戻らないように。
髪を切って、数日後。
彼が私の前に突然現れた。
私は、彼と目を合わさなかった。
髪を切った私を見たでしょう?
前を向いて歩いて行く姿を見たなら、引き止めないでほしい。
もう、何を言われても、私は戻らない。
もう、彼の声は私に届かない。
~もう、戻らない。(完)~