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ゾンビ ②



「まったく、夜々ちゃんも人が悪いんだから」

「…………はあ?」



 翌日。

 いつものように学校に来て、またいつものようにクラスの自分の席に着くと、鬱陶しいくらい花蓮が表情を緩ませて、くねくねとした気持ち悪い動きで私のもとまでやってきた。

 気持ち悪い。にやにやするなばか。そう言おうとした私を、花蓮の声が塞ぐ。



「彼氏くんができたんならそう言ってくれればよかったのに」

「………………は?」



 なぜそれを。

 どうして知っている。


 花蓮はによによとしたままで(いらいら)、私を見下ろす。



「……誰から」

翔子しょうこちゃん本人から聞きましてよ奥様」



 ああ、言いそうだ。聞かれたら、そのまま答えそう。口止め、してたわけでもないし。隠してたつもりでもないけれど。

 だから昨日、こいつすぐに帰ったのか。どこでどのように聞いたのかは知らないけど、とにかく、花蓮のにやにや笑いがむかついた。



「いやあ。でもさ、どういう経緯であんたが翔子ちゃんと付き合うことになったのかは知らないけど、よくそんな気になったね!」



 かたんと、花蓮が私の席の、前に座る。今日もその席の持ち主はいない。

 私は花蓮との会話もそのままに、カバンの中身を机に移し替える行為に集中した。今日も、影宮くんとのテスト勉強はある。今日教えるのは英語だ。



「あの子、いろいろな噂があるから。一年の間ではわりと敬遠されてるって話だよ」

「噂?」



 反応した私に、花蓮が嬉しそうに目を細めた。

 なんで私が反応を見せただけで、こいつはこんなにも喜ぶんだろう。花蓮なら話し相手ぐらい、いくらでもいるだろうに。性格悪いからか?



「あいつにはユーレイが視える、とか、そんな噂」



 それ、噂になってるんだ。

 事実であるとみんなが知ったら、どう思うのかな。









「すいません、先輩。今日は、図書室勉強なしでいいですか」



 影宮くんのクラスまで行くと、影宮くんは無表情で、しかしどことなく困ったように、私に頭を下げた。

 自分でお願いしといてあれですけど、と言う影宮くんに、別にいいけど、と私。



「どうしたの。何か用事?」

「気になる噂を、耳にしたんで」

「噂?」



 また噂か。

 と思いつつ、私と影宮くんは、廊下の端まで移動する。先まで教室の出入り口で立ち話だったから、さぞ迷惑だったことだろう。



「それって、どんな噂?」

「学校の裏にある山の廃墟に、亡霊が潜んでるってやつです。知ってます?」

「……それ、気になるの?」



 私が入学したときからあった、古い都市伝説だぞ。



「気になるっていうか。放っておくわけにはいかないんで」

「…………」



 いつだったかに、影宮くんが言ったセリフを思いだす。

 俺の役目らしいですから。

 と、言ったんだったか。私の質問にたいして。


 それがどういう意味で、どういった心境で言ったのか私にはわからない。もしかしたら家がそういうところなのかもしれない。陰陽師とか、そういう。

 私は影宮くんのことを何も知らない。誕生日とか身長とか、そういう些細なことは知っているのに。


 どうして私を助けてくれるのかとか、どうして霊に詳しいのかとか、どうしてそういうのを祓えるのかとか。そういうことは、何も知らないのだ。

 影宮くんが、知られたくなさそうだから。



「そう」



 と、私は言った。


 きっと影宮くんは、問いつめたりとかすれば、すぐに吐いてくれるだろうとは思う。何せ、嘘はあまり得意ではないようだから。しかしでも、そこまでして聞いて、影宮くんの情報をインプットして、それで何があるというのか。

 何もない。

 そこまでして聞きたいわけでも、もちろんなかった。



「じゃあ私は帰るよ。暗くなりすぎると、二重の意味で危ないだろうからね。私の場合」

「すいません」



 はたしてその謝罪は、いったいどういう意味か。

 本心からのものなのか。

 影宮くんの無表情からでは、わからなかった。









「…………うーん」



 と、私は唸った。


 夕刻学園の指定制服は、あまり山登りに最適とは言えないだろう。

 現にこの廃墟まで来るのに、かなりどろどろに汚れてしまっていた。……明日が休みでよかったと思う。本当に。


 山の中の、廃墟。

 そこはかつて、頭のおかしい人たちが収容される病院だったという。

 何十年ほどか前、その病院の患者がいきなり刃物を手に、病院の白い壁を赤く染めたのだという話だ。


 病院にいた人間は、患者も看護婦も医者も例外なく、皆殺しにされた。腹を刺されて、頭を割られて、そして最後。頭のおかしいその殺人鬼は、自らの首を、掻き切ったという。


 あくまで、私の学校で流れていた、ひとつの怪談である。それが嘘であるか真であるか、興味はない。



「……なんで来ちゃったかなあ」



 その怪談話の真偽よりも、私は、どうして自分が今ここにいるのか、それが不思議でならなかった。


 影宮くんを心配して?

 お前はいったい今まで、影宮くんの何を見ていたんだ。彼のどこをどう心配する余地がある。

 じゃあ、亡霊が気になって。

 あほか。今まで、それこそ入学から一年あまり、意識の端にも留めていなかったのに、何で今さらそうなるんだ。


 それに、知っているはずだ。わかっているはずだ。

 私がいたら、影宮くんの、邪魔にしかならないだろうことくらい。

 わかっているはずなのに、何で来たんだ。


 私が一番、わけわからないのに。



「……やっぱり、帰ろうかな」



 最近の私は、どうかしている。


 影宮くんのことなんて何も知らないくせに、一丁前に心配なんてしてみせて。そうだ。たぶん、影宮くんと付き合った時点でどうかしてた。

 他人は苦手だ。とくに影宮くんみたいな人は、何を考えているのかわからない。わからない。わからないから怖い。

 わからないから意味不明で、わからないから気持ち悪くて。それで。


 いつかの、誰かのセリフが、ノイズとなって思いだされた。

 何を言っていたのか。

 誰が言っていたのか。

 それすら、もう覚えていない。



「……帰ろう」



 本当に、何でここまで来たんだか。

 制服まで汚して。帰ったらやるはずだった自習すらサボって。

 ここまで来て。

 それであっさり帰って。

 何がしたかったんだ。


 ため息ひとつ吐いて、廃墟に背中を向ける。


 一センチほど先に、人が立ってた。



「あ」近い。


 ざわりと、もう慣れた悪寒が背筋を駆け上がって。


 どん、と衝撃。

 私はとっさに、目を閉じた。

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