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こっくりさん ④



「で」

「で?」



 合流した影宮くんが、不思議そうに首をかしぐ。いつも学校でしか会わないから、制服以外の、影宮くんの姿は新鮮で、なんだかむず痒い感じがする。


 もうとっくに街は寝静まって、物音ひとつ聞こえないような深夜。丑三つ時(そういえば黄昏時の由来は知っているが、丑三つ時の名前の由来は知らない。今度影宮くんに聞いてみよう)。真っ暗な公園に、私たちはいた。

 私はじろりと影宮くんを睨んだ。なんで睨まれているのか全然わかりませんみたいな顔をして、影宮くんが私を見下ろす。



「なんで私をここに呼びだしたの。家、抜けだしてくるの大変だったんだけど」



 こんな真夜中に年頃の女の子を呼び寄せるなんて、いい度胸しているじゃないか。そういう意味での睨み上げも、反応は薄かった。

 影宮くんは、呆れるほどにけろりとしている。



「こっくりさんを呼びだすためっすよ」

「…………………………はあ?」

「先輩が言ったんでしょ。赤井さんたちを何とかしたいから、協力してくれって」



 言った。

 それは確かに言った。

 けどそれは、こんな真夜中に花の女子高生を出歩かせていいという意味ではない。


 いいですか、と影宮くんが人差し指を突き立てる。きい、と風によってブランコが揺れた。



「今の赤井さんたちは、まあ簡単に言えば、『呪われた状態』にあります」

「呪い…………」



 私はショックが過ぎて、その後の担任の言葉は聞き流していたが、赤井さんたちは、意識不明の重体にあるらしい。詳しいことはわからない。見舞いにでも行けばそれなりのことはわかるんだろうが、担任は、そこまで詳しいことは教えてはくれなかった。



「たぶん死ぬことは今のところないと思うんで、そこだけは安心してください」

「呪いって、たとえばどういう」



 影宮くんは私の言葉に眉を寄せて、うーんと腕を組んだ。そこまで難しいことを、私は聞いてしまったらしい。



「ずっと化け物に追いかけられる悪夢を見させられて、だんだん衰弱していく感じですかね」

「…………」



 それは、大丈夫なのか?

 なんだか不安が残る。



「で、ここでこっくりさんの出番です」

「……こっくりさん?」



 さんざん、お前はやるなよと脅してきたそれか。

 え、やるの? 私がいると、やっちゃダメなんじゃないの? 疑問を言葉にすると、俺もやるんで大丈夫ですよ、とのこと。たいした自信だ。



「……一応聞くけど、なんのために?」

「お願いするんです」

「何を」

「彼女らを呪うのやめてくださいって」



 ……………………………………………………はあ?


 そうと決まったら行きますよ、と当たり前のように私の手を引く影宮くんに、慌てて踏ん張る。



「ちょっと待ってちょっと待って、なに、話が全然見えない。え、呪った本人に直接言うの? こっくりさんそんな話のわかる人なの?」

「人じゃないんだけど……こっくりさんはもともとそんな悪いやつじゃないですよ。ちょっといたずら好きなだけで。やめてくれって言えばたぶんやめてくれる。はず」

「不安分子を最後に取り付けるのやめて! あ、あんな脅しておいて、私があっさりとそんなことをすると思っているのか!」

「脅し? 先輩、誰かに脅されているんですか?」



 影宮くんは、不思議そうな顔で、不思議そうな声で。

 ぴたりと私を引っ張る力を緩め、いつもの無表情。私も目を瞬かせて、影宮くんを見上げた。

 ……こいつ、あれだけ言葉巧みに私の心を抉っておいて、何ひとつ自覚していないのか。私は本気でこの男に嫌われているのかと落ち込んでいたのに。この後輩は。


 脱力感。

 一気に肩の力が抜ける。ついでに、二酸化炭素だらけの息を思いきり吐きだしてやった。



「どうかしました」

「……ううん、別に。そう、こっくりさんね。うん」



 …………やろっか。

 こっくりさん。


 諦めたようにして言えば、影宮くんは、いや最初からそのつもりでしたけど、とどこか納得していなさそうに言った。









 こっくりさんに用意するもの。

 紙。

 ペン。

 十円玉。

 それだけ。


 紙は、あらかじめ影宮くんがそう言ったものを用意してくれていたので、ペンは必要なかった。この場面ではなかなかありがたい。いつぐらいのものなのか、その紙は使い込まれたようにぼろぼろで、擦り切れていたけれど。

 それを公園の、木の椅子とテーブルが置いてあるところに、風に飛ばされないように気をつけながら置く。

 辺りに光はない。ぽつぽつと照らす街灯や、自動販売機が置いてあるだけで。



「そういえば、何でこんな暗い場所でやるの。学校じゃあ、だめだったわけ?」

「あいつらは暗いところを好むんで、こっちの方が呼びやすいんです。……本当は四人の方がよかったんですけどね。まあ、仕方ないでしょう」



 影宮くんはそう言いながら、ぴんと十円玉を弾いた。

 人数は多いほどいい。

 それは、こっくりさんの定石だ。どうしてそうしなければならないのかは知らない。多い方がいいのは、仲間を増やしたいからだろうか。



「指、置いてください」



 影宮くんの言葉に、ぎゅう、と拳を作る。

 深呼吸。

 すー。

 はー。

 すー。

 はー。


 人差し指を、そっと十円玉に乗せる。

 十円玉はすでに、赤く描かれた鳥居の上にあった。

 影宮くんも、十円玉に人差し指を乗せる。



「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」



 風が吹いた。

 冷たい風だ。



「鳥居の門をくぐって、おいで下さい」



 おいでくださいましたら、質問にお応えください。


 こっくりさん、こっくりさん……。


 ざわざわ。

 風が騒がしい。

 それはだんだん大きくなっていって、終いには、騒音とも言えるようなレベルになっていってる。


 この感じは、覚えがある。

 暑くてたまらないのに、鳥肌が止まらないこの感覚。


 こっくりさん、こっくりさん。


 おいでください。


 鳥居の門をくぐって、おいでください。


 おいでくださいましたら、質問にお応えください。


 こっくりさん、こっくりさん。



「来ましたね」



 すう、と、十円玉が動いた。

 ざわざわが大きくなる。

 人差し指を離してはいけないことは、さすがに知っている。だから不必要なほど指先に力を込める。反対の手で、ぎゅうと自身を抱きしめた。

 寒い。

 いや暑い?


 どっちだかわからない。


 さて、と息を吐く影宮くん。



「せっかくですし、何か聞きたいことでもありますか先輩」

「ないよ」

「本当ですか。たぶんこれ本物ですよ」

「たぶんとか言うな。……じゃあ、私の体質が治るのかどうかを」

「無理でしょ」

「お前が答えるな!」



 しかも即答するな。


 こっくりさんは、呼びだしたくせに何も応答がないのを不満に思ってか、困ったように紙の上をぐるぐる回っている。ぐるぐる、時折文字の上で立ち止まるが、その文章は言葉にはなっていなかった。

 それじゃあ、と影宮くんは、私から紙に視線を落とす。



「こっくりさん。穴倉先輩のクラスメイトを呪ったのは、あなたですか?」



 はい、に、十円玉が動く。素直だな、こっくりさん。



「それ、やめてもらっていいですか? こっくりさん」



 先輩がちょっと嫌みたいなんで。

 影宮くんが言う。


 こっくりさんが、十円玉を動かす。


 き、に移動。

 よ、に移動。

 う、に移動。


 きようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふきようふ



「――――――ありがとうございました、こっくりさん。どうぞお帰りください」



 影宮くんの、温度を持たない声。

 ぴたりと、十円玉が止まった。


 ぱっと、影宮くんが指を離した。



「え、まだ、」

「帰りましたよ。それに、呪いのことも何とかするっつってました。ごめんねって」



 いや言ってないだろう。

 なんだかかなり恐ろしいことになっていそうだが。しかし影宮くんは、私の心配をよそに、ふるふると首を横に振った。



「すいませんね。こっくりさん、情緒不安定なものだから」



 そんな馬鹿な。


 影宮くんはいつもの通り無表情で、紙を片付ける。

 オカルト的なことで彼を頼るのは、初めてではない。

 だから、こんなふうに簡単に片がついてしまうのも、影宮くんが何かを隠したそうにするのも、いまさらと言ってはいまさらなのだが。



「……ねえ。影宮くん、これで本当に大丈夫なの?」

「はあ。先輩は、大仰にお祓いしたり、怪異と戦ったりする異能バトルもの展開がお好みですか」

「いや。そういうわけじゃあ、ない、けど……」



 じゃあ何が不満なんだ。そう言いたげな影宮くんに、そっと目を逸らす。



「世の中、案外単純にできてるもんですよ」



 そう言った影宮くんに、私は何も、返さなかった。

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