こっくりさん ①
こっくりさん、こっくりさん。
どうぞお越しください。
鳥居の門をくぐってお越しください。
お越しくださいましたら、声にお応えください。
こっくりさん、こっくりさん――――。
◆
昔からこの街には、様々な噂が飛び交っている。
やれ、あの家には幽霊が憑いているだの。やれ、あそこは妖怪がいる、だの。そんな、根も葉もないうわさだ。都市伝説というほど浸透していなくて、怪談話というほど盛り上がりもない。ただ、うちの地域はそういう話が立ちやすいというだけで。
名前を呼ばれた。夜々、と二文字。
この名前はあんまり好きじゃない。子供っぽいし、私自身、低身長で童顔なため、からかわれることも少なくない。親はもし女の子が生まれたとき、かわいい名前にしたかったのと世迷言を言っていたが、娘が大きくなってその名にふさわしくなかったときを想像しなかったんだろうか。私だったらこんな名前、絶対につけないけど。
こつん。額に感触。
はた、と目を向ければ、そこには中学以来の級友がいて、おそらく私を呼んだのは彼女なんだろう、にこにこと怪しげな笑みを浮かべていた。
「まーた、眉間にしわ寄せてる。今度はいったいどんなこむつかしいこと考えてたのかな、夜々ちゃんは」
「……ちゃん付けはやめろっていつも言ってるでしょ。自分の名前がちゃんとかつけられたりしてると、本当に子ども扱いされてるみたいでいやなんだよ」
言ったついでに、私の眉間のしわをぐりぐり伸ばしている彼女の右手を払い落としてやる。彼女はそれでも「いったーい」というだけで、からからと人を食ったような笑みはやめなかった。こいつはもしかしたら真性のマゾなのかもしれない。
だとしても私には一切合切関係のない話だけれど。
ふい、と顔を背けてやる。視界には、とある女子グループが見えた。何をこそこそする必要があるのか、複数で机を囲んで、ひそひそと楽しげだ。
「…………」
「ああ、あれ? なんか、また流行ってるらしいよ。『こっくりさん』」
花蓮が、私の席の前に無断で着席する。うちらが小学生の頃もやったよねえと、おそらく同意を求めたかったんだろうが残念、私が小学生の頃流行ったのはタロット占いだ。なんか同級生に、やたらタロットに詳しいやつがいたんだよなあ。
にしてもしかし、私は嘆息した。
「くだらない。高校生にもなってこっくりさんって……もっと時間は有効に使うべきだと思うけど」
「はは、夜々らしいね。でも、別にいいんじゃない? 彼女らはああやって仲間内でこそこそ楽しんでるだけだし、夜々には迷惑かかってないでしょ?」
「…………それはそうだけど」
そんなことよりお昼食べようぜー! と騒ぐ花蓮に、私はうるさいと返して、こっそりと携帯のメール機能を開いた。昨今だとLINEなるものが今の主流の連絡手段らしいが、あいにく私はそこまで自分の携帯機能に詳しくない。このスマートホンというやつも、私がいまどきの女子高生だというのに携帯一つ持ってないと知った影宮くんが、一緒に携帯ショップまで行って契約してくれたやつだ。
「これから先輩の彼氏になるというのに、好きなときに連絡できないと困りますから」なんて言いながら。……今思いだしても照れくさい。どうしたらいいかわからない。初めての彼氏、というやつは。
閑話休題。
ともかく、私は携帯のメール機能を開いて、その影宮くんに、かこかこと爪を立ててメールを打った。
『くらすめいとがこっくりさんをやってたけどわたしにはかんけいないよねはてな』