モンスターと仲良く
姉さんは飛び立っていった。
自分がやるべきこと、やりたいことのために。
そもそも、魔王自体は存在自体を消滅したことにしたのだから、姉さんがわざわざ魔王に戻って、今いる数少ないモンスターと人間の和解を目指す必要はない。
私自身、あの国で生きて、あの国で育って、あの国の中に閉じこもっていたから、外の世界なんて見たことがない。
モンスターなら尚更だ。
私が生きてきた中で、モンスターに人間が襲われたなんてことも聞いた記憶はない。
どこかでその事実をもみ消しているのかもしれないが。
なんで、姉さんはモンスターと私たちが仲良くして欲しいんだろう。
世の中、私の親や王様みたいな人たちばかりじゃない。
姉さんだって、一歩間違えれば、出会った人が違ったら、私の姉として存在はしてなかったかもしれないのだ。
あの人の周りは、優しい人ばかりだった。
世の中、性根が腐ったような人間はいくらでもいる。
外面がいくら良くても、裏で何をやってるかわかったものじゃない人だっていくらでもいる。
姉はそれを分かっているのだろうか。
たとえば、力が弱く抵抗もできないようなモンスターだったら、共存ではなく、ただの商売道具として扱われる可能性だってあるのだ。
今残ってるモンスターはそんなか弱いものじゃないと思うけど……。
姉が言うには、ゲートが封じられたらしく、私が生まれる前にもなるらしい。15年以上はモンスターの出入りはないということだ。
だったら、どこにモンスターなんているんだろう?
「ねえ、ティンクル君。モンスターって見たことある?」
「え?うーん。見たことないなぁ。どうして?」
「お姉ちゃんがね。昔旅をしてて……って、昨日飛び立ってった人。あれが、私のお姉ちゃん。モンスターと人間を仲良くさせたいんだって。それで、家を飛び出して、私はそれを追っかけてるわけ」
「モンスターと仲良く……か。現実は甘いものじゃないと思うけどなあ。でも、空を飛べるなんて、リリアちゃんのお姉ちゃんは人間なの?」
「あーえーと。そう、クォーターなんだって。えーと、なんだったけ……そうエルフとの」
「エルフかぁ。なんかすごいね」
エルフだけは古くの文献から存在を容認されていて、今現在でも、エルフだけは手厚く扱われている。
学校で習ったことは全部嘘八百だって言うのは、お父さんに聞いた話だけど。
事実をその目で見てきた人の話が一番正しいのだ。
文字だけを追って、それを知った気になってるのは愚者だということなんだろう。
だから、学校は退屈で、いかに適当なことを教えてるか、それを頭ごなしに否定してやりたかった。
15歳の小娘が何を言ってるんだという話ではあるけど。
そもそも、今までに教えられてきたことを根本から覆すようなことは時間がかかる。
私は自分が見たものだけを信じろとお父さんから教えられてきた。
もっとも、教養も何もあった人じゃなかったけど。
何か教えてもらおうとするならば、大体お母さんかお姉ちゃん行きだったから。
でも、あの人のする話はいつも等身大で体験してきたことばかりで、あんな箱の中で教わってることなんかよりずっと面白かった。
私は外に憧れを抱いていたのだろう。
「よし。私もモンスターを探そう」
「いきなりどうしたの?」
「頭ごなしにモンスターは悪いものって学校じゃ教わったでしょ?」
「まあ……そうだね」
「自分の目で確認もしないのに、その意識を刷り込ませられること自体が私は悪いことだと思うの。大体、今教えてるような教師が、実際にモンスターに会ったの?戦ったの?襲われたの?何を感じたの?上辺ばかりをなぞって、教えられることなんて何もないと思うの」
「言うことはごもっともだね。そもそも、勇者様のおかげで、モンスター自体は20年ぐらい前にはすでに道端で出ないレベルまでなってたんだ。それを、悪いヤツだから会ったら倒せなんて、今の人が教えられるわけなんてないよね」
「そう。だから、剣術だって、型にはまったものじゃ、何も対応できない。基本は大事だと思うよ。でも、相手は何をしてくるか分からない。初めて会う敵だっていくらでもいる。私、学校が嫌いだった。頭でっかちで、型にはまりきったことばかり教えてくるから。だから、私は学校の授業からは何も教わらなかった」
「リリアちゃんは学校の成績悪いんじゃないのかい?」
「いや?優秀だよ?お父さんは勇者だって言ったよね。その人から剣はずっと教わってたから、国では男子にも負けなし。勉強の方は、お母さんが魔法使いで、基本魔法全てに回復、補助魔法と何でもござれの完璧超人だった。頭はそっちを受け継いでね。さすがにお母さんとまではいかないけど、私は基本魔法に回復魔法なら使える。あとは……」
いつまでも、ベッドで寝転がってる私の付き人を蹴落とす。
「痛い……もう朝?」
「昼過ぎてる。いつまで寝てるの」
「リリアちゃんが一緒に寝てくれないからふて寝」
「いい年した人が子供みたいなことやってないでください。ティンクル君、一応、お姫様って話はしたよね?こんなんだけど、昔は頭も良くて、飛び級で卒業したぐらいの人なんだ。見ての通り、私のことが大好き過ぎて、勉強とかはこの人に見てもらってたから、悪くなるにならなかったというのが正しいところなの」
「学校は行かなくても平気ってこと?」
「というか、お父さんも籍はあったらしいけど、一度も行ったことがないって言うぐらいの人でさ……。できるに越したことはないけど、さして出来なくても、やれることはいくらでもあるっていうのが教えだった」
「父親は反面教師?」
「そうでもないよ?今はお城の憲兵で偉いところまで登りつめてるし、教えるのが下手でも、学歴なくても、立派だと思ってる。実は私の母親はアリスさんだったかもしれないらしいし」
「なんで?」
「お父さんに惚れてたらしいよ。ずっと。ずぅ~と」
当の本人はいやぁ~と頭を掻いているが、未だに未練タラタラなのか知らないが、私を理由につけて会いに来ていたとかなんとか。
ただ、お父さんは背こそ高いが、人間的に言えばかなりの大巨人だが、顔は昔の写真を見せてもらったが、言うほどカッコ良くはなかったような……。
自分の父親に言うのもなんだけど。
でも、幼少期から付き合いがあったらしいから、ずっと見てきて好きになったのだろう。
さらに聞いた話では、私の姉も好きだったらしい。
とんだハーレムパーティを形成していたわけだ、うちの父親。
一緒に旅をしていた王様が不憫すぎる。
ただ、5年ぐらい前に王様も実は結婚していて、子供もいるのだ。
まあ、カッコいいし、実力も申し分ないから、実際のところは引く手数多だっただろう。
その妹は、今更ながらに婚活やってるのだけど。
今も綺麗な人だから、探せばいくらでもいると思うが、この人に春が来るかどうかは疑問を抱くところである。
ちょっと聞いてみよう。
「アリスさん。本当に結婚相手探す気あるんですか?」
「リリアちゃんが結婚してくれればいいよ」
「い・や・で・す!」
私だって女の子なんだから、お嫁さんというものには憧れはある。
それなのに浮いた話が一個も出ないのはなぜ?
この人のせいだと思います。
断定します。
「リリアちゃん……そんなに見て、私と一緒になってくれる決心がついた?」
「だったら、ティンクル君の方を選びます」
「リリアちゃんが生まれた頃からお世話してるのに~」
「押し付けがましいです!一人じゃ何もできない子供じゃないんですから、ティンクル君も何か言ってよ!そこでぼーっとしてないで!」
「え……と、何を言えばこの場は丸く収まるのか、よく分からなくて」
「丸く収める必要はない!あわよくば、この人を国に追い返すぐらいで行きなさい!それが男でしょ⁉︎」
「そ、そんな。一国のお姫様をそんな風に扱うことなんて僕にはできないよ」
「ティンクル君……私の味方だよね?」
「う、うん。僕にできる範囲ならリリアちゃんの味方だよ」
「じゃあ、僕が君を守ってみせるぐらい言ってみなさい!」
「え、ええ〜?」
私はティンクル君の目を見つめる。
だが、その目はまだ迷いを見せて、伏し目がちだ。
まあ、いきなり言われても困るよね。
お父さんはお母さんにそれを旅に出る前に言い放ったらしいけど。
バカだけど、だからこそ色々とストレートなのらしい。
逆に言えば、考えなしなのが玉に瑕だとかなんとか。
考えすぎるのも考えものだけどさ。
そもそも、ティンクル君も男らしくなりたいって旅に出たんだし、ここで口に出せるぐらいなら旅に出たりはしてないのだろう。
まだ、おどおどしっぱなしのティンクル君の手を握ってみた。
「リ、リリアちゃん?」
「手、合わせてみて」
「う、うん」
合わせた手のひらは私よりもふた回りぐらい大きい。
「いつかさ、大切な人。守れるようになるよ。ティンクル君の手はそうやってできてる。だから、もっと自信を持っていいんだよ。ティンクル君は自分から旅に出る一歩を踏み出したんだから、次は自分はできるって自信をつけなきゃ」
「リリアちゃんは強いね。僕なんかよりずっと。こういう言い方は失礼かもだけど、僕よりずっと凛々しくて逞しい。僕はさ、旅に出るのも、後ろから押してもらったんだ。それがなければ、最初の一歩すら踏み出せてなかったと思う。それからは、とにかく戻っちゃいけないってそれだけで歩いてきた。そうだね。守るものがあるならば、僕も変われるのかもしれない。リリアちゃん。僕は、君を守ってみせるよ。この旅の間だけでも。まあ、まずは……」
二人で振り返ってそれを悟った。
まずは、この付き人からだろうな、と。