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百合の勇者  作者: otsk
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百合の花

「わあ〜綺麗〜」


「リリアちゃん。そんなに急がなくても……」


「綺麗なものは1秒でも早く見たいし、1秒でも長く見てたいよ」


「それにしても、すごいね。ここ」


 私たちは再び旅に出た。

 それこそ、名もなき、アテもなき旅。

 もちろん、高校は卒業した。

 私は1学期分だったのでお母さんに教わりながらでもなんとかなったのだが、ティンクル君は結局2年から転入ということになったのだ。

 元の素養がよかったのか、追いついて普通にそのまま卒業していた。

 私が卒業するまでの1年間はお城で働いていた。王様の話によるとアリスさんより結局働いていたので、今手放すのは惜しいとまで言わしめていた。

 確かに根っからの真面目人間なので、任されてたのは事務仕事だったらしいし向いていたのもあるのだろう。

 そして、私へのお小遣いが、なぜかティンクル君から渡されていたのはなぜだろう。稼ぎはあったのだろうけど、私に渡すのは何か違うでしょ。


「……言いっこなしだよ」


「うん。お父さんに何か言われてたんだね」


「こうして、2人で少しの間でも旅ができるだけのお金を稼ぎたかったんだよ」


「ま、あまり余裕もないから基本が徒歩だけどね」


「それは申し訳なかったよ……疲れたならおんぶするから」


「さすがにこの年になってまでは……お姉ちゃんぐらいの体躯ならそう違和感ないかもだけど」


「それにしてもあの人もあれ以上成長しないものなんだね」


「どういう意味合いでしょうか」


「体躯の話じゃなかったのか……」


「でも、人間的に成長してるのかな?お姉ちゃん」


「……アリスさんよりは立派になったと思うよ。ちゃんと、自分がやりたいこと見つけて仕事してるんだから」


「そのアリス姫は?」


「婚活中」


「まだやってるのか……もう35でしょ?」


「あの人、ギリギリまで期待させて落とすことに快感を覚えてるらしいから」


「人として最低じゃない」


「見ていてこっちが心配になるんだよね。今度帰る時には結婚していて欲しいものだよ」


「結婚……」


「どうかした?」


「私たち、どうしよっか」


「……そうだな。ここで挙げちゃう?僕たち以外誰もいないけど」


「いいかもね。言えば王様が場所ぐらいは提供してくれそうだけど」


「あんまり人目に触れるのは僕が好きじゃないから」


「もう……よく、そんなんで城のお仕事できてたね」


「基本的に王様と顔をあわせるぐらいで済んでたから」


 少し情けない私の彼氏である。

 でも、ここで2人きりだけど式を挙げるということはこれで夫婦となる。

 ティンクル君は私の旦那さんとなるのだ。


「でも、さすがにこの位置だとがけっぷちだから、もう少し中に行こう」


「せっかくだし、ウェディングドレスとか着たかったなあ」


「……ヴェールぐらいあればいいけど。そんな器用なものはないか」


「ねえ、あそこ……」


 指差した方向に寂れた教会みたいなところがあった。

 教会があるということは昔、街でもあったんだろうか。

 ここまで寂れているというとは、もう使われていないのだろう。どこかの宗教の教会かもしれないけど、お父さんの方針でうちは無神論者である。

 人間、都合のいい時だけ神様に祈っておけばいいんだよ。叶うかどうかはともかく。


「中入ってみよー」


「リリアちゃんも大概傍若無人だよね。遠慮がないというか」


「こう見えても花も恥じらう乙女ですけど」


「乙女は自分からそういうこと口にしないと思うんだ」


「……ま、気にしない方向で」


 教会の扉を開く。

 まあ、どこもそうなのか、教壇というか祭壇というか、それにいくつかの背もたれ付きの長椅子が並べられている。

 だが、年月が経っているのか、壊れていたり、錆付いていたり、お世辞にも綺麗とはいえなかった。

 ところどころ大きいクモの巣も張ってるし、いつから使われてないんだろう。


「しょうがない。拝借という名のせっ……少し、借りることにしよう」


「今窃盗って言おうとしなかった?」


「折半しようって言いかけたんだよ」


「拝借なのに折半なのか……」


「もー細いよティンクル君。どうせ捨てられてるも同然なんだから。私は捨てられてるものを有効利用するの」


「本当に物は言いようだね」


「でも、ここならヴェールぐらいありそうじゃない?」


「どうだろう。ここが結婚式場とかに使われてたならまだしも……でも、こんなに草木が伸びっぱなしのところで街があったのかな?」


「教会があったということは使う人がいたんだよ。用途はともかく」


「昔は栄えてたのかなあ……」


 気乗りはしないといった感じだったけど、衣装がありそうなところを漁っていく。

 普通ならば、誰かの持ち物のはずなので、持っていくだろうけど。期待しないほうがいいか。


「あっ」


「どうしたの?ティンクル君。Gでも出た?」


「いや何億年と生きてるやつが出たらもっと僕ならビビれる自信がある」


「情けない自信だね」


「そうじゃなくて。あったよ、ヴェール」


「ほんと?」


「ほら、ここ」


 タンスの中にポツンと都合よく置かれていた。ヴェールがあるのならば、ドレスもあっていいものだと思うが、あいにくそっちは見つからなかった。


「まあ、着ても脱ぐのも面倒だし、ヴェールだけでもそれっぽくなるか」


「そういえば、結婚前にヴェールを被ると婚期が遅れるらしいね」


「それは誰に向けた言葉なの?」


「……姫さんかな」


「…………」


「どうしたの?ヴェール手に持ったまま固まって」


「いや、どっちが前?前後逆だったら恥ずかしいじゃん」


「どう考えても長いほうが後ろではないのかと」


「だって、ヴェールって前あげるじゃん」


「だからと言ってそんな長いものが前に来てたら邪魔以外のなんでもないだろう」


「それもそっか。よいしょ。……鏡ない?」


「教会だしありそうだけど……一緒に探そうか」


 教会というもののかなり広く、一部屋、二部屋と勝手に扉を開けていく。こうも廃屋っぽいと何か出てきそうで嫌なんだけどな。


「お、発見」


「ティンクル君。ちょっと待つんだよ」


「見たくないの?」


「その鏡はもしかしたら自分の姿を見ようとした瞬間吸い込まれるものかもしれないよ」


「異次元転送みたいな魔法はなかったと思うけど……」


「だったら楽しいよね」


「自分の願望だったのか……。とりあえず、何もなさそうだよ。ほら」


 鏡を私のほうに向ける。

 少し大きめの全身が映るようなものだ。

 誰か住んでたんだろうか。今となってはどうでもいい話だけど。


「どうかな?ティンクル君。似合ってる?」


「うん。綺麗だよ。本当ならドレスも着せてあげたいけど……素材がなければどうしようもないか」


「よし。こんなこじんまりした部屋じゃなんだし、本堂に戻ろう」


 鏡ぐらいどの部屋にでも置いてくれてればいいのに、もしくは持っていくのが面倒でそのまま放置していったのか、ただの忘れ物なのか、入り口にある本堂からは少し離れた位置だ。戻るのに少し億劫ではあるものの、こんな味気のない場所でやるよりはずっといいだろう。

 そして、よく神父さんやらシスターが立っている机の前にまでたどり着く。


「えっと……なんだっけ」


「汝うんたらってやつ?」


「自分たちで司会進行と新郎新婦やるの?」


「他にいないんだし仕方ないね。じゃあ、まずリリアちゃんの方から」


「私からなの?」


「こういうのって男の方が先に返事するものだと思うんだけど」


「あ〜そういえば、そんな感じする。じゃあ、やっていきましょうか。えっと、汝は新婦、リリア・ブレイバーを健やかなる時も病める時も生涯愛し抜くことを誓いますか」


「はい。次は僕だね。汝は新郎、ティンクル・フルスタを健やかなる時も病める時も生涯愛し抜くことを誓いますか」


「はい。では、誓いの口づけを」


 私がそう言うと、前にかかったヴェールを開けられる。

 旅を始めた頃には一緒ぐらいだった背もティンクル君のほうが10cmぐらい高くなった。

 だから、私は少し首を傾けて目を閉じる。

 ティンクル君は私の肩に手を置いて、優しく触れるだけのキスをした。

 離れていくのを感じ、私は目を開いた。


「これからもよろしくね。ティンクル君」


「うん。こちらこそ」


「ところで、私の姓ってどうしよう?ブレイバーのまま?それともフルスタ?」


「僕、勘当されちゃったからね。僕が婿入りって形だと思うよ」


「あら、そうなの?じゃあ、ティンクル・ブレイバーになるんだ。かっこいいね」


「そ、そうかな?」


「ま、勇者は出ないけどね」


「よっぽどいらないでしょ。お姉さんがならない限り」


「……そだね」


 さすがに3年も一緒にいればお姉ちゃんの正体もバレるというものだ。

 まあ、あんな人なので特に驚きもされなかったけど。


「さて、結婚式といえど料理は出ないし指輪もない。どうしたものか」


「あ、指輪なら作れるよ。さっきシロツメクサ見つけたんだ」


「僕たちにはいいかもね」


「シロツメクサの花言葉知ってる?」


「いや……」


「『幸福』とか『約束』、『私を思って』、『私のものになって』とかなんだって。可愛いよね」


「結婚にはいいかもね」


「でも、『復讐』って意味もあるんだって」


「そのオチをつける必要はあったの?」


「アリスさんかお姉ちゃんあたりが来そうな気もしなくもないから用心はしておいてね」


「嫌な話だな……」


「あ」


「何かあった?」


「こんなところにもユリが咲いてる」


「本当だ。これは……ヤマユリかな」


「ユリの花言葉知ってる?」


「うん。『純潔』、『無垢』。このヤマユリだと『荘厳』だとか『威厳』、『人生の楽しみ』、『飾らない愛』とかあるね」


「最初の2つ以外知らなかったよ」


「好きな子の由来の花だからね。知っておきたくて」


「お姉ちゃんがつけてくれたんだよ。きっと花言葉の意味まで知らなかったろうけど」


「そうだったんだ。でも、いい名前だと思う」


「その純潔やら無垢やらはティンクル君の手によってなくなったけど」


「それは言いっこなしだろう……」


「ちゃんと責任は取ってくれるもんね?」


「責任取らなかったらやらないし、結婚しようなんて言わないよ」


「まあ、赤ちゃんはまだそうだけど」


「リリアちゃんは子供何人欲しい?」


「二人かなぁ。上が男の子で下が女の子で」


「生れたらどうなるんだろう?」


「ティンクル君、子供好き?」


「うん。可愛いよね。自分にもこんな時があったんだって思うと」


「ただ、子供のまま成長すると面倒なことに……」


「そのための親じゃないのかい」


「いや、親が役に立ってない例があったから……」


「リリアちゃん。本当にお姉さんのこと好きなの?」


「好きだけど、それとこれとは話が別なんだよ。別の人が矯正してくれたしもういいんだけど。それにお姉ちゃんは12歳の時にお父さんとお母さんの養子になってるから、実質お父さんとお母さんは悪くないんだよ」


「ソードさんが19でウィナさんが18の時に引き取ったんだよね」


「学校じゃ娘だけど兄妹か?って言われてたらしいよ」


「あの学校、お姉さんの逸話がかなり残ってたんだけど、何をしでかしたの?」


「……かなり好き放題してたらしいから」


「あんまり突っ立って話してても疲れるね。ちょっと座ろう」


 なんの整備もなされてないところに腰を落ち着ける。

 見下ろした先には海が一望できた。


「オーシャンビューってやつだね」


「この辺りの海は綺麗なのかな?」


「ここから見るぶんには綺麗だけどね。何にも汚されてないかのようで」


「下に降りて探検してく?何かあればアックス喜ぶかも」


「今、あの人の立ち位置はどうなってるの?」


「相変わらず下っ端だって。後輩がなかなか入ってこないから使いっ走りが酷いらしい。その分、一番近くでカルマさんの仕事手伝ってるらしいけど」


「早く認められるといいね」


「もしかしたら、こちら側に海中都市があるかもしれない」


「私たちが見つけちゃう?」


「時間は無駄にあるんだ。それもいいかもね」


「ま、別に行き先も特に決めてないしね」


「よし。そうなったら、行こうか」


「水着にする?」


「もう、遊ぶ気満々だよね……いいけどさ」


「よし!レッツゴー!」


 旅に出た理由としては、名目上は式を挙げてもないけど新婚旅行としていた。

 私としては自分探し。ティンクル君はそれに付き合ってくれてる形だ。

 だから、行き先も行き当たりばったりで、何か気になったものがあったらふらりと立ち寄って、それを2人の思い出にして。

 それもいつか年をとって褪せていくかもしれない。

 でも、今を生きてる以上それを無駄にするつもりもない。思い出が多くて困ることなんてないんだから。

 下の砂浜となっているところまで、降りていくと、先ほどの教会が少し首が痛くなるぐらい高いところになっていた。

 その近くに、一輪の百合の花が咲いている。

 あの花もいつか枯れていくのかもしれない。

 さらに、増えていくのかもしれない。

 汚れも何も知らない状態なんだろう。

 子供の頃の私が今の私を見たらどう見えてるのかな。自分が予想した姿になれたのかな?それとも幻滅してるかな?

 でも、今生きてる私が私なのだ。何も知らなかった頃の私に胸を張って今生きてることを誇らなければならない。


「リリアちゃん!早くおいでよ!気持ちいいよ!」


「うん!今行く!」


 色んなことを知ったけど、まだ知らないこともたくさんある。

 いつまでも純真無垢ではいられないし、百合のようにずっと綺麗でいられない。

 でも、いつかは幼き自分に成長したよって言えるように、崖に咲いてる一輪の百合に誓って、ティンクル君を追いかけた。

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