調査の成果
立地的な話をすると、確かにあの岩は海のほうへと続いていた。
溜まっていた水を調べたところ海水であったようだ。
まあ、舐めてしょっぱいのだから、素人である私でもわかる。
ただ、これがいかに浄化されて飲める水がどこかにあればそれは調査結果としてはいいものだそうだ。少なくとも、この辺りの地層であれば、雨水や海水を飲み水にできるという、立派な報告ができるそうで。さらにいけば、そこから井戸を引くこともできるのではないかと、画策することもできる。
と、そこまではいいのだけど、結局カルマさんが言うような海中都市なるものは見つからなかった。
まだ調べられてないところということもあり、あまり深く進みすぎるのも危険だということで調査は3日程度で打ち切り、後日調べ直すそうだ。
そして、再び海岸へとたどり着いた。
出たときには夜空が広がっていた。
「お姉ちゃん……普通は逆だと思うんだけど」
私は帰る途中でバテたお姉ちゃんを背負ってきていた。結局出口まで運んできてしまい、砂浜へと下ろした。
「ごめんね。お姉ちゃん体力なくて」
「アリスさん。お姉ちゃん、本当に旅してたんですか?」
「とは言っても、ソード君にずっと背負われていたようなものだし、まあ、二十年近くも前のことだけど……もしかしたらその時より体力なくなってない?」
「そんなことない……かな?」
なんで疑問系なの?しかもその当時は12歳だったはずなんだから、その時より体力ついてなきゃおかしいのだけど。どれだけ怠惰な生活を送ってきたのかが伺えるんだけど。
いや、送ってましたね。姉に対してこんなどうでもいい反語を使うとは思わなかったよ。
「リリアちゃん、おつかれ。これからどうする?」
「私が決めるようなことではないと思うんですけど……」
「だったら、君の姉に決めてもらう?」
「それはやめたほうがいいです」
「じゃあ、姫様は?」
「論外です」
「「ひどい言い草だよ!」」
二人してハモったけど、どうしようもない事実だ。基本的に私主権で進めてきたのは事実である。
「カルマさんは一度帰りますか?」
「また、ここを調べるための用意をしてから来るとしようかな。全員引き揚げさせるよ。……よかったら、もう一度うちに来るかい?どこへ行くかはそこで決めてもいいだろう」
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて。聞いてた?二人とも」
「「は〜い」」
「あとは……ティンクル君とアックスさんか」
私たちが最後尾だったのでとっくに出てきているはずなのだが、どこに行ったんだろう?
「あれじゃないか?」
カルマさんが指差した方向に二人ほどの影が見えた。さすがに暗いので遠目でハッキリと分かるほどではないが、他の隊員の人が二人きりでいるなんてことはないだろう。それ以前にいる必要がないし。
柔らかい砂を踏みしめて近づく。
気配には先にアックスさんが気づいたようだ。
「大丈夫?疲れてない?」
「まあ、疲れてるけどそこまでヤワでもないよ」
背負われてただけなのに疲弊してる人はいるけど。そちらについては言及しないでおく。してたらキリがない。
「とりあえず、一度戻ってカルマさんの家でこれからどこへ行くか決めようと思ってるの。今日はもう遅いから明日の出発になると思う」
「そう。ありがとう」
「とりあえずそれだけだから」
私が去ろうとするとアックスさんが立ち上がった。
「ちょっとカルマさんに聞きたいことあるからリリアちゃんここに残ってやってくれ」
「え?あの……」
そのままカルマさんのほうへ向かってしまった。
二人だけで取り残される。
どうしろと言うんだろう。
私がさっきいた位置からは精々二人いるなって確認できる程度だ。もちろん会話なんて聞こえなかった。
海のさざめきもあって余計にだろう。
私はとりあえずティンクル君の横に腰を下ろした。
「アックスさんと何話してたの?」
「まあ、世間話だよ」
「そう……」
特に話すこともないから、そこで会話は止まる。
波打つ音だけが定期的に響いている。
でも、隣にこうやって寄り添って座ってるだけで落ち着く。会話がなくて息苦しいなんてことはない。
「アックスさ」
「うん?」
「カルマさんの下について修行したいって言ってたんだ」
「そっか……。アックスさんが決めたことだもんね。それでいいと思うよ」
「たぶん、ここから先は僕たちと一緒に旅を続けることはないだろう」
「そっか……ティンクル君はどうしたい?」
「と言うと?」
「まだ旅続けたい?」
「……あまり続けても意味はないような気はしてるよ。もう少しは勉学にでも励んだほうがいいかもしれないね」
「国に戻る?」
「頼るようで申し訳ないけど、リリアちゃんの学校へ編入できないかな?あの国に戻る気は起きなくて。でも、旅はしてる意味が感じられなくて」
「……連絡はちゃんと入れるんだよ?」
「お母さんみたいだね。リリアちゃんは」
「一応アリスさんに聞いてみるけど、大丈夫かどうかは王様に聞いてみないと」
「普通そういうのはその学校の校長先生とかじゃないのかな……」
「私の学校の理事長が王様だから。というか、まだ学校がそんなに多く設立してないから統括は全部王様がやってるんだけど」
「王様、労動過多じゃないの?」
「だから、あそこの姫に働けって散々言われてるんだけどね……まあ、王様のお父さんがなんとか尽力してるから回ってるけど、代理は立てたほうがいいよね。進言しておくよ」
「……よく国がもってるね。分国の僕が言う話でもないけど」
「そうだよ!ティンクル君、王子様じゃん!」
「さも、今思い出した感を出さなくても……僕は末っ子だし、発言権はないに等しいよ?」
「そんなの中の話だし、外に出ちゃえば関係ない関係ない。これを機にうちの国で色々学んでもらおう。大丈夫。うちの王様は人格者だから。前任のお父さんは私のお父さんが極端に毛嫌いしてたけど」
「なんかどこかで聞いたような……」
「そうするとどこに住もうか……ま、それは後で決めてけばいいか。よし、みんなのところに行こう」
「先にテント立てておこう。もう、お姉さんたちと寝られるよね」
「その心配のされ方もどうなんだと思うけど……洞窟の中でも問題なかったし、あとは私が保護して連れ帰るから」
「そんな手負いの野生動物みたいな話なのか……」
「私がバーサーカーモードを使えばいいだけの話なんだよ」
「止めてさしあげてください」
止められてしまったので、出すことはやめる。そもそも、どういった状況下、条件下で発動できるかわからない。
およそ、あれこそ火事場の馬鹿力だったのではないだろうか。もしくは見境がなくなるほどブチ切れていたのか。
「……そっか。国に帰るのか」
「そういう話じゃなかったのかい?」
「お父さんにもお母さんにもちゃんと言って出てきたよ。お姉ちゃんを連れて帰ってくるって。目的は果たしたよ。でも、なにか足りないような気がして」
「夢の話?」
「……かもしんない」
立ち上がってみたものの、また座り直して顔を膝に埋める。このまま帰っても、また前の繰り返しなんじゃないかな。
今度は帰ったら居場所なんてないかもしれない。
そうしたら、お父さんとお母さんにも心配かける。
出てきたのは良かったけど、私もバカだったな。後のことを全く考えてなかった。
「何か不安があるの?」
「国に戻って、学校に復帰しても、次は私は一人ぼっちかもしれない。ティンクル君だって一つ上なんだし、ずっと一緒なんてことはできないし……」
「できるよ。リリアちゃんなら」
「え?」
「前の通りに。友達もいたんだろ?」
「そりゃ……あまり、多いとは言わないけど」
「ま、多分戻る頃には学校は夏休みぐらいだろう。その明けから復帰するって考えれば、そう大した時間でもないんじゃない?」
「私は凡才ですのでその分の勉強が遅れているのですよ……」
「なんか僕も一緒に一年からやり直してきたほうがいい気がしてきたな……」
「なら私が一緒にいるよ」
「それなら万々歳だ」
苦笑した顔が月明かりでくっきり見えて、それにつられて私も笑った。
でも、もうすぐ旅が終わるんだ。
そう思うと、やっぱり一抹の寂しさは募っていた。




