没落した勇者(3)
せっかくなんだからデートでもして来いと言われたが、今日は今日とてやることがあったので、またの機会とした。
別に急ぐこともない。時間なら自分たちで作ればいい。その場の勢いで付き合ったわけじゃないんだから。
今日は何をするかというと、あまり学校とかでも習わない勇者と呼ばれる人たちの活躍というか、そんなことが書かれた文献を探しに来ていた。
自分の父親が勇者だったこともあり、王様から私自身も勇者を名乗っていいと言われたが、それでも勇者というのがどんなことをする人なのかは分からない。
魔王を討伐して万歳で終わるわけでもないだろう。
お父さんの場合は、その後お城の憲兵として働いてるけど、ともすれば生涯勇者であることは無理なんだろうか。
でも、実際、何かしらの名目がなければ、勇者っていわゆるニートみたいなものだと思うんだけど、そう思うのは私だけですかね?
今や、学生という身分はないので、正直な話は私も晴れてニートな気もするけど……それだけは嫌だ。まだ高校は入学したばっかりなんだから、一年程度で戻れば何とかなるハズ。
「何とかなりますよね?」
「いや、俺に懇願されても、一応俺はもう高校までは卒業してるんだ。一人暮らししてたから、適当にこうやって旅に出ちまったけど……やべ、家賃どうしよう」
「僕が連絡してなんとかしておくよ。どうして、こう後先考えず出てきてる人ばかりなんだ……」
「いや、私はお母さんが一応薬屋営んでるから最低はなんとかなるよ」
「……なんでロロさんはそうしなかったの?」
「……さあ?」
その手もなかった訳ではあるまい。
あるいは、薬はまた違った知識が必要となるので、また勉強することをお姉ちゃんは嫌ったか。今はやりたいことをやろうとしてるみたいだけど。
まあ、ミーナさんにも断られれば諦めもつくだろうか。
そもそも、前提条件を間違ってるような気もしないでもない。
魔王になるからといって、大きな城を建てる必要はないのだ。とりあえず、寝食が出来る程度の建物であればそこまで問題はないのではないだろうか。
そこから細々とやっていくという考えはないのかな。お姉ちゃんは。
「まあ、お姉ちゃんの大それた野望は置いといて。今日はアックスさんの話を聞くためにこうして図書館に行くんだから」
アリスさんは例のごとく置いてきた。名目上はお姉ちゃんが逃げないようにしておくため。今更逃げる気もないだろうけど、念のためだ。
お姉ちゃんもミーナさんと一緒にいたいだろうし、年少組でこうして歩いている。
「図書館ってこっちで合ってたっけ?」
「いや、お前が知ってるんじゃないのか?」
「私はアックスさんが先導してるのだとばかり……」
全員が全員して人任せだった。
適当に歩きすぎて今現在どこにいるのかわからない。土地勘もないのだ。完全に迷子である。
「誰か地図持ってないか⁉︎」
「一応……私はもらったけど、本当に周辺の地図で屋敷出てからの道順までわからない。ごめんなさい」
「ああ、いや。リリアちゃんを責める気はない。年上の俺がちゃんと調べておくべきだった。どうしようか……この近くに交番かなんかないか?」
「え〜っと……」
辺りを見渡してみる。
あった。分かりやすく。なんて都合のいい交番だ。
見つけるやいなや、アックスさんが駆けて行った。
そして、私達二人は取り残される。
「そして、躊躇いがないね」
「突っ走る癖もあるからね。それこそ、一つ決めたら、やり遂げるまで他には目もくれないぐらいに」
「そういえば、なんで旅に出たんだろう?」
「一緒に聞いてみれば?」
「そうだね」
少しの間談笑していると、アックスさんが戻ってきた。
手にたぶんコピーしてもらったのだろう、地図を握って。
今度こそ、アックスさん先導で図書館へと向かうことにした。
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たどり着いた図書館は、この国の中央図書館らしく、かなり規模だった。うちの国にこんなのあったかな?
徐々に土地を広げてるらしいけど、まだそういうところには手が回ってないのかもしれない。帰ったら進言してみるか。
「ティンクル。お前はどうする?俺とリリアちゃんはとりあえず勇者についての本を探してくるが」
「そうだな……。まあ、適当にぶらついて面白そうなのがあったらそれを持ってくるぐらいにしておくよ。席は……まあ、空いてるか」
平日もいいところで、普通の人は学校なり仕事なり行ってるはずである。
私達がしてることは仕事の種に入るのだろうか。資金は出るけど。
そもそも旅に出るにも資金が必要だ。まあ、だからスポンサーとなってくれる人がいなければできないし、もしくは自分自身がお金を持っていなければならない。
だから、割と旅をしてる人はそれなりに裕福な人、もしくは偉い人とパイプがある人が大多数であると思う。
「私達、こんなことしてていいんですかね?」
「大義名分はあるんだ。気に止むことはないさ」
「正直、アックスさんは流浪人ですよね」
「……いや、確か君のお父さんも学校には行かず、ましてや俺の年で旅をしてたらしい……まあ、実の娘だし君の方が詳しいか」
「まあ、お父さんは祖父がすでに国王と繋がりがあったので、そこから資金が出てたみたいですけど。旅に出たのも、一応国王に頼まれたかららしいですし」
「そうか……俺とはやっぱり違うな」
「そう落胆することもないですよ。ティンクル君と繋がりありますし、希望はありますって」
「あいつが国王にでもなるならな〜。確率低いし」
確かに国王となるのは大抵は長兄だ。うちの国はアリスさんは女だし、選択肢はスターさんしかいなかったので、最初からそう育成されていたらしい。
私と変わらないぐらいの年でそれが嫌になったとかならなかったとかで、修道院で修行を積んでたらしいけど。王様の経歴もよくわからないものだ。
「そういえば、さっきティンクル君と話してたんですけど、どうして旅に出たんですか?別にティンクル君がいたからだけではないと思うんですけど」
「元々、旅には出る予定だったんだ。ティンクル君とは友人だったから資金提供してもらおうと思ってさ。だけど、あいついなくてよ。断念しようにもしきれず、ちょうどよく大会があって、腕にも自信はあったからああやって出たんだけどな」
「そこでさらに都合よくティンクル君がいた、と」
「まさか戻ってきてるとは思わなかったけどな。さらに、リリアちゃんに負けるとは到底思わなかったけど」
「遠慮なんてしなくてよかったのに」
「そう見えた?」
「ええ。まあ、確かに勝っても大顰蹙食らってたと思いますし、賢明だとは思いますけどね」
「もうあの時点で、勝とうと負けようと賞金はもらえたしな。勝敗はどうでもよかった。まあ、それを差し引いても強かったよ。きっと、お姉さんと戦ってた時があれが一番強かった時だと思うけどね」
「あれは、完全に切れてリミッター外れてましたからね。自分でも覚えてないぐらいですし」
「話が逸れたな。俺が出た理由か。まあ、それこそ自分探しが主な理由かもね」
「自分がその勇者の家系ってことも含めてですか?」
「……どうだろうね。イマイチ自分でもピンときてないんだ。親父が勇者だったらしいけど、それらしい活躍なんてしてないしな。まあ、国でそれなりに偉い地位にいるみたいだから、実力はあったのかもしれないけどさ。やっぱり、形あるもので実績があればとは思ってさ」
「そういえば、今でこそ魔王はいなくなりましたけど、前まではいなくなったら、新しい魔王がいたりしたんですかね?」
「一時の休息というやつだね。ただ、勇者対魔王の関係図もいつ始まったものかも調べるのも面白いかも」
「ありますかね?そんなの」
「魔王の存在自体もいつからあるものかわからないけど……まあ、勇者よりは先だろうね」
「確か、モンスターが出たのが1000年ぐらい前なんでしたっけ?」
「まあ、路上で出るレベルまで繁殖したのはそこからさらに100年あったらしいけど、少なくともその間は人間とモンスターが一緒に居たんだ。それは共存とは言えないのかな?」
「どう……なんでしょうね。でも、今以上にモンスターは増えることはないですし、それこそまた魔界とこの世界が繋がらない限りは」
「それで、晴れて勇者はお役御免ということだ。……でも、リリアちゃんは勇者を名乗ってるよね。それはどうして?」
「王様が、ただの少女じゃしょうがないから名乗っておけってだけです。それ以上の理由はないです。魔王がいないのに、勇者がいる必要はないでしょう」
もっとも、勇者なんてものも存在する必要性はなかったのかもしれない。
たまたま、魔王と対峙して、それに勝利して担ぎ上げられたものの末路なのかもしれない。
それ以来、きっと魔王を打ち負かすものとして、強いられてきたのだ。
自分の青春を犠牲にしてまで。
私も、こうして旅に出てるからには結局、犠牲にしてしまってるかもしれない。私が過ごすはずだった青春を。
こんな特殊なものではなくて、みんなと変わらなくて……。
「平凡が嫌でこうして私は旅に出たんです。でも、今になって平凡が良かったって……そう感じちゃうのは、贅沢な話なんでしょうか」
「贅沢な話だと思う、けど、君のお父さんは、その過ごしたかった青春を過ごせなかった。だから、君には本当はあまり旅には出て欲しくなかったんじゃないかな。憶測にしか過ぎないけど」
「行き当たりバッタリで出てきたんです。姉が家出して、行くあてもわからなくて、こうして平凡を抜け出すために旅に出て。もう、私の目的は達成してます。でも、お姉ちゃんの目的が達成してない。だから、まだ終わることはできないです」
「そういえば聞いてなかったけど、お姉さんの目的って何なの?」
「また話します。ここでは話せないことなので」
「?」
私は数冊見つけた本を抱える。
そして、ティンクル君の待つ机へと向かった。
まだ、アックスさんにもティンクル君にもお姉ちゃんが魔王の子供であったことは話していない。
だから、自分が新たに魔王となって、モンスターと繋ぐ役割をしたいと。
それがお姉ちゃんの目的で、きっといつまでも叶わない夢。
お父さん、私、本当にお姉ちゃんを止められるのかな?
お父さんが行った主な仕事が掲載されてるページで手を止める。
家ではあまり頼りないように見えるけど、私と同じぐらいに旅に出て、魔王と戦って、アックスさんと同じ歳でその脅威を鎮圧させ、お姉ちゃんを引き取ったのだ。さすがにそこは記載されてないけど。
私は……何してるんだろ。
お父さんのことはここに書かれていること以上に知っている。これ以上見ても仕方ないか。
元々の目的だったところを見よう。
私は勇者の歴史が書かれているページを開いた。




