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百合の勇者  作者: otsk
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夜明けの前に(2)

 シークの大きな体では、ティンクル君の魔法は避けきれなかった。

 シークの表面があちこち切れている。

 ティンクル君が放ったのは風魔法だ。

 ただ、空気をよほど圧縮し、突風の如きスピードでぶつけたのだろう。

 それは風の刃となり、シークにダメージを負わせた。


「(今のは……効いたな)」


「あんまりそんな風には見えないですよ」


 確かに傷ついてるのは表面だけだった。

 相手の戦意を喪失させるまでには至ってない。

 ただ、シークは動き回ることができないというハンデを負っている。

 まあ、こんな誰が管理してるのか、今も使われているのか分からない塔なんて多少破損しようが誰も文句は言わないだろうけど。

 もしかして……


「シーク、塔破壊して、私たちが怪我することに遠慮してる?」


「(……まあ、お前の姉に言われてることだ。嫁入り前の子を傷つけるなと。その代わり、一緒にいる男はどれだけいたぶっても構わないと)」


 姉よ、過保護すぎやしませんか?

 ……いや、私も自ら望んで傷つくわけにもいかないけど。かといって、身代わりにティンクル君を傷つけさせるわけにもいかない。

 優位はこちらにある……が、問題は、そろそろ月が頂点に達する頃だ。

 それが普段海で暮らすシークがここで、地上でその効果を発揮するのかは知らない。でも、今以上の力が発揮されることは確かだろう。

 でも、現時点で、シークのフィニッシュ、いわゆる”決め”にくる攻撃は分からない。

 向こうとて、こちらの戦意を奪えばそれで終わりのはずだが……力が最高潮になるまで時間を引き伸ばしてるのか。

 なら、その前に……だが、今もその状態に近い状態だ。

 長丁場になりそうだ。それまで体力は持つだろうか。

 せめて、夜が明ける前には。


「ティンクル君。体力持ちそう?」


「せめて、リリアちゃんより先にへばるわけにはいかないかな」


「そうこなくっちゃ。それと、ティンクル君、近接攻撃はできる?」


「残念ながら人並み以下だよ……どうやら、その才はなかったみたいだ」


 まあ、ティンクル君がなんか振り回して攻撃してる姿は思い描こうにも少し難しい。それなら、アックスさんに斧でも振り回してもらってたほうがいいだろう。あの人はあの人で本業は僧侶とか言ってたけど、真相はまだ定かではない。

 ただ、言えることは


「やっぱり不利だよなぁ」


「さすがに女の子に微妙に幻滅されたのは初めてだよ。そもそも女の子とこうやって関わる機会なんてなかったけど」


 と、いうことは確実に今はフリーだよね?

 いやいや、戦闘中に何を考えてるんだ。

 少し、テンションハイになっているのかもしれない。

 正直、シークを倒すビジョンは見えていない。

 でも、戦っていて今は楽しい。こんな感覚、学校では味わったことなかった。

 私も大概、戦闘狂なのかな。

 お父さんもお母さんもそんなことはあまりなかったようだけど。ただ、お姉ちゃんは結構色々噛みついていたらしい。やっぱりお姉ちゃんに私は当てられているようだ。


「シーク。少し聞いていい?」


「(あまり時間をかけるといいことはないぞ)」


「……なんか倒してくださいって聞こえるんだけど」


「(得てして、超えるべきものというのはそういうものだ。自分ぐらいは超えて欲しいとどこかで願い、そして、どこかでまだ負けるわけにはいかないと。きっと、君が超えるべき相手は……君自身が一番わかっているんだろう。だから、俺は踏み台でしかない。だが、その踏み台すら超えられないようでは、その理想を一緒に追う資格を持ち合わせてない。そういうことだ)」


「なんか、ダラダラ語ってくれたけど、そこに鎮座してなお、まだ私たちに負ける気はない?私を極力攻撃せずに?いいわよ。それが、甘えだってこと分からせてやるんだから!」


 私は徐々にシークの体力を削っていくことにした。

 私に意識を集中させ、ティンクル君が大きな魔法をぶつける。

 最も取れる最善の手。

 でも、どれだけそれを繰り返せば、終わりが来る?終わりはないのかもしれない。

 どれだけやっても、シークは倒れる気はないのかもしれない。

 だって、まだ目はギラついてる。

 俺はまだ倒れる気はないってそう訴えてるのが肌で感じる。

 いや、力が最高潮にあるのかもしれない。

 もしくは、決定打を決めようとしてるティンクル君の魔法の威力が落ちているのかもしれない。

 かなり消耗の激しそうな魔法だ。

 私に出来る芸当ではない。

 ティンクル君はそれしか使えない代わりに、それを極限まで高めたのだろう。

 エキスパート、というわけだ。

 私は全てが高水準だと評されている。

 でも、それはあくまで優秀の範囲を抜け出せていない。

 私が、きっと抜け出さなきゃいけないのはそこだろう。

 どこかで、自分が優秀だから、すべてが秀でていたから……誰にも負けないと、負けるわけないと、それだけの努力を重ねてきたから。

 でも、それが怠慢だったんだ。

 結局、井の中の蛙でしかなかったんだ。

 だから、シークにずっと勝てるビジョンが浮かばないんだ。

 ずっと、その姿にお姉ちゃんの影がチラついているんだ。

 ……お姉ちゃんが一番の超えるべき壁なんだ。だから、もう一つ私がレベルアップするために、私は私の殻を破らなければ。

 でも、どうやって?

 窮地に立たされたところで、火事場の馬鹿力が出るわけでもない。出たところでその場限りで、いつでも出せるようなものでもない。

 根本的なところが変えられないのなら、考えろ。

 それだけの頭はお母さんからもらった。

 失敗することを恐れるな。

 勇敢さはお父さんからもらった。

 そして、お姉ちゃんからは……。

 いつでも、どんな時でも挑戦する心をもらった。

 ……そうか、こうすれば。

 自分の雷の魔法を自分自身に流す。

 微弱な電気信号による、筋肉の動きの促進だ。

 そして、さらにシークの弱点であろうその雷を、今度は細身の剣に纏わせる。

 小細工だろうがなんだろうが、縋れるものには縋らないと。それがカッコ悪いなんて言ってるわけにはいかない。

 私は、いつもより高く跳んだ。

 それこそ、天井まで届きそうなほど、シークの頭は軽く超えた。

 あとはこの重力による加速を利用して、足りない分の重みを足して、一気にいく!


「やああああぁぁぁぁ‼︎‼︎」


 振り下ろす剣に迷いはなかった。

 多分、ただ単に攻撃を加えることだけに専念していたからだろう。

 でも、その剣は確かに捉えていた。

 ただ、ドーピングも同然なこの戦法では、体の負担も大きく、地面に着地するなり意識こそあれど倒れてしまった。


「あ、あはは。これは、私の負け……かな」


「(そうでもない。片目をやられた。すぐ回復するようなものでもない。そして、まだもう一人残っている。この状態では、さすがに相手取るのは難しいだろう。お前の勝ちだ)」


 ああ……よかった。私、勝ったんだ。

 本気の1割も出てないような相手にだけど。それでも、勝ったんだ。私。

 倒れた私の側にティンクル君は足早に駆け寄ってきた。


「ティンクル君……私たちの勝ちだって。えへへ」


「無茶するよ本当に。回復させてあげるから、とりあえず、今は休んで」


「ティンクル君、魔力は……」


「そんなの君が気にすることじゃないし、まだ僕はピンピンしてる。……少し情けないけど」


 ティンクル君は私を回復させながら、時折私を見て、微笑んだ。

 君はすごいね、と何度も繰り返した。

 でもね、きっと私一人じゃ何も解決しなかったよ。

 ティンクル君がいたから、あんな無茶もできたんだ。

 きっと、そんなことは気づく由もないんだろう。

 次起きたら、ちゃんと言うからね。ティンクル君のおかげで私は成長できたんだって。









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