空から見た世界
お姉ちゃん、私、空飛んでるよ。
自分の力じゃないけど、上から見た世界っていうのを感じてる。
あ、あそこにアリスさんがいる。あんなに小さい。
バカと煙は高いところに登りたがるっていうけど、今日ばかりはバカでいいや。
こんな景色、私だけの力じゃとても見ることなんてできやしない。
うん。でも、一人だと寂しいから誰かと共有したい。そのために、お姉ちゃんはティンクル君を一緒に乗せたんだろう。そのティンクル君はといえば、必死こいてシークの背中にしがみついていたけど。
「よーし!もう一周!」
「り、リリアちゃん……そろそろ、降りない?」
「ティンクル君は怖がりすぎでしょ。今までなんども人の上に立ってきたでしょ?」
「立場的な話であって物理的にこんな高いところまでは上らないよ……。いつ落ちるか不安で仕方ない」
「お姉ちゃんが信じたこのドラゴンを信じなさい」
「なんというか、リリアちゃんのお姉さんが一番信用ならないというか当てにならないというか……」
まあ、言うことは分からないでもない。やること破天荒過ぎるのだ。だから、ティンクル君がお姉ちゃんのことがあまり信用ならないと言うことにあまり腹を立てることはない。
付き合い始めて日も浅いのだ。お姉ちゃんの人となりを知りうるわけでもないし。
「まあ、お姉ちゃんもあまりできないことを口にするわけじゃないよ。ティンクル君を私と一緒に乗せたのだって、ティンクル君を信用してるからだと思うし」
「それはどういう意味かな」
「……まあ、自分なりに捉えてもらえれば」
この言い方だと、悪い意味でしか捉えられない気がしないような。
そうか。そうすればいいんだ。
「ほら、ティンクル君。こっち来て」
「ええ⁉︎ちょっ、ちょっと」
「ほら、上からこんな景色見れるなんてないんだよ?下からじゃ、永遠に叶わないんだから」
全て小さく見える。
まるで自分が大きくなったようだ。
今まで見上げてた景色が下を向けば見下ろして見えるのだ。なんか形容しがたい達成感を感じる。
「ほら、しがみついてないで、自分の足で立ってよ」
「落ちるんじゃないか不安で……」
「……一度落ちたらそんなこと言わなくなるかな」
「なんかとんでもなく恐ろしいこと言ってない?」
「私を守ってくれるって言ってくれた人が私に頼って高いところが怖いです、じゃ示しなんてつかないでしょ」
「そうだけど……」
「別に足がつかない場所にいるわけじゃあるまいし、言いかえれば地上だってマントルから見れば上空なわけだよ」
「とんでも理論だけど……まあ、そうなるね」
「まあ、マントルは見えないから怖くもなんともないし、掘らなきゃ進めないから、わざわざ怖がる必要性もないんだけど」
「リリアちゃんは僕を落ち着かせたいのか、バカにしてるのか、なんなの?」
「バカにはしなくとも……まあ、度胸ぐらいは見せてほしいかな」
「な、なにをさ」
「あ、シーク。この島をもう後一周だけして」
「これ以上長くしてどうするんだ!」
もちろん逃げなさせないためである。下はうまく飛べは海なので、うまく飛び込んで、うまく泳いでいけば無傷でも可能だろうけど、ティンクル君にはきっと無理だろうし。
別になにを期待してるわけでもないけど。
まあ、シークも察したのかどうか分からないけど、スピードを緩めて飛行している。
ティンクル君も腹を決めたのか、真ん中あたりに行って、腰を落ち着けた。
「とりあえずここなら話を聞く」
「なんとも情けない。まあ、いいけど。ティンクル君はこれからどうしたいのかなって思って。正直言えばもう私の旅はほとんど完結してる。お姉ちゃんも連れ戻せば、それでよかっただけのものだったから。……ティンクル君は何か成長出来た?」
「そういうリリアちゃんはどう?まあ、二ヶ月経たないぐらいだけど」
「……あまり変わった気はしないかな。結局、いつも通りな気がする。お姉ちゃん見張って、アリスさん見張って……なんかおかしい」
「いや、普段どうしてたのか逆に気になるよ」
「あんまり面白い話でもないよ?」
「それでもいいよ。きっと、二人でいるのもあんまりない時間だろうし。あの人たちがいたら結局こうして会話もゆっくりできなさそうだ」
「ふふ。そうかも」
ティンクル君はキョトンとした顔で私を見ていた。
「なんか、私変なこと言った?」
「ううん。ただ、女の子っぽいなって。仕草が」
「なに〜?今まで女の子っぽくなかったって〜?」
「そこまで言ってないから!その……リリアちゃんは可愛いと、思うよ」
なんか微妙に区切りが入った言い方になるのはなんでだろう。あまり軟派な言い方になってしまいそうなことを口にすることは少ないからだろうな。
「闘技場でもさ、可愛い、可愛いって言われたけど、多分、本当の私見たら幻滅するよ。そんな可憐な子じゃない。ガミガミうるさいし、すぐ手は出るし……だから、お母さんからはもう少しおとなしくしなさいって言われる」
「でも、それは全部リリアちゃんで、隠し事がないようにも感じるよ。僕にも……さすがにまだ手は上げられてないけど、結構きっぱり意見を言われるのはリリアちゃんが初めてな気がする。仮にも王子なんだ。それなりに敬意を払われてたりもするし、あんなんたけどアックスもそれなりに言葉は選んでくれる。まあ、あいつは根が優しすぎるんだろうけど」
「あ、ようやく言葉が崩れてきた」
「そうかな?」
「私の方が年下なんだよ?なのにずっと堅苦しい感じでさ。私がぶっきらぼうすぎるのもあるかもしれないけど。お姉ちゃん譲りだから、どうにも少し攻撃的というか」
「ツンデレ?」
「それは違う」
王子のくせになんでそんな言葉を知っているのか?もしくはそういうジャンルに興味を持っているのか。
はたまた……。いや、直接聞いてみよう。
「ね、ティンクル君。ティンクル君はどんな子が好き?」
「また、ダイレクトというか、抽象的というか……」
「もしくは付き合ってた人がいるとか」
「……縁談の話はあったよ。古臭い風習さ。でも、どこかで普通の青春を望んでた自分もいた。だから、縁談はどんな人でも断った。でも、僕は普通じゃなかったから、普通であることはできなかった。だから、こうして普通じゃない自分を振り払いたくて、僕のことを知ってる人がいない……旅に出たんだ」
そうして、私たちに出会った。
結局、帰った国では自分の家には戻らなかったらしい。
自分ことを知っている人がいれば、それだけで自分の価値は決められてしまう。
それはなんとなく分かる。
私もきっとそうなのだろう。
でも、普通じゃないってなんだろう。どうあれば、普通と定義できるんだろう。何をもって普通とされるだろう。
でも、そんなことはこの世界に比べたらほんのちっぽけなことだ。
少し視点を変えれば、見方も変わってくる。
空から見た世界と地上から見た世界では、全くの別物だ。
ひとまず、空の世界は堪能した。ずっと飛行してもらうのはシークも疲れるだろうし。そろそろ、あの無人島へ降りてみることにしよう。
「ね、ティンクル君。ティンクル君の旅に終わりはある?」
「どうだろうね。それを決めるのは他でもない僕自身だ。何を持って終了し、ゴールとするのか。明確な目標はないよ。もしかたしてら死ぬまで彷徨ってるかもしれないし、明日、急にやるべきことが見つかるのかもしれない」
「王様になる気は?」
「言ってなかったかな。僕は三男なんだ。だから王位継承できる確率は低い。上二人は男だし、まあ、一番上は姉なんだけどね」
「へぇ〜そんなに兄弟いるんだ。
私もお姉ちゃんは血が繋がってないし、あ、もう一人下に妹いるんだ。でも、男の兄弟はいないから」
「いやいや。いてもお互い鬱陶しいだけだよ。女の子だけのほうが花があっていいじゃないか。男はむさ苦しいだけだし」
「ん〜?」
「どうしたの?」
「いや、ティンクル君は女の子よりの顔だからそんなに兄弟むさ苦しくなるものかなって」
「どうにも僕は母親の血を濃く継いだらしくて、兄達は父親似なんだ。だから、僕はおもちゃだ。女みたいだって。でも、いつも姉が守ってくれた」
急に高度が下がったかと思うと、すでに地面に着陸していた。
「(次はいつ来ようか?)」
「明日の日没で。夜空も見てみたい」
「(いいだろう。楽しみにしてな)」
なんか実際に喋ったら渋そうな声だ。今のは脳が声として認識してるわけではなく文字として認識しているのだ。
二言、三言ティンクル君も挨拶をしてシークは深く、海の底へと行った。
空ではないんだな、とまたどうでもいいことを考えていた。
「ね、ね。ティンクル君の話まだ聞きたい。いい?」
「こちらこそ、あまり面白くないかもしれないけどね。せっかくだし、砂浜に座って話そう。気持ちよさそうだ」
数分前まで自分がいた空は遠くなった。
でも、私が生きるの結局ここなんだ。
その地面でも綺麗なものはたくさんある。
その地面に腰を下ろして、私はティンクル君の話に耳を傾けた。




