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百合の勇者  作者: otsk
20/48

お姉ちゃんの友達

 どれぐらい歩いただろう。

 女の子の足にこれは苦行以外のなんでもない。

 でも、お姉ちゃんもちゃんと歩いたのかな?


「いーや。ロロちゃんは基本的にソード君がおんぶしてたから、正直言うと旅してる間に自分の足で歩いてたの、あまり見たことない気がする」


「お姉ちゃん……」


「私は虚弱体質なんですー。今でこそだけど、昔は日の光にも弱かったぐらいだし」


「体質なんですか?」


「少しながらモンスターの血が流れてまして」


「ま、そうでもしないと空を飛べるのに説明がつかないからね」


 あくまでも魔王の娘であることは伏せておく。

 私は聞いただけで事実は知らない。その事実を知ってるのは、当時旅をしてた、お父さんとお母さん、王様にアリスさん。あとはエドさん……ぐらいかな?

 いない以上は証明のしようもない。

 そもそも、昔から魔王というのは悪の象徴ともされてる。それなのに、お姉ちゃんはわざわざ魔王になろうとする。

 理由はまだ各地に残っているモンスターと仲良くして欲しいからその架け橋になりたいから。

 今日はその第一歩として、お姉ちゃんが唯一友達になったというモンスターに会いに来た。

 来たはずなのだが……。


「えっと、向こうの島ですよね?どうやって行くんすか?」


 結局あの国からアックスさんも一緒に来てもらった。少し貞操に危機感を覚えることがなくなった。なぜに、男の子より女の人に危機感を覚えなくてはいけないのか。相変わらず疑問を抱いている。

 最近はアリスさんを押しのけてお姉ちゃんと一緒に寝てるけど。

 そして、そのアックスさんが疑問を呈した通り、海沿いには来ていた。

 だが、その目線の先にある島が目的地らしいが、どうにも船らしきものも見えないし、どうやっていけばいいんだろう?


「空を飛んで行こう」


「それが出来るのはあんただけじゃ!それともお姉ちゃんがみんな抱えて島に行く気?」


「だから一人で行こうって思ってたのに……」


「なんだって⁉︎」


「いえ、なんでもないです……」


 でも、前にも来ているはずなのだから、他に方法があるはず。

 仕方ない、ここは恥を忍んででも聞いてみるか。


「アリスさん」


「なんか、いかにも私には聞きたくありませんオーラがすごいんだけど。実際にはロロちゃんに聞くべきなんだろうけど、この姉は役にたたなさそうだから、消去法で私しかいないな感がすごいよ」


「実際その通りですから」


「バッサリだなぁ〜。私お姫様なんだよ?どうしたらここまで嫌われるの?」


 以前のあなたの行動を思い返せばいいと思います。


「ま、それはともかく。なんか一週間に一回周期で潮が引いて道ができるらしいんだよ。でも、その時間も一時間程度。次はまた翌日くるかもしれないし、また一週間後かもしれないっていう話」


「じゃあ、下手したらまた一週間ぐらいここで待たなきゃいけないってことですか?」


「だろうけど……。まあ、今となってはモンスターもいないだろうし、船を出してもいいと思うんだよね」


 以前はここで海の家らしきものを開いているオジさんがいたらしい。

 その人もどこに行ったのか分からないようだけど。しかも20年ぐらい前の話になるし。まあ、その人が研究しただとかなんとかでその道が出るタイミングを教えてもらったらしいのだけど。


「いや〜あの時は帰る時どうするんだ?って話になっちゃって大変だった」


「どうやって帰ったんです?」


「海竜ってドラゴンに乗せてってもらった」


「……では、その海竜が友達になったってモンスターですか?」


「んや?そいつはその子の親。海竜の子供と友達になったんだよ。名前はシークっていうの。私が名付けた」


 そんな話は初耳だ。


「ちなみにその子はソードが召喚魔法で失敗して変なところに召喚されちゃったらしいんだけど」


 そして、うちの親も親で何をやってるんだ。

 召喚魔法の話はまだ眉唾程度のことらしい。ただし、お母さんは使えるらしい。だから、なんで使えるのよ。


「まあ、召喚だとどうしても主従関係が生じちゃうからね。それを嫌ってウィナちゃんはやりたがらないらしいよ」


 結局、モンスターを召喚するのに成功したとして、それを制御できなかった場合の危険性が高いと判断されたために、召喚魔法を作る話は頓挫したらしい。元を作ったのはお父さんだって話だけど。

 あの人は魔力ないくせに何をしたかったのだろう。


「やっぱりどこかから船をかっぱらって来ますか」


「どこにそんなものがあるのよ」


「ないですね」


「ところで、お姉ちゃんはここからあの島まで自力で飛んで行くことは可能なの?」


「あれ以外に遠いんだよね。私、道が出来た時に走ってたけど力尽きたから」


 スタミナがなさすぎる。姉も速いことには速いのだ。ただ、速すぎる反面、すぐにバテる。この調子じゃ、ここから島までにたどりつくまでに海に墜落してたかもしれない。引き止めておいてよかった。


「じゃあ手立てもなくここに来たと?」


「いや、あの時とはさすがに体力に差があるから私だけで行く分には大丈夫……だと思う」


「マイナス方向になってないといいけどね」


「むう。リリアが冷たい」


 時期柄もう夏ということもあり、いっそのこと泳いでもいいんじゃないだろうか。着衣泳はできないけど。

 いや、根本的に水着なんて持ってないし。とても着れたもんじゃないし。

 結局、打開策も見つからず、全員して頭を悩ましていた。今から船を作るのにも五人乗るのには十分な耐久があるものは作れないだろう。


「いっそのことこっちに呼びますか」


「呼んだところで来てくれるのか。それに今もここにいるとは限らないんだよ?」


「いーや。いるね。私の勘がそう告げている」


 この姉の圧倒的自信はどこから来るんだろうか。結局出鼻くじかれて、躍起になっているようにも見えるけど。そんなに事を急ぐような問題でもない。むしろ急がなければ急がないだけその方がいいとも言える。

 受け入れられる可能性は限りなく低いんだから。

 むしろ、そんな人に懐くモンスターがいた事の方が驚きだ。


「アリスさん。こう聞くのもなんですけど、本当に友達なんですか?」


「多分、一番ロロちゃんに懐いていたとは思うよ。最初は卵で発見されて、ロロちゃんが孵したんだから」


「……普通、1日2日で孵るようなものでもない気が……」


「ソード君が召喚したかもしれないっていうのは聞いたよね?それがソード君が最初の旅を終えて直後あたりだから最低でも2年は経っていた計算なんだよ。まあ、何処かの誰かに計算されたかのようでもあるけどね」


 そもそもドラゴンの卵がいつ孵化するのかも分かりはしないんだから、そこは本当に偶然の産物なんだろう。お姉ちゃんはなんか天性のものか分からないけど、どんなものにも好かれる傾向にあるみたいだし、確かにお姉ちゃんの魅力があれば、モンスター自体を律することは可能ではあるだろう。

 人も耳を傾けてはくれるだろう。でも、傾けてくれるだけで聞いて、それに同意をしてくれるかはまた別問題だ。否定してばかりだけど、それもまた事実で……私にはどうしようもない。

 そう考えると、少しやるせない。

 でも、そう考えていた隣でお姉ちゃんはシークと名付けた海竜の子供を呼んでいた。

 もう、20年も経つのだから私より年上でとても子供とは言えないものなんだろうけど。

 そして、お姉ちゃんの声は海に吸い込まれていった。届いたかどうかわからない。


「はあ……。リリアの言う通り、やっぱりもういないのかなぁ?もうどこかに行っちゃったのかな。また来るって約束したのにこんなにも時間が経ってちゃ愛想もつかされるよね」


 私も少しつっけんどんにし過ぎたかもしれない。お姉ちゃんが落ち込んでいるのを見て、そう感じていた。

 でも、少し間を置いてから、地響きのような音が鳴り始めた。


「な、なに?」


 ティンクル君が動揺する。なんだか、波も荒立っているようにも見える。さっきまであんなに穏やかだったのに。

 もしや、これが一週間に一度来るという干潮の前触れなんだろうか?

 やがて、海の中央付近に渦潮が発生する。こちらへ波が来ることはなさそうだが、何が起こるとも分からないので警戒はしておく。

 そして、こちらへ届こうともするような水飛沫を上げ、何かが上空へと海面から出てきた。

 出てきたものは紺色の鱗を背面にびっしりとつけ、水かきが発達した足部。人間の手にあたる部分は翼を携えていた。

 ああ、あれがモンスターというものか。

 私はそう直感していた。

 ただ、驚きで惚けていたものの、モンスターは攻撃をしようとする意思はなさそうだ。じゃあ、私たちの誰かに用があるから出てきたのかな?そんな人物がいるとするならば、一人しかいない。


「シークぅぅぅぅ‼︎」


 こちらにまで降り立った竜にお姉ちゃんは駆け寄っていった。あれが、海竜の子供なのか。子供と言われていたせいで正確な大きさなど分かったものではなかったが、いざこうして対面してみると圧倒的だ。ゆうに5メートルはあるだろう。


「はぁ〜大きくなったねぇ」


 アリスさんは感慨深くそう呟いていた。やはり、会った当初よりかなり大きくなっているだろう。

 でも、あの洞窟であったドラゴンよりはまだ小さいかな?


「あの……ロロさん。大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。私が生みの親だし」


「それだと微妙にニュアンスが変わってきますけど……」


 微妙どころか大分違う。お姉ちゃんは卵から孵しただけだし、卵を産んじゃいない。

 いや待て?お姉ちゃんは子供を産むとしたら卵で産むのか、母体で育てるのかどっちだ?


「お、お姉ちゃん」


「なに?リリア。なんかよそよそしいよ」


「いや、もしお姉ちゃんが子供を産むとなったら子供がどうやって産まれてくるのか気になって」


「基本的には人間と一緒だから鳥類とか魚類みたいに卵で産むなんてことはないよ」


「なんか安心した」


「そうだ。せっかくだし、リリアもシークに乗せてもらいなよ」


「へ?」


 も?


「他に誰が乗るの」


「そうだなぁ。ティンクルくーん。シークに乗ってみない?」


 そもそも、根本的に乗せてもらえるものなのかが甚だ疑問なんだけど。

 少しティンクル君は渋っていたので、私を放置してお姉ちゃんは説得に行ってしまった。

 そして、海竜の側にポツンと残されてしまう。後の二人はなぜか遠巻きだし。


「え、えっと……シーク、さん?は人と会話できたりするんですか?」


 あのドラゴンを見た限りはドラゴンなら人の言葉を理解して話すことも可能だと感じた。だけど、全部が全部そういうわけにもいかないと思うので一応確認を取っておく。


「(君は……?)」


 頭の中に直接語りかけてくるような声が聞こえた。幻聴ではなく、シークが直接私に語りかけているんだろう。


「私はリリア。リリア・ブレイバー。以前勇者にあったことありますよね?その娘です。ロロは私の姉です」


「(不思議と、あの人のことは覚えていた。親から話で聞いていただけだけど、声を聞いて、姿を見て、あの人はあの時の人だと)」


「あの……直接声を出せないんですか?」


「(まだこれが限界だ。教えてくれる人もどこかへ飛び去っていった。次にここは守るのはお前の役目だと。……君には関係のない話だね。どうしてここに?)」


「魔王が消滅したのは知ってる?」


「(まあ……そんな気はしていた。なんせ、大半を海の中で過ごす。魔王城というのも話でしか聞いたことがない。では、もうモンスターを統率するものはこの世界にいないということか)」


「元々好き勝手やって、都合のいい時だけ魔王のせいにするような奴らだと思ってたけど」


「(それは偏見だな。そう思われてても仕方ないか。モンスターは手当たり次第に人を襲った。そのために人間もモンスターを返り討ちにしようと力を蓄えた。結果はモンスターが負けた、ということだ。だから、俺も目立たないようにこうして海の中で基本的には生活をしている)」


「他に、モンスターはいないの?」


「(残念ながらな。それこそ、モンスターといえば、元来いた地球上の生物の亜種、突然変異とも考えていいかもしれない。まあ、俺みたいなのは本当に何億と前から再生されたようなものでもあるんだろう)」


「……ねえ。あなたにとって、ここは住みやすい世界?それとも窮屈?」


「(住みやすくても、窮屈でも、この世界で生きていく他ない。例えば、人間に襲われてそこで命を落としてもそれが一生だと割り切るしかないんだ)」


「……きっと、ここにあなたがいることは私たちしか知らない。私はお姉ちゃんからあなたのことを聞いたこともなかった。どこから情報が漏れて、あなたのことが知られるか分からなかったからだろうね。もしくは、もう二度と会えないかもしれないって割り切ってかもしれないけど」


 20年の歳月を経て、こうしてまた再開したわけだが。


「(話を戻そう。なぜ、ここに来た?)」


「お姉ちゃんがここに来た理由よくわからない。でも、私はあなたに会ってみたかった。私の国の近くには洞窟があって、そこにもドラゴンが一匹いたの。そこで言われたんだ。お姉ちゃんを助けたいのなら、私自身が強くならなくちゃ、モンスターがどんなものか理解しなくちゃいけないって。お姉ちゃんは、また魔王になってあなたたちと人間の架け橋になりたいんだって。……そんなの、無理に決まってるのにね」


「(無理だと思ってるのなら、なぜ君はお姉さんを助けたいと思ってる?説得して辞めさせるのが答えではないのか?)」


「……答えはそうなんだけどね。お姉ちゃんがやっぱり無理、って諦めるまでは、妹の私が可能性を潰しちゃいけないって思ったんだ。目が合った瞬間、気配を察知した瞬間、襲ってくるようなモンスターはいなくなった。まあ、それは20年も前からそうで、私の親が勇者をやってた時は魔王自身が人間に歩み寄ろうとしてたみたいだよ」


 結果は伴わなかったけども。じゃあ、お姉ちゃんはそのお父さんの影を追いかけて?お父さんが出来なかったことを自分やり遂げる気なのかな?


「リリアちゃん……」


「あ、ティンクル君……って、なんでそんな疲弊してるの?」


「まあ……聞かないでもらえると助かるかな」


「(そっちの少年は?)」


「…………」


 口を開けて呆然としていた。

 いちいちリアクションが大げさである。


「こちら、ティンクル君。私の旅の仲間です」


「はっ!ぼ、ぼく、ティンクル・フルスタです」


「(そちらの……リリアと言ったか?女子のほうが肝が据わってる。そんなで悔しくないのか?)」


「……喋れるの?」


「思念を送るような形だけどね。会話は成立するよ」


「そうなのか……」


「(で、結局どうするのだ?)」


「ん〜。とりあえず、背中、乗せてもらっていい?向こうの島まで行きたいの。この人も一緒に」


「(随分と仲がいいようだ。羨ましい限りだ。俺には、同族というものがいない。いつか、会ってみたいものだ。その、ロロさんと言ったか。彼女はいいのか?)」


「とりあえず、私たちを乗せてあげてみたいだけだから……。適当にあの島で降ろして、1日経ったらまた乗せてもらえるかな?」


「(肝が据わってるというより、だんだん図々しいと言える感じもしてきたが……。まあ、良いだろう。その代わり、あの島には俺もそのまま滞在する)」


「まあ……それは構わないよ。私としてはむしろそっちのが目的だったりもするし」


「竜に乗れるのか……。思ってもみなかったな」


 確かに、旅に出ることがなければ、竜に乗るなんて機会は未来永劫来なかったかもしれない。お姉ちゃんといるせいで、突飛なことには慣れてしまったが、中々あることではないのだ。


「(さあ、乗ってくれ。あまり地上に長く出ているのも俺にとっては得策ではない)」


 確かに普段海中に潜っているのだから、それも人目につかないように。

 頼んでおいてなんだが、厚意に甘えておくことにしよう。私が先に乗り、ティンクル君がその背中に飛び乗ると同時に、シークはその翼を大きく広げて羽ばたいた。





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