戦いの前に
広い闘技場。
屈強な人ばかりが集まった空間。
その中に華奢な男女が立っていた。
まあ、当然絡まられるよね。
「なんだぁ?そんな細身で。怪我しても知らねえぞ」
「大丈夫です。いざとなったら、この人が助けてくれますから。ねー、ダーリン♪」
「…………」
ティンクル君はフードを目深にかぶって、そのまま頷いた。
顔が見えなければ、まだ男には見えるのかもしれない。
それでも、線が細い事には変わりないけど。
声を出さないのは、予選からバレたら困るとのことで。
受付の時点で断られそうになったが、押し通してました。
権力って強いね。
「イチャイチャしやがって。真っ先に痛い目に合わせてやる」
まあ、いかにもな小物くさいセリフを吐き捨てていきました。
「あ、あの……リリアちゃん」
「ん〜?」
「女の子なんだから……その……当たってるというか……」
「私のわずかな凹凸が分かるとは」
「いや、だからさ……僕も男なんだから……色々困るというか……」
「もう〜だらしないな。ダーリン」
「それも止めてくれると嬉しいかな……」
「だって、名前呼べないし。下手に別行動になってもいかんでしょ。アリスさんは上からきっと歯ぎしりしながら見てると思うけど」
「それが一番怖いんだよ」
「その時は私が守ってあげるから」
「調子いいな……」
そう言いながらも、目ぼしい人を探しておくことにする。
当たってる部分はティンクル君が私を女の子として認識してくれているとポジティブに受け取っておくことにしよう。
いや、痴女じゃないです。
ないから逆に感じないんです。
言ってて悲しくなってきた。もう少しぐらい大きくてもいいじゃない……。
「ほら、そろそろ始まるよ。リリアちゃんはどっちで戦う気?」
「基本魔法で、臨機応変に剣を使ってく感じかな。中央あたりに攻撃すればいいかな?」
「そんな横暴な方法でいいのかい?」
「多数を一気に撤去させるにはちょうどいいと思ったんだけど……」
「一応さ、僕もこの国の王子だから極力被害が出るようなことをしたくないんだけど」
「こんな大会に出て何を言っているのやら」
「君を止めるためだよ……」
「私が暴走するとでも?」
「今の発言を聞いてしないと思わない方がおかしいとは君は思わないの?」
「むぅ……。自重しても負けそうな気がするから、それは聞かなかったことにするよ。逆に近くにいたら戦えなさそうだからアデュー」
「こ、こら!」
ティンクル君を振り切るとほぼ同時に、戦いの火蓋が切って落とされた。
私の計画では、ティンクル君に守ってもらってる間に、上からドカンと魔法を落とす予定だったけど、向こうが少し非協力的なので、地道だけど、来た相手だけに絞るとしよう。
サシで負ける自信はないし。
まずは端っこの方で全体を見ることにしよう。
足を止めた時だった。
空には何かが羽ばたいていた。
その何かは魔法を放ち、地上へと氷の刃を降らす。
そして、ご丁寧に、私も離れていなければ、このフィールドの餌食だっただろう。
すでに氷のリンクだ。
今からアイススケートでも始めるの?
「そ、そうだ。ティンクル君は……」
あの攻撃に巻き込まれたのだろうか。
手を離すんじゃなかったかな……。
怪我してたらどうしよう……。
「リリアちゃん!」
「あ、ティンクル君。よかった〜」
「怪我はない?」
「丁度離れた場所だったから。この辺りは氷は張ってないでしょ?」
「にしても、これはいったい……」
中央付近にいた人はほとんど倒れていた。
立ち上がろうにも下が氷のリンクなので、滑ってしまう。
「よく無事だったね」
「凌いできた……って言えばかっこいいんだろうけど、リリアちゃんを追いかけてたら偶然避けれたって言った方が正しいかな」
「にへへ」
「な、なんで笑うのさ」
「わがまま言って行っちゃったのに、追いかけてくれたんだ」
「……君を守るって言ったからね。男に二言はないよ」
「よし、よく言った。私たちが目指すはあの空を飛ぶ天使だよ」
上空に浮かぶその姿は、高く、こちらからは少し見にくい。
だけど、その姿は誰かよくわかる。
15年間ずっと一緒にいた、お姉ちゃんだ。
「まったく……何をしてるのやら」
「リリアちゃんのお姉さん?」
「私は他に背中に翼を生やして翔べる人を知らないよ」
「……倒すんだよね?」
「もちろん。魔法は分からないけど、剣だったら絶対にお姉ちゃんにも負けない」
どうにも元より剣の重みに耐えられなかったようで、早々に諦めたらしい。
やっぱり、甘やかした結果か。
姉といい、アリスさんといい、知り合いに甘やかされて育った人が多すぎる気が……。
いや、アリスさんは私の年ぐらいまではかなり英才教育を受けてたらしいけど。それでも、今の堕落っぷりは誰の責任なんだろう。
でも、私も大概だろうな。
初めての子供で、私は、お父さんとお母さんから随分と甘やかされた。
妹が生まれてからも、平等に育てられてきた。
お姉ちゃんも血が繋がらないからって阻害することなく、本当の私の姉ように、きっと立派な姉でいるようにいてくれた。
だから、あの人は、ずっと、これからも私の姉だ。
何で一人でやろうとしてるんだろう。
今度こそ、とっ捕まえて、吐かせてやる。
「ティンクル君!護衛お願い!私は、お姉ちゃんを撃ち落とす!」
「いきなり物騒だなぁ。……その代わり、外すんじゃないよ」
「私をその辺のヘボ魔法使いと一緒にしないでよね」
かつて、最強の魔法使いを冠した母親の遺伝を引き継いでるのだ。
さらに努力も重ねてきた。
同年代に負けた記憶はない。
残ってる人たちは、うーん。あれだけ派手にやったのにまだ残ってるなぁ。
50ぐらいか。
時間もまだ30分ぐらい残ってる。
ルールは言ってなかったが、肩に割と簡単に割れるボールをつけている。
だから下手に転がっても割れる心配もある。
だから、姉は勝手にこけて適当に傷つかない程度にしたかっただけだろう。
たまたま、私のように端っこにいたか、姉のことを察知して範囲外に避けたか。
とりあえず、実力をはかるために、私は魔法を放った。
ここからが、私たちの戦いの始まりだ。




