第二話 瘴気まといし樹海の鬼
障子がカタカタッと音をたてながら開かれ、隙間からなにかが崩れ落ちた。
光る両目に毛むくじゃらの体、腰から分かれた二本の尻尾……。
「……猫又!?」
きれぎれの息遣いがきこえる。しかし、うつぶせに倒れたまま動かない。
「どうした!何があった!?」
大目入道が猫又を抱き起こす。猫又の体は傷だらけだった。二本に分かれた尾も力なく垂れ下がっている。猫又はまぶたを僅かに持ち上げるが、仲間の姿を見て安心したのか目を閉じる。
「猫又!!」
「待って!」
猫又を揺すろうとする大目入道の腕をろくろ首が抑える。
「気絶してるだけよ。でも、少し休ませてあげて」
「……すまない」
「いいえ……仕方ないわ」
大目入道は猫又をろくろ首に預け、立ち上がる。
「外でなにかあったみたいだ……。手分けして状況を把握する」
「ろくろ首は猫又を頼む」
ろくろ首は猫又を抱えながら頷く。
二人を置いて、妖たちは部屋を後にした。
◆◇
この社には東・北・北西・南にひとつずつ鳥居が建てられている。妖たちは四つに分かれ、それぞれの鳥居に向かって駆け出した。
「あの傷、恐らく…樹海の鬼だな」
走りながら大目入道が言う。
「ばかな!結界がある限り、奴らはこの社には入れないはずだ!」
妖たちが大目入道の発言に反発する。
「……他に考えられないだろ」
信じられないと騒いでいた妖たちも次第にその絶望的可能性に黙り込む。
静まり返った空気の中、少女が口を開く。
「ねえ、樹海の鬼ってなーに?」
「俺も奴らについて詳しくは知らない……社にいる妖の中には樹海を彷徨っているときに他の奴が瘴気に包まれて怪物みたいになるところを見たって奴もいるが、記憶も曖昧でほんとかどうか……」
大目入道は一度言葉をきると、「でも……」と続けた。
「唯一わかっていることがある。奴らは俺らを標的に襲ってくる。理由は知らんがな」
話終えた大目入道の顔は不安と恐怖が入り混じっているようだった。
「怪……物……」
少女はタッタッと大目入道の後ろを走りながら目線を床に落とした。少女が表情を暗くしたことに気づいた大目入道が言う。
「まあ、細けえことは気にすんな。いざとなったら俺たちが譲ちゃんを守ってやる」
「けがしないでね?」
心配そうにきく少女の言葉に「おうよ!」と大目入道以外の妖たちも答える。と、庭に出たところで大目入道の足が止まる。
本来、4本ある鳥居と鳥居の間にそびえたつ柱が敷地を円を描くように囲み、結界の陣をつくっているはずなのだが…。それが今、侵入した樹海の鬼に鳥居や柱が壊され、消えかかっていた。
「……悪い予感ってまじで当たるんだな」
大目入道は信じられないというようにこめかみをおさえる。
「やっぱりなにかおかしい」
盲目の死霊が呟く。
「なにがだ?」
「あなただって気づいてるはずです。結界が消えていないのに樹海の鬼は敷地内に入ってるってことは――」
「――結界が樹海の鬼以外の理由で弱まったってことになる……ってことだろ?」
盲目の死霊の言葉を大目入道が継ぐ。
「他の理由?」
少女が聞き返す。
「そう、他の理由。そして、これは前にも一度だけ起きた……」
「ああ、わかってるよ。また誰か来たってことだろ?」
「迎えかもな……」
大目入道が少し寂しそうに顔を俯かせる。
「だったら、おとなしく返すのですか?」
「……わからない」
「なんの話?」
少女が聞くが、盲目の死霊は首を振る。
「いいえ、なんでもないですよ」
ドゥォォォッガァアァァァァンンッ!!!!
突然、地響きとともに柱がまた1本壊された。
「なっ、柱が……!」
「……くっ!話は後だな、樹海の鬼を止めるぞ!」
大目入道が指揮で、結界を維持させる者と樹海の鬼を追い出す者に分かれる。
「大目入道、私は?」
「譲ちゃんは盲目の死霊と社で待ってな」
そういい、大目入道は少女を盲目の死霊に任せ、樹海の鬼のもとへ仲間と駆けていく。
樹海の鬼はすでに三体も侵入していた。獲物に気づいた樹海の鬼はギラリとした鋭い目で大目入道たちに狙いをさだめた。