第一話 見つからない答え
怪しげな闇に包まれた空、全てを飲み込むように生い茂る樹木。樹海の中心の開けたところに一軒の大きな社がある。社からは楽しげな笑い声が漏れ聞こえる。
社の中では、大目入道や死霊、河童に、かまいたちなど、様々な妖たちが宴をしていた。その中心には巫女服を着こんだ少女がいる。夜空を思わせる青く澄んだ瞳、艶やかな黒髪は後ろに束ねているまだ幼い少女。今日は少女がこの社に初めて来た日だ。
「ほらほらー! お酒なくなったら言ってねー!」
少女が小さな体から声を張り上げる。
「え、いや今日は嬢ちゃんのための宴だよ!?」
「そうそう、だから嬢ちゃんは座って座って~」
「酒注ぐくらいオレらでもできるからよー」
妖たちは少女からお酒を取り上げ、少女を座らせる。少女はグラスを持ってきた盲目の死霊に向けてすねたように頬膨らませて言う。
「えーでもツキはお酒飲んじゃダメなんでしょ?」
「そうですよ。もっと大きくなってからじゃないと……」
「えー! 一人だけお茶なんてつまんないーー!!」
「ごめんね……でも今日はそんなツキちゃんのために大目入道さんがオレンジジュースつくってくれたから」
ツキというのは盲目の死霊が名づけた少女の名前である。まあ、他の妖たちは譲ちゃんと呼んでいるため、ツキちゃんと呼んでいるのは盲目の死霊だけとなっている。
口を尖らせる少女を盲目の死霊がなだめながら少女のグラスに橙色の液体を注ぐ。あれだけ騒いでいた少女も大目入道の方を向き、「オレンジジュース?」と可愛らしく首を傾げた。
「おう、そうだ! 人の子どもは大好きらしいぜ!!」
大目入道は少女に向けて笑いかけながら自信満々に言った。
少女はしばらくじっとグラスの中の液体を見つめていたが、やがて決心したように両手でグラスを掴み、口をつける。少し飲むとすぐに「うぐっ」と声をもらし、グラスを落としそうになる。
「おい!大丈夫か!」
心配した妖たちが声をかけると放心状態だった少女は我に返ったようにグラスに口をつけ、今度は一気に飲み干す。
呆気にとられている妖たちをよそに少女はグラスを差し出し、「おかわり!」と笑顔で叫んだ。どうやら相当おいしかったらしい。妖たちは少女の無邪気な笑顔に笑い出す。少女がキョトンと首を傾げる。
「どうしたの?」
「いーや、なんでもねぇ。それよりもう一杯飲むか?」
大目入道がオレンジジュースの入ったビンを差し出す。
「うん!」
少女は瞳をキラキラさせながらうなずく。
ジュースを注ぐとすごい勢いで飲みきり、また「おかわり!」と満面の笑みと共にグラスを差し出す。
少女がこの社に来てから9年経つ……それでも、妖たちにとって少女と過ごした日々は一瞬の夢のように感じられた。少女が特別な存在であることはすでに少女と初めて出会った瞬間にわかっていた。いつか少女がこの樹海から去っていってしまうことも……。
しかし、ずっとこの不気味な樹海に閉じ込められていた妖たちにとって少女は闇夜に差し込む月の光のような存在になっていた。何も見えない暗闇に道を明るく照らし出してくれた健気で優しい心をもつ少女。
少女の幸せを考えるのなら、例え別れのときがやってきてもおとなしく少女を送りだすべきなのだろう。だが、妖たちはまだその答えを見つけられずにいた。
答えを出せぬまま、少女との十年目が始まる。
(何箇所か修正いたしました。)