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希望の光

 白いもやが視界を遮る中、薄っすらと見覚えのある光景が飛び込んでくる。ただ見覚えがあるだけで、性格な位置を把握はできていない。

 ふと、あれ? と思うことがあった。


「俺の名前ってなんだっけ……」


 高層ビルや、マンションが立ち並ぶ景色も見覚えはあるのに、思い出せない。

 疑問が脳を支配する中、無意識に彼は歩き出す。

 どこに向かっていけばいいのかも定まらない足取りは、フラフラと蛇行するように進む。線路に侵入してこないようにしている鉄柵を越えて、街を彷徨う。

 オープンカフェのお店や中華料理のお店、いつもは家族連れで賑わっている街も、この世界では人っ子一人いない。

 コンビニの前を通った時、自動ドアが動いた。

 誰もいない世界でも電気は通っているようだ。

 だけど、彼にはそのことに気づく余裕はない。自分が誰でどうしてここにいるのか。その疑問がどうしても晴れない。

 沼地に足を突っ込んで、もがき苦しむかのように考えれば考えるほど、深みにはまっていく。


「……女の子」


 その沼地から救う、一人の少女の存在を思い出した。

 俺はこの子を好きだった? 

 ドクン。ドクン。っと心臓が騒ぎ立てる。

 彼女を見つけることが出来れば、なにかわかるかもしれない。そんな些細な希望だけで空輝は歩き続ける。

 



 あれから二日後。

 特に異常の見受けられなかった理香は、退院し通院に切り替わっている。打撲などの痛みがあるので、通院となっているが、理香自身は毎日のように学校が終われば集中治療室の前で、空輝が目を覚ますのを待ちわびている。


「今日も来てたんだ」


 理香と同様、千佳も毎日ここに来ている。

 左足にギブスで固定しているのは、とても痛々しいが、彼女は松葉杖をおもちゃかなにかと勘違いしているのか「トオォ!」と松葉杖を軸にして回転蹴りを圭佑に浴びせていたりする。

 そんな彼女も、理香の前ではそんな悪ふざけはできない。

 自分があのとき、勉強会など開かなければ。と、後悔の念が彼女を大人しくさせる。


「うん。私のせいだもの」


 それは違う。私のせいだと千佳は言いたい。だけど、それはもう二日前に言って、押し問答になっているから、今日は黙ることにした。

 だって、言い合いしたって空輝の容態が良くなるはずないんだから……。


「そんなことない。私達は悪くない。だから、見守る。それが今出来ること」


 知らぬ間に麻衣も二人も傍に来ており、少し離れた椅子に圭佑と辰巳が座って、心配そうに両開きの自動ドアを見つめている。

 全員、空輝のことが心配でたまらない。

 そんな気持ちとは裏腹に、涼子は頭を悩ませていた。

 空輝に対して、他に出来る治療がないのか、と。

 実績のない治療をするのはナンセンス。では、実績のある治療をすればいい。と思われるが、正常な身体だったのが、なんらかの衝撃で壊れてしまった場合の治療方法はとても難しい。

 言うならば、病気が悪化した場合は、病気に対しての治療をするのがセオリー。だが、外傷性は至る部分にダメージがあり、一つの箇所を重点的にしてしまって、他の箇所にダメージを与える場合があるからだ。

 手術から二日。三日目に突入してしまえば生存の確率、後遺障害が残る確率はガクっと悪い方向に上がる。

 過去に運ばれた患者さんの治療データなどを漁ったり、専門書を読んだりして、少しでも情報を取り入れようとしているが、無情にも空振りばかり。

 諦めて患者の容態を見に行くことにした。

 今日も妹の理香や友人の少年少女が来ている。

 それを見ても涼子はなにも言わずに、集中治療室のドアを開けて中に入ろうとしたときだった。


「あっ涼発見」


 同じ白衣を来た、金髪の同業者を見た涼子。

 関わりたくなかったので、そそくさと中に入ろうとした。


「いやいや。友人であり同業者のうちを無視すんなや!」


「病院内は静かにお願いします」


 関西弁を喋る金髪の同業者、市川香澄が集中治療室の前で騒ぎ立てるので、理香達も視線を向ける。


「あんたに朗報をもってきてやったのにか?」


 中に進む足が止まる。


「高坂空輝って患者いんだろ? そいつ、うちのモルモットにしてもいいか」


 その言葉を聞いて、涼子は早足で香澄の前に行き、頬を張り上げた。

 パシンっと乾いた音が静かな廊下に響き渡り、もう一つパシンっと遅れて響き渡る。

 その音を聞いて理香が真っ先に向かい、姉の前に体を入れ仲裁する。遅れて千佳と麻衣も来て、香澄を取り囲む。


「いやぁ、これまた失礼しやした」


 悪びれた素振りもなく彼女は涼子の腕を掴んで、関係者専用の部屋へと引きこもうとするけれど、それを理香が香澄の手を掴んで制止する。


「私の姉になにかようですか」


 少し睨みを効かせて言い放つ。


「あぁ、あんたが妹ね! ご愁傷様」


「香澄! あんたね!?」


「事実だろう。あの男の子はもう死ぬんだ。遅かれ早かれ、その事実はこの子に突き刺さる」


 さっきまでのふざけた顔から真剣味を帯びた顔つきに変わる。

 理香が姉の顔を見るために後ろを振り返るが、涼子は目を合わせまいと下を向いていた。

 それがどう意味をするのか。


「お姉ちゃん……」


 呼びかけにも応じない。

 尽くせる手は尽くしてある。

 そう言って、この子達は納得するだろうか。特に理香が。


「人間ってのはな、意識がない時間が長ければ長いほど死ぬ確率はあがるんや。それはどんな人間だろうと一緒。仮に一日で目覚めた患者と一ヶ月も眠り続けた患者では、寿命も変われば、障害レベルも変わる」


 なにも言い返せない涼子はただ、自分から理香に言ってあげれないことをいう香澄に、少しだけ感謝した。

 大学時代からの友人で、血を見るのが怖かった涼子に対し、香澄は血だろうと肉だろうと、恐れるものはなく、それでいて手先が器用。ただ、性格に難点があり、そのことが災いしてか友人と呼べる関係は涼子ぐらいである。

 先ほどの会話から言えば、患者をモルモット。人間ではなくネズミと同じ生き物だと認識する癖があった。


「それでも! 高坂君は……」


 意識を取り戻す。誰か一人でも多くの人が信じてあげれば、彼も早くは


「無理や。そんなもんで人間の意識が戻るんやったらな。死人なんてでえへんのや。そんなお伽話は現実世界では通用せん」


「あなたも医者の端くれなら言い方ぐらい考えなさいよ!!」


 千佳が感情を表に出して、唾を飛ばし、睨みを効かせて言い放った。


「奇跡を信じれないあなた達の素敵な言い訳」


 今度は冷静な麻衣が、表情を変えずに言う。だけど、理香は彼女から怒りが滲み出ているのを感じた。

 麻衣の言葉に反応したのは香澄ではなく、涼子だった。


「私達は0.01%の成功率よりも1%を選ばないといけないの。あなたの言い分は見殺しにしろと言っているのと同じよ」


 理香は知っている。

 姉がどうして医者になったのか。その0.01%にしがみついて、見事に打ち破られたからだ。

 理香も大好きで、小さいながらに二人は結婚するんだろう。と、普通に考えていた。

 お兄ちゃん。その言葉に抵抗はなかったし、お姉ちゃんしかいなかった私にはとても新鮮で、優しくて一緒に遊んでくれたりもしたから大好き。

 もしかしたら初恋だったのかもしれないけれど、まだ小学校の低学年だった私には気づけなかった。

 その日は朝から大雨で傘を持っていないほうがおかしいと思われる天気だったのに、お姉ちゃんはずぶ濡れで帰ってきた。

 白いカッターシャツは雨を含んで張り付いて、中のTシャツは水を含んで重そうにしなだれ、赤いブラが薄っすら見えている。スカートからは滝のように水を吐き出し、靴からは雨水が溢れだしていて……。

 そんな姉を見た私はどう思ったのか、バスタオルを持って行き、お姉ちゃんの髪を拭いてあげた。


「学校の制服に着替えておいで」


 小さなガラガラ声で言うので、私はなぜだかわからずに、聞き返した。


「学校はまだだよ?」


「お別れ……しないといけないの」


 うん。と返事をするとお母さんがやってきて、お着替えしていらっしゃいって言うから、もう一度、制服に着替えなおす不思議な体験をしたのを、今でも理香は覚えている。

 それから涼子が大きく変わったこと。

 勉強なんて全然しなかった涼子は、大学に行くために必死になって勉強し、友人関係までも捨てて大学に合格した。もちろん医学部に。

 こうして涼子は若いながらも数々の手術に執刀しては、難病と言われる病気を次々に治していった。


「こいつで治せないなら、もうお手上げだってことだよ。だから、今度はうちの番。お嬢ちゃんさ、うちの話に乗らないか?」


「妹は関係ないでしょ!」


「関係あんだよ」


 そう言って、市川香澄はすぐ近くの部屋へ誘導する。

 そこは家族に現在の状況を伝えたり、緊急時には患者さんの家族を待たせるために使ってもらう個室だ。

 そのため、この人数でも窮屈に思うほど狭くはない。

 ある程度の防音もされているので、大きな声を出しても迷惑にはならないし、研究の内容を他人に聞かれることも心配しないでいいだろう。

 全員入ってから香澄は鍵を掛け、外部と遮断した。

 そしていきなり本題に入る。


「人は死後の世界に到達したことがある」


 所謂、天国に行くか地獄に行くかの話である。

 生前に良い行動していた人間は天国へ。悪じばかりしていた人間は地獄へ。それがこの国で言われている有名な逸話だ。

 だが……


「死後、やはり別の世界に行くことも研究の成果でわかっている。別世界という言い方はおかしいかもしれないな。夢……そう言ったほうがわかりやすいかもしれない」


 いきなり、学者の顔になったために、理香達は黙って聞いている。

 涼子は異論を唱えようとしたが、香澄が右手で制止した。

 香澄は理香の真面目で真っ直ぐな眼差しに期待をした。

 この研究は日本では与太話に過ぎないのである。

 なぜか? 

 それは被験者が日本に少人数しか存在しないから。

 海外でもマレなことで、心肺停止から蘇生した経験者達は皆、こういうのだ。


「理想の世界がそこにあった」


 そこには好みの異性がいて、こっちに来て。と、声をかけてくる。そこで、踏み止まれるか。そうでないかで運命は変わる。

 踏み止まった人間は蘇生し、そうでなかったものは死の世界へ旅立つ。


「私はそこに着目した。理想の世界とは夢のことではないかと。レム睡眠。ノンレム睡眠があるのは君達も知っているな?」


 理香と麻衣は理解しているが千佳はさっぱりな様子に、香澄はもう少し砕いて説明することにした。


「夢は眠りが浅い時、つまりレム睡眠にしか夢を見ない。人間の睡眠はレム睡眠、ノンレム睡眠を繰り返す。きちんと周期もわかっている。ただ」


 ただ、それに異議を唱えているのが香澄。

 この理論はレム睡眠、ノンレム睡眠の周期性を否定するもので、なんの根拠もない、はっきり言ってしまえば理想論。

 夢を見続けるということは、意識がない状態ではレム睡眠だけしか起こっていないということになる。

 破綻している理論を香澄は大学の時から言い続け、変人扱いされたまま、地方の小さな研究所に就職をした。

 彼女はそれでも、独自に研究を進め、そして……。


「ついに開発をした。言えば、お互いの神経を通じて彼の脳波に潜り込むってことだ。そこで見ている夢の中に入り込み、こちらの世界に連れ戻す」


 それを聞いた理香は、希望の光が自分に降り注いだように思えた。空輝を助ける唯一の方法を手に入れたと思った。


「無理よ。あなたの理論は破綻している。それに、モルモットだけでは、さすがに検証結果として信憑性がない。そんな無茶苦茶な理論で」


「私、やってみたい」


「理香っ!」


 破綻な理論だと理香自身もわかっている。けれど、藁にもすがる思いで理香はやりたいと言ったのだ。


「お姉ちゃんの言っていることもわかる。でも、お姉ちゃんみたいに、なにも出来ないまま居なくなってしまうのが嫌なの……」


 涼子は殴りたい衝動に駆られた。

 思いっきりぶん殴ってやりたい。

 なにも出来ないまま……。

 知ってるわよ! なにも出来なかったからこうして涼子は医者になって、自分と同じ人間を作らないために頑張っている。

 でも、なにも手出し出来ないのも事実。


「お姉さん。なに言ってるかわからないけど、お願いします!」


「私からも……」


「涼子……。さっきは済まなかった。だが、頼む。もし、これでダメだったら、この業界から居なくなるつもりでいる。きちんとケジメは付ける」


 ここで反対すれば、涼子が悪者扱いにされてしまう。

 だが、そう簡単に実験を許可するわけにもいかない。


「理香、高坂君の親御さんの許可をもらうことができれば許してあげる。私からアポはとってあげるからやってみなさい」


 理香の気持ち一つで事を進めることは出来ない。それに、実験ともなれば院長の許可も必要となり、少なからず時間は必要になる。

 そのため、迅速に事を進めるのであれば、手分けをしたほうがいい。

 しかし、そう簡単に許可は取れないと涼子は踏んでいる。可愛い我が子を実験台にされるのだから、必ず抵抗するだろう。

 それに成人もしていない子達だけで、説得力も欠けるからだ……。

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