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眠る少年と目覚める少女

 一人の医者は嘆いていた。


「夜勤ほど働く気がしない」


 20代後半の女性、独身のお医者様は深夜の零時を回った辺りで愚痴をこぼしている。


「学生はいいよ」


 彼女には大学受験を控えている妹がいる。

 最初は予備校に行くのは嫌だと言っていたくせに、今になっては進んで行くようになった。

 その変化の裏には男が絡んでいるんだろうと、予想はしている。

 妹には幸せになって欲しい。

 好きな人が出来て、好きな人と遊びに行って、好きな人と結婚して、子供を作って……。

 もし、あいつが生きてたら私はここに居なかったんだろうなぁ。なんて、ネガティブなことばっかり考えてしまう。

 彼女は呪いをかけられたと言っても過言ではない。

 ただ、『かけられた』と表記したが、『かかった』と表記してもいい。

 彼女は自ら『かかった』と思っているのだから。


「今日は特に暇ね」


 夜勤は急患か、入院患者の容態が悪化したりしない限り、書類書いているか、漫画を読んでいるかの二択になる。

 今日はよりにもよって、漫画を持ってくるのを忘れたので、書類の整理をして、時間を潰すことにした。

 だけど、それも電話のコールで中断せざるを得なくなる。

 急患の連絡だった。

 近くの線路で横転事故があり、何人か引き受けて欲しいと言われたようで、六人の少年少女を引き受けたとのこと。

 彼女は急いで受け入れ準備に取り掛かる。

 まず、一人で対応できるはずもないので、先輩へ連絡して応援に来てもらう。

 電話を手に取り、短縮ダイアルで先輩、二人に連絡をつけると、すぐに応援に向かってくれるとの回答を得た。そして、今度は処置室の準備を始める。

 三人は意識があり、自立歩行が可能とのことなので、順に消毒を終えた後、レントゲン撮影をしていけばいい。

 だが、他の三人に関しては、二人は意識不明の重体。もう一人は意識はあるものの自立歩行が出来ないと聞いている。

 自立歩行が出来ない子は骨折か脱臼か打撲のどれかになるだろうから、その子を優先にレントゲンでいいだろう。

 問題は意識のない二人の方だ。

 一人は女の子。外傷は少ないにしても、将来的なことを思えば、慎重に取り扱うべきである。

 そして、もう一人の男の子は外傷も酷く、バイタルも弱々しいと聞いている。彼を優先的に見るべきだと、彼女は優先順位を頭に叩きつけ、救急車の到着を待った。

 程なくして、救急車が到着。深夜だと言うのに赤色灯にサイレンを鳴らして到着したので、女医と看護師の数名は大きく深呼吸、闘いに出向く戦士のように気合を入れる。

 鉄の扉を押し開けて固定し、すぐさま救急隊がストレッチャーに乗った患者を運び入れていく。

 一番最初に、重症の男の子が運び込まれ、思っていた以上にひどい有様だった。衣服は血に染まり、腹部をやられているようで吐血した形跡があった。すぐにバイタルと状況を聞き、すぐに手術室に運び入れておくように指示を出した。

 この手際の良さは彼女がどれだけの修羅場を潜り抜けてきたを表している。それほど彼女は優秀で、実績のある医師だということが窺える。

 まだ、先輩達が到着していないため、女性医師が次の子に運ばれてくる子も見なければならない。ストレッチャーが移動する独特の音を響かせて運ばれてきた女の子。


「理香っ!」


 諸星涼子もろぼしりょうこは妹の姿を見て取り乱す。

 さすがに妹が運ばれてくるとは思っても見なかっただろう。だが、身内贔屓は出来ないし、担当医にはなれない。医師には家族の担当医になってはいけない。という決まりがある。

 しかし、ここに医師は涼子しかいないのだ、放っておけるはずもない。

 妹の体と状態を確認して、意識を失っているだけだと判断し、後から来る先輩に任せても、問題はないとした。

 続いて、千佳が運ばれ意識があるので名前を聞き、どこに痛みがあるかを問う。すると「足が痛い」と言うので、左足を確認する。どす黒い色をして腫れあがっていた。骨折の疑いがあるが、意識があり、しっかりとした受け答えが可能とあれば、こちらも後から来る先輩に任せて問題ないだろう。

 他の三人も自立歩行しており、制服は至るところが破けているが、問題ないようだ。


「三人は大丈夫なのかよ!」


 圭佑が叫ぶように声を荒げる。


「ここは病院よ。静かにしなさい」


 涼子は大声をあげる少年に静かにするよう告げる。そうこうしているうちに彼の容態は変わっていくと言うのに。なんて三人に言ってもわからない。

「助けるから、静かにしてなさい」

 それだけ言い残して涼子は戦いとなる場所に歩みを進めた。




 理香が目覚めて、最初に見たのは真っ白な天井だった。


「ここ……は……?」


「病室よ」


 冷静に答えたのは姉の涼子。

 壮絶な戦いの後だというのに、寝ずに理香が目覚めるを待っていた。父と母は一度、家に戻って入院の準備をするため不在で、目を覚ますのを涼子が待っていたのである。

 しかし、妹思いの良い姉なのだが、今回は少し怒りが篭っている。

 パイプ椅子に足を組んで妹を見やる。


「あんたなんで終電なんかに乗ってんの!」


 予備校が終わってすぐ帰っていれば巻き込まれなかった。それを涼子は咎めたかったのだが


「高坂君は!」


 姉の言葉を無視して声を荒げる。


「私の質問に答えなさい!!」


 興奮状態だった理香も涼子の怒鳴り声に面を喰らって黙りこむ。

 それほど妹を大事に思っている証拠なのだ。

 空輝の手術が無事に終わり、親御さんに手術の説明等を終えた後、理香のことで落ち着かない涼子を気遣って先輩医師が「妹さんが目を覚ますまで隣にいてやれ」と優しい言葉をかけてくれ、涼子は頭を下げて、飛び出すように理香の下に向かったのだ。


「あなたは正常な体を持ってるの。理香、あんたが死んだら私……どうしたらいいのよ……」


 ベッドで横になっている理香に抱きついて涙を流す。

 体を起こそうにもズキズキと痛みが至る所にあり、姉の顔を見ることができないが、姉がどれだけ心配していたのかを理香は痛いほどにわかる。

 姉の涙を見るのは二回目になる。

 最初に見たときはなにがなんだか訳がわからず、泣き崩れている姉の頭を撫でてあげただけ。あれが六歳のときだったと理香は記憶している。


「ごめんなさい」


 それが今、脳裏から蘇ってしまい、素直に謝りの言葉を口にした。

 涼子も、もう高校三年生になるのだから、夜遅くまで遊ぶことがあるのは仕方がないことだとわかってはいるのだが、やはり自分を抑えきれないほどの恐怖が襲いかかってきては、正常な思考は働かせることができなかった。


「私こそごめん。取り乱したわ」


 涙を拭き、理香の顔を覗きこむ

「どこか痛む? 痛み止め処方してもらう?」


「痛くないって言ったら嘘になるけど、私の体の痛みよりも高坂君が気になるの」


 今まで、妹が自分のことを放り出してまで他の人を気にかけたことがなかった。それほど彼のことを……。

 昔の自分を見ているかのようで胸が苦しくなる。

 だが、主治医である涼子は理香に教えることは出来ない。それに、今の現状を教えてしまったら、理香の気が動転してもおかしくない。

 妹を思えばこその判断。


「もう時間だから行くわ」


 さっきも涙を拭いたというのに、また流してくる。溢れてくる水滴を白衣の袖で拭き取る涼子。


「お姉ちゃん!」


「外で友達が待っているから、その子達に聞きなさい。私からはなにも言えない」


 個室のドアを開け、出て行く姉を理香はただ見つめるだけしかできなかった。

 バタンとドアが閉まって、すぐにドアに寄り掛かる。

 あの子には私と同じ道を歩ませたりしないわ。

 脳裏にあの時の出来事が蘇る。

 なにごとなく、ただいつものように花屋で買ったお見舞い用の花を手に持ち、いつものように病室の扉を開けて……。


「おしっ!」


 もたれ掛かっていたドアから背中を離し、涼子はICUへと歩みを進める。同じ階にある集中治療室へは数分で到着する。そこには男の子二人に女の子が二人。一人は松葉杖を付いて、左足をギブスで固定している。

 彼女たちの視線の先には、1時間ほど前まで手術を行っていた患者が眠っている。

 バイタルは正常な値を叩きだしているが、予断は許さない状況。もう一度いうが、理香の下に居られたのは先輩の医師から妹の傍に居てあげたほうがいい。と、優しいお言葉を頂いたからで、逃避するためではない。


「あなたたち」


 心配そうな顔をこちらに向けてくる。

 良い友達を作ったものだと感心した。


「理香が目を覚ましたから行ってあげて」


 ぱぁっと花が咲いたのを嬉しがる小学生のような笑顔をする面々。特に千佳は涙を流してしまいそうなほど、安心したようだ。

 自分がこんなことをしなかったら。と、後悔の念が彼女の心を蝕んでいた。

「良かった……良かった……」

「行こう」

 黒く長い髪。日本人形を彷彿とさせる白い肌をした麻衣が、松葉杖の扱いに慣れていない千佳に寄り添う形で進んでいく。

 それを見るように圭佑・辰巳が後に続く。

 あいつの時はこんな友達もいなかったっけ。


「ねぇ涼子。思い出ってさ無神経なんだよ。こっちは思い出を作らないようにしてるのにさ、ただベッドに眠っているだけなのに、思い出って作られていくんだよ。なにもかも捨てたはずなのに、涼子。君だけは捨てられない……君が傍にいてくれるだけで思い出が作られていく。僕は残酷な天使なのか、それとも悪魔なのか。なのに、どうして涼子は逃げないんだ。僕は君に呪いをかけようとしてるのに……」


 ICUの自動ドアを潜り、専用の白衣に着替え、両開きのドアの右下、そこに窪みがあり足を突っ込む。すると自動でドアが開き、二十四時間体勢で患者をサポートする看護師達が、自分の受け持っている患者の様子を見たり、パソコンで容態のチェックを記したりしている。涼子の顔を見つけると空輝を担当することになった看護師がカルテを持って涼子に近づいてくる。

 空輝の容態を知らせるために……。

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