恥じらう乙女
翌日
帰宅後、理香はすぐに支度を整え、白羽駅を降りて目の前のデパート。
そこに彼女の姿。
昨日、空輝にシャーペン、消しゴム、ルーズリーフと筆記用具をすべて借りる。という失態を犯す始末だったので、今日はそのお返しに文房具を見に来ていた。
家の近くのお店にも文房具は売っているが、理香も立派な女の子。種類の豊富な白羽デパートで、ゆっくり時間を潰しながら見るのも良いと、急いでこっちに来たのはいいが
「高坂君って、どういうのが好きなんだろ」
知り合って、1日しか経っていない人間の趣味などわかるはずもなく、そして、男の子って生物も理香には理解できいない。
ただわかるのは性欲に忠実な『獣』であるという、極端な思い込みだけ。
人類ではなく動物と見ていては、異性の好みなど知識として覚える必要性は0であり、今の進捗が無い状態になっている。
「こっちがいいかな?」
理香が手にしたのは匂い付きの消しゴム。お試し用に封をしていない消しゴムがプラスチックケースに入れられていて、そこに小さな穴が開いているので、そこから匂いを嗅いで、お好みの匂いを探すシステム。
ピンク色の匂いを嗅いでみる理香。
ラベルには『桜の匂い』と書かれているけど、桜って匂いがする植物なのか? そこに注目はしていないようで、ただ好みの匂いかどうかに意識を持っていかれている様子。
「ちょっと男の子にはさわやか……かな?」
桜の匂いはさわやからしい。
青はハワイアン。
黄色はひまわり。
緑はグリンピース。
匂いのラインナップが独自性が高いのは、メーカーならでは……っで済ませていいものか……。
お返しの品をまったく選べていない状況。それに時間も押し迫っている。
そんな状況で、悪魔か天使か。それとも堕天使か。
千佳と麻衣が喋りながら文房具のコーナーの前を通りかかったのである。
消しゴムを選ぶ理香を見つけたのは千佳だった。
「あれって理香だよね?」
理香を指差して問いかけるので、麻衣も自然と視線がそっちに向けられる。
「そだね」
そっけない対応だけど、彼女も興味を持っていることは千佳にはわかった。
文房具コーナーで膝に手を付いて、中腰で真剣になにかを選んでいる理由は言わずもがな。
「行ってあげようか」
「ふむ」
ただし、脅かさないとは言っていない。
2人に気づいていない理香。
そっと魔の手が理香の……
「お主の乳は偽りの塊ではないのかぁあああああっ!」
「もみもみふわふわ」
1人は自分の胸の小ささを叫び。
もう1人は、揉んだ感想を述べる。
そして、被害者は「ひゃう!」っと、バランスを崩して、消しゴムの中に倒れそうになっていた。
千佳が咄嗟に後ろ側に引っ張って、難を逃れたが尻餅を突く形になり、理香と千佳はお尻にダメージを受け、理香に至っては、公衆の面前で乳を揉まれる恥辱まで+されている。
「いやぁー、あぶなかった」
額の汗を拭うふりをして、あぶなかった感をアピールする千佳。
「事後だと思う」
冷静に突っ込みを入れる麻衣。
「心臓が止まるかと思ったわよ!」
揉まれた胸に手を抑えて涙目に叫ぶ。
麻衣の手が理香に差し出され、その手を掴んで立ち上がり、千佳にはどちらからも手を差し伸べられることもなく
「あたしには?」
と、声を掛けるもスルースキルを要する2人には、なにごともなくスルーされる千佳であった。
お尻を擦りながら立ち上がった千佳、いつまでも胸に手で覆っている理香を見て「なにしてるの?」と、疑問を投げかけた。
「あなた達が胸を揉むからブラがズレたのよ!」
デパートの文房具コーナーにて、卑猥な怒声が響き渡り、買い物客の男性、女性、お子様が一斉に理香に視線を向け、視姦的に見てくる者までいる始末。
「ちょっ!?」
店員も3人の方に歩いてくるのを見て、千佳は2人の手を掴み、早足にその場から逃亡。
近くの女子トイレに連れ込ていく。
「早くブラ直しなさいよ」
千佳に言われて、女子トイレの個室に入り、服の中に手を入れてポジションを整える。
程よく成長したメロンパンが2つも装備されている理香の胸。その形を崩さないようにするブラジャーの中に戻す仕草は、見ているだけでエロさを醸し出す。
「普通あんな場所でブラとか叫ぶかな……」
「痴女の適正あり」
「あなた達のせいでしょ。それに痴女なんかじゃありません」
痴女じゃなくて処女です! なんてボケを期待した人にはごめんなさい。
真面目な理香には、そんな高度なボケは使いこなせない子なんです……。
千佳と麻衣のコンビは、なにも聞かなかったことにして会話の主導権を握るために、別の話題を振ることにした。
「もう少しだけここにいるわよ。それで」
「理香はどうしてここにいる?」
千佳と麻衣のコンビだが、この2人も予備校で知り合ったばかり。
それでもここまでの意思疎通が出来ているのは、なにかの波長が一致しているのかもしれない。
「見ててわかったでしょ……」
はぁ……。
溜め息を1つ吐き出して、話を続ける。
「高坂君のお返しを買いに来てたの」
「うん。見てたらわかる」
麻衣も隣でうんうんと小さく頭を縦に動かして、千佳の言葉に賛同していた。
理香はかける言葉が無いといった感じでうな垂れる。
「で、なにを買うか決まってるの?」
「……決まってない」
女の子にお返しするぐらいなら、20分もあれば決められるのに、男の子にお返しすることのない少女はこうも悩む。
2人は顔を見やって
「わたし達に言ってくれれば一緒に探すわよ」
と、微笑む千佳。
「全力で遠慮させてもらいます」
と笑顔の理香。
そのやりとりを見て、麻衣がぼそりと呟くのである。
「わたし彼氏持ち」
10分ほどして、女子トイレの中から出てきた3人のうち、2人は戦意喪失に近い表情で、麻衣だけが勝ち誇ったかのように洗濯板のような胸を踏ん反り返している。
文房具コーナーを見ても、先ほどのような起きる前の自然な状態に戻っていたので、お返しだけでも買いにいこうとした。
「もう寄ってる時間ないわよ」
千佳に呼び止められて、腕時計を見ると授業まで5分もない。
今日はダメね。
授業に遅れるのはさすがにできない。
理香はあきらめ、予備校に向かうことにした。
滑り込みで授業に間に合い、席に着いた理香に
「今日は遅かったね」
って、空輝に言われ赤面してしまう理香。
「う、うん。ちょっと用事があって」
千佳・麻衣はクスクス笑って理香を見やる。
女から見ても子顔でスタイルのいい理香が恥らっているのだ、空輝以外の男子が理香をチラチラ見ているのも無理はない。
少し強気な彼女の恥らっているっていう隠し味も勝って、相乗効果を発揮している模様。
本人がまったく気づいていないのは、鈍感ではなく余裕が無いだけだ。
それからチャイムがなり、理香と空輝も授業が始まるので気持ちを切り替える。
ちらっと空輝の手元を見ると、真新しい消しゴムが置かれていて、悲しさ半分、安心半分といった感じだった。 文房具以外の物でお返しをしたほうがいいのかも。という新しい選択肢が出来たのだから。
「で、それっきりなにも渡せてないのね」
季節は夏に変わっていた。
春期講習も終わって夏期講習にも変わっている。
仲良し6人は大学受験が終わるまで予備校には通うので、3ヶ月も一緒に居れば友達にもあっさりなれてしまう。
「……うん」
千佳に説教されているみたいになっているが、ファストフード店にて、理香の悩みを聞いている最中なのである。
「意気地なし」
千佳の隣でオレンジジュースを飲んでいる麻衣からも小心者扱いされる始末。
言い訳さえも言えずに黙り込んで、目の前にあるポテトにさえ手が伸びる様子もない。
「そりゃあね、帰り道が一緒だと思ったら逆だったってオチはかわいそうだとは思うわよ」
そう。理香が空輝と出会った日は、たまたま親戚のおばさんの家に用事があったので、理香と同じ方向の電車に乗っただけだった。
千佳と圭祐は自転車で通える距離に家があり、麻衣、辰巳、空輝の3人は理香と逆方向なのである。
駅までは一緒でも、予備校から駅まで徒歩5分という短い距離では、会話もままならない。
親睦を深めるのは予備校になるが、みんな予備校には大学に合格するために来ている。それなのに、最後尾の席だとはいえ、ベラベラ喋っているのも迷惑になるので、休憩中はお喋りをするのを控えることが多い。
「お返しもなに返せばいいかわかんないし……」
それが1番のネックだった。
すでに3ヶ月という長い時間が経過していて「これ、お返しね」なんて返したら、相手はちんぷんかんぷん。
時間という取り戻せない不透明なモノが、理香の気持ちを後押ししてくれない。
足踏みしているのを見ているのを、すぐ近くで見ている千佳が「わかったわ」っと、ズィっとポテトで理香を指す。
「今日、勉強会しましょう。理香も麻衣も遅くなっても大丈夫よね?」
「私は大丈夫」
と麻衣は参加をする意思を表明。
「私も家に連絡入れておけば大丈夫だと思うけど、泊まりはできないと思う」
「それでいいわ」
っと、勉強会の趣旨を2人に伝えると、麻衣はグイっと親指を立てる。
理香も千佳の作戦に賛成はするものの
「2人、楽しんでるでしょ」
図星を付かれたようで
「そ、そそそs、そんなことはないわよ」
ポテトを頬が膨れるほど、詰め込んでコーラで一気に流し込む。
「それじゃぁ、理香ちゃんラブリー大作戦決行よ!」