第5話『オーバーキル』
第4話について、一部加筆修正を加えました。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
それはあまりにも巨大だった。
軽く五メートルは超えているであろう岩製の巨人。通称ロックゴーレムと呼ばれるその魔物は、大量の魔力を欲して廃墟となった魔王城を襲撃してきたのである。
中庭を囲んでいた壁を乱暴に殴り壊し、ロックゴーレムは魔族達の眠る墓へと向かって足を進める。
「【アイスウォール】!」
しかし、突然目の前に現れたぶ厚い氷の壁によってロックゴーレムはそれ以上前には進めなかった。
「それ以上は……近付かせない!」
アリスは足を竦ませながらも気丈に振舞う。その紅い瞳からは決死の覚悟が見て取れた。
属性魔法の中で最も防御に向いているのは土属性の魔術だ。しかし、土魔術の多くは周囲の地面を悉く抉り取るような魔術ばかりで、とても墓場で使用できるようなものではない。
その結果、アリスが使用したのは二番目に強固な氷属性の魔術であった。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオ!』
ロックゴーレムは何度も氷の壁を殴りつける。しかし、一向にその壁が崩れる様子は無かった。
魔術の才能は魔力量に比例しないが、魔術の効果は違う。魔力を込めれば込めるほど、その威力や範囲は無限大に強化されていく。
膨大な魔力を込めた氷の壁は決してロックゴーレムに壊せる物ではないのだ。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「――え?」
ただし、それは通常の戦況であればの話である。
魔物は多種族の魔力を取り込むことで強くなる性質がある。
故に、死して尚その体内に留まり続ける魔王の魔力は、まさに魔物達にとっての絶好の餌。
そんな最高のご馳走を求める魔物がロックゴーレムだけで済む筈が無い。
ロックゴーレムの後ろから現れたのは三つの目を持つ灰色狼。それは初めて誠也が倒した魔物であった。
数はおよそ二十体。グレイウルフ達はロックゴーレムを踏み台にして氷の壁を易々と飛び越えてきた。
「フ……【フレイムウォール】!?」
一度襲われた経験があるだけにアリスの動揺は大きい。恐怖心から咄嗟に炎属性の壁を生み出してしまった。
確かに獣型の魔物の多くは炎に弱い。が、この状況でそれを使うのは悪手だ。
数匹のグレイウルフは炎の壁に触れてしまい体を焼いて倒れた。だがまだ十匹以上の数が健在のまま。そのうえ炎の熱は氷を溶かす。
『――ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
徐々に薄くなっていく氷の壁ではロックゴーレムの攻撃に耐えることができなかった。
氷の壁は硝子のような音を立てながら砕け散り、ロックゴーレムは再び前進し始める。
戦い慣れていないアリスはこの時点で既にパニックに陥ってしまった。
墓を守ることばかりに集中しすぎて自分から攻撃に出るという発想が思いつかず、彼女はただ魔物達の進軍に怯えるのみ。
「嫌ぁ! 嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
仲間が次々と消えていく絶望がフラッシュバックし、アリスはその場で延々と泣き叫ぶ。
それはある種のトラウマ。辛い記憶が残した災厄。
心の傷によって形成された爆弾が点火された瞬間であった。
アリスの体から稲妻のような閃光が弾けては消えていき、少しずつ彼女の魔力が暴走していく。
まるでそれに呼応するかのように大気は震え、大地は地響きを始めた。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオ!?』
『グルルルルル……!』
魔物達もアリスから迸る魔力に気付き、一歩後ろに下がる。
その魔力は明らかに異質。命の危機を感じ取ったグレイウルフ達は一斉にその場を離れ始めた。
しかし、ロックゴーレムだけは前進する。
どうせ今更逃げても己の足では安全圏まで辿り着けない。そう判断したロックゴーレムは魔力が暴走する前に目の前の魔族を殺すという選択をしたのだ。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
少しずつ体に燐光を帯び始めたアリスに向けて、ロックゴーレムは巨大な礫に等しい拳を振り下ろす。
アリスはその場から一歩も動かない。そんな彼女の頭に岩石製のハンマーが今にも触れようとしていた。
その瞬間。
「――ダークブラストぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
暗黒の閃光がロックゴーレムの拳を打ち砕いた。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』
岩石でできた腕にはいくつもの亀裂が走り、拳を失った先からは粉塵による煙を噴き上げている。
ロックゴーレムは己の身に起きた現象に驚愕し、アリスは突然の事態に正気を取り戻した。
「――無事、みたいだな。間に合って良かった」
「……あ」
呆然としていたアリスの頭を優しく撫でるのは今日初めて出会った記憶喪失の少年。
アリスはようやく自分が彼に助けられたのだと理解した。
(また……助けてくれた)
今日一日の間に二度も助けてくれた命の恩人。
人間の身でありながら、魔族である自分と一緒にいてくれると言ってくれた優しい少年。
鎧の代わりに漆黒の衣装を纏った暗黒騎士に、いつの間にかアリスは目を奪われていた。
「……なるほどな。さっきのでようやく分かってきたぜ」
少年はそんな独り言を呟いた後、真っ直ぐにロックゴーレムを睨み付けた。
黒い髪に同色の瞳。そして暗黒の魔力を纏うその姿はまさに闇そのもの。
アリスは胸の鼓動が高まるのを意識しながら、戦いに向かう少年の姿を見つめ続けた。
*****
――本っっっ当にヤバかった! マジでギリギリセーフだったよ!
俺はアリスの頭がスプラッタなことになっていなくて心底安堵した。
突然地下の揺れが激しくなったせいでここまで辿り着くのが遅くなったけど、何とか間に合った。そして本当に危なかった。
それにしても地下で起きてた揺れの原因はこの岩石野郎だったか。確かにこんな重そうな奴が暴れてたら下にも響いてくるよな。
「……ていうかデカイな。一旦出直した方が良いかもしれない」
どうも俺は暗黒騎士の力ってやつを信用できないんだよな。
本日二度目の【暗黒砲撃】を使った時になんとなく魔力の使い方は掴んだんだけど、それ以上はさっぱりだ。
初めて暗黒の力を使った時、俺は確かに暗黒騎士の基礎技術についての知識を得た。だけど俺の中にはそれ以外の知識が全く無い。
このことから察するに、ディアボロスの知識は一度俺自身が体験しないと手に入らないようになってるのかもしれない。ふざけんな。
「こんな戦いの初心者に何を経験させようってんだよ。てめえの妹を守る前にこっちが死ぬわ」
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「くそっ。家に帰りたい!」
俺はここに来るまでに集めていた石ころを暗黒の力で超強化した。
拳の無い腕で俺を押しつぶそうとしてくる巨人にさっきと同じく【暗黒砲撃】で応戦。
念の為に二連撃しておいたのが良かったのか、それだけで巨人の片腕は無くなった。
『ヴァアアアアアアアアアアアアアア!』
「【暗黒砲撃】!」
今の俺にはこれしか攻撃方法がない。だけどこの攻撃、目の前の巨人に対してはすこぶる相性が良かった。
巨人の動きは狼に比べてずっと鈍いし、的が大きい分こっちの攻撃が当てやすい。
それに多分、ディアボロスの身体能力が引き継がれているからだろう。体がやけに軽かった。
俺は相手に的を絞らせないよう、右往左往を駆け回る。そうしているうちに巨人は俺の動きについていけず、その巨体を大きく傾かせた。
隙ができた巨人の足を俺は間髪入れずに攻撃する。その結果、巨人は体勢を崩して仰向けに倒れた。
『――――――!』
「おし、一気に決めるぞ!」
倒れていても警戒は解かない。
俺は決して巨人に近付かずに砲声する。
「【暗黒砲撃】!」
正直これで終わりにしたかったんで、俺は持っていた石を全部一気に投げつけてやった。
すると爆発にも似た衝撃が起きて、ぶ厚い巨人の胸部を破壊することに成功した。
だけど巨人はまだ動こうとしている。……どんだけ生命力あるんだよこいつ。そもそもこれって生物なのか?
一応、胸の中から紫色のクリスタルが姿を見せている。見た目がゴーレムっぽいし、多分あれが弱点なんだろう。
「アリス! あの紫色の奴、魔術で攻撃できるか!?」
「え!? あ、えっと、うん!」
別に直接叩き壊しに行っても良かったけど、もしもあのクリスタルの中に秘密兵器とかあったら怖い。
そういうわけで、とどめはアリスに刺させることにした。
「――――――――」
アリスの詠唱が始まる。
それはまるで呪文を唱えているというよりも。
歌を歌っているようだった。
耳を傾ける者全てを癒すような美しい歌声が、アリスの足下にいくつもの魔法陣を顕現させていく。
「――【オーバーレイ】!」
そして歌の終わり。
アリスは目を見開いて、右手を振り下ろしながらその魔法名を唱えた。
それは多分光属性の魔術だったんだろう。
恐らく、掛かった時間は五秒くらい。
その間に極大のレーザービームが空の上から降ってきて、巨人もとい、ゴーレムの体を跡形も無く消滅させてしまった。
……こんな凄い攻撃ができるんなら、初めから俺が戦う必要なかったじゃん。
※漆黒の衣装
誠也の通う学校では男子生徒は学ランを着用しています。