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第4話『記憶喪失』

一部修正しました。

 場所は城の地下室。

 ここは全く被害を受けていなかったようで、城の中らしい豪勢な部屋がいくつも残っていた。それだけに上の廃墟が酷く凄惨な物に思えてくる。

 何であんな風に崩壊したんだっけ。知っているような気もするけど、よく思い出せない。

 

 「それにしても、まさかお姫様の部屋が地下にあるとはな」

 

 「正確には私の部屋の一つ、だよ」

 

 あのまま中庭で話を続けるのは嫌だった。

 だってそうだろう? 傍には頭が粉砕された魔物の死骸があるし、土の下にはアリスが一生懸命集めて埋めた魔族の死体があるんだ。そんな場所で落ち着いて話なんてできないって。

 だから何処か場所を移さないかと提案したところ、アリスが自分の部屋に誘ってきたわけだ。

 まあ、そこまでは良かったんだけど……流石に地下室って怖いな。どう考えても悪いイメージしか湧いてこない。

 

 「はい。ここが私の部屋の一つ。最近はあんまり使ってなかったからちょっと埃っぽいかも」

 

 「……普通だ」

 

 「へ? どんな部屋だと思ったの?」

 

 「拷問室みたいなエグイ部屋かと」

 

 「そんな悪趣味してないよ!」


 そんなこと言われても、俺が初対面の相手の趣味なんて知ってるわけねーだろ。


 「まあいいや。普通なのは良いことだ」


 「あ、それ私の椅子……」


 アリスの部屋は実に質素なものだった。

 ベッドと本棚と机。そして俺がたった今腰掛けた木製の椅子しか置かれていない。

 本棚に入っている本も辞書みたいにぶ厚いものばっかりだし、娯楽になりそうな物が見当たらない。ここは仮眠室か勉強部屋なのか? ま、どうでもいいけど。


 「とりあえず、どっちから先に話す? 一応、俺の方は話すことが少ないから先でもいいけど」


 俺の提案を、アリスはベッドに座りながら首肯した。


 「じゃあお願い。私もセイヤのことを聞いてから話すかどうか決めるから」


 「何それ。そういうのって詐欺って言うんじゃねえの? ……まあいいや」

 

 どうせこれから話すのは全部作り話だしな。

 俺は何処から話すか迷う素振りをして、具体的にこんな『設定』を口にした。


 「俺……実は記憶喪失なんだ」


 「え……」


 アリスは目を見開いて驚いている。

 おいおい、序盤から真に受けすぎだろ。少しは人の話を疑うことを学んだ方が良いと思うぞ。

 あまりにも純粋な反応をされて良心が痛んだが、俺はアリスに真実を話すつもりはない。

 アリスが俺に気を許しているのは、俺のことを「お兄様の親友」だと判断しているからだ。

 だから俺は彼女の思い込みを利用し、自分が異世界から召喚されてきたという事実を伏せておこうと思った。

 それに記憶喪失っていう設定なら、この世界についての知識が欠けていても疑われないだろ。


 「俺は記憶を失った状態で魔族領を彷徨っていた。そんな時、ディアボロスに助けられたんだ」


 「それがきっかけで仲良くなったの?」


 「ああ。その後色々あって、俺は人間社会に復帰してみようと魔族領を出て行ったんだ。だけど勇者が魔族領に攻め込んできたって話を聞いて……」


 「?」


 「ま、気が付いたらここにいたってことだ」


 俺はつくづく最低な人間だったようで、この時咄嗟に偽善が働いた。

 『話を聞いて慌ててここまで駆けつけた』

 たったそれだけの嘘を吐くことに今更躊躇いを覚えてしまった。

 アリスは俺と出会うまでどんな気持ちで過ごしていたのか。たった一人で多くの魔族達を弔って、どんな思いを抱いていたのか。

 そんな疑念が頭を過ぎり、言葉に詰まってしまった。

 とてもじゃないが「慌てて駆けつけた」なんて嘘は、俺の口から言い出せなかった。

 

 「セイヤ」

 

 「ん?」

 

 「急に俯いてどうしたの?」


 「いや……ただ自己嫌悪に陥っていただけだ。気にしないでくれ」


 そう言って俺が話を終えると、アリスは少し逡巡するように頭を捻った。


 「セイヤは魔族のことを嫌わないの?」


 「……さっき記憶喪失だって言っただろ。そもそも魔族が何なのかすら俺には分からないんだよ。まあ、第一印象はそんなに悪くないと思うけどな」


 見た目とか普通に人間じゃん。少なくともアリスほどの美人なら男達が放っておかないと思うぞ。多分。


 「それなら、良かった。人間社会に復帰するつもりだったって聞いたから、ちょっと不安になってたんだ」


 俺の答えに納得したのかアリスは少しだけ安堵の笑みを浮かべた。

 ……ほんとに人の言うことを疑わないんだな。例えるなら詐欺被害者最有力候補ってところか。

 でも、そうだな。一応考えておくべきかもしれない。

 人間と魔族……俺がどちら側に属しているのかを。もしくはどちら側に属するべきなのかを。

 夢の内容から察するに、人間と魔族がお互いに殺し合いをするような仲だというのは知っている。

 だからこそ、場合によってはアリスを切り捨てることも考えないといけないよな。いや、まだそこまで考える段階じゃないか。でも……できれば裏切るようなことをしたくない。


 「じゃあ、その……次は私の番だね」


 「ん? ああ、頼む」


 あんまり人と話さないからか? 誰かと会話しているとどうも調子が狂うな。ついつい自分との会話に耽って現実から目を背けたくなる。

 アリスは小さく咳をして、やや緊張しながら話し始めた。


 「知っての通り私は魔王ラースの娘で、暗黒騎士ディアボロスの妹です」


 「何で敬語?」


 「うぅ……だって、こういうの慣れてないんだもん」


 反射的に疑問を口にすると、アリスは恥ずかしそうに蹲ってしまった。

 お前も人と話さない性質か。安心しろ、俺もだ。

 アリスに共感を覚えつつ、俺は話の腰を折ってしまったことを詫びた。

 それから話の続きを促がすと、まだ恥ずかしそうにしながらもアリスはゆっくりと語り始めた。


 「えっと……私はまだ十六年しか生きていない子供で、お城の外にあんまり出たこと無いけど、一応魔力量はお父様より上……です」


 「魔王は魔術が苦手な狂戦士(バーサーカー)だったもんな」


 「いえ、魔力量そのものは魔術の才能に比例しません。お父様は莫大な魔力で身体強化をするのが得意だったので、ああいう荒っぽい力を身に付けただけです」


 へえ……そういうものなんだ。でも、せっかく魔力量が多いのに魔術が使えないってのも勿体無い話だよな。

 あ。ひょっとしてそれが勇者に対する敗因だったりするのか?


 「ちなみにお兄様は魔術も武術もどっちも使えました。それに加護も持っていましたし、魔王の後継者としては結構周りに期待されてたんですよ」


 「ふーん。それはともかく、加護って何だ?」


 「えっと……魔術とは異なる、特殊能力みたいなものです」


 「ああ、なるほど。所謂チートみたいなもんか」


 「は? チート?」


 「悪い、こっちの話だ」


 そこまで話し終えた時、突然部屋が大きく揺れ出した。

 椅子に座っていた俺はその時バランスを崩して頭を地面に打ち付けてしまった。すっげえ痛い。


 「大丈夫!?」


 俺が頭を抱えながら悶絶していると、アリスは慌てて俺の傍に駆け寄ろうとベッドから立ち上がった。

 馬鹿! 部屋が揺れてる最中に立つんじゃない!


 「ぶふっ!?」


 「……何やってんだ」


 予想通り、アリスは体のバランスを崩して床に倒れこんだ。その際顔面をもろにぶつけたようで、今は顔を両手で覆いながら床の上を転がっている。

 ……今はそれよりもこの揺れが問題だ。

 地震の可能性も考えたが、やたらと上の方が騒がしい。どうやら地上で何かが始まったと考えるのが正解っぽい気がする。

 どうしよう……その『何か』が何なのかを知るのがすごく怖い。


 「〜〜〜〜っ! 私、行かなきゃ!」


 「あっ、待てよ!」


 「待てないよ! もしかしたらお墓の周りで誰かが暴れているかもしれない!」


 「――ッ!」


 アリスは痛みを堪えて立ち上がり、地上に向けて走り出した。

 アリスはアリスの行動理由に従っただけ。だったら俺に止める道理は無い。

 じゃあ俺はどうする? 俺も後を追うか? だけどアリスの理由は俺の行動理由にはならないぞ!

 俺は迷う。動くか留まるかで、大きく迷う。

 新たな危険性。別の協力者の確保。単独行動についてのリスク。

 様々な思考が俺の足枷となって体を地面に縫い付けてしまっていた。

 迷いを振りきって足を踏み出せるほどの勇気は俺にはない。


 「だけど……もし、これが魔物の仕業だったら……!」


 アリスは多分、死ぬんじゃないだろうか?

 それは……それは駄目だろ!

 そこまで考えた時、俺の中で何かが弾けるような音がした。


 ――上を向こうよ!


 アイツの声が俺の足枷を容赦なく叩き壊す。

 気が付けば俺は立ち上がっていた。

 もう一度倒れる暇なんて無い。

 激しい揺れに耐えながら、俺は全速力で地上に向けて駆け出した。


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