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第3話『協力者』

 ……この世界に存在する魔術というものは本当に便利だ。

 呪文を唱えるだけで浄化の光が身を包み、全身に掛かった血もあっという間に清めてくれる。その結果、少女は元通りの清楚さを見事に取り戻していた。

 少女は涙目できつく俺を睨んでくる。いや、本当に悪かったって。


 「……貴方、誰なの?」


 少女はやや警戒しつつも、そんなくだらない質問をしてきた。

 俺が赤の他人に気安くプライベート情報を語るとでも思ってんのか? 教えるわけねえだろ。


 「別に知る必要なんて無いだろ」

 「じゃあ、敵なのね」


 何でそうなる!? 短絡思考か、この女!

 少女は魔力の渦を右手に巻きつけて臨戦態勢を取った。そんな態度を取られてまで答えをはぐらかすほど俺も間抜けじゃない。

 俺は溜息を吐いて素直に名前を教えることにした。


 「……暗持誠也(くらもちせいや)だ」


 俺は誰かと進んで仲良くするつもりはない。

 が、向こうから寄ってきた者を追い返すこともしない。

 そうやって他者との干渉を最小限に抑えることで、俺は自分の平穏を守っている。ましてや不必要な争いを生み出すなんてまっぴら御免だ。というかまだ死にたくない。

 そんな思いで俺が質問に答えると、少女は臨戦態勢を解いて首を傾げた。


 「……クラモチセイヤ? 変な名前だね。それに長いし」


 人が素直に教えてやった名前に文句を付けるな。


 「暗持が苗字で誠也が名前だ」

 「家名が最初に来るの? ますます変わった名前」

 「ほっとけ。そういうお前の名前は何なんだよ」

 「アリス・ルシフェール」

 「ふーん、割と平凡な名前だな。……待て、アリス?」


 アリスって言えば、夢の中でディアボロスが最後に呟いた名前じゃなかったか?

 じゃあ、目の前にいる少女があいつの妹? ということは魔王の娘か!?


 「な、何? 私の名前……何処かおかしかった?」

 「別にそんなことはない。……特に深い意味はないから気にしないでくれ」


 魔王は筋骨隆々の狂戦士(バーサーカー)だったよな。そして兄貴は全身鎧の暗黒騎士か。……二人とも明らかな戦闘職だ。そりゃ好戦的な性格にもなるよな。

 大人しそうな見た目に反して活発な性格……まるで間宮だ。

 そこまで考えて、俺はやや強引に自分の思考を中断させた。


 「あのさ。少しお前に聞きたいことがあるんだけど……いいか?」

 「奇遇だね。私も貴方に聞きたいことがあったの」


 おお。アリスから俺に対する敵意が消えている。これなら多少は情報交換ができるかもしれない。助けて正解だったな。

 俺は一旦咳払いをして、単刀直入に尋ねた。

 いきなり核心に触れるのは抵抗を覚えるけど、生憎と無駄話をするつもりは無い。


 「お前は『転生召喚』について何処まで知っている?」


 『転生召喚』がどういうものなのかを知ることができれば、何か帰る為の手段が見つかるかもしれない。もし見つからなくても、身をもって体験した人間として召喚の原理は知っておく必要がある。

 そう考えての質問だったが、彼女から返ってきた答えはあまりにも残酷なものだった。


 「え? 何? そんな召喚魔術、私は知らないよ?」

 「……何、だと?」

 「そもそも私が使えるのは属性魔術だけで、召喚とか転移みたいな特殊な魔術は使えないの。だから、そういう魔術については詳しいことを勉強してない」


 ……嘘だろ?

 いきなり出ばなをくじかれた。あっという間に会話終了。

 おいおい、待てよ。おかしいだろ。

 ディアボロスはともかく、魔術が苦手だって言ってた魔王ですら『転生召喚』を知ってたんだぞ。何でお前だけ知らないんだよ。

 俺がそれに似たようなことを早口で言うと、アリスは目を見開いて俺に掴みかかってきた。

 ヤバイ! 殺られる!?


 「やっぱり貴方! お父様やお兄様のことを知っているの!?」

 「はぁ!?」

 「答えて!」

 「……まあ、一応知り合い……かな?」


 アリスの剣幕に気圧されて、俺はついそんなでまかせを言ってしまった。

 まあ、全くの嘘ってわけでもないから大丈夫かもしれない。なにせ二人のことは夢で知ってるわけだし。

 いっそのこと「お前の兄貴に召喚されました」とか言おうと思ったが、それはやめておいた。相手からは何の情報も得られていないんだから、これ以上俺の情報を公開する必要もないだろう。

 だが目の前の少女は俺のでまかせに喰い付き、更なる質問を重ねてきた。


 「じゃあやっぱりさっきの技は『暗黒砲撃(ダークブラスト)』で間違いないのね! お兄様に教わったんでしょ! 技を教えてもらえるくらい仲が良いってことはお兄様の親友なんだね! 信用していいよね!」

 「ちょ、ちょっと落ち着け!」

 「私……まだ一人じゃ……ないんだよね?」

 「――ッ」


 俺は見上げてくるアリスの顔を見て言葉を失った。

 アリスはの瞳は……濁っていた。

 光の消えた紅い瞳から、俺とは比べ物にならないくらいの絶望を感じる。……当然だよな。なにせ家族も仲間も皆殺されて、自分だけが生き残ってしまったんだから。

 理不尽な孤独は心を歪める。それは俺自身が経験したことだ。だから、アリスの気持ちも少しだけなら分かる気がする。


 「……俺は、この世界のことを詳しく知らない」

 「?」

 「だから、とりあえず誰かの協力が必要だと思ってる。……不本意だけどな」

 「それって……」


 別に同情したわけじゃない。ましてや信用したわけでもない。

 俺はただ、“なんとなく”他の奴らより警戒する必要がないんじゃないかと思っただけだ。

 ただそれだけ。だけど行動理由には十分。

 俺はアリスと目を合わせないように顔を逸らしながら言った。


 「今からお前は一人じゃない。……とりあえず、二人だ」

 「……そっか」


 アリスの顔を一瞥してみる。

 涙で濡れた彼女の瞳には光が戻っていた。

 まるで迎えがきた迷子のように、欲していた玩具を手に入れた子供のように、アリスは涙を流しながら笑っている。

 人間関係に苦悩している俺としては、こんな時どういう反応をすればいいのか非常に困る。……黙ったままでいいんだろうか。


 「ねえ、セイヤ」

 「……いきなり呼び捨てかよ。ま、別にいいけどさ」

 「『転生召喚』ってさ……もしかして禁呪の?」

 「え、思い出したのか!?」

 「うん。禁呪ってことだけ」

 「……そうか」


 これがあの有名な「上げて落とす」ってやつか。凄いな。軽く心抉られたわ。

 こうして人との信頼関係は崩れていくんだろうな、なんて一瞬考えちまったじゃねえか。といってもまだアリスを信用したわけじゃないんだけどな。

 所詮は利害の一致で一緒にいるだけに過ぎない。相手に期待するのはやめた方がいいな。

 そんなことを考えていたのがばれたのか、アリスは慌てて言葉を繋げた。


 「で、でもね! 禁呪や禁書みたいな危ない魔術は、賢者様に聞けば分かると思うの!」

 「賢者様?」

 「うん。魔族の中でも一番長く生きている人で、魔術に関して凄く詳しい人なの!」

 「つまり、そいつに聞けば『転生召喚』のことも分かるかも知れないってことか」


 まだ手掛かりは残ってる。

 それが終着点なのかは分からないが、少なくとも足を踏み出すには十分な入口だ。

 俺はお節介な少女の言葉を思い出し、異世界の青空を仰ぎ見る。そこには自分の悩みがちっぽけに思えるくらい、広く大きな景色が映っていた。

 もしかしたら、生まれて初めて希望を持ったかもしれない。


 「で、その賢者様は何処にいるんだ?」

 「最果ての森。ここからずっと遠い場所」

 「……どれくらい遠いんだ?」

 「確か、人間達の街をいくつか越えた先。飛竜が使えれば三日くらいで行けると思う」

 「使えないものを例に挙げてどうする。徒歩ならどれくらいかって聞いてんだよ!」

 「そ、そんなこと言われても……そこまで、歩いた、こと……ないもん」


 ヤバイ。少し苛々してたらアリスが泣き始めた。

 これだから他人と関わるのは面倒なんだ。何考えてんのか分からないから対処のしようが無い。

 ……うん。俺ってやっぱり最低だな。さり気なく自分は悪くないみたいな考え方してた。

 俺は自分の荒れてきた気持ちを静める為にも、話の流れを変えてみることにした。


 「悪い。少し乱暴に言い過ぎた。……そういえば俺達ってまだ初対面だよな? さっきの話は一旦忘れて、まずはお互いのことを話さないか?」

 「……うん」


 旅をするにも準備が必要だ。

 俺に準備するような物は何も無いが、協力者の情報や自分の力について把握しておくことは大事だろう。

 この世界には魔物がいるってことも判明したし、まずは地盤を固めるところから始めるべきだ。

 泣き止んだアリスに安堵しながら、俺は自分の話すべき『設定』について考えた。


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