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第2話『異世界での邂逅』

 目を覚ますと……雲ひとつ無い快晴の空が視界の中に飛び込んできた。

 おかしいな。今は確か夕方だった筈だけど。それとも寝ている間に一日過ぎちゃったのか?


 「――ッ!?」


 俺はベッドから起き上がろうとして、体が固まった。

 床だ。俺が今まで寝ていたのはボロボロの大理石が一面にしかれた床の上。そしてここは俺の部屋じゃなくて、見たことも無い建物の中だ。

 テレビやクローゼットの代わりに瓦礫の山があちこちにできている。それにここは建物の中とは言えないくらい外と隔てる物が存在しない。

 壁はほとんどが崩れているし、天井には巨大な穴がぽっかりと空いてしまっている。はっきり言って廃墟以下だ。建物ではなく、その残骸としか言いようが無い。


 「まさか……本当に?」


 狭間の世界で見た魔王城はゲームに出てきそうな壮大な城だったが、ここにはその面影が一切残されていない。

 それでも。それでもここは夢に出てきたあの魔王城に間違いない。

 俺は本当に、夢で見たあの異世界に来てしまったんだ。


 「ははは……嘘だろ? 俺が何したって言うんだよ」


 俺はただ、怖かっただけだ。

 勝手に期待されて、失望されて、裏切られて、捨てられて、失い続ける。

 そんな世界で生きていくのが怖かっただけだ。

 俺は逃げたかった。誰も信じられなかった。自分以外の全てを拒絶した。

 ……これはそんな俺に対する罰だっていうのか? 冗談だろ!


 「ふざけんなよ畜生が!」


 諦めることの何が悪い!

 見栄を張ることの何が悪い!

 恐れることの何が悪い!

 逃げることの何が悪い!

 自分以外の全てを拒絶して……何が悪い!

 俺は下を向いて、強く唇を噛み締めた。悔しさのあまり拳を地面に叩きつける。

 そんな時、あいつの言葉を思い出した。


 ――嫌なことを考えた時はとりあえず上を向くの。


 間宮茜(まみやあかね)。あいつならこの状況でも笑って前を進んでいけるんだろうか。

 俺は間宮のことは何も知らない。だけど、想像することならできる。

 辛くても空を見上げ、苦しくとも自分を奮い立たせ、怖くても前へ足を動かしていく。

 そんな彼女の姿が俺の脳裏に映し出された。


 「……帰ろう」


 俺は立ち上がる。そして当ても無く前へ進み出した。

 元の世界に帰るという、終着点(ゴール)の見えない目的を行動理由にして。

 俺はただ前へと歩き出す。





 鏡の中の俺は魔王城に向かわせると言っていた。

 ディアボロスの召喚した場所が魔王城だからなのか、それとも別の理由があるのか分からないが、とにかく俺を魔王城に向かわせる理由があったのは間違いない。

 恐らくこの廃墟となった魔王城が鍵なんだろう。きっと俺のこれからを決める何か……指針となるものがこの魔王城の何処かにある筈だ。


 「といっても七割近く倒壊しているしな。行けるのは二階までって感じか」


 元は高層ビルくらいの高さがあっただろう巨大な城。それが今は見事なまでに崩壊しきっている。

 一体何が起こればここまでボロボロにできるって言うんだ。

 二階の足場には無数の亀裂が走っており、いつ崩れてもおかしくない。……探索するのは大変そうだ。

 俺はとりあえず自分が倒れていた城の最下層らしい場所に戻り、一旦そこで休憩することにした。

 だがその途中、俺は見てはいけないものを見てしまった。


 「〜〜〜〜ッ!?」


 最早原型すら分からない肉の塊。辛うじて形を保っていたボロボロの腕だけがその肉の正体を物語っている。

 死体だ。恐らく……魔族か人間、どちらかの屍だろう。

 俺が夢で見た魔族は皆人間と大差ない外見をしていた。

 魔王のように頭から漆黒の双角を生やしていた者や、明らかに人外の姿をした者も混じっていたが、基本的には人間と変わらなかった。

 どちらにせよ生きていた者が死んでいるんだ。見ていて気分が良いものじゃない。

 俺は口元に手を当て、一気にその場を駆け出した。


 「ううう……おうぇ! げほげほっ……おえっ!」


 俺は我慢できず、それほど離れていない場所で胃から逆流した物をぶちまける。

 思い出した。

 魔王やディアボロスの印象が強くて忘れがちだったが、この城ではたくさんの魔族と人間が殺し合いをしていたんだ。あれからどれくらい時間が経っているのか分からないが、この場所に死体が残っていてもおかしくない。

 ここから逃げたい! そんな感情が俺の中で暴れまわる。しかし俺は必死に自分を押し殺して廃墟の中を彷徨った。

 ここから逃げたところで、俺が無事でいられる保障は何処にもない。小説やゲームとは違ってここは現実なんだ。

 都合よく誰かが助けに来てくれるわけでもなく、ましてや建物の外が元の世界のように安全とは限らない。異世界ならではの魔物とかが徘徊していたら、俺みたいな非力な人間はすぐに喰われて死ぬ。そんなの御免だ。


 「……ここは?」


 真っ直ぐ歩いていると周りの風景が変わり、中庭のような開けた場所に辿り着いた。

 その場所は地面のほとんどが盛り上がっている。まるで、そこに何かを埋めているかのようだ。

 だけど、詮索しようとは全く思わない。

 死者の臭いが漂ってくることから、そこに何が埋まっているのかは容易に理解できた。

 その光景を見ていると、不思議と俺の中で悲しみの感情が湧き上がる。何故か手を合わせたくなった。

 俺は無意識に足を一歩踏み出した。


 「近付かないで!」


 そんな時、叫ぶような女の声が後ろから飛んできた。

 ……驚いた。まさかこの場にまだ生き残りがいるなんて。

 だけど相手からは敵意を感じる。俺は警戒しながらゆっくり後ろを振り返った。

 そして、俺は思わず息を飲んだ。

 

 「……」

 「……」


 そこに立っていたのは幻想的なまでに美しい少女だった。

 透き通るような銀色の髪。夕陽のように赤い双眸。少し汚れてはいるが、清楚さを失っていない白のワンピース。

 全てが合わさり、彼女は天使のような神秘さを放っていた。

 俺の中で何かが歓喜している。彼女が生きていてくれたことに大きな喜びを感じていた。


 「そこは、私の大事な家族が眠っているの。だから、近付かないで!」

 「……悪かった」


 彼女の足は震えている。恐らく俺のことが死ぬほど怖いんだろう。……当然だ。俺は人間で、彼女は人間に家族を奪われたんだから。

 俺は素直に頭を下げた。これで許してもらえるとは思っていないが、謝らずにはいられなかった。

 返事は期待していなかったから、俺はその後すぐに中庭から立ち去った。彼女がこの後どうしようが俺には関係ない。

 心の何処かで何かが俺を責め立てているような気がするのは“良心が痛む”ってやつだろうか。だとしても俺はそれを全力で無視する。

 あの子は俺を敵視している。なら、俺には何の利益も生み出さないだろう。関わるだけ無意味だ。それに俺だってあの子が怖い。近付いた瞬間に襲われでもしたらどうする。負けて殺されるイメージしか湧かないぞ。


 「きゃああああああああああああああああああああ!?」


 彼女の悲鳴が聞こえたのは、そこまで考えた直後だった。

 俺は咄嗟に引き返して中庭へ疾走する。


 「――マジかよ!」


 魔物が中庭に入り込んでいた。良く見れば中庭を囲んでいた壁の一部が破壊されている。

 少女は腰が抜けてしまったのか、魔物を見ても逃げ出す様子が無い。

 魔物は三つ目の狼みたいな姿をしており、少女をじっと見つめていた。口の周りや灰色の体毛に付いた赤い染みは血だろうか。だとしたら結構ヤバイ生き物かもしれない。


 「嫌! 嫌ぁ!」

 『グルルルル……』


 どうする?

 少女に歩み寄っていく狼を見て、俺は助けに行くかどうか迷った。

 あの子が喰われている間に逃げればきっと俺は助かるだろう。だけど、あの子を見殺しになんてできない。

 だからと言って俺にあの狼を倒せるのか? それとも動けない少女を引き連れてここから脱出することなんてできるか? ……無理に決まってる!

 俺は最低だ。

 こんな状況で、俺は傍観する為の理由を必死に探している。

 俺は俺が大嫌いだ。だけどそんな自分を変えようとは思わない。

 だって俺には力が無い。何もできない。何も変えられない。

 覚悟も無ければ勇気も無い。俺には諦念と絶望しか残されていない。


 ――本当に?


 「――ッ!」


 俺は一瞬だけ空を見上げた。

 そして次の瞬間、俺は足下に落ちていた石を拾って狼に向かって疾駆する。


 『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 「きゃああああああああああああああああああああ!?」


 狼は鋭い牙を剥き出しにして、少女に向かって飛び掛った。

 このままじゃ助けられない。俺は足に己の全ての力を込めた。

 だけど距離が開きすぎている。間に合わ――。


 「――せる!」


 それはほとんど無意識だった。

 俺は持っていた石を狼に向けて全力で投球する。


 『ガウ!?』


 俺の指先から漆黒の闇が溢れ出し、撃ち出した石が黒く染まる。

 それは暗黒による物質の超強化。魔力の操作に長けた暗黒騎士の基本技術だ。

 ただし普通の超強化ではない。これはディアボロスが最も得意として極めつくした超強化。その威力は魔術の限界を大きく超えている。

 最速で放たれた黒い石は、漆黒の軌跡を残しながら狼の頭を貫いた。

 目の前でその一幕を見ていた少女はぽつりと呟く。


 「お兄様の……【暗黒砲撃(ダークブラスト)】」


 その直後、狼の頭が粉砕されて大量の血が少女に頭に降りかかった。

 少女の銀色の髪や真っ白だった服が真っ赤に染まる。

 俺と少女は絶句した。


 「あの……ごめん」

 「い、やぁ……あああ……嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 涙を浮かべながら叫ぶ少女の悲鳴が辺り一帯に響き渡る。

 俺が彼女を放っておかない行動理由は、それだけで十分だった。


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