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第1話『夢の声』

 「――わあああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 俺は突如真っ白な閃光に呑み込まれ、思わず伏せっていた上体を起こして叫び声をあげてしまった。


 「……」

 「「「……」」」


 ……あれ? もしかしてさっきのは……夢?

 光も何も無い。俺の視界には見慣れた教室と、たくさんの顔が映っているだけだ。

 明らかに奇妙な物を見るかのような奇異の視線が、容赦なく俺に向かって集中砲火されている。中には警戒に満ちた視線や怒りが込められた視線も混じっていた。

 やっべえ。俺、授業中に何やってんだよ……。

 羞恥で顔が熱くなるのを自覚しながら、俺は自分に呆れて溜息を吐いた。


 「……溜息を吐きたいのは先生の方だぞ、暗持(くらもち)

 「あ、その、すみませんでした」


 俺が慌てて頭を下げると、周囲から一斉に笑い声が発生した。

 不味い。鈴木先生がご立腹だ。

 授業の雰囲気が完全にぶち壊しになったことがご不満なのか、先生のこめかみがピクピク動いている。……やっちまった。


 「暗持は放課後、進路指導室へ来るように……逃げるなよ!」

 「……はい」


 最悪だ。無駄に悪目立ちした挙句に帰宅時間が遅くなるだなんて。

 俺は思わず溜息を吐きそうになったが、鈴木先生の鋭い視線を感じてすぐに中断した。

 忍び笑いがあちこちから聞こえる。きっと今ので俺への評価が変わってしまったに違いない。あーあ。くそっ、本当に最悪だ。




*****




 「お前、自分が受験生だってこと分かってるんだろうな?」

 「はい」

 「たくっ。次からは気をつけろよ」

 「はい、すみませんでした」


 放課後。

 俺は鈴木先生の長ったらしい説教を受け続け、今さっきようやく解放されたばかりだ。

 やれやれ……これでようやく家に帰ってゆっくり寛げるぜ。

 俺は校舎を出る時にちらりと腕時計を確認してみた。

 ……予定より一時間も遅れてる。あの人、たかが居眠りでどれだけ怒れば気が済むんだよ。そんなんだから女にもてないんだ。

 俺は鈴木先生に対して愚痴を呟きながら、少し駆け足気味に校門を通り過ぎた。


 「あ、誠也(せいや)君だ!」

 「ん?」


 これから速攻で家に帰ろうとしていたところで後ろから声を掛けられた。

 振り返ってみると、そこに立っていたのは俺のよく知るクラスメートだ。

 間宮茜(まみやあかね)。三つ編みのおさげが特徴的な彼女は手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。最近寒くなってきたからか、彼女は首に紺色のマフラーを巻いていた。


 「一緒に帰ろ?」

 「やだよ」

 「えー? 何で?」

 「気まずいから」


 ほんと困るわ。何でそんな積極的に男子と一緒に帰ろうとか誘えるんだよ。

 間宮は大人しそうな外見をしているくせに、その実、人並み以上に活発な性格をしている。ある意味、俺とは正反対な奴だ。こいつが一人きりになってるところを俺は一度も見たことが無い。

 逆に俺は人との接触を極力避けている。色々と問題が起きないように相手の名前くらいは覚えているが、それ以上のことには興味を持たない。


 「私は誠也君がずっと黙ってても平気だよ?」

 「俺は気まずいままだ」


 だから俺には理解できない。何でこの女はこうまでして俺に話し掛けてくるんだろうか?

 学校に行くと、必ず一回は間宮に声を掛けられる。酷い時は一緒に弁当を食べようとか誘ってくる始末だ。

 誰も俺に話し掛けてこない中で、間宮だけが俺に声を掛けてくる。……一体何を企んでやがるんだ?


 「あ、待ってよ! 先に行かないでよぉ!」

 「煩いな。腕組むなよ、気色悪い」

 「酷い!?」


 無償の善意ほど信用できない物は無い。人はいつだって利己的で、狡猾だ。

 自分の利益になる相手と友人になり、不利益になれば平気で捨てる。

 信頼には裏切りが付き物であり、手に入れた物はいつか失う。

 ……世の中はそんな風にできている。

 それが分かっているからこそ、俺は理由も無しに干渉してくる奴が怖かった。

 もしも喧嘩になったら? そこから取っ組み合いに発展したら? 殺し合いになったら?

 そんな思考がちらつき、相手を信じられないことを申し訳なく思い、結果として気まずい思いを抱えることになる。

 だからこそ、俺は他人と関わることが苦手だった。


 (その気になれば……俺はいつでもお前を殺せるんだぜ?)


 そんな実行に移せもしない答えを導くことでしか、俺は心に余裕を保つ術を知らない。そんな自分が一番恐ろしく、大嫌いだ。


 「誠也君、ストップ!」

 「ぐえっ!? な、何すんだよ!」


 俺は突然間宮から顎を掴まれ、無理矢理顔を上に向けさせられた。


 「また下向いてた。駄目だよ、そういうの」

 「……」

 「嫌なことを考えた時はとりあえず上を向くの。あの広い空を見れば自分のことがちっぽけに見えて、嫌なこともきっと気にならなくなるから!」


 俺の目の前には安穏とした景色が広がっていた。

 燃えるように赤い空は自分の視界にも納まらないくらい広く、雲はのんびりと風に流されていく。

 そんな光景は確かに間宮の言葉どおりの効果をもたらしそうだった。

 なんだか、俺の中に溜まっていた濁りのような部分が少しだけ薄まったような気がした。


 「何で……」

 「ん? 何?」

 「……なんでもない」

 「えー!? 一度言い掛けたことは最後まで言ってよぉ! 誠也君が何か喋ろうとするのって結構レアなのに!」

 「だからなんでもないって」


 俺は苦笑を浮かべながら、腕にしがみ付いてくる間宮を引き離した。

 間宮には悪いが諦めてもらうほか無い。なぜならさっき質問しようとしたことは絶対に聞けないことだったからだ。


 ――何で間宮は俺に優しくしてくれるんだ?


 そんな馬鹿なことを聞こうとした自分を殴りたい。

 アレは優しくしてくれたんじゃない。ただ俺を気遣ってくれただけだ。もしくは俺の態度が気に食わなかったから、無理矢理矯正しようとした。……それだけだ。


 「あ、そろそろお別れだね。じゃあ、また明日!」

 「お、おう」


 俺の住むアパートが見えてきたので、俺達はここで別れることになる。

 間宮はそこから一人で先を走り出した。軽い足取りでどんどん俺から遠ざかっていく姿はまさに元気そのものだ。

 体は華奢なくせに……意外と足が速いな。何かスポーツでもやってんのか?

 俺は間宮のことを何も知らない。気にはなるが、自分から知ろうとは思わない。それに対して、あいつは俺のことを何処まで知ってるんだろうか。

 

 「何やってんだ俺は」

 

 他人のことなんていくら考えたって分かる筈が無い。するだけ時間の無駄だ。

 俺はそんなことを考えながら、見えなくなるまで間宮の背中を見送った。

 ……人の行動には何かしら理由がある。だけど、その理由が必ずしも説明できるものとは限らない。だから人は“なんとなく”だとか“気が向いたから”という言葉で自分の行動理由を誤魔化してしまうわけだ。

 でも、それはきっと悪いことじゃない。だから俺があいつのことを“なんとなく”気になっていることだって……悪いことじゃない筈だ。

 俺は鍵を開けて自分の部屋に入った。中に誰もいないことが分かっているから「ただいま」は言わない。


 「疲れた」


 俺は手を洗った後、特に何をすることも無くベッドの上に倒れこむ。その際、強風が吹いて窓がガタガタと震えた。

 そういえばそろそろ暖房器具も用意しないとな。ストーブって、確か押入れの中に入ってたっけ?

 少し肌寒かったので、俺はそのまま布団の中に潜り込む。布団は冬物に取り替えているので暖かい。すぐに心地よいまどろみが俺を包み込んだ。




*****




 俺は白い世界の中にいた。

 見たことも無い城が傍に建っていて、辺りが全て氷に閉ざされてしまっている。

 あの城、魔王城にそっくりだ。つまりこれは……夢の続きか?

 しかし、夢にしては現実感がありすぎるような気がする。歩けば前に進むし、手を触れれば感触を得られる。こんな夢があるんだろうか。


 『――ここは狭間の世界だ。だから夢と間違える』

 「おわぁっ!?」


 氷という名の鏡に映っていた俺が、突然俺に向かって話し掛けてきた。

 あまりにもホラーな展開に、俺は思わず情けない声を出してしまう。

 しかし、鏡に映った俺はまるで気にしていないように話を続けた。


 『俺はお前に宿る可能性だ』

 「……可能性?」

 『そうだ。お前の中に眠る暗黒騎士の力だ』

 「それって……!」


 まさか、あの夢の中に出てきた『転生召喚』ってやつが関係してるんじゃないだろうな!?

 俺の表情を見て何かを察したのか、鏡の中にいる俺は不敵な笑みを浮かべた。


 『どうやら心当たりがあるようだな。ならば話は早い。今からお前にはあの城へ向かってもらう』

 「はぁ!?」

 『言っておくが拒否することはできないぞ。お前は選ばれたのだ。故に、これはすでに確定事項となっている』


 鏡の中にいる俺は、いきなりそんな非常識なことを言ってくる。どうやら相手の事情は完全に無視するタイプらしい。

 というかこれ、本当に夢じゃないのか? だとしたら今の状況は不味くないか!?

 俺は慌ててこの場から逃げようとした。だが、不思議なことに何処へ向かってもあの魔王城に辿り着きそうな気がしてしまう。自然と足が止まった。

 そんな俺に、鏡の中にいる俺は瞳を赤く光らせながら足下をそっと指差した。それに釣られて俺もつい足下を見てしまう。


 「これは……『転生召喚』の!」


 思わず両目が見開かれた。

 ディアボロスとかいう鎧の男が消えていった魔法陣。それが俺の足下に展開されている。

 俺は必死にそこから抜け出そうとするが、まるで金縛りにあったかのように体が動かない。

 嫌だ! 行きたくない! 俺にはあそこへ行く理由なんて無いんだ!


 『――理由ならあるさ。お前は今の世界に不満を持っている』

 「――ッ!」


 見透かされていた。

 図星を突かれた俺の体は今まで以上に硬直する。


 『向こうの世界でなら、お前の望んだ力が手に入る』

 「お、俺は……!」


 力? 馬鹿か。俺は本気でそんなことを望んでいたわけじゃない。


 『お前が自分を変えるチャンスはきっと今この時しかないぞ』

 「自分を……変える?」


 その言葉を聞いた時、混乱や恐怖が怒りに変換された。相変わらず金縛りに掛かっているが、それでもここから離脱しようと体を左右に捻る。

 ふざけんな! そんなこと誰も頼んでねえだろうが! 俺は俺の為にしか動かない。それで良いじゃないか! 変える必要なんて何処にもない!

 俺は俺が大嫌いだ。消えてしまいたいと何度も思った。

 だけど、そんな自分を変えようとは思わない。だってそうだろう? 自分が自分でなくなる。そんなこと、怖くて怖くて堪らないじゃないか!

 結局のところ、俺は自分のことが大事なんだ。だから、今の自分を失いたくないと思ってる。


 『そうだな。そのとおりだ。心を持つ者はいつだって矛盾を抱えて生きている。だからこそ軋轢を生み出し、光と闇を無限に構築できるんだ。ま、お前の場合は闇だけしか構築していないようだがな』

 「余計なお世話だ!」


 鏡の中にいる俺は、実に楽しそうな笑みを浮かべた。


 『お前がどのような闇を見せてくれるのか、先が非常に楽しみだ』

 「――――ッ!」


 その言葉を最後に、俺の意識は暗闇の中に呑み込まれていった。


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