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第14話『決着』

 全てが白く染め上げられる。

 白い絶望が俺を襲う。

 全てがここで終わるのか?

 ……冗談じゃない。

 俺は暗黒の力を腕に込めた。どれだけあの炎を削れるかは分からないけど、一か八か【暗黒砲撃(ダークブラスト)】に賭けてみる。

 だけど俺が空を睨み付けたその時、いきなり純白の花が視界いっぱいに咲き乱れた。


 「【フォルティス・アイシクル・シールド】!」


 どうやら遅れて村にやってきたアリスが、すかさず防御魔術を発動させてくれたようだ。

 それは宙に浮かぶ氷の結晶。

 六亡星にも似た白い光がぶ厚い氷の壁を作ってドラゴンの炎を受け止めてくれた。

 氷属性であっても尚ドラゴンの炎を抑えこむその威力は流石だ。アリスが自分の魔力を膨大というだけはある。

 しかし、ドラゴンの息吹は些か火力が強すぎた。

 氷の壁に阻まれた炎をはその場で勢いを殺さぬまま散り散りになり、村の各地を破壊していく。

 そう。これまでとは多少パターンが違うが、概ね未来通りに進んでしまっている。


 「〜〜〜〜ッ」


 俺は痛みを堪えて必死に走った。

 予想通り、マリーの頭上に瓦礫の一部が落ちる。


 「マリー!?」


 マーサさんがマリーを突き飛ばし、代わりに瓦礫の下敷きになってしまう。

 そしてマーサさんの声を聞き、ドラゴンはマリーに狙いを定める。

 それなのに俺はまだ彼女達の傍に駆け寄れない。

 ……駄目だ。このままじゃ未来どおりになる。

 このままじゃ駄目だ。駄目だ。駄目だ!


 「うあああああああああああああああああああああああ!」


 視界が滲んで俺の眼に映ったのは。暗黒の世界。

 俺は先を歩く暗黒騎士の背中を必死に追いかける。

 間に合え。俺はそう強く念じた。


 「ああああああああああああああああああああああああ!」


 間に合え。間に合え!

 徐々に、暗黒騎士との距離が縮まっていく。だけどこれじゃ遅すぎる!

 追いつくだけじゃ間に合わない。限界まで走ってちゃ間に合わない。

 追い越せ! 限界を超えろ!

 俺は足が千切れるような痛みさえ忘れ、ただ全力で地を蹴り続けた。


 「間に合えぇえええええええええええええええええええええ!」


 そして、これまでの時間が嘘のように開いた距離が埋まり始める。

 俺は目の前を歩く暗黒騎士の肩を思い切り掴んだ。

 

 ――この直後、マリーの傍に到達する。

 

 その瞬間、俺の意識は現実に戻り、気が付けば腕の中にマリーを抱きかかえていた。


 「ひっ!? 誰!?」

 「話は後だ!」


 ――二秒後、ドラゴンに喰われる。


 俺は咄嗟に跳躍し、マリーを抱きかかえたまま真下を見下ろす。

 すると二秒後、獲物を喰いそびれたドラゴンの姿が映った。


 「最大威力!」


 イメージしろ。幻想しろ。

 俺は自分の姿にディアボロスの姿を重ねた。

 狙いを定めるように片手を突き出し、腹の底から砲声する。


 「【暗黒超砲撃(ダークフルブラスト)】!!」


 『ガ――――ッ!?』


 極太の漆黒閃光がドラゴンの頭を飲み込み、その衝撃でマーサさんの上に圧し掛かっていた瓦礫が吹き飛んだ。

 マリーは口をパクパクさせながら俺とドラゴンを交互に見比べている。


 「セイヤ!」

 「アリス!」


 俺は顔を黒く焦がしたドラゴンを一瞥し、近寄ってきたアリスに声を掛けた。

 マリーは俺の顔を見て「え!? セ、セイヤさん?」などと言って慌てている。どうやら相当混乱しているようだ。

 そう思っていたらアリスも俺の顔を見るなり遠慮がちに尋ねてきた。


 「……セイヤ……なんだよね?」

 「……ああ? それがどうかしたのか?」

 「ううん! なんでもない。セイヤがセイヤなら、私はそれで満足だから!」

 「? えっと、ありがとう?」


 何故か頬を赤めるアリスの頭を撫でて、俺は倒れたままのドラゴンに向き直った。


 『グルル……!』


 しつこいな。あれだけ喰らってもまだ死なないのか。

 俺はドラゴンの背後にいるマーサさんの姿を見つけて息が詰まりそうになる。

 数秒後の未来さえマーサさんから視ることはできない。

 俺は下を向いて、心の中で何度もマーサさんに謝罪した。


 「――アリス! マリーを連れてできるだけ離れろ!」

 「セイヤはどうするの!?」

 「俺は、けじめをつける」


 未来を変えられたのはマリーだけだった。

 マーサさんも助けてあげられなかった。

 俺は、ドラゴンを倒さないといけない。


 「セイヤ……気をつけてね」

 「ああ」


 普段は俺から離れたがらないアリスも、今回ばかりは素直に距離を取ってくれた。

 それを見届けて、俺は荒い息を吐き続けるドラゴンを睥睨した。

 全身に暗黒の力が駆け巡る。体の痛みも今は引いている。

 そして俺は今。


 ――ドラゴンが空を飛び始める。


 自分の勝利がはっきりと視えていた。


 『ガウ!?』


 「【暗黒魔剣(ダークブレード)】」


 俺は一瞬でドラゴンの傍に移動し、翼の根元に手を添える。

 その瞬間、俺の手は闇の刃と化して容赦なくその翼を切り落とした。


 『ガアアアアアアアアアアアアアア!?』


 紅蓮の鮮血が噴水のように噴き出し、ドラゴンが苦悶の声をあげるが、俺は何も感じない。

 自分の無力さが憎い。自分の弱さが恨めしい。

 ただそれだけが俺の胸の中にあった。


 ――ドラゴンが悪足掻きをして俺に噛み付こうとする。


 俺は暗黒の剣を先に突き出して、ドラゴンの動きを牽制した。

 そして動きが止まったドラゴンの眉間に剣の切っ先を向け、イメージする。


 「【暗黒魔槍(ダークランス)】」


 『――――ッ』


 瞬時に形状が変化し、暗黒の槍がドラゴンの頭を静かに貫く。

 槍を一気に引き抜くと、それに合わせて大量の血が辺りに零れ落ちた。

 ドラゴンは顔を自分の血で濡らしながら、白目を剥いて呆気なく崩れ去る。

 もう……こいつの未来は視えないな。

 命の灯火を消した魔物にはもう興味もない。

 俺はドラゴンの死体を放置し、地面に倒れたマーサさんの下に歩み寄った。


 「……?」


 マーサさんは笑っていた。

 絶望の中で死んでいった筈のマーサさんが、安堵したように微笑んでいる。

 俺は疑問を覚えつつ、念の為にマーサさんの脈を計ろうとした。

 だけど触れた時の冷たさで俺は全てを悟ってしまう。

 やっぱり、マーサさんは死んでいる。もう二度と生き返ることは無い。

 泣きそうになった。他人に興味を覚えない筈だった俺が、他人の死を悲しく思っていた。

 俺は涙が浮かび始めていたことを自覚する。

 

 「――ッ!?」

 

 だけどその時、俺の視界は大きく揺れた。










 ――ああ、マリーを助けてくれてありがとう。

 ――それだけで私は……救われた。





 「――ッッ」


 今のは一体何だ? 何でマーサさんの声が聞こえたんだ?

 俺は一瞬戸惑ったが、すぐに声の正体に見当をつけた。


 「――そうか」


 これは“過去の声”だ。マーサさんが死の直前に感じた、彼女の想い。

 俺はマーサさんを救えなかった。

 けれど、そんなマーサさんは俺に救われたと言ってくれた。

 とんでもない。

 貴方の言葉のおかげで、俺の方がよっぽど救われたんだ。


 「セイヤ!」

 「セイヤさん!」


 アリスとマリーが俺の下に駆け寄ってくる。

 俺はそんな二人を黙って見つめた。

 そして三人集まって、マーサさんの死を悲しんだ。




*****




 「本当に、もう行っちゃうんですか?」


 あれから二日。

 俺とアリスは王都を目指して次の町へ移動することを決めていた。

 そんな俺達を村の皆が総出で見送りに来ているというのが、なんだかこそばゆい。


 「ああ」

 「またね! マリーちゃん!」


 俺達の返事をきっかけに、村の人達が皆で涙を流し始める。

 おいおい……。いい年した大人が泣くんじゃねーよ。

 だけど、何か、悪くないな。


 「また二人で遊びに来るんじゃぞ!」

 「アリスちゃん! 俺、君がもっと素敵なレディになってることを祈ってるよ」

 「坊主! 妹ちゃんはきちんと守ってやるんだぞ!」

 「……セイヤさん。助けてくれて、お母さんの仇を取ってくれて、本当にありがとう」


 ……ああ。悪くない。

 人と接することをこんなにも嬉しく思える日が来るなんて思いもしなかった。

 心から浮かべるマリーの笑顔を見ていると、自然と俺も笑ってしまう。

 俺はきっと、マーサさんを助けられなかったことをこれからも悔やみ続けると思う。

 だけど、あの人の遺してくれた言葉のおかげで、苦しまなくて済むんだ。


 「またな。マリー」

 「はい! セイヤさんもアリスちゃんも! また遊びに来てくださいね!」

 「うん! 約束するね!」


 こうして俺達は一つの危機を乗り越え、再び旅を続けることになった。

 セレン村で学んだいくつもの大切なことを胸に刻み、俺は青い空を見上げる。

 ああ……。本当に自分がどんなにちっぽけなのか思い知らされるなぁ。


 「……なあ、アリス」

 「なーに、セイヤ?」


 俺は少しだけ躊躇いつつも、青空を見ながらそっと呟いた。


 「俺、絶対にお前を一人にしないから」

 「――!」

 「だから……よろしくな。これからも」


 今回の出来事で俺は思ったんだ。

 失うことが怖いなら、失わないように手放さなければいいんじゃないかって。

 正直まだ相手に裏切られることが怖いし、他人を信じるのも怖い。

 でも、少なくともアリスなら、俺は信じられる気がする。

 アリスを失わない為なら、今回のような無茶もできる気がしたんだ。


 「――うん! これからも! ずっとずっとよろしくね! セイヤ!」


 だから俺は思う。

 俺に向けてくれる彼女の笑顔を、俺はこれから先も守っていこうって。


『加護編』終了。

まだ構成は練っていますが……とりあえず、一旦これで終わります。

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