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第12話『不変の未来』

 あれから三日。まだドラゴンは現れていない。

 その間に俺は、村の人達に大層可愛がられた。ごめん。無理。このゆるふわ雰囲気死ぬわ。


 「セイヤ君、妹ちゃんには優しくしてあげるんだよ」

 「アリスちゃんってひょっとしてブラコン? いつも仲良しだよね」

 「これ畑で採れた野菜。マーサさんに調理してもらいな」


 若者がいないせいなのか、村の人は子供である俺とアリスにこれでもかと言うほど優しく接してくれる。子供に甘すぎだろ。

 よくよく見れば、マリーも村の中じゃかなり優遇されている立場なのだ。この村の大人達はよっぽど子供が好きなんだろうな。

 しかもこれはアリスにとっても非常に効能をもたらした。

 俺以外の人間と接する機会が増えたからか、五分程度なら俺の傍から離れられるようになったのだ。たかが五分だが、大きな進歩。

 このまま俺から自立できるようになれば、俺にとってもこの先非常に楽になる。


 「それにしても、まさかアンタが魔物を狩れるなんて驚いたよ」


 マーサさんが野菜を受け取りながらそんなことを言った。

 きっとバウンドボアのことを言っているんだろう。

 近接戦闘の練度をできるだけ引き上げる為に俺は村の外でバウンドボアと五回も戦っている。その際、死体を放っておくのも悪いと思って、村の人達に渡してみたのだ。

 結果、村人達からは大いに喜ばれた。なんでも、肉は村の中でも貴重な食材に当たるらしい。

 もしかしたらそれが可愛がられる要因の一つなのかもな。利用価値による贔屓って奴だ。


 「まあ、その、妹を守る為には最低限これくらいはできないと」

 「そうだね! あんたはいい兄貴だよ。これからもアリスちゃんを大切にするんだよ」


 俺が適当に誤魔化すとマーサさんは大袈裟に頷いて俺の背中をバシンと叩いた。

 その瞬間、俺の視界が大きく揺れる。






 「……クソ!」


 まただ。また追いつけない。

 凍りついた暗黒の世界。俺の前をずっと歩いている鎧の背中。

 俺は最近、ずっと同じ映像をこうして視る。そして目の前にある背中に手を伸ばすのだが、一向に鎧の男と俺の距離は縮まらない。

 前にも似たような感覚を体験したことがあったが、あの時と違って今回は足が動く。だけど前に進む速度があまりにも遅すぎる。

 もっと速く。風よりも速く。光よりも速く!

 俺は足を超強化しながら必死に前へと走り出す。だけど、決してこの手があいつに届くことはない。


 「――まだ、駄目なのか!」


 そしてある程度時間が経つと、再び眼前の視界は揺れ、次にはマーサさんの死ぬ未来が映る。

 何も変わらない。最悪な未来は何も……何もかも!

 俺は見せ付けられる残酷な現実に思わず歯噛みした。

 もう、自分の中でも何もかもがぐちゃぐちゃだ。


 ――諦めろよ。逃げちまえよ。こんな惨状じゃあ誰もお前を責められない。

 ――怖いだろ? 頑張りたくないだろ? どうしてそこで悔しがる?

 ――お前は元々他人との干渉は避けたいと思っていただろう。どうして今更そんな無駄に足掻こうとする。

 ――もう、やめろ。


 そんな思考が次々に俺の頭に流れてくる。


 「……セイヤ?」

 「ん? どうかしましたか?」

 「いや、また顔色が悪くなったような……」

 「気のせいですよ」


 現実世界に戻ってくると、心配そうにマーサさんが俺の顔を覗き込んでいた。

 信じられないことだが、俺が「あっち」に行っている時間はほんの一秒にも満たない間の出来事らしい。普通の人でも俺の異変を察知するのは難しいだろう。

 俺は笑って誤魔化しながらさっさと二階に逃げ込んだ。


 「セイヤ……もしかして、また?」

 「……」


 アリスが不安げな顔をして俺の腕に抱きついた。

 彼女にはこの三日の間に俺の加護について話してある。当然、ドラゴンとの戦いによる村の未来も。

 今回の戦いは恐らくアリスの力が必須になる。だから怪しまれることを承知で打ち明けたのだ。


 「ドラゴンは魔術耐性が高い……。きっと私は皆を守ることが精一杯だと思う」

 「ああ。だからこそ、打開策の鍵は俺なんだよな」


 アリスの話によるとドラゴンに純粋な魔術は殆ど効果が無いらしい。

 その点、俺の暗黒は“魔術”であると同時に“物質”としての性質を兼ね備えている。ある種の万能属性ってやつだ。

 ドラゴンを追い払うか仕留める為には、どうしても俺がドラゴンにダメージを与えられるようにならないといけない。だけど、どうしても上手くいかない。

 マーサさんの未来に映っている俺の攻撃パターンは確かに増えている。【暗黒砲撃】だって連射攻撃によってドラゴンに何発か命中させていた。

 それなのに、未来の結果は変わらない。これはもう前提から覆す必要があるんじゃないかと思う。


 「他の人の未来も視たら、何か分かるんじゃないかな?」

 「……無理みたいだ」

 「へ?」

 「相性があるみたいなんだよ。俺の加護は」


 俺に何の疑問も抱かないアリスは他の人にも加護を使えと言う。

 だけど、この力には欠点があった。いや、あって当然だった。

 もし万人の未来が視えるのだとしたら、どうしてディアボロスは魔王に勇者の来訪をいち早く知らせることができなかったのだろうか。

 もし勇者が魔王城に攻め込んでくる未来が分かっていれば、魔王を死なせないように色々と根回しもできた筈だ。

 だけど、それはできなかった。

 ディアボロスの未来を視るという加護が使える相手には相性があるのだ。

 数秒先なら誰でも構わない。しかし死の直前まで未来を覗こうと思うなら、それなりに相性がいい相手じゃないと加護は使えない。

 恐らく自分と家族の未来が視えないのは確定事項だと言っていいだろう。

 そして俺にとって相性がいい相手というのは、「気を許した人間」でまず間違いない。

 俺はマーサさんとアリス以外にはまだそれほど気を許していない。だからマーサさんに触れられた時にしか加護が発動しないわけだ。

 そして、それが今の俺の行動理由でもある。

 こっちは気を許してんだぞ? そんな相手を……みすみす死なせてたまるかよ!

 決して他人の為じゃない。

 あくまでも自分の為だ。

 俺自身が苦しみたくないから、だから無駄な足掻きを何度でも繰り返す。

 もう、俺の覚悟は決まりつつあった。


 「なあ、アリス」

 「ん?」


 俺は窓際に寄り掛かりながらそっと呟く。

 できれば否定して欲しい。そんな願いを込めながら。

 

 「直接、ドラゴンの住処に乗り込むぞ」


 これしかない。

 誰にも被害を出さないようにする為には、戦いの場所を変えるしか無いと思う。

 もしも俺が覚醒に至ることができたなら、未来は変えられるかもしれない。だけどそんなことは到底無理だ。

 今の俺じゃ、いつまで経っても“本物の暗黒騎士(ディアボロス)”には追いつけない。

 怖い。死ぬほど怖い。できれば誰かに引き止めて欲しかった。


 「うん! 分かった! 皆を守る為なら仕方ないよね!」

 「――」


 だけど分かってた。

 アリスならば、きっと首を縦に振るだろうってことくらい。

 だからこそ俺はアリスに尋ね、自分の迷いを払拭したかったのだ。

 俺は覚悟を決めた。

 誰かの為じゃない。あくまでも俺自身の為に。

 俺は、俺の意思で戦いを挑もうと思う。

 最悪の未来に。


 「――ああ。本当に仕方ない。仕方ないから、無茶しに行くか」

 「うん! 大丈夫、セイヤなら楽勝だよ!」

 「……楽勝か。そうだな。そうであって欲しいな」


 俺は窓から見える村の景色を眺めながら、一人苦笑を浮かべた。




*****




 ――紅き竜は暗黒の力を感じ取っていた。


 『グルルルルルル……!』


 忘れるわけも無い。長く苦い思いをさせてくれた憎き相手を、忘れる筈が無かった。

 滅びた筈の魔族。

 滅びた筈の暗黒騎士。

 その魔力が。その暗黒が。

 確かに人間達の領土から感じ取れる。


 空を統べる災厄は、その力の源を滅ぼすべく、セレン村に向けて翼を開いた。


ストーリーの貯金が枯渇したw

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