第9話『お金の稼ぎ方』
更新遅れましたw
何の看板も付けられていない、ただ赤い屋根が目印なだけの普通の家。
それがマリーの住む家であり、俺達がお泊りすることになった宿である。
「……はぁ。気が重い」
「どうしたのセイヤ? お金なら払わなくても良いって言ってくれたじゃん」
「だからだよ」
素直に金が無いことをフェンメルさんに打ち明けると、彼は笑いながら宿代なんて気にするなと言ってくれた。
だけどそれは村長が勝手に決めたことだ。マリーやその母親には一切相談していない。
自給自足の村って感じで外貨を必要としているようには見えないけど、それでも店を経営するなら金は必要なんじゃないのか? だとしたら無賃宿泊なんて認めてくれないんじゃないか?
そんな考えが頭の中でぐるぐる回る。凄く不安だ。お腹痛い。
……とにかく、この世界で金を稼ぐ術は速めに身に付けておかないといけないよな。
俺は深呼吸をしてから家の前に立った。
「……ごめんくださーい」
「はい! いらっしゃいませ!」
家の扉を軽くノックした瞬間、マリーが間髪入れずに現れた。
もしかしてずっと扉の前で俺達が来るのを待っていたのだろうか。彼女は栗色の瞳を輝かせながら、俺達をあっという間に家の中に招き入れてくれた。
どうやら一階が彼女達の居住空間で、二階が宿になっているようだ。
あんまり高くない階段を上ると、そのまま俺達用に準備していたらしい部屋へと案内される。
「すぐにお茶を持ってきますから、この部屋でゆっくりしててください!」
「あ、うん。ありがとう」
「ありがとう!」
部屋の中は意外にも和風だった。
俺の知ってる畳とは少し違うけれど、大体似たような物が床に敷かれている。当然、畳の上にあるのは椅子ではなく座布団だ。
俺は楽しそうに下へ戻っていくマリーにお礼を言いつつも、内心では日本っぽい宿の部屋に夢中になっていた。
まさか異世界でこんな和風の宿に泊まれるとは思わなかった。規模は違うけど旅館に来たって感じがしてちょっと楽しい。この部屋は実に俺好みだ。
「押入れもちゃんと付いてる。……おっ、中はやっぱり布団か!」
「あ、これ知ってる! 床に敷いて寝るやつだよね!」
俺の家に置いてあるのはベッドだが、実のところ俺はこういう敷布団で寝る方が好きなんだ。ベッドみたいに転がっても落ちないからな。
それに最近はずっと硬い地面の上で寝てたから、こういう柔らかい布団で眠れるなんて、ほんと最高だ。
「……ただ、二人分あるな。まさか二人部屋? 普通は男女別々だと思うんだけど」
「良かった! これで一緒に寝られるね!」
「……なるほど。兄妹だと勘違いされてるのか」
アリスの甘えっぷりは遠慮が無い。ただしそれは恋人というよりも家族に対してじゃれていると言った方がしっくりくる。まあ、俺は家族にじゃれたこと無いから分からないんだけどな。
でも兄妹っていう設定はこれから先も使えそうだな。今後誰かにアリスを紹介する機会があったら義妹として紹介しよう。
「お待たせしましたー!」
たいして時間も経ってない内にマリーは部屋に戻ってきた。
俺は彼女の持ってきたものに目を見張る。
お盆に乗せられていたカップはまさかのティーカップだ。しかも中身は紅茶。この部屋の雰囲気には似合わなさ過ぎる!
俺は異世界の常識を知るのがちょっと怖くなった。
「あの、私はマリーって言うんですけど、お二人のお名前を伺っても良いですか?」
「せ、誠也だ」
「アリスです!」
テーブルの上にカップを置いた後もマリーは部屋に残り、興味津々と言った笑顔で俺達に話し掛けてきた。
人との会話に慣れてない身としては正直つらい状況。しかも相手が異性なら尚更だ。
アリスと初めて出会った時は、話し合いよりも状況の離脱を優先したが、今回はそういうわけにもいかない。俺は自分でも分かるくらいソワソワしていた。
それに比べてアリスの反応は一体何だ? あんなに村の人達を怖がっていたくせに、どうしてそんなにフレンドリーな笑顔を返すことができるんだよ。アレか? ガールズトークスキルみたいなものでも習得してるのか? 何ソレ羨ましい。
「セイヤさんとアリスさんですか! この村には大した物はありませんけど、どうかゆっくりしていってくださいね!」
「うん。お言葉に甘えるね!」
「……」
俺の会話はここから一切無いんだろうな。もうこの部屋から出てっていいか?
そこで俺は最初に伺うべき相手を思い出した。
「なあ、マリー。お前の母親にちょっと相談があるんだけど」
「あ、はい! すぐに呼んできますね!」
「いや、俺が行くから場所だけ教えてくれないか。その間、マリーにはアリスの相手をしてて欲しい」
「わ、分かりました。母……じゃなくて店主のマーサは一階の突き当たりにある部屋にいます」
「ありがと」
仕事の間は母を店主として扱うようにしているのか。徹底してるんだな。
マリーの仕事に対する姿勢に感心しながら席を立つと、隣から伸びた腕が俺の服を掴んだ。
「……」
「アリス」
多分、俺だけこの部屋からいなくなると聞いたからだろうな。アリスがメッチャ泣きそうになってこちらを見上げていた。
……流石に甘えってレベルを超えてる気がする。これもいつかは何とかしないと駄目だよな。
そんなことを考えながら俺はアリスの頭を撫でた。
「すぐ戻ってくるから」
「……ほんと?」
「ああ。だから良い子にしてな」
「うん」
気持ち良さそうに目を細めるアリス。そんな彼女を見ると何故か放って置けなくなるから不思議だ。
……だけど勘違いしてはいけない。この感情はただの気の迷いだ。
手に入れたものはいつか必ず失う。それが世界の真理の筈だ。だから俺はアリスに期待しちゃいけない。じゃないと傷付くのは俺だ。そんな愚行はしたくない。
「じゃあ、行ってくる」
俺は強引に頭の中を埋めていく思考を追い払って部屋から出て行った。
*****
一階の突き当たりにある部屋。どうやらそれは台所のことだったらしい。
エプロンを付けて食材と向き合っているマリーの母親、マーサさんがそこにいた。
子供の為に料理を作る……これが普通の母親なんだろうな。
「……どうしたんだい? しょぼくれた顔をして」
「――ッ!? 気付いてたんですか?」
何の予兆も無くこちらを振り向いたマーサさんに俺は心底驚いた。
そんな俺がおかしいのか、マーサさんは面白そうに笑っている。
「当然じゃないか。娘の足音と全然違ったからね。でも妹さんの方は一人でウロウロしそうにないタイプだったし、そうなると可能性があるのはアンタだけだろう? うちの旦那は出稼ぎで王国の兵士をしているしね」
「……子供の足音が分かる……ですか」
「そりゃそうだ。私は母親だもの。……それで、どうかしたのかい?」
俺は言葉にできない感情を持て余していた。
羨望と嫉妬。二つの感情がドロドロになったような黒い感情が俺の心に淀みを生み出す。
そんな醜い自分を殺したくなりながら、俺は宿代を持ち合わせていないことを打ち明けた。勿論、今までの旅の間に有り金を全て使ってしまったという嘘の情報を加えてだ。
そうじゃないとまるで魔族領から旅を始めたみたいだと疑われるかもしれないからな。
「別にお金なんていらないよ! なにせ、せっかくの客人なんだからね! だけど、兄妹だけで旅を続けてるんだろ? これから先の金はどうするつもりだい?」
「そこなんですよ。何か仕事とかありませんかね?」
マーサさんは当然の質問をしてくるが、俺も予め用意していた質問で返す。
そういえば昔読んだ何かの漫画で「質問を質問で返すな!」という台詞があったな。どうでもいいけど。
「うーん。魔物の素材なんかが高く売れるけど、アンタみたいなもやしにそんな危ない真似はできないだろうし、かと言ってこの村で仕事なんて求められても困るしねぇ」
「……魔物の素材」
俺はこれまで倒した魔物を思い出していた。
戦いが終わった後でディアボロスの記憶が解禁されたらしく、今の俺はちゃんとあの狼と巨人の情報が頭の中に入っている。
――グレイウルフ。
三つ目が特徴の狼で、単独行動や集団活動のどちらを行うかは個体差によって様々。
戦闘力は最弱のFランクだが、数の暴力で自分達より強い魔物を屠ることもある。
――ロックゴーレム。
ゴーレムの上位種で戦闘力Cランク。弱点となる核が硬い岩盤に覆われている為、通常の物理攻撃だと傷を付けるのも手間が掛かる。しかしゴーレムと同様で魔術に弱い。
……まさかこいつらの素材が金になるとは思わなかった。
ロックゴーレムの死体は跡形も無く消滅したから良いとしても、グレイウルフの死体なら軽く十体くらいあったのに……!
こんなことなら、旅の最中でアリスに魔物除けの魔術を使ってもらうんじゃなかったぜ。
呆然としていた俺をどう思ったのかは知らないが、マーサさんは同情するように苦笑を浮かべていた。
「ま、何ならここで手伝いでもしてもらっても構わないよ。給料は少ないけどね」
「……ありがとうござ――」
マーサさんが俺の肩に手を置いた瞬間、俺の視界が大きく揺れた。