箱庭に関する彼らの議論あるいは物語の序章
突然だけど、ヒトには様々な趣味があるんだ。観察すると楽しいよ。君も一度ヒトに興味を持つべきだ。
僕の趣味?箱庭づくりだ。今さら聞かなくても知ってるくせに。僕の知り合いの大半と同じ、ありふれた趣味さ。あ、君は珍しく箱庭には興味のないやつだったな。
箱庭のつくり方なんてみんな知ってることだろ。知らない?もう。しょうがないから説明するよ。
箱庭をつくるには、まず空間を区切る。
次に地形を形作っていくんだが、地形は、まあ、大雑把で構わない。どうせ後々いじるんだ。水は入れたり入れなかったりだね。でも最近は入れることが多い。そちらのが見ていて飽きない。
庭を整えたら、仕上げに住人を。
これで完成。
あとは箱庭自身の営みに任せて、僕は傍観者に徹する。あ、でもたまには手を入れるんだ。ほっとくとろくなことにならない。
いっとき、格好良さに拘って大きな生きものばかり入れていたが、あれは失敗だった。若気の至りって、誰かが言ってた。その箱庭?壊すのは主義に反するから、まだこの部屋のどっかにはあるはずだ。そういえば長いこと手を入れていないな。うん。今度探してみるけど、さっきも言ったろ。きっとろくなことになってないぞ。
そうだ。せっかく君が来てくれたんだし、一番新しい箱庭を紹介しよう。新しいといっても、最近はこの箱庭ばかり眺めていて新しい作品には手を出していないから、つくったのは結構前のことになるけれど。
ほら、これだよ。今度のには特別たくさん水を入れてるんだ。こぼすなよ。住人が驚くだろ。いつも大雑把にするのを、これは丁寧につくった。ほら、このへんとか。そのせいでいかにも「つくりもの」みたいになっちゃったんだけど。
箱庭の理?あぁ。拘るやつはものすごく凝ったものをつくるよね。僕はどっちかというと放任主義だから、あんまり気にしないなあ。
あ、でも、今回のこれは別だよ。色々僕なりに考えてみたんだ。ちょっと懲りすぎて僕自身把握しきれないくらいにね。こういう傾向を表す言葉が何かあったんだけれど、なんだったかな。誰かのところで生まれた面白い概念だって、いっとき僕らの間で話題になったんだよ。まあ、箱庭に興味ない君は知らないだろうけど。何だったかなあ。
それはおいといて、とにかく僕は今この箱庭に夢中なの。だから、君の趣味には付き合えない。似たようなものだって?ちがうよ!全然ちがうってば。今まで散々君の趣味に協力してきたけど、せいぜい箱庭を貸すくらいだよ。僕にできることなんて。同好の士は…聞いた僕が愚かだった、すまない。君の趣味は変わってるものな。箱庭を作るんじゃなくて入りたいなんてやつ、そうそういるものじゃないからな。仕方ない、今回だけだぞ。僕は僕のつくった箱庭が気になるから付き合うだけだ。君のためじゃない。
まったく、製作者が箱庭に入るなんて前代未聞だ。何か面倒なことにならなきゃいいけど。だって、箱庭の住人が僕のことなんて呼んでるか知ってるか?「神様」だぞ?そんなのがいきなりそこらへんに現れたら驚くだろう。え?どうせ僕が神様なんて誰にもわからないって?…そうか。ヒトは僕に似せて姿をつくったんだ。忘れてた。
* * *
神様は退屈。
箱庭はつくっている間が一番楽しい。完成してしまえば眺めるだけ。
たまに隕石をぶつけてみたりするけれど、世界は意外としぶとい(俺が入ってる時にぶつけるのはやめてほしい。)。
お前は箱庭づくりが趣味と言うけど、飽きかけているのはわかってる。もっと踏み込んだ遊びを求めてる。昔の俺がそうだったんだから間違いない。
それなら新しい趣味の扉を開くのも悪くないだろ。
世界の製作者が隣にいるだなんて、きっと箱庭の住人たちは気付かない。